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Chapter.3「No.47」 バタンという強いドアの閉める音で、のどか、夕映、ハルナの三人と、名前のわからないスキンヘッドの男は隔絶された。 部屋の中ののどかと夕映は疑問だった。 「なぜ、部屋のシャワーを使わせなかったのですか?」 「そ、そうだよぉ。あれじゃ、あの人見つかっちゃうよぉ〜」 二人の疑問に対し、ハルナは不敵な笑みを浮かべた。 「それなら、それまでの男だったって事じゃん?」 「え、えぇ!?」 「ハルナの言いたい事がサッパリです」 ハルナは真剣な顔になった。 「のどかがどれだけあの男に恩義があるか知らないけど、素性も知らない男なんだよ?しかも、怪しい注射器持ってた。二人は怪しいと思わないの?」 のどかと夕映は困惑しながら顔を見合わせた。 「確かに、素性はわかりませんし、普通の人ではないと思います」 「…………」 「でも、あの人は悪い人ではありません」 「夕映、アンタ本気で言ってる?冗談だとアタシ怒るよ?」 「……本気です」 「ゆ、ゆえ……ハルナ……」 ハルナはスキンヘッドの男を信用出来なかった。 ある時、突然のどかが捨て犬を拾ってきたかのように部屋に連れて来て、助けて欲しいと親友に頼まれたのである。 しかも本人は何も言わず、のどかに言わせた。 その上、可愛い子犬ならともかく、いかつい猛犬である。 のどかには悪いが、ハルナにとっては迷惑この上なかった。 一方の夕映には、男を助ける事が、恩義を返す事だと思っていた。 のどかは詳しくは語らなかったが、のどかの身に何があったのかは容易に想像がつく。 そんなのどかを窮地から救ったのがあの男だというのは、のどかの様子からわかった。 親友の恩人は、自分の恩人に等しい。 そんな恩人を、夕映は助けたかった。 「ま、そう言うと思ってたけどさ……。アタシは納得出来ないんだよね、アンタ達が納得しててもさ」 「……あの人を助けるに足る理由が欲しい、というわけですか?」 「そういう事。自分からは何も喋んないし、助けて欲しいとも言わない。まるで記憶喪失になっても、『あぁ、それが何?』って、何その態度?可愛げがないのよ」 「可愛げって……」 「必死さが伝わんないのよ。あの男自身からのSOSが欲しいわけ。自分から助けて欲しいと言わない奴に、助ける気が起きるわけないでしょ?」 「それでは……なぜ大浴場に?」 「見つかりたくなくて、私達に助けを求めてるなら、見回りぐらい避けて戻ってこれるでしょ?出て行きたいなら、出て行けばいいし、必死じゃないなら、見回りにも見つかっちゃうわよ。つまり本気なのか試したかったわけ」 夕映はため息をついた。 普段はお調子者だが、いざという時はこれだ。 「……厄介払いしたいのかと思いましたです」 「あ、それもあるよ?」 「…………」 寮内を、闇に紛れて動く影があった。 だが、それはあまりにも堂々としていた。 あたかも、本来の影の一部であるかのように。 男は、階段の踊り場にいた。 金属プレートのマップに、寮内のフロアの地図が載っていたので、場所を知る事が出来た。 (3階……大浴場か) 見回りの人間もいなかったし、正直茶番のように思えた。 これではいくらなんでも楽勝ではないか? 大浴場まで目前だが、ここまで何もないと逆に不気味に感じる。 ふと、廊下から足音を立てながら近づく気配を感じた。 それも急にだ。 男は廊下の窓から差し込む光が作り出す影にそっと身を隠して、近づいてくる気配を探った。 気配は、廊下の奥の暗闇から窓の差し込む光へと姿を晒した。 黒人だった。 アフリカ系ではなく、白人やラテンの血が混じっているのだろうか、アラブ系に近い。 短髪の黒髪で、ソリッドタイプのメガネを掛けている。 そして、鼠色のスーツを着ている。 