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Chapter 5 「カーチェイス」

わたくし達を乗せたパトカーは、荒野からハイウェイへと飛び出た。
その後を、わたくしに向かって撃ったあの警官のパトカーがぴったりとくっついて来た。
運転するジムに、わたくしは問いたかった。
どこへ向かっているのか……。
わたくしは、先ほど撃たれそうになった動揺を必死に抑えようとしながら、ジムに問うた。

「一体、どこに向かっているんですの?」

「どこか遠くですよ!どこでもいいから、早く逃げ切らないと……!」

ジム自身、走ってるハイウェイがどの町へ、どの方角へ向かっているのか、わかってはいないようだった。
ただひたすら……、警察から逃げている。

「お嬢様……さっき一体何があったんですか!?」

「あの男ですわ……あの男が、あの警官を……!」

「クソッ!とことんやる気だ……!」

ジムの悪態にはもう慣れた。
悪態をつきたい気持ちはわたくしだって同じだからだ。

「えぇ……」

そう、返事するのがやっとだった。
わたくしはひとつにして最大の疑問が浮かんだ。
あの男……ジョン・ライダーの目的はなんなのだ?

「あの男……わたくし達を陥れるつもりなのかしら……?」

「なら、保安官まで殺さなくても十分ですよ!」

「なら、なぜ!?」

「知りませんよ!!」

追跡のパトカーが近づいてきた。
警察無線が、警察の状況を述べていた。

『容疑者は銃を所持。繰り返す。容疑者は銃を所持……』

バックミラーを覗くと、いつの間にか追跡のパトカーは2台に増えていた。

『警部補。○○号線で容疑者の車を追跡中』

今度は3台に増えた……!

『容疑者は銃を所持している。ヘリから見えるか?』

『こちらからは見えない』

わたくしは窓から上空を見上げた。
だが、窓からはヘリの姿を見つけることは出来なかった。

「お嬢様。その無線で、奴の居所を知らせては!?」

「え、えぇ……」

わたくしはパトカーの無線機を取ると、スイッチを押しながら、無線が通じる事を祈りながらおそるおそる口を開いた。

『もしもし……。誰か、聞こえますの?』

わたくしがそう言った途端だった。
上り坂のハイウェイから下りへ降りようとわたくし達のパトカーが走っていると、坂のほうからギリギリ見えない位置からヘリが現れた。
上り坂で隠れて見えなかったのだ。
ヘリはわたくし達のパトカーをかすめるように上を通り過ぎた。

「わっ!?」

「きゃっ!?」

わたくし達は突然現れたヘリに驚いて、悲鳴を上げてしまった。
だが、ヘリはかまわず、無線でこう告げていた。

『ヘリから本部へ。容疑者の車を発見』

事態はますます悪い状態になっていった。
バックミラーで見えるだけで……追跡してくるのは、パトカーが5台、そしてヘリだ。
この状況下で、ジムは必死でアクセルを踏んで、ひたすらハイウェイを走っていた。
ジムの心境を察するにあまった。
すると、無線の応答が違うものへと変化していた。

