ロマンティック(序)
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ゆっくりと目を開くと、視界を潤すようにゆるゆると見えてきたのは降るような星空だった。天を2つに分ける
ように長大に横切る銀の星の河だった。
しばらくぼんやりとそれを眺めていて、少女は自分の視界が涙で曇っているのに気づいた。なぜだろう、と
考えながら、自分がまだ昼の熱の残る大地に横たわっているのだと気付いた。長い黒髪を柔らかい春の若葉の
上に広げて。生まれたままの姿で。
ああ、そうか。
体が重くひどく痛かった。寝転がったまま目をめぐらせると、あたりに自分の着ていた紺と赤の胴着が、そして
下着が散らばっていた。まわりは誰もいない。しんと静まり返って、なんの音もない。少女は、ひとつ幽かに
ため息をついて身を起こそうと身を捩り、地面に顔を伏せたが、そこでぽたりと涙が落ちた。
いってしまったのだろうか。あの人は。
満足して、自分をひとり置いて。
あれはひとときの夢だったのだろうか。それとも単なる戯れか。
夢ではないことは、自分の身体がよく知っている。初めて男を受け入れた証の、痛さが残っている。注ぎ込まれた
ものの名残が、腿に伝っている。
それは7年近くひそかに思い描いたその行為よりも、どんなにか熱く、おそろしく、力強く、強引であらがえず、
そして幸福だったことだろう。
いつしか握り締めていたのだろう土くれで汚れた手で、それでも頬を拭きながら少女は泣いた。これから自分は
どうすればいい。また、あてどもなくあの男を捜すのか。花の顔(かんばせ)が歳古(としふ)り色褪せるまで、
このひと時だけを支えにひとり生きなければならないというのだろうか。なんて残酷な男なのだろう。
それなのに、なぜこうも、今までにも増して恋しいのだろう。
そこに、ばらばらと上空から白い花弁が舞い落ちてきた。思わず見上げると、下着姿の少年が、両手に甘い香の
幾多の果物を抱えて天から舞い降りてくるところだった。彼女は、その木の下にいたのだった。
「…泣いてんのか、チチ」前に降り立つなり少年はおずおずと問うてきた。
「だって」声を聞いて、少女は抑えていた嗚咽を高くした。「悟空さ、行っちまったと思って」
「オラの服あんだろ、そこに」少年は足元に果物を置いてひざまずいた。「そそっかしいなあ。置いていくわけねえ
だろ。これからずっと一緒なんだから」
広げた腕に飛び込むと、顎を上げさせられて唇を吸われた。味見をしてきたのか、夫の唇は甘く、酔いしれそうな
味がした。
少年は少女を腕に抱き、宥めながら思う。
きっと、好きなのだ。もう、どうしようもなくこいつを好きなのだ。
この目も、唇も、この腕も、この耳朶も、この髪も、この甘い体の匂いも。この熱も。そして、自分を恋しがってほろほろと
泣く、このいじらしさも。
だから、もう離れられない。それが、一緒になる、ということなのだ。
はじめは、この自分をそうまでさせられるはずはないとたかをくくっていたのに。
だからちょっとあの時、組み手を仕掛けるような気持ちで仕掛けてみただけだったのに…。
ロマンティック(1)
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眼下に、激闘によってほとんどすっかり更地と化した島がぐんぐんと遠ざかっていく。悟空は一転視線を天に
向けた。雲も消えうせ、まばゆいばかりの5月の太陽が青い空に煌々と輝いている。さっき思わず飛び上がった
ときにも思ったけれど、まるでこの景色ときたら自分の今の心模様のようだ。
ついに天下一になったのだ。一番だ。言葉どおり、自分は今この世で一番幸せなのだ!今まで生きてきた、
どんな時よりも!
「ご、悟空さっ」
そんな幸福に酔いしれていたところに、後ろから不意に悲鳴がかかった。
「もうだめだ、おら、落ちちまうだ!早く引っ張りあげてけろ!」
「わりいって」
「もうホントおら死ぬかと思っただ!ぐんぐんぐんぐん、ものすごいスピードで垂直にあがってくんだぞ!?
