詩百篇第10巻75番


原文

Tant attendu ne1 reuiendra2 iamais3
Dedans l'Europe4, en Asie5 apparoistra6
Vn de la ligue7 yssu8 du grand9 Hermes,
Et sur tous10 roys11 des orientz12 croistra.

異文

(1) ne : de 1716PR(a c)
(2) reuiendra : viendra 1667Wi
(3) iamais : jamais! 1668A
(4) l'Europe : l'europe 1568X 1590Ro
(5) Asie : asie 1627Di, Asia 1672Ga
(6) apparoistra : a pparoistra 1611A(a b)
(7) ligue : ligne 1672Ga 1716PRc
(8) yssu : Issu 1627Di
(9) grand : Grand 1597Br 1603Mo 1606PR 1650Mo 1716PR
(10) tous : tour 1716PRb
(11) roys 1568X 1568A 1568B 1590Ro 1772Ri : Roys T.A.Eds.
(12) orientz 1568X 1568A 1568B 1590Ro : orients 1568C 1772Ri, Orient 1672Ga, Orients T.A.Eds.

日本語訳

非常に待望されたものは決して戻らないだろう、
ヨーロッパヘは。アジアに現れるだろう、
偉大なヘルメスから発した同盟の中のひとつが。
そして東方のあらゆる王の上で成長するだろう。

訳について

 1行目から3行目までは、どこで区切るかで意味が変わるので、大乗訳や山根訳も一概に誤訳と言いきれるものではない。
 3行目はテオフィル・ド・ガランシエールの異文を採用し、「偉大なヘルメスから発した系統のひとつが」と読む方が良いようにも思える。

信奉者側の見解

 五島勉はヘルメスがギリシャ神話の商業神である事に着目し、ヨーロッパが没落する一方、アジアから強い経済力の国が現れることの予言であり、日本が世界のリーダーになることと解釈した*1
 加治木義博も類似の解釈を展開した*2

 エリカ・チータム詩百篇第10巻72番と関連付け、アジアから現れる反キリストの予言と解釈した*3

 セルジュ・ユタンは毛沢東と関連付けを行った*4
 そのユタンの著書の補訂を行ったボードワン・ボンセルジャンは、むしろ宗教指導者についての予言で、ダライ・ラマの事だろうとした*5
 アジアの新しい宗教指導者とする解釈は、ジョン・ホーグもおこなっている*6

同時代的な視点

 ヘルメスは確かにギリシャ神話では商業・盗賊などの神であり、神々の伝令役でもあった。

 しかし、16世紀においては全く違う意味に取られる可能性があったのである。ガランシエールは、こう簡潔に注記している。
 「彼がヘルメスをエジプトの王として採用しているのか、ヘルメス主義哲学者の祖として採用しているのかを除けば、全体は平易である」*7

 ガランシエールがつとにこう指摘したように、そして現代でもマリニー・ローズが指摘するように、「偉大なヘルメス」(le grand Hermes)という表現は、ヘルメス・トリスメギストス(「3倍偉大なヘルメス」の意味)を強く連想させるものである。

 ヘルメス・トリスメギストスを著者に仮託する『ヘルメス選集』は、15世紀後半に再発見され、その後のルネサンスのエゾテリスム思想に大きな影響を与えた。ノストラダムスの参考文献の一つとされる、コルネリウス・アグリッパの『隠秘哲学』もその影響を受けた文献のひとつである*8

 この詩は、仮に過去にモデルがあるのならば、中世ヨーロッパでは占星術や錬金術が廃れてしまい、イスラム世界(アジア)で大きく発展したことを題材にしているのではないだろうか。
 また、未来への予測であるなら、ノストラダムスが占星術も含めた学問の衰退を予測し、嘆きとともにたびたび題材にしていること*9と関係があるように思える。それらの題材で嘆きの対象とされるのは学問に無理解な権力者たちであり、この詩の4行目は逆にアジアの権力者たちがヘルメス主義に理解を示す、と述べているようにも読める。

 ジャン=ポール・クレベールもこの詩をヘルメス主義と関連付けて読んでいる*10

 ピーター・ラメジャラーは『ミラビリス・リベル』に題材を取った反キリストの到来を指しているのではないかとしている*11
 エドガー・レオニは逆にイエス・キリストの再臨が仄めかされている可能性を示している*12


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  • 戻ることが待望されたアーサー王だったが、戻らなかった。その王の名前を含むマッカーサーがGHQの最高司令官として日本を7年間支配下に置いたが、しかし、日本は驚異的な科学技術と経済発展を成し遂げ、1960年に米国と同盟した。この日米を合わせたGDPは1967年に5カ国で成立した東南アジア諸国連合のGDPを超えている。そして、日本はODAという形で東洋だけでなく、世界中の後進国に莫大な資金を渡している。 -- とある信奉者 (2013-03-22 21:54:25)

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詩百篇第10巻
最終更新:2019年11月13日 00:05

*1 五島『ノストラダムスの大予言V』1986年、pp.103-106

*2 加治木『真説ノストラダムスの大予言』1990年、p.205

*3 Cheetham [1990]

*4 Hutin [1978]

*5 Hutin [2002]

*6 Hogue [1997]

*7 Garencieres [1672] p.434

*8 アントワーヌ・フェーブル『エゾテリスム思想』白水社・文庫クセジュ、pp.50-52

*9 cf. 高田・伊藤 [1999] p.68-70

*10 Clebert [2003]

*11 Lemesurier [2003b]

*12 Leoni [1982]