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Chapter.2「Simple Job」

早乙女ハルナと綾瀬夕映は大雨の寮の中、悩んでいた。
修羅場が終わり、緊張の糸が解けると同時に眠りに誘われた後、親友の宮崎のどかに起こされると、その隣に全身びしょ濡れのスキンヘッドのセールスマンが立ってるいるではないか。
のどかの事だから、大胆にも想い人のネギ・スプリングフィールドかと思ったのだが、目の前にいるのは厳つい白人の大人だ。
正直、ドン引きだ。
特にハルナは、相手がネギでない事に相当ガッカリしている。
別にハルナはネギが特別好きというわけではない。
「ラブ」というより「ライク」な方だ。
むしろ、片思いなのどかが、意を決して想い人を部屋に連れ込んだというシチュエーションに「萌え」るのだった。
そのはずだったのだが、連れて来たのは、見たこともない、まるで海外ゲームの主人公みたいな大人の男だった。
よからぬ期待を裏切られたハルナは相当ガッカリしていた。
夕映はハルナとは違い、嫁入り前どころか、中学生の女子が、深夜に大の男を部屋に連れ込むなど、関心できる事ではないと思っている。
しかし、のどかは世間知らずだが、悪気があってするような子ではない。
問題は、なぜのどかがこの男を連れて来たのかが、根本的な問題であり、のどかの所謂「ふしだら」な行為を咎めるのをいつにしようかというタイミングの問題である。
まず、のどかの言い分……このガチムチ野郎を部屋に連れて来た理由を聞こう。

「……色々と聞きたい事はあるのですが……。まず、その人はダレですか?」

「え?えぇ……っと……」

「…………」

のどかはいつものように半ば挙動不審に慌てながら、夕映とスキンヘッドの男を交互に見て、言葉を探していた。
が、肝心のスキンヘッドは何も語らない。
その理由は、のどかは知っている。

「えっと・・・・・・『わからない』……んだって」

のどかは、あはは……、と苦笑いしながらそう答えた。

「……は?」

夕映は呆れた顔で聞き返した。

「えっと、だから……名前が分からないんだって……」

「…………」

のどかはそういうと、チラっと男を見るが、少女達を見下ろすだけで、何も語ろうとしない。
せめて、何かフォローしてほしいと、のどかは思った。

「ヘ〜イ、ダンディ・メ〜ン。アナタノ、オナマエ、ナンデスカー?」

ハルナが何を思ったのか、笑いを取ろうとしたのか、片言の日本語で、男に聞いてきた。

「……わからない。自分が何者かもわからない」

それは流暢な日本語だった。
明らかに白人だが、国籍を識別するのが難しいほど、身体的な特徴はなく、毛髪に至っては黒だ。
顔立ちでなんとか黄色人種ではないと識別できるが、それでも、この流暢な日本語では、日本人ではない、と断言することも難しい。

ムー、とハルナはようやく真面目に事態に取り組んだ。
夕映はやれやれ、といった顔で、再びのどかと男を詰問した。

「のどか……なぜこの人を部屋に連れて来たのですか?」

「え、えっと、……記憶喪失みたいだったから、放っておけなくて……」

「だとしても、部屋に連れて来ることはないです。病院か警察に伝えればいいだけの話でしょう」

「えっ!?あ……あの……そ、それは……」

のどかの声に力が無くなってきた。
なぜ病院か警察に伝えなかったのか、と問われれば、自分が先に遭遇した「危機」を話さなくてはいけなくなるだろう。
女性にとっては、たとえそれが未遂であっても、心に深く傷つく出来事である。
未遂であれば、時が経てば直るであろう。
しかし、ほんの数日で忘れる事は難しい。
それに、告白してしまえば、未遂であったとしても、「キズモノ」扱いされるであろう。
そして、知られた人間には、一生そういう目で見られてしまう。
のどかはそれが怖かった。

「それは……えっと……えっと……」

のどかはだんだん胸が苦しくなり、目頭が熱くなってきた。
告白する事が怖かった。
親友に告白することが、想い人に知られる事が。
毛嫌いはしないだろうが、腫れ物を扱うようによそよそしく接されるのが悲しい。

「えぅ……その……その……」

そののどかの声を遮ったのは、スキンヘッドの男だった。

「俺が拒否したからだ。」

「え?」

夕映、そしてのどかが声を上げた。

「俺は自分の事を何も覚えていないが……、だからと言って自分が犯罪者ではなかったとは言い切れない。警察や病院の世話になるのが嫌だった。だから無理矢理連れて来てもらったんだ」

「…………」

夕映は、直感だが、この男のこの言葉は口からの出まかせではないかと思った。
何より、のどかへの質問を遮るように、男が割って入って答えたのだ。
のどかを庇う為の嘘の可能性が大きい。
だが……、

「この少女は悪くない。俺が無理を言ったんだ。……何か文句があるか?」

その嘘に乗ろうと思う。
それがのどかを守ることになるのなら。

(ごめんです、のどか……)

のどかを知らずに苦しめていた事に気付いた夕映は心の中で謝罪した。

「……幼い少女をかどわかして部屋に入り込むなんて、文句大有りです。今、警察に通報すれば、あなたは少女を誘拐した現行犯です」

「ゆ、ゆえ〜」

「…………」

夕映は男への厳しい目を閉じて、腕を組んだ。

「……ですが、のどかの言う通りなら、のどかがあなたを助けたいと思ってここに連れて来たのなら、行為自体は褒められる事ではないですが、その心意気やあっぱれ、というべきでしょう」