必死でしがみついてたけど!悟空さは空飛べるらしいからいいけど、おらのことも忘れねえでけれよ!」
正直歓喜から現実に文字通り引きずり落とされた悟空は内心密かにがっかりしていた。
ホントは半分忘れてたのだけど、それを言うとさすがに抱きかかえているこいつが耳元でこれ以上の罵声を
浴びせかけてくるのは目に見えてたので、悟空はゆるやかな水平飛行に移った筋斗雲の上でへらり、と笑って
抱えあげていた少女の体を降ろそうとした。降ろそうとして、やけに相手が柔らかく細いのに気付いた。
何度かこいつから抱きついてきた事はあったけれど、自分から腕を回して抱えたことなどなかったので。
まだ必死にしがみついてくる腕のつけね、柔らかい二つの丘がこちらの胸に押し付けられている。恐怖に震えている体の中の
速い鼓動を伝えている。ぶるぶると怯えているそのさまがなんだかとてもか弱げで、思わず頭を子供にするように
撫でてやった。すると、少女が拗ねてそっぽを向きながら自分から離れた。
しばらくすると、悟空の後ろに彼女は昔のようになんとか落ち着く位置を見つけたようだった。それで悟空は、
なんとなくあの出会いのことを改めて思い出した。
もう7年近くも前なのか。なるほど判らないわけだ。あのころはこいつだってまだ小さかったのに。
そう考えたら、こんなに大きくなったこいつを軽々と抱きかかえた自分が、急に大きくなったような気がした。
そうか、もうガキじゃないんだ、自分達は。だから、夫婦と言うものになったっていっかなおかしいことなどない
のだ。
実際はまあ世間から見たら随分それでも若い夫婦ではあったけれど、悟空は今更だがそう得心した。お嫁と
言う単語は知らなかったけれど、クリリンやヤムチャが言っていた結婚と夫婦という言葉の意味くらいはいくら
なんでも知っている。だからこそその説明で納得し、その上での「じゃ、『ケッコン』すっか」だったのであって、
まただからこそこの雲に飛び乗った時に迷わずこいつを連れてきたのだ。実のところそんな深い考えがあった
わけじゃないけれど、世界を巡っていろんなものを見てきて、男と女がいつしか相手を選び夫婦と言う単位になって
一緒に暮らすようになることくらい知っていたつもりだった。約束したならというきっかけでも、まあいいやと思うほどには
自分はこいつに不満はなかったということだろう。
でも、それなのに、何故自分はいちいちこいつに触れられるたびに、そして触れるたびに動揺するのだろう。
いちいちこんなことでは疲れてしまうではないか。折角神殿で平常心と言うものを学んだのに、こいつはいとも
たやすくその壁を打ち破ってしまうのだ。
無言でそう考えてながら雲を走らせる。そういえば自分はどこに向かっているのだろう。なんとなく勢いで飛び出して
きてしまったけれど、特にあてどがあるわけでもない。
「なあチチ、これからどこ行くんだ」
そう振り返るとチチがバランスを崩して自分の肩にしがみついてきた。その拍子に肘が悟空の脇に触れて、
少しぬるりとした感触を残した。
「あ、ごめん、汚しちまっただな、折角新品だったのに」
「なんだ、おめえ怪我してんじゃねえか、肘んところ。結構血ぃ出てるぞ」
「穴に飛び込んだときにどっかぶつけたんだべ、きっと」そう言うと少女が帯の内側を探った。「よかった、おらの
旅の荷物カプセルに入れといたのは無事だべ。この中に救急セット入ってるから、その辺適当な島でも降りてくれれば、
包帯でも巻いてどうにかするだよ」
そこで雲は眼下にあった小さな孤島に向かった。
ロマンティック(2)
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降りるときにぐるりと気を探ってみたがどうやら無人島のようだった。そうそう強い動物もいないらしい。中ほどに
草地が広がっていたのでそこに降り立ちカプセルを放り投げると中から大きめの鞄が出てきて、中からチチが
小さな救急箱のようなものを取り出した。
「うーん、とりあえずお水で洗いてえだなあ」
「じゃあちょっとオラ水探してくらあ」
「待って、おらも行くだ。置いてかねえでけろ」
鞄を担いで、チチが後ろを追ってくる。
ジャングルとは言えないまでもよく茂った熱帯の森の中はひどく暑く、甘く篭ったみどりの香りがする。日も
だんだんと落ちかけてきた。人もほとんど来たことがないのだろう森の上には、数多くの鳥が渡っている。
その中を悟空は、時折チチのことを振り返りながら水の匂いを辿って歩いた。女と言うのは歩くのが遅いな、と思う。
しばらく行くと岩場の影に清水の湧き出しているのを見つけた。舐めてみたけど悪い水ではないようだ。
