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原武史(明治学院大学国際学部教授)

 この「事件」を聞いて思ったのは、最高権力者に一般の人々が物理的に近づくこと自体を忌避してきた、この国の「負の遺産」でした。
 96年に朝日新聞社から出した『直訴と王権』で、私は隣国韓国(歴史的には朝鮮王朝)と日本の近世、近代を、「直訴」という観点から比較しました。
 簡単に言えば、朝鮮王朝では奴婢を含む一般民が国王に直訴する制度が合法化され、王宮の門前に集まった人々の訴えを国王が聞くような光景が現れるのに対して、日本では将軍への直訴は死罪、天皇への直訴も不敬罪とされ、対話どころか直接その姿を見るだけで目がつぶれると信じる人々が多かったという違いがあります。もちろん、戦後になると、そうした規定はなくなりますが、何かを訴えたいなら選挙で意思を示せばよいという代議制民主主義が定着する一方、最高権力者に直接近づいて意思を示すのは違法だというメンタリティはなお残存したのではないでしょうか。麻生邸に物理的に近づこうとしただけで、「不敬」とされる空気が作られる所以だと思います。
 近代の天皇制は、不敬罪で直訴を防ぐ一方、最も恵まれない人々に「仁慈」を施すことで、最底辺からの支持を得てきました。つまり、下から何かを訴えることは禁止する代わりに、上から手厚い保護の手が伸びてくるわけです。ハンセン病患者にせよ、被災者にせよ、その慈しみを受けることで、人々は熱烈な皇室崇拝者になっていきました。
 今回は麻生邸への行進を阻止されたわけですが、これが皇居だったらどうだったかと思わず考えてしまいました。もちろん皇宮警察がすっ飛んでくるに違いないでしょうが、皇室はそれを無視できるのかという問題は残ると思います。それとも彼らは、「皇室はあくまでただじっと耐えている良心的な?国民だけに仁慈の手をさしのべるのであり、あなたがたのような、自分から訴えるような節度のない?国民を助けたいとは思わない」とでも言うのでしょうか。もしそうだとしたら、皇室自身がなお戦前の不敬罪の呪縛から免れていないことになると思います。




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