価格競争での優位性で地方の小規模店舗が大資本に勝つための商店街統一ポイントカード
 日本の国内総生産は五百兆円あまりで、このうちの三百兆円あまりが内需部分だとされる。驚くべきことに、さらにこのうちの一兆円あまりはポイントカードのポイントとして流通している。しかし、こうした取り組みにもさまざまな問題点がある。統一性、地域性、減価性、兌換性の四つの視点から問題点を論じ、解決策を提言したい。
 まず、第一に統一性の問題が挙げられる。これは、個々の店舗がそれぞれにポイントカードを発行するため、管理が煩雑であるという欠点である。この問題を解決するためには、地域商店街が大同団結をして統一のポイントカードを作る必要性がある。個々の店舗にとっては、短期的な利益は減るのだが、長期的に見れば、統一ポイントカードの価値の高さと便利さから客足は伸びるだろうと予測される。
 第二には、地域性である。これは、先に述べたことと矛盾するようではあるが、統一ポイントカードの適用する範囲は一町内か一自治体内に限るべきであって、広い範囲での利用を可能にすべきではない。地元商店街の活性化のためにも、利用を地元資本に限定すべきだ。
 第三には、減価性である。現在のポイントカードは「二〇一〇年五月まで有効」というように、ある特定の時期において、その価値がゼロまで下落することもめずらしくはない。これは、その時期までの利用を促すことによって、消費マインドを高めようというものなのだが、一方である時期の価値がなくなることで、それ以降の時期において消費マインドを刺激しえないという問題点もある。そうではなくて、デイビットカードのような仕組みをポイントカードについても構築して、その月ごとの減価率を設定し、ポイントが獲得後の時間とともに少しずつなくなるような仕組みを構築すべきである。これは、オーストリアにおいて成功事例のあるスタンプ式減価紙幣をモデルとしている。
 ところで、地域通貨が地域活性化の特効薬として注目され始めた二千年代初頭、後にノーベル経済学賞を受賞することになるひとりの経済学者の論文が注目された。グルーグマンの「経済を子守してみると」という論文では、子育てチケットの運用をめぐる悲喜こもごもが鮮やかに描きだされている。同じような事例は、「金融理論とキャピトルヒル子守協同組合の大危機」(By Joan & Richard Sweeney Journal of Money, Credit, and Banking)や、同じくグルーグマンが書いたPeddling Prosperity (邦訳「経済政策を売り歩く人々」日本経済新聞社)と The Accidental Theorist(邦訳「グローバル経済を動かす愚かな人々」)に詳しい。
 アメリカの弁護士たちが始めた子育てクーポン(お互いに子育てをしあい、自分のこどもを育ててもらったときにはクーポンを支払い、ベビーシッターをしたときは受け取る)の取り組みは、休日に需要が集中することからまず破綻しかけた。つぎに、これを貯める連中が出てきたので、不均衡が生じ、規則改正を繰り返した。しかし、これは結局サプライの増加などの金融問題であったので対処ができなくなり、彼らの取り組みは破綻した。こうした先例からみても、減価性という要素は必要不可欠である。グルーグマンも最終的にはそのような結論へと導いているし、ケインズも著書の最後に減価式スタンプ式紙幣がオーストラリアで成功した例を紹介し、利用範囲を一部の地域に限り、ある一定の経済情勢の下でという条件を示しつつも一定の評価を与えている。
 また、地域通貨の貸し借りができるようになったとしても、それは問題解決にはならないことをグルーグマンは示唆している。この例として使われているのは、奇遇にも先に述べたような円キャリー取引と国債の発行にしか効果をもたらさなかった日本の量的緩和政策、とくにゼロ金利政策である。これを解決する方法としては、やはりマイナス金利の導入、つまり地域通貨をある程度の率で減価させるより他ないように思えるのだ。補完紙幣としての地域通貨は減価し、一般の通貨については、流動性トラップにはまった経済にはインフレ期待が必要なので、そのような傾向を煽り立てる。