従軍慰安婦問題の発端


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 1973年、元毎日新聞記者の千田夏光(せんだ かこう)が「従軍慰安婦」という言葉を創作し、著書「従軍慰安婦」を出版。この著書で世界で始めて「従軍慰安婦」という単語が作られる。
それ以前に従軍慰安婦という言葉も定義もなく、戦地において日本軍が女性を拉致し売春行為を強要したとの文章は存在しない。

千田夏光が、従軍慰安婦の根拠としたと思われる文書は、『ソウル新聞』1970年8月14日付の記事であり、そこでは「女子挺身隊20万のうち7~8万人が朝鮮人」との記載があるが、女子挺身隊が売春行為をしていたとの記述も、日本軍が女性を拉致し「売春目的で徴用した」との記載も無い。

つまり、この時点では韓国側に女子挺身隊が売春をしていたとの認識は存在しない。
 女子挺身隊とは、1943年に民間の婦人団体が任意に組織した団体。目的は戦争による労働者不足を補うためであり、一種の職業斡旋団体。
 この女子挺身隊は、勿論朝鮮人のみを徴用する物では無く当時の日本領であった日本本土、台湾、朝鮮において広く募集をかけるものであり、売春の斡旋を目的とした組織ではない。
ちなみに、法律による国策としての女子勤労挺身隊の動員は1944年8月23日以降。

 千田夏光がどのような経緯でこの女子挺身隊を慰安婦としたのか。その詳細はすでに本人が存命では無いため知る術は無いですが。少なくとも女子挺身隊を慰安婦とした説は、それを客観的に証明できる資料は存在せず、また、女子挺身隊がどのような主旨で作られ、どのような活動をしていたのかの記録が存在しているため、出発点からして勘違い、或いは意図的な曲解であった事が現在では明白。