「悟空さってば歩くの早いだ。あんな重いもん着てるくせに」
「鍛えてるからな」
「そういう問題じゃねえだ」チチがやや上気した頬を膨らせた。「ちょっとは待ってくれたってええだに」
ハンカチに浸した水で肘を拭き、痛そうな顔をする。怪我したのは右腕だ。
「貸せよ、包帯巻いてやらあ」
チチが白い細い腕を捻ってこちらに差し出した。手に取るとよりそれが細く感じられた。やや傾いて角度のついた
木漏れ日が白くきめの細かい腕の内側の肌に差して、輝いている。そのまま脇に続いていくしなやかな曲線。
こちらの肩に乗せている小さな手がやけに熱い。その手首の脈が、また早まっているのがわかる。わかってしまうのだ。
「悟空さ、包帯巻くの上手だな」と、チチがボソリと言ったのだが、悟空は無言だった。包帯は、そりゃしょっちゅう神殿で
自分で巻いていたから。そりゃ凄い修行だった。毎日毎日、へとへとになるまで修行した。いろんなことを叩き込まれた。
体術、戦闘、気の扱い方、このような、気配の読み方。気の練り方。時には孤独で気が狂いそうになるほどの修行だって
あった。そして、最低限の知識。そんな3年。
自分は、もう子供じゃない。そう、3年で、変化したのだ。眼前で崩した、チチのしなやかな脚を見ながら思う。思い出して
しまったひどい孤独。いや、それはもうない。ないはずだ。
だって、こいつが一緒なのだから。そうだろう?
「ほれ、巻けた」
留め具がなかったので適当に包帯を歯で裂いて結んでやってから、ぶっきらぼうに悟空は肩に乗った手を叩いた。
「ありがと、悟空さ」
微笑み返されたところで、そばにあった白い花の木の向こうで高い鳥の声がした。思わず振り返ると、小さな
茶色い鳥の前で、一羽の青い鳥が羽を広げてダンスのようなものを踊っている。
わあ、とチチが声を潜めた。『可愛いだな』
『雄が雌の前で踊ってるんだな、つがいになろうとして』
チチが肩にかけた手に重心をかけて覗き込んできた。
『求愛のダンスってやつだな』
そのやりとりで、なにかがかちりと嵌った。
ロマンティック(3)
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すぐ顔の横にある白い耳朶に唇を寄せてみると、チチの身体が跳ね上がりそうになった。そこを押さえつける
ように腕の中に閉じ込める。
『じゃ、こっちもすっか』
ひとこと言うと、丸い大きな黒い目が呆然とこっちを見返してきた。
「するって…!」
『静かにしろって。あいつらがびっくりしちまうぞ』
『するって』片腿の上に座り込む形になったチチが身を捩る。
『あいつらと同じだよ。子作りだよ。決まってんだろ』
チチの動きが止まった。首まで真っ赤になって、潤んだ目でこっちを見ている。身体から力が抜け、緩んだ
ひざがこちらの脚の間に落ちかかってきた。落ちたところで、またチチがびくりとなって膝を上げた。そこにあるのは、
変化しきった…準備の整ったものだ。
神殿にいる間に訪れた身体の変化にはじめは戸惑ったものの、師匠役である神の付き人に尋ねてみたら、
『それは、いつかおまえが子供を作る時のための準備だ』と教えられた。『だから、今はそれに囚われるな、
修行を終えてそのうち相手を見つけてから考えればいい。その時判るだろう』とも。
まさに、今がその時ではないか。自分達は夫婦と言う名のつがいになった。つがいが為すことと言えば
子供を作ることではないか。
『おめえ、オラが何も知らねえって思ってんな?まさか、おめえ知らねえってんじゃねえだろな』
『そ、そのくらい…知って…!でも、悟空さ、お、オヨメも知らなかった癖に!』
『オヨメって言葉を知らなかっただけさ。ケッコンくらい知ってたぞ。まああの約束した時はそれも知らなかった
けどさ』
『でも、いやっ、こんなとこで!』チチの腕がこちらの胸板を押して離れようとした。『だって、まだ式も
あげてねえだにっ!誰か来たら』
『こねえさ』
一言言って無意識に腰を撫でると、あ、と鳥の鳴き声のようなか細い声が漏れて、急にどきりと心臓が跳ねた。
足を掴んで、自分の胡坐の上にまたがらせる。服越しに、二人の熱が高まっていくのがわかる。
抱きしめる。どちらのものともつかぬ鼓動がどきどきと轟くようだ。
柔らかくて熱い。頬を寄せている髪を束ねたうなじから後れ毛が2,3本、こちらの熱い息に揺れている。
甘い体臭が、かすかな汗に混じって鼻先を漂いだす。胸に吸い込むと、なんだか途轍もない充足感が肺から
全身に広がってきた。
やばいかもしれない、と思う。
何が?
