原文
D'vn nom farouche tel proferé
2 sera
3,
Que les troys seurs
4 auront
fato5 le nom:
Puis
6 grand peuple par langue
7 & faict
duira8
Plus
9 que nul autre aura
bruit & renom.
異文
(1) tel : le 1667Wi 1668P
(2) proferé : propheté 1612Me
(3) sera : seras 1665Ba
(4) seurs : soeurs 1610Po 1644Hu 1649Ca 1650Ri 1650Le 1653AB 1665Ba 1667Wi 1668, Soeurs 1672Ga
(5) fato : faict 1612Me, Fato 1672Ga
(6) Puis : puis 1649Xa
(7) langue : longue 1589Me 1612Me
(8) duira 1555 1589PV 1590SJ 1649Ca 1650Le 1667Wi 1668 1840 : dira T.A.Eds. (sauf : dira? 1611B)
(9) Plus : plus 1649Xa
校訂
ピエール・ブランダムールは特に校訂していないが、3行目の Puis を2音節で読むようにと注記している。実際、そう読まないと前半率の句切れ目がおかしくなる。
日本語訳
その者はある野蛮な名前で呼ばれるだろう、
三姉妹が持つ運命という名前のような。
そして偉大な人々を言葉と行為で導くだろう。
彼ほどの名誉と名声を持つ者は他に誰もいないだろう。
訳について
1行目 proferer(proférer) は「発音する、口に出す」の意味で、中期フランス語でも同様の意味があった 。
2行目の seurs は soeurs の綴りの揺れ。
既存の訳について検討しておく。
大乗訳1行目「人が自然のままの名で呼ばれ」は faroche が「野生の」の意味もあることによるものだろう。
同3行目「あとになって多くの人々が口々に そして行動にあらわしていうだろう」は、dira になっている底本に基づく訳としては誤りではない。3行目 duira の主語を当「大事典」では1行目の人物と解釈しているが、それは多くの論者に従ったものである。ただし、構文上は「偉大な国民」を主語に取ることも可能である。
山根訳2行目「三姉妹が運命からいただいた名で」は、
fato と le nom は並列的なので、少々不適切に思える。
信奉者側の見解
セルジュ・ユタンは共産主義体制下の中国が世界的な強国にのし上がることの予言ではないかとした。
同時代的な視点
ピーター・ラメジャラーは2003年の時点では、ローマ掠奪(1527年)のときにドイツ兵を率いたゲオルク・フォン・フルンツベルク(Georg von Frundsberg)と、『
ミラビリス・リベル』に描かれた
反キリストが重ねあわされているとしていた。
しかし、2010年には、13世紀の年代記作家ギヨーム・ル・ブルトンが描いたフィリップ尊厳王がモデルと修正した。フィリップはイングランドのリチャード獅子心王らとともに第三回十字軍を率いた。
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最終更新:2018年10月29日 02:59