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①林さんはどうして無税国家を目指したいのでしょうか?
 
 ここでは、無税国家が、所得税・法人税・住民税の撤廃をする国家であるという前提から話をします。現在の情勢をかんがみると、社会保障などの観点から完全に歳入をなくして、ファンドでの運用益などで国家を運営することは厳しい情勢にあると考えていますゆえ。
 
 第一に、日本は、フローよりも圧倒的にストックの多い国になったということが原因です。
 税金は、本来、公平・簡潔・平等なものであることが理想ですが、フローが少ない現在において、フローばかりから税金を捕捉するのは効率的とはいえません。
 
 所得税にせよ住民税にせよ法人税にせよ、捕捉率の差や恣意的な経費計算についての裁量行政など、さまざまな問題点から不公平が生じています。
 
 そうした点から、私はただでさえ厳しい経済情勢のなかで厳しくなったフローに税金を掛けるよりも、むしろあらゆる商取引にかかる税である付加価値税と、格差是正機能としての総合資産課税のみとした税制に切り替えるべきであると考えています。
 
 第二に、ストックよりも圧倒的にフローに対して厳しい税制は、格差の拡大(企業間も含む)を生むという視点からです。もちろん、努力によるある程度の差は許容すべきです。しかし、格差社会を正当化する論理のなかには当然機会の平等という普遍的な理念が根底にあるべきで、生まれた環境によって今後が左右されるのは封建主義に他なりません。そうした観点から、努力した人が正当に報われる社会を作っていくためにも、フローに対しての課税は控えめにするか、あるいはなくすことが必要だと考えています。逆にストックへの課税をすることで、より多い部分から課税するという意味では非常に効率的ではありますし、それをフリードマンが提案した負の所得税のような単年度収支の直接給付型社会保障に使うことで、格差の是正機能にもつながると考えています。
 
 付加価値税については、これから高齢者が増える中で、所得税・法人税の捕捉は難しくなることが予想され、またすべての人々から平等に納税していただくという観点からも必要だと考えました。これは、捕捉もしやすい税金ですし、たしかに一時的な内需の冷え込みはありますが、いずれは解消されるものです。生活必需品については価格弾力性がなく値下げしても需要が爆発的に増大することもないので、ガソリン税などを外した上、付加価値税を外すことも検討しなくてはならないかもしれないとかんがえています。
 
 具体的な例を挙げれば、たとえばこのような税制改革でトヨタ自動車や松下電器といった製造業は大幅な減税効果が見込めます。逆に、国土開発のような大規模な不動産を持ちながらも、裁量行政のなかで課税を免れてきた企業や、不良債権の処理などの問題から仕方がなかった側面もありますが、金融業や商社などにも平等に課税されます。
 
 トヨタ自動車や松下電器は、日本人の魂であり誇りです。しかし、彼らの純利益の六パーセントまでが法人税で捕捉されています。丁度、企業の研究費が六パーセントぐらいの比率であるという話を伺うので(製薬会社はもう少し高くて八パーセントです。)、法人税をなくせば、研究への投資が理論的には二倍にできます。もちろん、株主への分配などの問題もあるので、かならずしもそういう方向には向かわないかもしれませんが、これだけでポストドクターの問題などはかなり解決されるはずです。なぜなら、製造業の企業にとって、高度な技術力を維持することは、最重要の課題であるからです。
 
 このように高度な技術を持った中小企業クラスターを抱える大企業を無税国家によって優遇することによって、次世代エネルギー開発や電気自動車の開発などで日本が国際的にも優位に立つことができ、結果として国際競争力を高め、努力した層にはトリクルダウンが起こるはずです。(近年の景気回復では起きませんでしたが……規制が原因なのでしょうか?労働分配率の低下は国際的な趨勢であるうえに、日本の過剰雇用を考えれば当然の調整だし……う~む)
 
 つまり、努力して出世したのに所得税でがっぽり取られる成り上がりと、相続税をうまく逃れて悠々自適の資産家という関係が、日本では企業間においても、前者は松下電器やトヨタ自動車、後者は三大メガバンクや商社や国土開発といった感じではっきりと分かれているのです。
 
 また、こうした考えにいたるまでの個人的な経験に基づく話をするならば、母方の実家で遺産問題でもめたことが第一に挙げられます。たとえば、八十歳の人がなくなったあとに六十代の人が相続をする。そのお金は使われることなく郵便貯金に入り、財政投融資(現在は名前は違うかもしれませんが、似たような制度があるはずです)で、乗数効果が低い公共事業につぎ込まれる。銀行にしても国債を買わなければ自己資本比率規制にひっかかるのでしかり。こうした現状を変えるためには、やはり資産からある程度税金を取って、それをそれをフリードマンが提案した負の所得税のような単年度収支の直接給付型社会保障に流すことで、(貧困層というのはお金がないのである程度は使いますから)、ある程度内需を拡大するしかないと考えています。少なくとも現時点では。これは、少なくとも中抜けの多い公共事業よりは内需の拡大効果があるはずです。乗数効果などから見ると。
 
 また、これによって、予算の大部分(半分程度?)が節約でき「総合資産課税から生まれる負の所得税による小さな政府」が可能です。(フリードマンが言うように、短期的なものでは何の意味もないと思いますが。)
 
 基礎年金の国庫支出部分:10兆円
 福祉・その他:4兆円
 公共事業の雇用対策部分:3兆円
 防衛費の雇用対策部分:3兆円
 中小企業対策、地方交付金等々の社会保障的部分:10兆円
 農業完全自由化:5兆円
 特別会計のムダ部分:15兆円
 合計:50兆円
 
