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Last Chapter 「ヒッチャー」

どのくらいの時が過ぎたのだろう。
わたくしは医師の診察を受けていた。
医師はわたくしの眼球にライトで当て、瞳孔をしらべていた。

「とりあえず、問題はないが……あとでちゃんとした病院で検査したほうがいい」

わたくしはその言葉を、無言で、無表情で、ほとんど放心状態で聞いていた。
医師はわたくしが何も言わないのを見て、それ以上口を出さなかった。

「……彼の事は残念だ。気の毒にな……」

エスターリッジ警部補が声を掛けてきた。

「何か出来るか?」

わたくしは無言のまま首を横に振った。

「我々にも、どうする事もできなかった……」

……それは、わたくしも同じだった。

監視モニターが、留置所から警官に連れられて出てくるジョン・ライダーを写していた。
あの後警察によって、わたくしは保護され、ジョン・ライダーは逮捕された。
そして、別々の車に乗って、カリフォルニア州警察に連れて行かれたのだ。
そこで初めてエスターリッジ警部補に会った。

「あの男は何者ですの……?」

エスターリッジ警部補と共に監視モニターの映像を見ていたわたくしは、問うた。

「わからん。入獄記録、運転免許証、出生証明書、社会保障番号すらない。指紋もデータベースから弾かれる。名前すらわかっていない。……奴はまるでゴーストだ」

そして、ジョン・ライダーと名乗った正体不明の男は、わたくし達の目の前にある取調室に連れて行かれた。
わたくしとエスターリッジ警部補は、取調室のマジックミラーの内側から、その様子を見ていた。
取調室の内側には警官が数人と、私服の男性がいた。
私服警官なのか、弁護士なのか、どちらなのかはわからなかった。
ジョン・ライダーはあの紺のコートを脱がされて、手錠をはめられ、腰縄を付けられていた。

「気分はどうだ?」

私服の男が聞いてきた。

「……疲れた……」

ジョン・ライダーは、まるで今までの暴走がストップしたかのように、冷静な態度で答えた。

「あの男には、我々は見えない」

エスターリッジ警部補は、当たり前の事を、まるで安心して聞かせるかのように、わたくしに言った。
わたくしはマジックミラーに近づいて、こう言っていた。

「あの男と……話をさせてくださいまし……」

私服の男が、ジョン・ライダーに聞いてきた。

「名前は?」

ジョン・ライダーは答えなかった。
まるで自分の存在は無であるかのように。

「さぁ、名前を言うんだ!」

私服の男は痺れを切らしたかのように叫んだ。
その質問を代わりに答えるかのように、わたくしの口は自然と開いた。

「……ジョン・ライダー」

エスターリッジ警部補が怪訝な顔でわたくしを見た。

「……今、なんて言った?」

取調室のジョン・ライダーが、わたくしの言葉を、まるで呼ばれたかのように、見えないわたくしの方に顔を向けた。

「あの男の名前は……ジョン・ライダー……」

わたくしとジョン・ライダーはマジックミラーを通して見つめ合っていた。
私服の男が別の事を尋ねてきた。

「逮捕歴は?」

ジョン・ライダーは、顔を私服の男の方に戻すと、

「調べたんだろ?なら……それが答えだ」

と、挑発的な言葉を吐いた。
エスターリッジ警部補はしばらく悩んでいた様子だった。
14歳のわたくしを、殺人犯と会わせていいものか、そんなところだろう。
だが、意を決したかのように、こう言った。

「……いいだろう、着いて来い」

わたくしは頷いた。
取調室での取調べは続いていた。
私服の男は、次にこう聞いてきた。

「出身地は?」

ジョン・ライダーは首を傾げながら答えた。

「あの娘から、何も聞いてないのか?」

私服の男は首を横に振った。

「なら教えてやる……」

ジョン・ライダー少しだけ前に身を乗り出すと、

「…………ディズニーランドだ」

そう答え、あの嫌らしい笑みを浮かべた。
私服の男は顔を赤くさせて怒りに震えていた。
エスターリッジ警部補は取調室のドアを開け、ノックした。

「ちょっといいか?」

ジョン・ライダー以外の全員がエスターリッジ警部補の方に向いた。

「……入れ」

エスターリッジ警部補の促しで、わたくしは取調室に入った。
ジョン・ライダーはわたくしの姿を見ると、驚いた様子でこっちを見た。
まるで、二度と会えないと思っていた友人に会えたような。
そして、懐かしそうに笑みを浮かべ、口を開いた。