貯蓄意欲を無くし、インセンティブを損ない、資金調達が困難になるというひともいるが、そもそも日本人は金利のために貯蓄をしているのではなくて、安心・安全のために貯蓄している例がほとんどである。このことはゼロ金利以後でも定期貯金に貯蓄するか国債を買うか、株式投資や外為取引などにまわす例がほとんどないことから見ても明らかなことである。第二に、もうすでに金融庁の指導やマニュアルのために中小企業の市中からの資金調達は困難を極めているのである。だとしたら、やはり、日本経済が流動性トラップ(どんなに金融政策を打っても効果がない状況。ゼロ金利以下の利率は理論的には設定できないことからこのようにいわれる)にはまっていることを認めて、こうした減価する排出権ポイントなどを利用した「地域経済にやさしいリフレ政策」を明確に打ち出すほかないと私は考えている。
 第四に兌換性である。小規模店舗には、大規模店舗のような価格競争に打ち勝つ資本力がない。ポイントカードにおいて、ポイントにあたる部分を捻出するにも、個々の店舗の企業努力には限界が見られる。そこで、ポイントカード部分の価値を行政が生み出し、なにかしらの価値とポイントを交換できる保証を与えるのが良いのではないかと考えている。
 具体的には、ポイントと排出権の交換ができるような仕組みを整えることを私は考えている。排出権とは近年見られるようになった価値であり、それまではそのような概念はなかった。これは、生命保険の誕生と同じような革命的な出来事だと私は考えている。二十世紀において生命保険会社や年金機構が国際的な金融取引の中でも大資本としての力を発揮するようになったように、二十一世紀においては排出権取引が金融取引の中心を担うのではないかとも考えている。こうした、新しく創造された価値とこのポイントに兌換性を持たせるための提言を以降で述べたい。
 排出権チケットベーシックインカム制で個人間・企業間の格差是正
 ところで、社会保障として最も給付コストが低いのは最低所得給付制度や給付金付所得税免除制度である。なぜなら、生活保護や年金のように受給資格審査などの業務のために公務員を必要としない上、税金の口座引き落としなどを利用して口座に振り込めばよいからである。また年金基金のように年度をまたがった賦課方式ではなく、単年度での収支であるために不正な流用などもほとんど起こらない。しかし、たとえば国民全員に無条件で一人当たり八万円のベーシックインカムを給付しようとするならば一年当たり百二十兆の財源が必要である。これには、消費税を二十五パーセントにすることによって生まれる特定財源・一年あたり約六十兆円(消費マインドの低下を加味して国内総生産の内需部分より試算)と、相続制度をなくし全額国庫回収とすることで生まれる財源・一年当たり六十兆円(一千五百兆円の個人金融資産を二十五年で回収するとして試算)が必要となる。付加価値税や資産総合課税の導入で前述の負担を分散化して見せることも出来るが、負担についての論議は常にゼロサムゲームである。
負の所得税を導入した場合にも、先の試算の三割から五割にわたる負担は必要不可欠である。一方で最低所得給付制度や給付金付所得税免除制度には利点もある。それは、失業による生活の破綻の恐れがなくなり、最低限の生活がすべての国民に公務員人件費だけが嵩む審査なしで保障されるために、公務員の大幅な人員削減と失業対策用予算削減、最低保障年金の廃止とである。計五十兆円の削減が見込まれる。つまり、遠くない未来において日本の無借金経営が可能になる。
しかし、最低所得給付制度や給付金付所得税免除制度にはリスクや懸念も大きい。試行段階期の政策として私が考えたのは、排出権ポイントによるベーシックインカムである。
 仕組みはきわめて単純である。まず、国民全員が地域商店街の統一ポイントカードとしても機能するデイビットカードを所有する。次に政府が、国民一人一人と、企業体には雇用人数に応じた排出権ポイントを配布する。
 ここで排出権ポイントに着目したのにはリスクを避ける意味もある。京都議定書で定められた政策目標が達成できないことに対する見返りとして、数兆規模の排出権購入を迫られることも、日本の財政にとっては看過できないリスクである。