でも多分、このやばさを予感していたから、自分はいちいち動揺していたのだ。
負けるものか。自分は、あんな修行までして心を鍛えたのだ。
そんな簡単に、こいつに降参してたまるものか。囚われきってたまるものか。
『や、いや。だめ。許してけろ、悟空さ』
衝動に駆られて、獲物を捕らえた山犬のようにチチの首筋を弱く噛むと、また、キュウ、と鳴くような声があがった。
無意識なのか、自分の股座に擦り付けられる、熱く湿った彼女の部分。
あ、とこっちも声をあげそうになった。正直、その瞬間まではやめてもいいと思っていたのだが、それで完全に
悟空の箍は外れてしまった。
ええと、どうすればいいんだったか。今の今まで忘れていた、昔授業で使っていた国語の教科書を記憶から
引っ張り出してくる。
そう、まずは、キスというやつだ。
ロマンティック(4)
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何回目かのキスの途中でチチが目をうっすらと開けると、傾いた太陽が木の陰から長い六角柱をひいて
睫毛の向こうに煌いているのが見えた。
上半身をはだけた悟空が自分の上に馬乗りになって、執拗に舌を絡ませてくる。さっきのしかかられた時に
例の重いシャツのせいで危うく潰れそうになったのだった。
これは夢かもしれない。いい夢だろうか。それとも悪い夢だろうか?いずれにしても、これは彼女の長年思い
描いていた夢の場面よりははるかに悪い夢だった。
誰もいないとは言え、なぜ自分はこんな青空の下、お天道様のあるうちからこんなことになっているのだろうか。
んん、と唇を吸われながら胸に這う掌の動きに首を打ち振れば、解かれた黒髪が土にまみれる。上だけはだけられた
自分の体の下の柔らかい草が、肩口でつぶされている。
悪い、と思う。怖い、と思う。おのれは本当に、さながら仕留められて断末魔をあげる小さな獣のようだった。
でも、この人の目が切なげに熱を帯びて自分を見るたびに、その唇が自分を求めるたびに、たまに自分の名を呼ぶたびに、
それこそ天国に上るような心地になってしまうのだった。
擦り合わされる素肌の胸と胸の感触に、その信じられないほどの敏感さと熱さに、はふ、とため息を漏らすと、
夫の目が満足げに弧を描く。自分の心身を、快楽と言うものが支配する。
思わず背中にしがみつく。なんて広い背中だろう。あの頃とは全然違う。まだ自分より小さかったあの頃とは全然。
隅々まで鍛え抜かれた身体は、見た目に反してひどく心地がよかった。
先ほど手当てをしてくれた時に初めて意識した夫の掌。途轍もない気をあやつり、敵を打ち倒す掌。
それが優しげにしようと努力しているのがわかる手つきで自分の上を滑り、素裸の胸を掴みあげるごとに、周りの
現実が消えていくような気がする。感じられるのは、自分とこの人だけ。
まだ胸のあたりに残る血の跡をなぞる。
ああ、この人は生きてる。生きて、ここにいる。死んでない。ここにいる。
『あ、悟空さ、好き』
赤子のように乳房に吸い付いて離れない頭をかき抱いてのどを上げた。逞しい腕に一層の力が篭った。
ここからどうなるのだろう、とチチはぼんやりと考える。なんとなくは知っている。でもちゃんと考えたことなんて
なかった。この人はなんだか色々と知っているようだけど、本当に初めてなのだろうか。
ロマンティック(5)
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初めてに決まってるじゃねえかと答えて、悟空ははじめて見る、女のその部位をまじまじと見つめた。師匠や
ブルマの父が持っていた本を見た事はあったけれど、なんとなくぼんやりとなっていた部分。
『いやっ』