「…………よう」

わたくしはジョン・ライダーの方へ歩み寄った。
襲ってくるとは思わなかった。
手錠も腰縄もしてあるし、今この場でそんな事をするような男だとは思っていなかった。
わたくしは傍までくると、ジョン・ライダーに左手を差し伸べた。
ジョン・ライダーはそれを手錠のはめた両手で握り締めた。
そして、愛しげに、わたくしの手を優しく撫でた。
それは、まるで恋人にする仕草のように、優しくて心がこもっていた。
わたくしはジョン・ライダーに顔を寄せた。
ジョン・ライダーも身体を起こすように、顔を近づけてきた。
そして、

スパーン!

、という音が、取調室に響いた。
わたくしの右手の甲が熱くヒリヒリと痛んだ。
それは、ジョン・ライダーの右頬も同じだろう。

「止めろ。……連れて来たのが間違いだった」

エスターリッジ警部補は、わたくしがジョン・ライダーの顔をはたいたのを見て、すぐにわたくしの腕を掴んで、わたくしを取調室から追い出した。
わたくしは、追い出されるまで、ジョン・ライダーを見つめていた。
ジョン・ライダーは、叩かれた頬を愛しげに擦ると、嬉しそうな笑みを浮かべた。
エスターリッジ警部補は、取調室の椅子に座ると、ジョン・ライダーと対面した。

「……お前はイカレてるな。あの若者を……あんな殺し方をして……。さぞや快感なんだろうな?」

ジョン・ライダーは何も答えず、うわの空で聞いていた。

「捕まると分かっていたはずだ。……なぜあんな真似をした?……なぜだ?」

ようやくジョン・ライダーは顔をエスターリッジ警部補に向けると、呟くように答えた。

「…………悪いか?」

エスターリッジ警部補は、帽子を机の上に置いた。

「……今までに何人殺した?」

ジョン・ライダーはしばらく考えた後、答えた。

「…………覚えてない…………」

「……まぁ、いい。……カリフォルニア州には死刑があるぞ。…………平気そうだな?」

「…………悪いか?」

その言葉に、エスターリッジ警部補は鼻で笑った。

「……手錠はきつくないか?」

ジョン・ライダーは手首にはめられた手錠を擦りながら答えた。

「……きついな」

「そうか、やっぱりな。新品だからな」

エスターリッジ警部補は立ち上がると、ジョン・ライダーに近寄った。

「だんだんなじんでくる」

そう言うと、ジョン・ライダーの手錠を掴み、硬く締め付けた。
手首に手錠が食い込み、ジョン・ライダーはわずかに、苦悶の表情を浮かべた。

「俺を見ろ……」

ジョン・ライダーはエスターリッジ警部補の方へ顔を上げた。

「俺の管轄であんな真似をしやがって……。一日も早い死刑を望んでるぞ……」

エスターリッジ警部補は帽子を拾って被り、取調室のドアを開けた。

「法廷で会った時は……もっと仲良くしようや」

そう言うと、取調室から出て行った。
ジョン・ライダーはその言葉を、あの嫌らしい笑みを浮かべて聞いてた。

ジョン・ライダーの移送が始まった。
衣服を青の囚人服に着替えさせられ、胸に防弾チョッキを着せられた。
そして、両腕をそれぞれ警官が抱えられ、廊下を歩き出した。
わたくしはエスターリッジ警部補に連れられ、外に出た。
日は傾き始めていた。
あの夜から、わたくしは警察の医務室で治療を受けていた。
だが、もう一日が終わろうとしているとは思えない程、時が立つのが早かった。
出入り口の門には、報道陣が詰め掛けていた。
わたくしの知らない所で、メディアは注目していたのだろう。
出てきた時、フラッシュの光を浴びた。