おそらく、学園の教師だろう。 だが、それにしても学園の教師が寮内を見回りとは変わっていた。 普通は警備員や用務員がするものではないか? 男は黒人の教師と、大浴場の入り口に挟まれていた。 男は、屈みながら、ゆっくりと後ずさりする。 が、黒人教師の歩みは速く、どんどん近づいてくる。 男は覚悟した。 だが、覚悟とは諦める覚悟ではない。 『目の前の障害を排除する覚悟』だ。 『排除』する? (……なぜ、そんな風に考えるんだ?) 自然に沸いた考えに、男は違和感を感じた。 だが、『排除』するという答えの出し方自体に、違和感を覚えなかった。 『逃げる』でも『隠れてやり過ごす』でもない。 『障害を排除する』という考え方だ。 もっと平和的に危険から逃れる方法がある筈なのに。 そしてその事、事態が違和感だった。 男は大浴場入口付近の隅の陰に隠れた。 黒人教師は大浴場入口まで近づいた。 男と黒人教師の距離、その差3メートル。 目と鼻の先だった。 『光る風を追い越したら〜、君にきっと逢えるね〜♪』 ふと、突然曲が鳴り出した。 なんともテンションの高い妙な曲だった。 黒人教師はズボンのポケットから携帯電話を取り出すと、応答した。 曲は携帯電話の着信メロディだった。 「はい、ガンドルフィーニです」 黒人教師は電話の相手にそう名乗った。 ガンドルフィーニは、声を寮内に響かせないように、控え目に声を絞っていた。 「……そうですか。いえ、情報ありがとうございます。いえ、お蔭様で。」 男は声を押し殺し、影になろうとした。 背景の一部分になれば、それは存在を消したも同じだからだ。 だが、その思いも、ガンドルフィーニの言葉で消し飛んだ。 「……『47号』は行方不明ですか。はい、こちらも警戒してます。何せ、昨日今日ですから。いえ、何かあったら応援に向かいますよ」 47号……? 男は不思議とその言葉に聞き覚えがあった。 『47号は行方不明』? 何の事だろう? とにかく、穏やかな内容ではない事は確かだ。 「とにかく、焦らないで下さい。奴の脅威はあなたがよくご存知のはずでしょう。木乃伊(ミイラ)取りが木乃伊なんて洒落にもなりませんよ」 ガンドルフィーニはまだ入口の前に立ち、携帯電話で話しをしている。 このままでは、大浴場に入ることが出来ない。 男は次第に苛立ちを覚えていた。 「……わかっています。奴の特徴は、『スキンヘッド』に『後頭部のバーコード』ですね、わかっています。『47号』を見つけたら、取り押さえます」 ……男は肝が冷える思いだった。 今、ガンドルフィーニはなんて言った? 『スキンヘッド』に『後頭部のバーコード』? 『47号』? (俺の事か……!?) 男はそこに座っているのも忘れて、ガンドルフィーニを見上げた。 ガンドルフィーニはその後、二、三の挨拶言葉を交わして、電話を切った。 その後、辺りを見回して、ため息をついた後、廊下の方へ向き直った。 気付かれていない……。 ガンドルフィーニが廊下へ向かって歩き出したのを見て、男は緊張を解いた。 いっそ、気付いてくれていたら、堂々と取り押さえ、知っている事を吐かせられたかもしれない。 いや、そうでなくても、奴を取り押さえれば、真実を知る事が出来た。 千載一遇のチャンスを逃した事に焦りと後悔の念が沸き起こる。 だが、それはすべて「恩義ある宮崎のどか」に迷惑を掛けたくないという一心から、冷静になれた。 ここで騒ぎを起こせば、芋づる式にのどかに迷惑を掛ける事になる。 そんな事だけは避けたかった。 ガンドルフィーニに関しては、後日改めて調べる必要がある。 (……ガンドルフィーニ。貴様の名前、覚えたぞ) 自分は『47号』かもしれない—。 大浴場のシャワーを頭から被りながら、男は思った。 ガンドルフィーニの言葉を思い出す限りは、『スキンヘッド』に『後頭部のバーコード』が特徴だという。 それはまるっきり自分の事ではないか。 