真っ赤になったチチが身を縮こまらせようとするが、両足を掴んで持ち上げ、胴着の前垂れに隠れてしまいそうな
そこを覗き込んだ。
乱れている、とはこういう様を言うのだろう。髪は豊かにつややかに地面を覆っている。その上で上半身を
はだけさせ、帯をしどけなく緩め、ズボンと下着を膝下まで下ろして白い腿を露にさせている。
赤い帯が仰向けになって開かれた胸の間を横切って流れているのがぞくりとするほど綺麗だ。柔らかな
白い胸の先端は、さっきまで自分が夢中になって吸い上げていたせいで淡いピンクからすこし色づいて
てらてらと濡れそぼっている。
いっそこの帯で縛ったら観念するだろうか。いい加減に諦めて、素直になればいいのに。
気持ちいいくせに。
もっと気持ちよくしたら、観念するだろうか。自分に、身を任せきってくれるだろうか。
いつかわけも分からず習い覚えたとおりに、そこに手を伸ばす。さすがに砂で汚れてたんじゃ気の毒だから、
もう下着一丁になってはだけた自分の腿で手を拭ってやってから。片方で広げ、片方で突起を、襞を回すように
いじっていると、ぬらりと指を粘液が伝った。真っ赤になって声を抑えているチチを見下ろす。
『みねぇ…で』
耳を貸さず指を入れると、あ、と大きな声で鳴いた。赤い谷間に、指が飲み込まれていくたびに、高い声が漏れる。
動物の雌は雄を誘う匂いを出すのだ、と遠い昔に祖父に教えられたとおりだと思う。交尾に誘うためにと。
そうか、これがその匂いなのだ。
もうだめだ、我慢できない。
自分でも恥ずかしくなるほどの焦燥に導かれるままに勢いよく下着を下げると、逸(はや)った物が天を衝くように現れでた。急いで
チチの膝を担ぎ上げ、片方の靴だけを脱がして放り投げる。足先から片方だけ、下着とズボンを引きずり抜く。
「入れっからな、いいなっ」
見下ろしながら大きい声でそう宣言し、覆いかぶさるとチチの腕が背中に回った。諾を得たと合点して、足を上げさせて、位置を確かめる。
身を沈めはじめると、頭の横から、くう、と押さえきれない声が降ってきた。何かを堪えているような。
見上げると、小さな耳元がしとどに濡れていた。歯を食いしばって、涙を流しているのだ。
「…どした?」
飲み込まれていく感触に我を忘れそうになったが、何とか聞いてみた。
「…いたいだ、すげ…痛い」
「オラは、気持ちいいぞ…?」
「だって、…初めてだから、おらは…っ。お願い、ちょっと待って、けろ」
痛いと言われたって、頭のどこかがもうふっとんでしまっていて、抜けるはずもない。こっちだって、辛いほどに
きつくて気持ちいいのだ。眉をお互いに顰めて、とりあえずひたすら耐えた。どのくらいだっただろう。
奥にたどり着いて、またチチが苦しげな呻きをあげた。
チチが握り締めている赤い帯を、こちらも握り締めた。手繰って、爪を立てていた背中から手を外させて、手を握り合う。何度も
確かめ合うように。指を組み合わせて、落ち着く場所を見つけると、まるで自分達がはなからこうやってかみあう様に
作られたパズルか何かだったような気がして、胸の奥がじん、と痛くなった。
「痛いだよ」チチが囁くように言った。
「我慢しろ」悪いとは思ったが、はねつけるようにきっぱりと言ってやった。片方の指で、日差しに煌いている目尻を
拭ってやる。
「うん…今のは、手が、だけどな」
微かにチチが笑った。その顔がなんだかとても大事に思えて、手の甲の、指の付け根の間接に唇を寄せた。何度も。
もう片方の腕が伸びて差し招いたので、組み敷いた、砂にまみれた腰を持ち上げ、身体を曲げさせてのしかかり唇を重ねた。
何度も、何度も。
自然、腰が動き出す。たくし上げた胴着の前垂れの中に、おのれのものが吸い込まれていく。どんどん、どんどんと。