『雪広あやかとジム・ハルシー。私はカリフォルニア州警察のエスターリッジ警部補だ。大丈夫か?』

大丈夫か、ですって!?
わたくしは思わず、無線に向かって叫んでいた。

『どこを見たらそう思えますの!?大丈夫どころではありませんわ!』

『…………』

無線の相手——エスターリッジ警部補と名乗った男性は、わたくしの怒鳴り声に言葉を失ったようだった。

『……落ち着きなさい。はやく車を止めて、投降するんだ』

『警官を撃った男は、保安官事務所の近くにあるトレーラーハウスの付近にいますわ!』

『目撃者は、君が撃ったと言っている。いいか、今すぐ車を止めれば、話を聞いてやる』

わたくしは迷った。
止まって、警察に身を預けるべきなのか。
それとも逃げ続けるか——。

『いいから、聞いてくださいまし!わたくしは警官を撃ってなどおりませんわ!あの家族も殺してなどおりませんわ!何度言えば信じてもらえるんですの!』

『どうするかは、私が決める。だから、手遅れになる前に車を止めるんだ』

いや、止めるわけにはいかない。
わたくし達は、警察にだけ逃げているわけではない……。

『止められませんわ……。あの男が……あの男から逃げないと……』

『いいか、言う通りにしないと力ずくで車を止めるぞ!』

『車は止めませんわ!』

『話し合い』は決裂に終わった。
今、止まるわけにはいかない。
あの男から逃げなくては……。

『警部補!車は停止しません!』

『なら、さっさと車を止めろ!』

バックミラーから、パトカーが2台、間に挟むように並行して近づいてきた。
助手席の警官が、窓からライフル銃を取り出して構えるのが見えた。
そして次の瞬間には、発砲してきた……!
最初の一発目はフロントガラスに当たり、警官は続けて何発も撃ってきた。
サイドミラー、ボディ、サイレン、ありとあらゆる所から弾けるような音がした。
本当に撃って、止める気だ……!
このままでは、あの男に捕まるより先に、警察に殺されてしまう……!
わたくしは慌てて無線で答えた。

『待ってくださいまし!止まりますわ!止まりますから撃たないで下さいまし!』

無線から口を離すと、ジムに止まるよう促した。

「ジム!早くお止まりなさい!」

「は、はい!」

ジムは慌てたように、ブレーキとクラッチを同時に踏んだ。
すると、左右横に並行に進んでいた2台のパトカーがわたくし達の車の前方に飛び出た。
そして、お互いが、お互いのパトカーのフロントタイヤを撃ち抜いた……!
本来ならば、わたくし達のパトカーの左右のフロントタイヤを撃ち抜くはずだったのだろう。
前方に飛び出た2台のパトカーはそれぞれ、撃ち抜いたタイヤの方角へバランスを崩した。
そして……おそろしい事に2台はバランスを崩して、空中できりもみ回転した。
まるでコマのように、転がるようにスピンした。
それは壮絶な光景だった。
ジムは目の前に迫る、コマと化してスピンする2台のパトカーを、なんとか避けようとハンドルを大きくきった。
まず、右斜め前から迫る1台目を避けようと左へ大きくきった。
重心が右に寄る。
すると、車は横滑りを始めた。
明らかに曲がりきれていない……。
すると、今度は右へハンドルを切った。
タイヤが悲鳴を上げながら、景色は左から右へ、重心は右から左へと移っていった。
そして車の右横をコマと化したパトカーが通り過ぎた。
だが、今度は右向きのまま横滑りの状態で、左斜め前から2台目のパトカーが迫っていた。
ジムはそれも避けようと、急いでハンドルを左へきった。
今度は、景色は右から左へ、重心は右から左へと移っていった。
2台目のパトカーは、わたくし達の車の鼻先をわずかにかすめると、フロントガラスからは右から左へと流れるように通り過ぎていった。
2台のパトカーを避けると、わたくし達の車は、バランスを取り戻すように、ゆらゆらと左右に揺れながら、次第にハイウェイに向かって真っ直ぐ進んでいった。

「はぁ…はぁ…お、お嬢様、大丈夫ですか?」

「は、はぁ……あぁ……」

わたくしは腰を抜かし、間抜けなあえぎ声を出してしまった。
それほど、さき程の出来事は怖かった。
わずか数秒ほどの出来事だったが、わたくしにはまるで時間の流れがゆるやかになり、数十秒にも感じた。
バックミラーを見ると、あの2台のパトカーはハイウェイを転がるようにすべった。

『2台大破!2台大破!』

後ろのもう3台も、なんとか転がる2台を避けたようだった。
すると、無線がまた何かを告げた。

『……警部補!後方から車が1台接近中!……黒のトランザムです!』

まさか……!?
わたくしは身体ごと後方を見入った。
黒いスポーツカーが接近している。
車は、あのトレーラーハウスの近くにあったものと同じ車種だ。
そしてそれに乗っているのは……。
わたくしは思わず涙声で喘いでしまった。