だが、逆説的に考えると、47号ではない自分は何なんだろう。 何の特徴もない、埋没した個性のその他大勢。 主たる主がなく、まるで空気のように存在感がない。 ……アイデンティティが無い。 名前は個性以上の個性だ。 特技や性格などの特徴よりも、雄弁に個を語る。 その人物一人にしか付けられていない、自身の証明だ。 逆に言えば、名前が無いという事は、『誰でもない』という事だ。 個人を証明する事が出来ず、個性も無い。 全くの無だ。 人と人の繋がりを明確にする事も出来ず、霧のように動くだけ。 それは生きながら死んでいるようなものかもしれない。 名前が分からないというだけで、こんなにも『自分という人格』が分からなくなるとは思ってもいなかった。 (俺は……何者なんだ。……俺が47号なら、それでもいい。俺が何者か……教えてくれ) いや、そもそも、自分は記憶喪失だと思い込んでいるだけで、本当は名前も記憶も元から無いのかもしれない。 (なら、何故俺は存在するんだ……?) 男は足元から崩れ、シャワーを浴びたまま跪いた。 そして、溢れる涙に、男は両手で顔を覆った。 のどか達の部屋をノックする音が響いた。 だが、それはハルナが決めた合図とは違う。 「だ〜れ?こんな時間に何の用?」 ドアを挟んだ向こう側で、男の声が響いた。 「俺だ。……名前のわからない男だ」 男の声は弱々しかった。 ハルナは怪訝に思ったが、ドアはまだ開けなかった。 「名無しの権兵衛さんがウチに何の用?」 「…………」 男は言いよどんだ。 言うべきか。 言えば、彼女達に迷惑を掛けるに決まっている。 ……だが、頼れる相手がいない。 ……何より、助けてくれる相手がいない。 「……助けて欲しい」 「…………」 「俺は……自分が何者かわからない。だが、たったそれだけで、自分が誰か分からなくなって……不安になる」 「……ハゲ……」 「……助けてくれ……。俺を……助けてくれ……」 男の言葉は、鼻声だった。 時折、鼻を啜る音が聞こえる。 二人を遮っていたドアは開かれた。 「……最初っから、そう言えばいいのよ♪」 「ハルナは素直じゃないです♪」 「ハルナ〜♪」 男は三人の前で頭を下げた。 「頼む……協力してくれ」 のどか、夕映、ハルナの三人はお互いの顔を見合わせると、男に笑顔を向けた。 「さぁさ、いつまでもそこに突っ立ってんじゃないの。ほら、上がった上がった!」 「ちょっと抵抗ありますが……ハゲさんにはここで寝てもらいましょう」 「う、うん……。変な事しないって信じてるもんね」 男は、ハルナに腕を引っ張られ、部屋に上がったが、急激な倦怠感に襲われた。 「大丈夫だ……。俺はここに座って寝る。何もしない……」 「はいはい、わかってるわかってる。って、何アンタ、その格好?」 ハルナは今更ながら男の姿に気付いた。 帽子を被った用務員の格好をしているのだ。 男の存在を分かっていたからいいものの、知らなかったら本当に用務員だと思ってしまいそうだった。 「アンタ……変装の名人ね。っと、その手に持ってるのは、着てたスーツね。こっちのハンガーに掛けて乾かしましょ」 ハルナと夕映は、男の着ていたスーツをそれぞれハンガーに掛けて部屋干ししようとした。 が、そのスーツを改めていると、驚く事に気付いた。 「ちょっ!?これ、アルマーニじゃん!うそぉ!?」 「ほ、本物です……。気付きませんでした……」 「も、もしかして……お金持ちなのかなぁ?」 そう思い、三人は男を見るが、当の本人は壁を背に膝を抱えるようにして眠っていた。 三人はため息をつくと、自分達も眠りの時につく事にした。 今日はとても長い一日だった気がする。 そして、この日から始まる一日一日も、長い一日になる気がした。