「あの車に乗るんだ」

エスターリッジ警部補は止めてある警察車両のSUVを指した。
警部補は運転席に乗るが、わたくしが車に乗らないのを怪訝に思ったのだろう。

「どうした?」

そう言った。

「もう少し……お待ちくださいまし」

わたくしは、待った。
あの男が現れるのを。
報道陣のフラッシュが再び激しくたかれた。
フラッシュの光の中から、ショットガンやライフルを持った警官達に囲まれながら、ジョン・ライダーは出てきた。
両手両足に手錠をはめられ、無表情で報道陣の前を横切った。
そして、護送車に乗せられた。
…………その時、ジョン・ライダーはわたくしの方を見た。
そしてそのまま、護送車の扉は閉じられた。

「……行くぞ」

エスターリッジ警部補の促しに、わたくしはようやく従った。
助手席に座ると、エスターリッジ警部補はエンジンを掛けた。
そして、護送車の後を追いかけるように、外に出た。

空は赤く染まり始めた。
護送車とわたくし達の乗るSUVは荒野のハイウェイを走っていた。
エスターリッジ警部補は漏らすように口を開いた。

「まさか本当に現れるとは思わなかった……。ただの都市伝説だと思ってた……」

「伝説……?」

わたくしはその言葉が気にかかり、口を開いた。

「……ハイウェイに現れて、乗せた相手を殺して回るヒッチハイカー……。『ヒッチャー』の伝説だ」

「……ヒッチャー」

「だが、奴は伝説の存在じゃない。撃たれれば死ぬ人間だ」

エスターリッジ警部補はわたくしを一瞥すると、声を弱めた。

「……あやか。すまなかった……。もっと早くに気付くべきだった」

エスターリッジ警部補の言葉を、わたくしは静かに聞いていた。

「……ジムはもう戻ってはこないが……本当にすまなかった」

心からの謝罪だと、声でわかった。

「ここからは法廷が奴を裁く。ジムの仇は取れるはずだ」

わたくしは口を開いた。

「……ムリですわ。あの男は素直に裁きを受けるような人間ではありませんわ」

エスターリッジ警部補はわたくしのその言葉に、むきになって切り返した。

「いいか……!もう君は関係ない……ただの被害者なんだ。奴にこれ以上関わることはない。わかったか……?」

わたくしはその言葉を受け入れる事が出来なかった。
……もうそういう問題ではない。
自然とエスターリッジ警部補の銃が目に入った。
あの何度も手にした銀色のリボルバーと同じ銃だった。
……その瞬間、わたくしの心は決まった。

「……窓を開けてくださいませんこと?」

「あぁ、いいだろう」

エスターリッジ警部補の視線が窓ガラスに向けられた。
左手をハンドルから離した。
……わたくしはその隙に、エスターリッジ警部補のリボルバーをベルトから抜き取ると、銃口を頭部に向けた。