そのたびに白く丸い胸が柔らかくたゆたうのがなんだかとても良くて、さらに止められなくなる。
ロマンティック(6)
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噛み締めて痛みを堪えたい唇を奪われ続け、陶然と霞がかった頭の中に、やがて快楽がともり始めた。
「あ、あ、あ」
穿たれるごとに漏れる声。それごとに、触れ合う体の熱が心地よい。
「チチ、いいぞ、すげえ…いい」
激しい息を漏らしながら自分にのしかかってくる重みが、何より気持ちよかった。この人が、何もかも自分に
埋没して、没入して、今夢中で腰を打ち振っている。痛くたって、この満足の何が減じようか。
「あんっ」
初めて大きな声をあげて、その声音に、それほどにもう許しきって、委ねきって、幸福なのだと自ら知る。
それは相手にも伝わったようだった。
「~っ!チチ!」
いきなり抱きすくめられ抱えあげられて、最初に抱きしめられたような形になった。突き上げられてまた大きな
声を出す。身体の奥底まで貫かれて、自重でさらに奥に。
こんなに大きいなんて。そりゃ痛いはずだ。なのに、もう慣れ初めてあまつさえそれをずっと入れていて欲しいと
願っている自分が信じられなかった。
ああ、もう、自分は身体の芯からこのひとのものなのだ。そう感じると、また睫毛を涙が濡らした。
「…チチ?まだ痛えか?」
「ん、も、マシだ、けどもうちょっと、ゆっくり」絶え絶えに囁きながら首根っこにしがみつくと汗の匂いと土の臭いが
する。突き上げられるまま首をのけぞらせるとみどりの香りがした。どこからか漂う花の香りも。
そのうち夫が動きを緩めて、ゆるゆると腰を動かしながらこちらの腰にまだ絡みついた帯を解き始めた。
ぼんやりと、随分と太い赤い糸だと思う。
服を剥ぎ取られ、足首を持ち上げられざままた大地に身を委ねると、もう片方の靴と下穿きも剥ぎ取られ、
本当に全裸になった。茜色の日差しが、身体を照らしあげているのがわかる。
逆光の中自分を見下ろしてくる視線を、包帯を巻いた片腕をかざして堪えながらも思う。
これは自然のことだ、と。脈絡もなく。それは惨めな言い訳でもなく、とりつくろいでもなく、透明に頭の中に広がった
悟りのようなものだった。
いきなり抜かれて、驚いて目を見開くと、身体を抱きかかえられてうつ伏せにさせられた。
土から顔を庇って手を下に敷いている間に、後ろから無骨な指が無遠慮に濡れた襞を分けた。思わず腰を引くと
腰骨を両から抱えられて、引きずられるように突き出す格好にされ、そこに一気に突き入れられた。
思わず背をのけぞらせ、ついで突っ伏した。はじまったより深く穿たれる動きに、もう声も抑えることができなくなってきた。
頭の中のわだかまった快楽が何処かに向かって収束していくような感覚がする。向かうのは、突き入れられる動きの、もうすぐ先の方に
待っている見知らぬ世界だ。
ロマンティック(7)
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「あ、悟空さっ、悟空さあ」
後ろ手に伸ばしてくる腕を掴んで、のけぞりそうな姿勢で腰を打ち振る。
もうちょっと、優しくしてやろうと思ったのに。だめだ、もう止まらない。
もう少し、…あと少し。
「も、出る。出すぞ、中に、いいな」
泣いてるように聴こえる喘ぎをひと突き毎に漏らし、絶え絶えな答えが返ってくる。
「ん、は、早くぅ…っ、おら、もう、」
一段、さらにのけぞって、腰を突き出して。
ややあって、呼吸を整えながら、それでもなお中に出しながら、見下ろす。必死で身体を捻ってこちらを見ようと
している眼差しに、こちらに伸ばそうとしている手に気付く。
一瞬抜いて、乱暴な手つきで転がして対面にさせてまた一気に挿入する。飛び散ってしまった白い粘液が