 第二には、父親の苦学の経験です。父親の実家は建設会社を経営していたのですが、中学の時に倒産して、二千万円の借金を抱えた上、農場や家屋なども手放しました。そうした中で、父親は新聞配達をしながら大学に通い、大手の製薬会社に就職して、年収は一千万円を超えました。
 
 しかし我が家では、新聞配達から這い上がって稼いだお金であるにもかかわらず、前述の不動産などよりも多額の税金を払わなくてはなりません。(もちろん、相続税というものがありますが、捕捉には限界がありますし、さまざまな抜け道があります。悪知恵の働かないサラリーマンの所得税には、ほとんど抜け道がありません。)そうした現状をかんがみると、やはり努力した人が正当に報われるという近代の資本主義社会としては当然の形態がしっかりとできていないように思えるのです。
 
 その元凶としてあるのが、現在の法人税・所得税を中心とした税制であると考えています。以上の点より、私は、所得税・法人税のない無税国家が目指すべき道であると考えています。
 
 考え方のなかに、これは~主義であるとか、そういったものがあるかもしれませんが、先日の中央公論で竹中氏が述べていたように、現実の政策立案というのはあくまでも理論ではなく現実に即したものであって、その時々の情勢によって変わるものだと思います。彼はその例として、規制を厳しくした「金融検査マニュアル」について紹介していました。
 
 あの発表から、金融危機が起こり、ヘッジファンドは影を潜め、(ソロスさんのファンドでさえ、読み違いを起こしてあまり儲けられなかったといいます)、格差の拡大が問題となり、あまりにも多くのことが変わってしまいました。
 
 しかし、現時点での私の、所得税・法人税・住民税をなくすという主張は変わっていません。ただ、方法論として少し変わったことは否めません。ヘッジファンドによる運用から、すべての税金をなくし、役人の利権となる規制を排除し、総合資産課税と付加価値税に一元化する、という方法へと変わったのです。
 
②そもそも国や世界がどうあるべきだと考えますか?
 
 まず、国家についてですが、なるべく民間部門の活力を削がないように、必要最低限の役割(国防、警察)と、失業者に対しての必要最低限の単年度収支の直接給付のみをすればよいと考えています。とくに、年金については、少なくとも基礎年金部分についてのみ最低所得保障制度(負の所得税)で保障した後に、二階建て部分の二階については民間部門に任せればよいと考えています。もともと金融商品なので、民間に任せたほうが運用などもうまくいくでしょうしね。
 
 また、産業振興を国が担えるとするのは間違いです。たとえば、かつて高度経済成長期に経済産業省で自動車の三社構想というものがあったそうですが、これが実現すればホンダもダイハツもなかったでしょう。やはり、民間部門の自由な活動による活力だけが産業を発展させるのであって、役人が作るレールなどというものは、役人の仕事を作るための自己目的的な意味のないものだと考えています。例としては、東京都認可商品しか東京都の下水道管には使えないそうですが、同じ会社(日本製です)の商品が、シンガポールでは、四分の一で購入されています。外郭団体が作る貼るシールにお金がかかるのだという話も、企業の経営者の方から伺ったことがあります。こうしたことから、おそらく役所による産業振興とは、役所の内部を潤すだけのものであり、そうした点から乗数効果も低いのではないかと考えています。ですから、政府による介入は最小限にとどめ、足りない部分は、個々人への直接現金給付で補う方法がよいと考えています。(これによって、少なくとも役所内で常態化している横領や背任は起こりにくくなります。)
 
 世界については、近年の金融危機の中で保護貿易的な動きが強まっていますが、むしろ、いまこそ自由貿易を拡大し、危険な動きを厳に戒めるべきだと考えます。もちろん、グローバリズムには、フェアトレードが実現されていないなどの構造的な問題は否めません。しかし、リカードが述べたように、比較優位にある産業のみに力を注ぐことによって、より力強い反映が確保されます。
 
 あえていうならば、私は各国の産業については、切捨てなくして発展なしという考え方です。たとえば、第二次世界大戦後に日本では軍需産業が禁止されたために、航空機産業の人々が自動車産業へと移り活躍しました。現在も、公共事業費の削減などで建設会社の中には農業技術の開発に活路を見出して成功している企業もありますし、タクシーの規制緩和などから、老人向けの小規模バスを運行し、そこに活路を見出している企業もあります。また、自動車産業についていえば、厳しい排ガス規制は、エコカーにおいて世界でもっとも優れた日本車という評価を生み出し、燃費も飛躍的に向上させました。このように、危機や切捨ては工夫次第では好機となります。ですから、保護主義的な傾向に陥らないで、多少の切捨てがあったとしても、優位な産業に力を注ぐ自由貿易経済が望ましいと私は考えています。
 
 また、EUやアメリカ圏諸国では、FTAやEPAが締結されています。一方で東アジアは、こうした広域自由貿易圏の空白地帯です。現在、アメリカとのFTAが農業団体からの非常な圧力により頓挫しかけていますが、東アジア地域、特に中国との広域自由貿易圏化はこうした衰退の一途をたどる農家にとってもまたとない好機です。中国にも、日本の安全で高度に衛生管理された食品を輸出し、好評を博することが出来れば減反政策も必要なくなるかもしれません。(実際し、試験輸出した米などは好評を博しています。)
 
 ですから、たとえば「大きな政府」や「保護貿易」が、それ以上の発展も見込めず、工夫もないのに対し、「小さな政府」や「自由貿易」はそこにある問題ですらも、工夫によって自己解決する機能があります。
 
 そういった点から、私は国家はあくまで「小さな政府」であるべきだと今でも考えていますし、貿易についても、少なくとも日本の国益という点から考えれば「自由貿易」を推し進めるべきであると考えています。