「……車をお止めなさい」

わたくしに銃を向けられた事に気付いたエスターリッジ警部補は冷静に答えた。

「……やめるんだ。馬鹿な真似は止せ」

わたくしは撃鉄を降ろした。

「……車をお止めなさい」

SUVは速度を緩め、路肩に止まった。
護送車はハイウェイの奥へと遠ざかっていった。

「分かった。……何を考えてる?」

わたくしはしずかに答えた。

「……お降りなさい」

エスターリッジ警部補はわたくしの考えがわかったようで、こう答えた。

「馬鹿な真似は止せ……。君が殺されるぞ……。およそ中学生がやる事だとは思えない……」

「……これは、わたくしと……あの男の問題ですわ。あなたを巻き込むわけにはいきませんわ……」

「君は分かってない……!」

「……いいえ、分かってますわ……」

エスターリッジ警部補は沈黙していた。
そして、そのままシートベルトを外すと、運転席から降りた。
わたくしは運転席に、席を移動した。

「……そんな事をしても、ジムは戻ってこないぞ……?」

「……それも、……分かってますわ……」

シートベルトを装着して、クラッチとブレーキを踏みながら、キーをひねった。
エンジンが掛かると、ギアをローに入れた。

「……それでは……御機嫌よう……」

クラッチを戻して、ゆっくりと車を発進させた。
エスターリッジ警部補と別れ、わたくしはハイウェイを進み続けた。
そしてひたすら、奥へと消えた護送車を追いかけた。
護送車を見つけると、わたくしはリボルバーの弾丸を確認した。
……すべて入っている。
……わたくしは決意した。
…………もう迷わない。
護送車に近づくと、突然銃声が聞こえた。
一発……二発……。
そして三発目で、護送車のドアに無数の散弾の穴が出来た。
ドアが開くと、ショットガンを手にしたジョン・ライダーが姿を現した。
わたくしを見つけると、嬉しそうにあの嫌らしい笑みを浮かべた。
わたくしもジョン・ライダーに向かって、リボルバーの銃口を向けた。
すると、勢い良くジョン・ライダーはわたくしの車に向かってジャンプした。
その瞬間、護送車は横転し、転がった。
ジョン・ライダーはわたくしの車のフロントガラスを割り、車の中へと入ってきた。
ガラスの破片が足元に散らばる。

「…………よう」

ジョン・ライダーはショットガンを再装填すると、銃口をわたくしに向けた。

「……さぁ!止めてみろ!」

わたくしはアクセルを踏んで加速させると、一気にブレーキペダルを踏んで急ブレーキをかけた。
重心が前に移動し、ジョン・ライダーの身体は車外に放り出された。
エンジンは停止し、沈黙が辺りを包んだ。
わたくしは身体に食い込むシートベルトの痛みに、顔を歪めた。
そして、前方を見た。
前方には、倒れているジョン・ライダーと、横転した護送車だけがあった。
すると、ガラスの破片で切ったのだろう、頭から血を流したジョン・ライダーは、ゆっくりと身体を起こし、立ち上がった。
地面に落としたショットガンを拾うと、わたくしに銃口を向けた。

「……っ!」

わたくしはとっさにフロントガラスから身体を隠した。
次の瞬間には、ショットガンの散弾でフロントガラスは撃ち抜かれ、バラバラになった。
隠れなければ、その一撃で絶命していた……。
わたくしは、フロントガラスから身を乗り出さないように隠れながら、クラッチを踏みエンジンキーを捻った。
だが、なかなかエンジンはかからなかった。
その間にも、ジョン・ライダーはショットガンで車を撃ちぬいて来た。
ボンネットやランプを撃ち、徹底的に破壊しようとしていた。

「……早く……!早くかかって!」

破壊された車のボディが破片となり、何度もわたくしの身体に降り注ぐ。
何度もクラッチを踏み、エンジンキーを捻った。
……そして、何度目かの挑戦で、やっとエンジンが始動した。
エンジンが唸りを上げる。
わたくしは身体を起こし、クラッチを戻した。
フロント越しに、ジョン・ライダーの姿を見た。
腕を広げ、嬉しそうな笑みを浮かべていた。

「……さぁ!来いっ!」

「うわああああああああああああああああ!!!!」

わたくしは叫びながら、アクセルを踏んだ。
アクセルを一気に踏むと重心は後ろに引っ張られ、勢い良く車は前に進んだ。
そして、車はジョン・ライダーを跳ね飛ばした。
大きく弧を描き、ハイウェイに落ちると、転がって止まった。
車は再びエンジンを停止して止まった。
ジョン・ライダーは、震えながら身体を起こそうとするが、力を失い倒れた。
……そして、呼吸が止まった。
わたくしは銃を持って車を降りると、ジョン・ライダーに近づいていった。
傍に立ち、見下ろすが、ピクリとも動かない。
……本当に、息絶えたのだ。
そう思うと…………なぜか涙が出てきた。
どうしてかわからなかった……。
なぜか悲しくなった……。
憎い男なのに……。
わたくしはハイウェイに膝をつくと、左手でジョン・ライダーの髪を撫でた。
……この男は、わたくしにとって恐怖そのものだった。
……それでも、この男とは……絆が生まれていた。
それを認めると、涙が出て止まらなかった……。
……この男に出会わなければ、何も変わらなかっただろう。
だが、わたくしは出会い、変わった……。
何があっても生き延びようとする意思を持った。
この男は、わたくしを強くしたのだ。
決して恐ろしいだけの存在ではなかったのだ。
わたくしを鍛え、強くした。
……そうか。
……わたくしはこの男を尊敬していたのだ……。
わたくしの心の中で大きな存在になっていたのだ。
決して普通ではない方法で、心を通わせていたのだ……。
だから……涙が出てきたのだ。
その存在を失ったから……。