白い腹に、夕日を受けててらてらと輝いているのが見えた。
胸に突っ伏すと、白い双房は激しい息に上下しながらも柔らかく弾んで、悟空の頬を優しく包んだ。
うっとりと目を閉じる。どちらのものかも知れぬ痙攣に、なすがまま身をあずける。
神殿で、たまに自分で始末していた時にいつもなんとなく感じてた後ろめたい白い快楽が、やっと行き場を
見つけたのだと思う。それはこいつだ。こいつしかありえない。
そうぼんやり考えていると、不意に白い手が伸びてきて、悟空の頭をこの上なく優しい手つきで撫でた。一瞬ひるんだが、
やがてまたうっとりと目を閉じて、その手つきに身を任せた。魂の奥からひたひたと染み出る、忘れかけていた安堵に。
祖父のことを思い出した。そして、なぜか、自分を捨てたのだろう母親のことを思った。恨むでもなく、嘆くでもなく。
そのうち、その手の動きが止まった。顔を上げると、チチはそのままぐったりと眠りについてしまったようだった。
身体を引き抜くと、白い腿の間から白いものとうっすら赤い血がまじって、地面に滴り落ちていた。
しばらくそれを眺め、また頭をもたげて来そうな情欲を一旦押さえつけ、悟空は立ち上がった。いつの間にか
日も落ちていたのらしい。
天の高いところに半分欠けた月が、見守るように白い顔を現していた。
ロマンティック(終)
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とって来てくれた果物を分け合って食べ終えると、夫が不意に焚き火の向こうから差し招く。荷物に入っていた
大きいバスタオルを巻きつけた身体で四つん這いになって寄って行くと、急に身体を持ち上げられ
後ろから抱きすくめられた。腰の後ろでまた熱く固くなっているものを感じて、身を捩る。
「だ、だめ。やだ、おら汚れてるもん」
「今更言うなよ」
「もう帰ろう。ドロドロだ。おらお風呂入りてえだ」
「そこの水で拭けばいいさ。なんなら浜まで出て海で洗やいい。よし、そうすっか。服忘れんなよ」
手を離して、さっさと焚き火にその辺の土を被せてしまう。
「あ、や、ほんとデリカシーがねえだ、悟空さは!待って、せめて服くらい着させてけれ!こんなカッコで
そこらへん歩けるわけ…」
「今更」
立ち上がり際に、夫が笑って、ついで何かに気付いてまだ座っている見下ろして微笑んできた。
「…何だべ?」
「花が似合うな」
振り返って同じように視線を落とすと、大地にさっき落ちた白い花弁がいっぱいちりばめられて、自分はその中に
座っている格好なのだった。白い大きなバスタオルを、さながら細身のウェディングドレスのようにまとって。
エスコートのように手を差し伸べるその手をとった。
デリカシーはないけれど、やっぱり外でだなんてとんでもないけれど、でもシチュエーションとしてはかなり
ロマンティックだったかもしれない。そう思えば、初めての思い出にしては、一旦絶望したよりかは遥かにマシと言うものだ。
だから、一晩くらいは、この状況に酔っていていいのかも。
手を繋いで、ゆっくりと歩調をあわせて、鞄を持ってくれながら歩く夫の横顔を見る。優しげな、傾いた月の光が
その横顔を照らしている。まだ、今日久しぶりに出会ったばかりの顔。でも、それは、昼間に比べて
ちょっと、いやかなり大人びて、優しく頼もしげに見えて、胸の中がきらきらと星屑のようにときめくのが判った。
…このひとで、よかった。
なんだかしみじみそう思えて、チチは幸福めいたため息をついた。夫が、そっと手をさらに握ってくれる。
これからこうして手を取り合って一緒に歩いていく、そんな未来が、この月明かりの一筋の道の向こうには確かに広がっている。
最終更新:2010年02月27日 20:44