 たとえば、日本国全体を見ると、京都議定書では、エネルギー消費に関係する二酸化炭素排出量の削減 +0.6% (1,056000000t) 、非エネルギー起源二酸化炭素排出量の削減 -0.3% (70000000t)、メタン・亜酸化窒素の排出抑制 -0.4% (2000000)、-0.5% (34000000t) 、代替フロンの排出抑制 +0.1% (51000000t)、森林による吸収源の確保 -3.9% (-480000t) が義務付けられており、仙台市の規模に補正すると、それぞれ、(1,05600t) (7000t)(2000t) (3400t) (5100t)(-4800t) の減少が必要であり、これらは自動車の利用、セメントの利用、廃棄物・下水汚泥の対策、冷媒、緑化活動など好況セクターの働きかけが強く求められる分野で対策可能である。
 たとえばここで、仙台市の規模で補正された排出権について、さらに百万人の人口でわり、一人一人に平等に、ベーシック・インカム(基礎的所得保障制度)を手本にして、排出権チケットを割り当てるとしよう。おのおのはその範囲内で有害物質の排出を許され、足りない分は後述するように排出権市場で売買する。
 下水の利用、電気の利用、道路の恩恵をどれだけ受けているか、自動車をどれだけ利用しているか、冷房をどれだけ利用しているか、緑化活動にどれだけの協力があるか、これらはすべて行政が指標を作り市民や企業に対して評価することのできるものである。また、都市機能の集約化を図り、緑化活動をさらに活発にさせるなど、市でできる街づくりの取り組みにも重点的に取り組んでいく必要性がある。
 これは環日本海地域の全体的な発展に寄与する政策でもある。第一に、日本は国土の七割を森林が占める国家であり、そうした美しい自然を守り、資源として活用する産業が台頭し、自然を崩壊する産業が淘汰されていくことは国際競争力を高めるからである。
 なぜなら、排出権取引において、他国への技術供与によって削減した分の排出権は自国のものとして使えるからである。これにより、ますます自国における排出権ベーシックインカムの枠が豊かになるだけではなくて、さらにいえば、韓国や北朝鮮、中国などの環日本海地域のよりいっそうの工業化が見込まれる。高度な省エネルギー技術による産業の能率化は、環日本海地域を世界一の工業地帯へと押し上げることだろう。
 ここで、環日本海地域に範囲を限定した理由には文化的背景によるものが大きい。早くから儒教的価値観を植えつけられ、現在でもそうした礼節の意識が脈々と息づいている環日本海地域においては、一種の誠実さが要求される最先端の技術開発が進みやすいと考えるからである。新たなイノベーションにおける要は開発にかける予算額の大きさではなくて、むしろ最終的には開発にかかわる人々のモチベーションによる部分が大きい。そうした意味でも、寡黙な労働者を祝福する儒教的価値観を共有している環日本海地域諸国の発展に焦点を絞ることは、流動化する国際情勢の中で日本がとりうる選択肢としては間違っていないと私は考える。
 こうして、日本は世界一の環境保全国家として世界から尊敬される国に生まれかわる。
もちろん、それぞれに割り当てられた排出権以上の排出をする人がいるのも折込済みである。超過分に関しては、市内の金融取引市場で排出権を買うことができる。一般に、貧しい層はあまりエネルギーを消費しない生活をしているものだし、企業にしても、情報産業や、次世代エネルギー産業はこうしたエネルギーを浪費することが少ない。そうした観点から、これは外部不経済や格差の是正にもつながる政策である。これにより、経済活動と環境保護の調和を図り、持続可能な発展を目指すことができるのだ。