わたくしは今までの出来事を思い出した。
日本を発つ前の事。
アメリカでのトラブル。
ジムとの再会。
……そして、ジョン・ライダーとの出会い。
すべての出来事がまるで長い年月を掛けて作り出された思い出のように蘇った。
そして、隣には、息絶えたジョン・ライダーがいた。
最後に、わたくしは惜しむようにジョン・ライダーの髪を撫でると、立ち上がった。
ジョン・ライダーを背に、車に向かった。
……後ろから音がした。
そして、荒い息遣いが……。
……もう、何も言わなくてもわかっていた。
わたくしは振り返った。
荒い息で、ジョン・ライダーは立ち上がっていた。
まだ……死んではいなかった。

「……どうした?……もう終わりか……?」

弱々しいが、あの嫌らしくて……温かみのある、あの笑みを浮かべた。
すると、銃声が荒野に響いた。
……ジョン・ライダーが前のめりに倒れた。

「……ジョン……!?」

わたくしは思わず叫んでいた。
……初めて、あの男に向かって名を呼んだ。
ジョン・ライダーは膝をつき、立ち上げって、後ろを振り返った。
背後に、横転した護送車の運転席から、ドアを開けて身を乗り出した警官が、頭から血を流しピストルを構えていた。

「この……化け物めっ!」

再び警官は発砲し、ジョン・ライダーを撃った。
だが、二発ともジョン・ライダーの着ている防弾ジャケットで防がれていた。
ジョン・ライダーは後ろによろけ、倒れながらも、懸命に立ち上がろうとしていた。
地面に落としたショットガンを拾い、立ち上がって構えた。

「……邪魔を……するなぁああああ!」

ショットガンの弾は護送車の真下に放たれた。
すると、地面が燃え出した。
おそらく、護送車の燃料タンクからガソリンが漏れ出て、それが引火したのだろう。
ジョン・ライダーはショットガンを捨てると、わたくしの方へ身体を向けた。
次の瞬間、引火したガソリンの炎が護送車を襲った。

「う、うわあああああああああ!!!!」

警官の悲鳴が上がり、護送車は爆発炎上した。
爆発の炎の熱気に、身体が焼けそうな痛みを感じた。
だが、それにも構わず、ジョン・ライダーは炎上する炎を背に、わたくしに向かって歩き出した。
そして、おもむろに口を開いた。

「……俺の名を呼んだか?」

「えぇ…………ジョン・ライダー。」

嬉しそうな笑みを浮かべると、ジョン・ライダーは防弾ジャケットを脱ぎ捨てた。

「……こんな物を着ていたらフェアじゃない」

そして、ズボンに挿していたピストルを抜いて手に持った。

「……西部劇を観たことがあるか?」

「いいえ……」

「……なら、簡単に教えてやる。……ただの早撃ちだ。……銃を床に置け」

わたくしはそれに従った。

「……撃鉄は降ろしておけ」

床に置いたリボルバーの撃鉄を降ろした。
ジョン・ライダーの持つ銃も、撃鉄を降ろして、床に置いた。

「後ろに離れろ……。遠くにだ……」

わたくしはジョン・ライダーを見つめたまま、後ろに下がった。
足元に置いたリボルバーとの距離はどんどん離れていく。
ジョン・ライダーも、自分が置いた銃から後ろへ離れていった。
遠距離に対峙したわたくしとジョン・ライダーは、二挺の銃を挟んで向き合っていた。

「決闘だ……あやか。……俺を止めてみろ」

「えぇ……」

荒野を静寂が支配した。
時折吹く風が、肌を刺激した。
荒野に立つ、二人。
命を賭けた決闘が始まった。
お互い、まだ動かなかった。
相手の出方をうかがっていた。
いつ、何時、ジョン・ライダーが銃を取りに走るかわからない。
それより遅れたら、わたくしの負けだ。
ジョン・ライダーより先に銃を取らなくてはならない。
わたくし達は沈黙に包まれた。
ヒリヒリとした緊張感が心を支配した。
指先がピクピクと痙攣し、汗が額から滲んで来た。