Chapter.3「No.47」 バタンという強いドアの閉める音で、のどか、夕映、ハルナの三人と、名前のわからないスキンヘッドの男は隔絶された。 部屋の中ののどかと夕映は疑問だった。 「なぜ、部屋のシャワーを使わせなかったのですか?」 「そ、そうだよぉ。あれじゃ、あの人見つかっちゃうよぉ〜」 二人の疑問に対し、ハルナは不敵な笑みを浮かべた。 「それなら、それまでの男だったって事じゃん?」 「え、えぇ!?」 「ハルナの言いたい事がサッパリです」 ハルナは真剣な顔になった。 「のどかがどれだけあの男に恩義があるか知らないけど、素性も知らない男なんだよ?しかも、怪しい注射器持ってた。二人は怪しいと思わないの?」 のどかと夕映は困惑しながら顔を見合わせた。 「確かに、素性はわかりませんし、普通の人ではないと思います」 「…………」 「でも、あの人は悪い人ではありません」 「夕映、アンタ本気で言ってる?冗談だとアタシ怒るよ?」 「……本気です」 「ゆ、ゆえ……ハルナ……」 ハルナはスキンヘッドの男を信用出来なかった。 ある時、突然のどかが捨て犬を拾ってきたかのように部屋に連れて来て、助けて欲しいと親友に頼まれたのである。 しかも本人は何も言わず、のどかに言わせた。 その上、可愛い子犬ならともかく、いかつい猛犬である。 のどかには悪いが、ハルナにとっては迷惑この上なかった。 一方の夕映には、男を助ける事が、恩義を返す事だと思っていた。 のどかは詳しくは語らなかったが、のどかの身に何があったのかは容易に想像がつく。 そんなのどかを窮地から救ったのがあの男だというのは、のどかの様子からわかった。 親友の恩人は、自分の恩人に等しい。 そんな恩人を、夕映は助けたかった。 「ま、そう言うと思ってたけどさ……。アタシは納得出来ないんだよね、アンタ達が納得しててもさ」 「……あの人を助けるに足る理由が欲しい、というわけですか?」 「そういう事。自分からは何も喋んないし、助けて欲しいとも言わない。まるで記憶喪失になっても、『あぁ、それが何?』って、何その態度?可愛げがないのよ」 「可愛げって……」 「必死さが伝わんないのよ。あの男自身からのSOSが欲しいわけ。自分から助けて欲しいと言わない奴に、助ける気が起きるわけないでしょ?」 「それでは……なぜ大浴場に?」 「見つかりたくなくて、私達に助けを求めてるなら、見回りぐらい避けて戻ってこれるでしょ?出て行きたいなら、出て行けばいいし、必死じゃないなら、見回りにも見つかっちゃうわよ。つまり本気なのか試したかったわけ」 夕映はため息をついた。 普段はお調子者だが、いざという時はこれだ。 「……厄介払いしたいのかと思いましたです」 「あ、それもあるよ?」 「…………」 寮内を、闇に紛れて動く影があった。 だが、それはあまりにも堂々としていた。 あたかも、本来の影の一部であるかのように。 男は、階段の踊り場にいた。 金属プレートのマップに、寮内のフロアの地図が載っていたので、場所を知る事が出来た。 (3階……大浴場か) 見回りの人間もいなかったし、正直茶番のように思えた。 これではいくらなんでも楽勝ではないか? 大浴場まで目前だが、ここまで何もないと逆に不気味に感じる。 ふと、廊下から足音を立てながら近づく気配を感じた。 それも急にだ。 男は廊下の窓から差し込む光が作り出す影にそっと身を隠して、近づいてくる気配を探った。 気配は、廊下の奥の暗闇から窓の差し込む光へと姿を晒した。 黒人だった。 アフリカ系ではなく、白人やラテンの血が混じっているのだろうか、アラブ系に近い。 短髪の黒髪で、ソリッドタイプのメガネを掛けている。 そして、鼠色のスーツを着ている。 おそらく、学園の教師だろう。 だが、それにしても学園の教師が寮内を見回りとは変わっていた。 普通は警備員や用務員がするものではないか? 男は黒人の教師と、大浴場の入り口に挟まれていた。 男は、屈みながら、ゆっくりと後ずさりする。 