 また、排出権取引を利用することでグルーグマンの理論的欠点を補うこともできる。日本では、個人金融資産と国債発行額のギャップが五百兆しかない。(それぞれ、一千兆あまりと、一千五百兆あまり)。企業の内部留保や国家の資産は金融危機の後では現金化が難しかったり、社会的公共財である例が多いのでここでは考えないことにする。彼の政策は、長期的視野で見れば、金利の上昇を引き起こしかねない。(インフレ政策のため、同価値の金を返済するときにはより高い金利をつけることが求められる。)また、インフレ・ターゲット政策は、無理やりな物価の上昇をかならずやもたらすので、貧困層にとっては大変な影響がある。(それでも、デフレ不況に陥ったままであるよりは、経済全体が活性化するので、底上げされて、少なくとも働く貧困層にとってはよい結果が得られるとは思うのだが、高齢者やなんらかの理由で働けない人の生活はより悪化することになる。)
 こうした懸念を排出権取引を利用することで無くすことができるのである。
 さらに、このポイントは地域の商店街の一割引ポイントとして利用することができるので、少なくとも消費税の逆進性による貧困層への負担はこれによりほとんど解消することができる。そればかりでなく、環境問題という大局的判断を迫られる課題において、政府や地方自治体が毅然としてリスクを最小化し、むしろ価値に転化したということは、企業や個人に対して多少の負担増を生んだとしても意味のあることである。
 たとえば、イギリスではブレア政権時に、サッチャー内閣から続いてきた医療費削減の方針を改めた。十年間で医療費を倍増させたため、少なからぬ負担を生んだものの、このあいだイギリスでは年率にして三パーセントから四パーセントあまりの力強い経済成長率を維持し続けた。このように、絶対的な安心感をもたらせば、景気が低迷期にあったり、社会全体が十分に成熟し、需要がある程度飽和した段階のイギリスにおいても経済成長を成し遂げることができるのである。
 現在の日本において、先進国の中では低い租税負担であるにもかかわらず重税感が蔓延しているのはひとえに統治機構への不信が原因である。環境問題を足がかりに政府が信頼を取り戻すことで、社会保障のような負担増が避けられない問題についてもしっかりとした制度を設計することができるようになると私は見ている。

 

【参考文献】 外部負経済と格差の拡大を是正する第二の通貨 環境保全通貨という未来
ケインズ
『一般理論』巻末 オーストリアのスタンプ貨幣の部分参照
以下クルーグマン、特に注がない場合は山形浩生の訳を拠る
「ケインズ『一般理論』解説」
「経済を子守りしてみると。」
「復活だぁっ! 日本の不況と流動性トラップの逆襲 」
「崩れる将来像:1990 年代の日本 」(liddy 訳)
「金融理論とキャピトルヒル子守協同組合の大危機」(By Joan & Richard Sweeney Journal of Money, Credit, and Banking)
「Peddling Prosperity」(邦訳「経済政策を売り歩く人々」日本経済新聞社)
「The Accidental Theorist」(邦訳「グローバル経済を動かす愚かな人々」)
ジョセフ・スティグリッツ
「世界経済危機でわたしが学んだこと」
「世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す」
「スティグリッツ教授の経済教室―グローバル経済のトピックスを読み解く」
ハイエク
「隷属への道」(新自由主義においても最低限の社会保障と自由化は両立することを説明)
ベーシック・インカムの課題 : 2009年 : MRI TODAY : コラム : ニュース&オピニオン : 三菱総合研究所
Jodie T. Allen, "Negative Income Tax." The Concise Encyclopedia of Economics. 1993. Library of Economics and Liberty. 6 October 2008. また、ミルトン・フリードマンもFriedman, Milton & Rose (1980). Free to Choose: A Personal Statementで、同様の主張を展開している。
NHK スペシャル 2006年4月30日(日) 午後9時~9時49分 総合テレビ   同時3点ドキュメント(全8回)第4回「煙と金と沈む島」 
NHK スペシャル エンデの遺言 ~根源からお金を問う~

最終更新:2009年10月15日 19:43