ほとんど同時だった。
わたくしとジョン・ライダーは、ほとんど同時に、銃に向かって駆け出した。
銃に近づくと、飛びつき、銃を掴んだ。
そしてそのまま前転とジョン・ライダーに銃を向けた。
二発の銃声がほとんど同時に、荒野に響き渡った。

気が付いたら、わたくしはハイウェイに倒れていた。
そして激しい痛みが、左肩を襲った。
今までに味わったことの無い、強烈な痛みだ。

「あ、あぁ……ああああああああああ!!!!」

苦痛に顔が歪み、涙が溢れ出た。
肩は異常な程熱くなっていた。
苦痛に耐えながらも、左肩をみると、穴が開いて血が溢れ出ていた。
銃で撃ち抜かれたのだ。
……わたくしは覚悟した。
二発目が来るに違いない。
そう思い、目を閉じて、覚悟を決めて、その時を待った。
……だが、二発目が来ることはなかった。
わたくしは目を開け、苦痛に耐えながら身体を起こした。
そして……ジョン・ライダーを見た。
……そこには、完全に動きを停止したジョン・ライダーがいた。
膝立ちのまま、胸を撃ちぬかれ、胸の穴と、口から血を吹き出していた。
目は見開かれ、遠くを見ていた。

「……雪広……あやか……」

ジョン・ライダーが口を開くと、その度に口から血が吹き出た。

「……やっと……俺を止めてくれたな……」

そう言うと、ハイウェイに座り込み、後ろに倒れた。

「……ジョン……。ジョン……!」

わたくしは這いつくばって、懸命にジョン・ライダーの傍まで近づいていった。
ジョン・ライダーの身体を起こし、膝に頭をゆっくりと乗せた。
……彼は虚ろな目をしながら、全身を痙攣し、口からこぽこぽと音を立てながら血を吹き出していた。

「……ジョン……。ジョン・ライダー……」

わたくしは彼の名を呼び続けた。
……今にも、彼の命は消えかけていた。

「……あやか……。俺は……臆病だった……。死にたかった……だが、自分で死ぬ勇気が無かった……。誰かに止めて欲しかった……」

彼はうわ言のようにそう呟いた。
それは……死を目前にして、自分の胸の内を伝えたかった懸命で一途な思いだった。
わたくしは再び涙を流していた。
そして、彼の髪を優しく撫でた。

「……わかってますわ。あなたは……自分で自分を止められなかったのですわね……。はやく……あなたの事を理解していればよかった」

「俺は……お前に会えてよかった……」

彼は、足元に転がっている自分の銃を拾うと、わたくしに差し出した。

「さぁ……とどめを差してくれ」

わたくしはそれを受け取ると、彼の身体を抱き起こし、抱きしめた。
そして、銃口を彼のこめかみに押し当てた。
嗚咽を漏らしながら、銃の引き金に指を掛けた。

「……さようなら……ジョン」

荒野に一発の銃声が響き渡った。
ジョン・ライダーは力を失い、わたくしの身体にもたれかかった。
頭部を撃ち抜かれたジョン・ライダーは目を見開いたまま、口から大量に血を吹き出し、力を失ってた。
完全に……ジョン・ライダーの命の炎が消えたのだ。
彼をハイウェイに寝かせると、左肩を押さえた。
わたくしはジョン・ライダーの死を確認すると、涙で溢れる目をぬぐった。
そして、わたくしは立ちあがった。
荒野のハイウェイはわたくし一人だけになった。

わたくしは歩き続けた。
撃ち抜かれた左肩をおさえなか、それでも懸命に歩いた。
ただ、一人、ハイウェイを歩き続けた。
それはまるで永遠に続く道を歩くような……そんな気がしてた。
夕陽が沈む太陽の光を浴び、歩き続けた。

……すべて終わったのだ。

そして、わたくしは力を失って、ハイウェイに仰向けに倒れた。
生きるか、…このまま死ぬか、それはわたくしにもわからなかった。


——— THE END ———