が、黒人教師の歩みは速く、どんどん近づいてくる。 男は覚悟した。 だが、覚悟とは諦める覚悟ではない。 『目の前の障害を排除する覚悟』だ。 『排除』する? (……なぜ、そんな風に考えるんだ?) 自然に沸いた考えに、男は違和感を感じた。 だが、『排除』するという答えの出し方自体に、違和感を覚えなかった。 『逃げる』でも『隠れてやり過ごす』でもない。 『障害を排除する』という考え方だ。 もっと平和的に危険から逃れる方法がある筈なのに。 そしてその事、事態が違和感だった。 男は大浴場入口付近の隅の陰に隠れた。 黒人教師は大浴場入口まで近づいた。 男と黒人教師の距離、その差3メートル。 目と鼻の先だった。 『光る風を追い越したら〜、君にきっと逢えるね〜♪』 ふと、突然曲が鳴り出した。 なんともテンションの高い妙な曲だった。 黒人教師はズボンのポケットから携帯電話を取り出すと、応答した。 曲は携帯電話の着信メロディだった。 「はい、ガンドルフィーニです」 黒人教師は電話の相手にそう名乗った。 ガンドルフィーニは、声を寮内に響かせないように、控え目に声を絞っていた。 「……そうですか。いえ、情報ありがとうございます。いえ、お蔭様で。」 男は声を押し殺し、影になろうとした。 背景の一部分になれば、それは存在を消したも同じだからだ。 だが、その思いも、ガンドルフィーニの言葉で消し飛んだ。 「……『47号』は行方不明ですか。はい、こちらも警戒してます。何せ、昨日今日ですから。いえ、何かあったら応援に向かいますよ」 47号……? 男は不思議とその言葉に聞き覚えがあった。 『47号は行方不明』? 何の事だろう? とにかく、穏やかな内容ではない事は確かだ。 「とにかく、焦らないで下さい。奴の脅威はあなたがよくご存知のはずでしょう。木乃伊(ミイラ)取りが木乃伊なんて洒落にもなりませんよ」 ガンドルフィーニはまだ入口の前に立ち、携帯電話で話しをしている。 このままでは、大浴場に入ることが出来ない。 男は次第に苛立ちを覚えていた。 「……わかっています。奴の特徴は、『スキンヘッド』に『後頭部のバーコード』ですね、わかっています。『47号』を見つけたら、取り押さえます」 ……男は肝が冷える思いだった。 今、ガンドルフィーニはなんて言った? 『スキンヘッド』に『後頭部のバーコード』? 『47号』? (俺の事か……!?) 男はそこに座っているのも忘れて、ガンドルフィーニを見上げた。 ガンドルフィーニはその後、二、三の挨拶言葉を交わして、電話を切った。 その後、辺りを見回して、ため息をついた後、廊下の方へ向き直った。 気付かれていない……。 ガンドルフィーニが廊下へ向かって歩き出したのを見て、男は緊張を解いた。 いっそ、気付いてくれていたら、堂々と取り押さえ、知っている事を吐かせられたかもしれない。 いや、そうでなくても、奴を取り押さえれば、真実を知る事が出来た。 千載一遇のチャンスを逃した事に焦りと後悔の念が沸き起こる。 だが、それはすべて「恩義ある宮崎のどか」に迷惑を掛けたくないという一心から、冷静になれた。 ここで騒ぎを起こせば、芋づる式にのどかに迷惑を掛ける事になる。 そんな事だけは避けたかった。 ガンドルフィーニに関しては、後日改めて調べる必要がある。 (……ガンドルフィーニ。貴様の名前、覚えたぞ) 自分は『47号』かもしれない—。 大浴場のシャワーを頭から被りながら、男は思った。 ガンドルフィーニの言葉を思い出す限りは、『スキンヘッド』に『後頭部のバーコード』が特徴だという。 それはまるっきり自分の事ではないか。 だが、逆説的に考えると、47号ではない自分は何なんだろう。 何の特徴もない、埋没した個性のその他大勢。 主たる主がなく、まるで空気のように存在感がない。 ……アイデンティティが無い。 名前は個性以上の個性だ。 