詩百篇第1巻4番


原文

Par l'vniuers1 sera faict vng monarque2,
Qu'en paix3 & vie ne4 sera longuement:
Lors se perdra5 la6 piscature7 barque8,
Sera regie9 en plus grand detriment.

異文

(1) l'vniuers : l'Univers 1667Wi 1672Ga 1772Ri
(2) monarque : Monarque 1588-1589 1590Ro 1590SJ 1605sn 1611A 1611B 1612Me 1628dR 1644Hu 1649Ca 1649Xa 1650Le 1665Ba 1667Wi 1668 1672Ga 1712Guy 1772Ri 1981EB, menarque 1606PR 1716PR
(3) paix : puis 1589Me
(4) ne : oe 1627Di
(5) perdra : prendra 1716PRb
(6) la : sa 1653AB 1665Ba
(7) piscature : biscature 1588-1589 1612Me, Piscature 1672Ga
(8) barque : Barque 1672Ga, barque s 1716PRb
(9) Sera regie : Sera 1557B, Sera regi 1612Me

日本語訳

世界に一人の君主が産み出されるが、
その平穏と生涯は長くはないだろう。
そのとき釣り舟は失われ、
最大の損害に見舞われるだろう。

訳について

 当時plus は比較級(plus)と最上級(le plus)で交換可能であり*1、4行目の plus はそのどちらにも取れる。この場合、文脈を考慮し、高田勇伊藤進らの訳に従った。

 大乗訳1行目「世界は無政府状態になり」は明らかに誤訳。ヘンリー・C・ロバーツの英訳 In the world shall be a Monarch *2の a Monarch を anarchy と見間違えたのだろうか。
 2行目「だれかに平和をゆだねることもできず」も誤訳。que は関係詞で1行目の monarque を説明している。また、vie が訳に反映されていない。
 3行目「平和がつづくこともなく たゆとう小舟のごとし」も意味不明な誤訳。ロバーツの英訳 Then will be lost the Fishing Boat は別におかしくない。大乗訳は、ロバーツの英訳で倒置されていることに気付かず、2行目の「平和」を主語に持ってきて勝手に言葉を補った結果ではないだろうか。
 4行目「ついには 大いなる傷を みずからの内に築くだろう」は他の行に比べれば、まだ原文の意味に近いといえるのかもしれない。

 山根訳3行目「そのとき法王の舟は致命傷を被り」*3は、「漁船」が解釈をまじえて訳したもの。4行目「波間に没するだろう」は意訳しすぎで原型をとどめていない。

 五島勉の訳にも触れておく。
 1行目「やがて宇宙を支配する権力が現われる」*4は、不適切。univers は中期フランス語では「全世界」(le Monde entier)、「地球、地上世界」(la Terre)を意味した*5
 3行目「その巨大な釣り船が失われるとき」は、「巨大な」に当たる語が原文にない。これについては内藤正俊がつとに指摘しており*6、それを意識したものかどうか、五島は後にこの場合の piscature barque は南仏では戦時に兵船としても使える巨大な船を指す表現だと説明した*7
 しかし、barque は本来的に「小舟」であり*8ピエール・ブランダムールマリニー・ローズも五島が言うような特殊な用法について触れておらず、ミストラルによるプロヴァンス語辞典で似た語彙を探してもそのような説明はない。

信奉者側の見解

 「漁船」が漁師だったペテロの聖座を受け継ぐローマ教皇と、彼が率いるカトリック教会の隠喩であるという点は、五島勉のようなごく一部の例外を除き、信奉者・非信奉者を問わず合意されているといってよい。以下の解釈で、五島以外のほとんどの論者が程度の差はあれローマ教会に触れているのはそのためである。

 テオフィル・ド・ガランシエールは短命の王を不慮の事故で死んだアンリ2世のこととし、前半は彼の治世のほとんどがカール5世やフェリペ2世との戦争に明け暮れていたこととした。後半はカール5世によるローマ掠奪(1527年)についてで、そのときに教皇クレメンス7世が監禁されたことを描いているとした*9

 バルタザール・ギノー(1712年)は、フランソワ2世の治世が1年と少ししか続かなかったことと、そのころカトリック教会が危機的状況にあったことの予言とした*10
 匿名の解釈書『暴かれた未来』(1800年)も、フランソワ2世の短命さとユグノー戦争前夜の状況の予言とした*11
 現代でも、仲井里夢のように、フランソワ2世とする解釈を採る者もいる*12

 エリカ・チータムはナポレオンが1804年に戴冠してから10年しか君臨できなかったことの予言で、教皇領がフランス帝国に併呑された結果、ピウス7世が監禁されたことも予言されているとした*13

 セルジュ・ユタンは、近未来にフランスで王政復古が起こり、その君主が世界を治めることになるが、パリの壊滅と教会の終焉を伴うことになると解釈した。教会だけでなくパリにも言及されているのは、パリのシンボルが船であることによるという*14

 五島勉は『ノストラダムスの大予言V』の時点で秘密結社「ルシフェロン」の幹部に取材した結果として、米ソの和平交渉などがもう少し続いたあと、宇宙開発で何らかの損失が出ることとという解釈を紹介した。
 『ノストラダムスの大予言スペシャル・日本編』では、その解釈はチャレンジャー号の爆発事故で的中したと扱った*15
 この解釈は南山宏も五島の説として紹介した*16


【画像】チャレンジャー号爆発事故 30年目の真実

 五島の解釈を批判した内藤正俊は、『ヨハネの黙示録』に描かれている、イエスの再臨に先立って短い期間世界を支配し、教会を迫害する反キリストのこととした*17

同時代的な視点

 伝統的な予言書からのモチーフの借用がしばしば指摘される。
 エヴリット・ブライラーは、フィオーレのヨアキムが、世界を統べる君主が現れるときにローマ教会が崩壊し、ハルマゲドンでの戦いが起こるとしていたことと関連付けた*18

 ロジェ・プレヴォは当時知られていた予言書『カンブレー修道院長の予言』に、近い将来に優れた君主が現れるものの、短命なために人々に害がなされるといった予言があることと関連付けた*19

 ピーター・ラメジャラーは、『ミラビリス・リベル』をはじめとする当時の予言書群がたびたびローマ教会に将来襲い掛かる脅威への注意を喚起していたことと関連付けた*20


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  • 1999年生まれの救世主的人物がフランスに現れるが4年以内で死亡。同時期にローマも危機にあり、法王が暗殺されるのを予言か? -- とある信奉者 (2011-06-05 21:35:30)

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詩百篇第1巻
最終更新:2018年06月18日 18:19

*1 DMF

*2 Roberts [1949] p.10

*3 山根 [1988] p.39

*4 五島『ノストラダムスの大予言V』p.29

*5 DMF

*6 内藤『ノストラダムスと聖書の預言』1986年、p.25

*7 五島『ノストラダムスの大予言スペシャル・日本編』p.86

*8 cf. アカデミー・フランセーズなどによる定義

*9 Garencieres [1672]

*10 Guynaud [1712] pp.102-103

*11 L'Avenir dévoilé..., pp.92-93

*12 仲井『さらばノストラダムス』pp.57-58

*13 Cheetham [1973]

*14 Hutin [1981] p.78

*15 『大予言V』pp.27-28, 『大予言スペシャル・日本編』pp.83-86

*16 南山『1999年、ほんとうに人類は滅亡するのか!?』p.49

*17 内藤、前掲書、pp.24-27

*18 LeVert [1979]

*19 Prévost [1999] p.100

*20 Lemesurier [2003b]