脳梗塞のほか、脳内の血管が破れる「脳内出血」、脳血管にできたコブ(脳動脈瘤(りゅう))が破れる「くも膜下出血」の3疾患を合わせて脳卒中と呼び、患者は計約140万人。死因別では、がん、心臓病に次いで3番目に多い。脳卒中の死亡者のうち、脳梗塞が6割以上を占める。

 脳梗塞には従来、血栓を溶かす効果的な方法がなく、脳梗塞が広がるのを防ぐ薬などが投与されてきた。

 そこに登場したのがtPA。血栓に吸着して効率よく血栓を溶かし、脳の血流を速やかに再開させる。

 まず使用量の1割を静脈注射で急速に投与した後、残る9割を点滴で1時間かけてゆっくりと投与する。米国の脳梗塞治療の指針は、発症後3時間以内(超急性期)に、この方法を最優先すべき治療法として勧めているほか、世界約40か国で認められている。

 日本でも1990年代初めに臨床試験(治験)が始まったが、薬の特許を巡って日米企業間で訴訟紛争が起きて中止。そのあおりで、日本は世界の流れから取り残されていた。この薬は心筋梗塞治療としては既に承認されていたが、今回ようやく脳梗塞についても追加承認された。欧米に約10年遅れだった。

 国内の治験では、脳梗塞の発症後3時間以内にtPA治療を行うと、3か月後に、ほとんど後遺症なく社会復帰できた割合は37%だった。米国での治験もほぼ同じで、社会復帰の割合は処置しない場合より5割高かった。

 全員に効果があるわけではないうえ、副作用もある。tPAの早期承認を訴えてきた日本脳卒中学会理事で札幌医大名誉教授の端(はし)和夫さんも「血栓を溶かすtPAは、脳出血を起こしやすくする。使用の際、医師は細心の注意が必要だ」と指摘する。

 発症から長時間たった後にこの薬を使うと、脳出血の恐れが高まり、効果も乏しくなる。そこで、治療の対象は▽発症後3時間以内▽CT(コンピューター断層撮影)検査で、脳出血の危険性が低いことを確認――などの場合に限られている。

 患者・家族にとって重要なのは「脳梗塞を起こしたら、3時間以内に病院で治療を受ける」ことだ。だが、国立循環器病センターの調べでは、発症後3時間以内に受診した患者は19%しかいない。脳梗塞と気づくのが遅れた、救急車を呼ばず自力で来院した、などが原因だった。



血液中には、フィブリンを溶解させる成分も含まれています。プラスミノーゲンと呼ばれる前駆体からできるプラスミンです。その作用を増強するのが血栓溶解薬です。最初に開発された血栓溶解薬のウロキナーゼやストレプトキナーゼは、血栓そのものを溶かす作用が弱く、大量に使うと、逆に出血しやすくなるという欠点がありました。事実、CTのない時代にこれらの薬剤を大量に使った脳梗塞治療の試みは失敗しました。つまり、脳出血や死亡者が増え、むしろ有害な結果でした。

1980年代前半、第二世代血栓溶解薬のt-PA(組織プラスミノーゲン・アクチベータ)が開発されました。この薬は血栓そのものに作用しやすく、出血傾向は少ないという特徴がありました。心筋梗塞の原因である冠動脈血栓症に有効性が認められ、その治療に用いられました。
最終更新:2009年09月02日 06:45