特技や性格などの特徴よりも、雄弁に個を語る。 その人物一人にしか付けられていない、自身の証明だ。 逆に言えば、名前が無いという事は、『誰でもない』という事だ。 個人を証明する事が出来ず、個性も無い。 全くの無だ。 人と人の繋がりを明確にする事も出来ず、霧のように動くだけ。 それは生きながら死んでいるようなものかもしれない。 名前が分からないというだけで、こんなにも『自分という人格』が分からなくなるとは思ってもいなかった。 (俺は……何者なんだ。……俺が47号なら、それでもいい。俺が何者か……教えてくれ) いや、そもそも、自分は記憶喪失だと思い込んでいるだけで、本当は名前も記憶も元から無いのかもしれない。 (なら、何故俺は存在するんだ……?) 男は足元から崩れ、シャワーを浴びたまま跪いた。 そして、溢れる涙に、男は両手で顔を覆った。 のどか達の部屋をノックする音が響いた。 だが、それはハルナが決めた合図とは違う。 「だ〜れ?こんな時間に何の用?」 ドアを挟んだ向こう側で、男の声が響いた。 「俺だ。……名前のわからない男だ」 男の声は弱々しかった。 ハルナは怪訝に思ったが、ドアはまだ開けなかった。 「名無しの権兵衛さんがウチに何の用?」 「…………」 男は言いよどんだ。 言うべきか。 言えば、彼女達に迷惑を掛けるに決まっている。 ……だが、頼れる相手がいない。 ……何より、助けてくれる相手がいない。 「……助けて欲しい」 「…………」 「俺は……自分が何者かわからない。だが、たったそれだけで、自分が誰か分からなくなって……不安になる」 「……ハゲ……」 「……助けてくれ……。俺を……助けてくれ……」 男の言葉は、鼻声だった。 時折、鼻を啜る音が聞こえる。 二人を遮っていたドアは開かれた。 「……最初っから、そう言えばいいのよ♪」 「ハルナは素直じゃないです♪」 「ハルナ〜♪」 男は三人の前で頭を下げた。 「頼む……協力してくれ」 のどか、夕映、ハルナの三人はお互いの顔を見合わせると、男に笑顔を向けた。 「さぁさ、いつまでもそこに突っ立ってんじゃないの。ほら、上がった上がった!」 「ちょっと抵抗ありますが……ハゲさんにはここで寝てもらいましょう」 「う、うん……。変な事しないって信じてるもんね」 男は、ハルナに腕を引っ張られ、部屋に上がったが、急激な倦怠感に襲われた。 「大丈夫だ……。俺はここに座って寝る。何もしない……」 「はいはい、わかってるわかってる。って、何アンタ、その格好?」 ハルナは今更ながら男の姿に気付いた。 帽子を被った用務員の格好をしているのだ。 男の存在を分かっていたからいいものの、知らなかったら本当に用務員だと思ってしまいそうだった。 「アンタ……変装の名人ね。っと、その手に持ってるのは、着てたスーツね。こっちのハンガーに掛けて乾かしましょ」 ハルナと夕映は、男の着ていたスーツをそれぞれハンガーに掛けて部屋干ししようとした。 が、そのスーツを改めていると、驚く事に気付いた。 「ちょっ!?これ、アルマーニじゃん!うそぉ!?」 「ほ、本物です……。気付きませんでした……」 「も、もしかして……お金持ちなのかなぁ?」 そう思い、三人は男を見るが、当の本人は壁を背に膝を抱えるようにして眠っていた。 三人はため息をつくと、自分達も眠りの時につく事にした。 今日はとても長い一日だった気がする。 そして、この日から始まる一日一日も、長い一日になる気がした。 -[[Tips.「のどかの日記・その1」>ヒットマン -Code MAHORA- Tips1]] -[[Next Chapter 4 「TARGET」>ヒットマン -Code MAHORA- Chapter 4]]

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