「……ジム……。あの男ですわ……!」

……ジョン・ライダーだった。
ジョン・ライダーの乗る黒のスポーツカー……トランザムはわたくし達の後方で並行して走行している2台のパトカーの左側に並んだ。
そして……拳銃らしき物を取り出すと、パトカーに向かって発砲した……。
2台の内、左側のパトカーのフロントガラスが真っ赤に染まると、バランスを崩したように右側のパトカーにぶつかっていった。
右側のパトカーは左側から来る重心に耐え切れず、転がるように回転してスピンした。
そして、バランスを失った左側のパトカーは、回転してスピンする右側のパトカーに巻き込まれるように、スピンした。
2台は転がるようにスピンし、車体をグシャグシャに変形させながら止まった。

『2台大破!2台大破!なんなんだあれは!?』

無線から悲痛なまでの困惑と恐怖の声が聞こえてきた。
恐ろしいのはわたくしだって同じだ……。
昨日の夜から……ずっとあの恐怖に追いかけられているのだ……。
ジョン・ライダーは、今度は拳銃をヘリに向けて、発砲した。
何発もの銃弾がヘリのボディを傷つけた。
そして、その後の数発の発砲で、ヘリのフロントガラスは真っ赤に染まった。
想像したくはないが、ガラスを貫通し、ヘリの操縦士に命中したのだろう……。
ヘリは失速しながら、わたくし達の前方へ墜落し、炎上した。
突然の燃える障害物に、ジムは慌ててハンドルを切り、紙一重で避けた。
だが、わたくし達の後ろの最後の1台となってしまったパトカーは、避けきれず、燃え盛るヘリの残骸に正面から衝突、そのまま爆発して炎上した。
わたくしには、その断末魔が聞こえるようだった。

『チクショーーーーッ!』

エスターリッジ警部補の怒りの叫び声が、無線からけたたましい音として鳴り響いた。
ハイウェイの上には、わたくし達のパトカーと、ジョン・ライダーのトランザムの2台だけになってしまった。
すると、次第にトランザムが近づいてきた。

「ジム!急いで!早く!」

「駄目です!これが限界です!」

パトカーは白い煙をボンネットの内側から出ると、大きな音を悲鳴のように数回出して、減速していった。
すると、ジョン・ライダーの乗ったトランザムが、それに合わせるかのように、わたくし達の横に並んだ。
わたくしは、この時、あのパトカーの警官のように、撃たれて殺されるものと思った。
おそらく、ジムも同じだったに違いない。
だが、わたくし達の顔を見ると、あの恐ろしくて嫌らしい笑みを浮かべて、わたくし達の前方へと走り去っていった。
わたくしは恐ろしくて、わけがわからなかった。
わたくし達を好意で助けたわけではないことは明らかだ。
だが、何のつもりで警官を殺し、パトカーやヘリを排除したのかわからない。
ジョン・ライダーは、いつも……いつも……わたくしに恐怖と疑問を残して姿を消す。
まるでわたくしに謎解きをさせるかのように……。
わたくしの脳裏に、あの時の言葉が蘇った。

(……お前は頭のいいガキだ。……自分で考えろ……)

パトカーは煙を上げながら、ゆっくりとハイウェイの上で止まった。
辺りはすっかり真っ赤な夕焼けに染まっていた。
けれども、その夕焼けの美しさも、まるで残酷な世界の一風景にしか見えなかった。

「お嬢様……」

ジムの問いかけに、わたくしは無言のまま頷いた。
車を降りたジムは、助手席のドアを開けると、わたくしに手を差し伸べた。
わたくしはその手を取ると、車から降りた。

「……行きましょう、お嬢様」

わたくしは、また無言のまま頷いた。
先の見えない逃避行。
生き延びる、たったそれだけが目的の逃避行だった。
車から降りて、わたくし達は荒野を歩いた。
わたくしとジムは、去年以上の絆で結ばれている気がした。
……生き延びる、絶対最後まで……。
手を握りながら、わたくし達は荒野を歩き続けた。