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 悟飯は汗をかいた手をズボンにこすりつけた。

 庭の木の下に座り居間の窓を見ると、亡き父の椅子に腰掛け、テーブルを挟んで母と
向かい合う男性の後頭部が見えた。母は笑いながら何かを話している。今はその部屋に
入りたくなかった。

「兄ちゃん、お家、入ろうよ。」
隣に座った悟天が悟飯の上着を引っ張った。
「もう少し待ってね。今、お母さん達は大事なお話をしているから。」
「でも、ぼく、ケーキ食べたい・・・」

 ― 口にあうといいんだけど。」
 はい、どうぞ。家に来たとき、その男は悟飯の目の高さまで腰を屈め、両手でケーキの箱を
渡してくれた。悟空のような威丈夫でもなく、小太りの男だが、眼鏡から覗く目は象のように
優しかった。

「あのおじさん、ぼく達の新しいお父さんになるの?」
「まだ決まったわけじゃないよ。」
 幼い弟の問いに、悟飯はまた掌の汗をズボンで拭いた。
「悟天は新しいお父さん欲しいの?」
「よく、わかんない。兄ちゃんは?」
「兄ちゃんは・・・兄ちゃんは、お母さんがあの人のこと好きなら、それでいいよ。」
悟飯は手に滲んだ汗をまた拭いた。

 夕べ遅くまで、チチと牛魔王は話しこんでいた。
― チチ、おめえの気持ちも分かるだども、この先のことさ考えたら、やっぱり誰か・・・
― おらの知り合いでな、そりゃあ真面目な、いい人だ・・・いや、悟空さもいい男だっただども・・・
― おめえのことも、子供達のことも全部、承知してくれてるだ。こんないい話はねえ。

 おそらくは悟飯と悟天に聞かれまいと、声を押し殺して話していたのだろう。だが、研ぎ澄まされた
悟飯の神経は全て聞き取った。悟飯は手の汗を布団で何度も拭いた。

― なあ、チチ。おら、もう若くねえ。おめえや悟飯や悟天のこと考えたら、死んでも死にきれねえだ。
 牛魔王の涙声に、チチはその人と会うことを約束した。
 悟飯の手にまた汗が滲んだ。

 「あ!出てきた。兄ちゃん、あの人、出てきたよ。」
 玄関に男とチチが出てきた。男はチチに深々と頭を下げた。チチは膝につくほど深く頭を下げた。
 「こっただ、山ん中までわざわざ来てもらっただに・・・!」

男は悟飯と悟天に気がつき、二人のもとへ来た。
「おじさん、もう、帰っちゃうの?」
悟天が人懐っこく話かける。
「うん。」
「また来てね。」
「うーん、それは・・・」
男は口の中で何か呟いたが、はっきり答えず、ただ悟天の頭に手を置いて「元気でね。」と言った。
そして、その手を悟飯に差し出した。悟飯は、慌ててズボンで掌を拭いてから、男と握手をした。
「お母さんを大事にするんだよ。」
悟空と違って柔らかい手だった。

「悟飯ちゃんも悟天ちゃんも、こんなところで何してただ?」
「ねえねえ、お母さん!お母さん、あのおじさんとサイコンするの?」
悟天がいきなり確信をつく。悟飯の手にジワリと汗が滲む。

「しねえだよ。」
チチはきっぱりと言った。

「さあ、家に入って、ケーキさ食べよう。」
「うん!」
悟天はチチの手に飛びついた。
「さあ、悟飯ちゃんも、そんなとこさ突っ立ってねえで、家さへえろう。」
チチは悟飯の手を掴んで、ハッと悟飯の顔を見た。
「悟飯ちゃんは、やっぱり悟空さによく似てるだな。」
チチは悟飯の汗ばんだ手をしっかり握った。
「大丈夫だべ。母ちゃん、誰とも結婚しねえから。」

 右手に悟飯、左手に悟天の手を握って、チチは家に入る。大切なものが一つ欠けているが、
これからも親子三人、楽しくやって行こう。


「悟空。おぬしの妻、縁談を断りおったぞ。」
頭の触覚を動かしながら界王は、背後に立つ悟空を振り返った。
「どうじゃ?安心したじゃろ?」
「オラ、死んじまったんだ。チチがどうしようと、オラがとやかく言うことはねえさ。」
「なんじゃ、相変わらず素っ気ないのう。まあいい。それより、悟空。この皿を向こうに持っていってくれんか?」
悟空がその皿に手をかけたとき、皿は悟空の手を抜けるように床に落ちて割れた。
「こりゃ、悟空!大事に扱わんか!!この皿は貴重な皿なんじゃぞ!」
「わりい、わりい。手がすべっちまった。」

悟空は汗でぐっしょり濡れた両の掌を道着にゴシゴシとこすりつけた。


(終)