「ゆ、ゆえ……!」

「ゆえ……アンタ、マジ?」

夕映の目は穏やかになり、長身のスーツを着たスキンヘッドの男に語りかけた。

「あなたは記憶喪失の迷える羊。助けが欲しいのはわかります。誰しも、助けが欲しい時にこそ助けを求めるものです。私達があなたを助けますです」

「…………!」

のどかは嬉しかった。
てっきり追い返せとばかり言われると思っていた。
道端でダンボールに入った子犬を拾ってきたのか、と問われれば否定できないが。
それでも、自分を守ってくれた恩義ある人である。
困っているのなら、ぜひとも助けたかった。
その思いを叶える事が出来て嬉しかった。
だが、その思いとは別に、思いを馳せる人物がいた。

「ゆ、ゆえ!?わ、私達って?」

「私とのどかと、ハルナに決まっていますです」

「ま、マジで!?勘弁よ、アタシ!こんな萌え要素の一つもない、ガチムチ野郎の面倒見なきゃいけないわけ!?ホモマンガの題材にしかならないわよ!」

「……さっきまで描いてたあのマンガは何なのですか?」

「あれは『ヤ・オ・イ』!ホモじゃないの!ヤオイとホモは根本的に違うの!美的にも違うし、萌えないの!とにかく違うの!」

「は、ハルナ……そんな事言わないで、手伝って……」

「嫌ーよ!10歳ぐらいの可愛らしい子犬みたいな男の子だったらともかく、こんな洋ゲーの主人公みたいなの、相手にしたくないわよ!私は和ゲー派なの!エフ○フよ!テイ○ズよ!は?ウォーク○フト!?死ねよ!」

何が何だか知らないが、ハルナは妙な事を口走って協力を拒否している。
しかも、それはスキンヘッドが、ガチムチ野郎で萌え要素が何一つ無いからだという酷い理由だ。

「そうですか……それは仕方がありませんです」

「フーン!」

「ゆ、ゆえ……」

夕映はハルナに背を向けた。
そして、懐から何かを取り出した。

「この前、朝倉さんから貰った、この『ネギ先生と小太郎君が戯れる写真』10枚撮りを、ハルナにあげるつもりでしたが……ハルナが手伝ってくれないのなら、もういいです。委員長に高値で転売しますです」

この言葉に、ハルナの耳が動いた。

「……え?ちょっまっ……マジで?なにそれ!?くれるの!?」

ハルナは食いついた。

「……委員長に売れば高値が付きますです。友情の証のつもりでプレゼントするつもりでしたが……やはり売ってしまったほうがいいみたいですね」

「ままままっまままま、待った!待った!ゆえ、待った!何も売ることはないんじゃない!?やっぱりお金より友情のほうが大事だと思うけどな、おねーさんは!」

ハルナはおおいに慌てた。
夕映は内心、ほくそえんだ。
釣り針に食いついたハルナは、ちょっとやそっとじゃ針を離さない。
餌が「ショタ萌え」ならなお更だ。

「いえ、やっぱり需要の高いところへ渡すのが、公平だと思うです。ハルナがいらないというのなら、より需要の高い委員長に売るというのが普通……」

「いやいやいやいやいやいや!委員長より高いよ!アタシは!需要は!ぶっちゃけ、欲しくないわけないじゃん!」

「……しかし、ハルナにはタダであげるわけですし……何かの見返りがなければ、私が損です。何より、協力してくれないのなら、あげるだけ損です」

「いやいやいや!協力しないわけないじゃーん♪何言ってんのぉ〜♪友達でしょぉ〜、アタシ達ぃ〜♪」

夕映は「釣れた」と確信したが、まだまだダメ押しをする。

「……そうですね。やはり友情は大切です。なら、この写真の半分を『前金』として渡しますです」

「……へ?『前金』……?」

「……友情は大切です。掛け替えの無いものです。途中で協力を放棄するなど、友情とは言えないです。……そうですね?」

夕映の眼光が鋭く光った。
この時、ハルナは内心思った。

(しまった!ハメられた!協力できないなんて、もう口に出来ない!)

「う、うん、そうだよねぇ……。そんな奴友達じゃないよねぇ……。あ、あは、あはははは……」

夕映はにっこり笑い、写真の半分、5枚の写真をハルナに渡した。

「どうぞです」

「!!」

肝がすっかり冷えたハルナだったが、写真に写っている光景を見て、一瞬で桃源郷へ上り詰めた。

「ありがとぉ〜〜♪ゆえ〜〜♪キャッホーイ♪」

写真を手に、くるくると舞っている。

「ゆ、ゆえ……あれでいいの?」

思わず心配になって声を掛けるのどかだが、

「よいのです。本人が納得すれば問題ないのです」

と、夕映はキッパリ答えた。
のどかは、そんな夕映に、

(ゆえ……恐ろしい子っ!!)

と、戦慄したとかしないとか。
そして、当のスキンヘッドの男は、

(俺はあの写真に負けたのか……?)

と、困惑していた。
そんな男に夕映が近寄っていた。
のどかに聞かれないように、背伸びして、男の耳元に近づいて。

「のどかを……助けてくれてありがとうです」

そう言って、夕映はにっこりと男に微笑んだ。
それは裏表のない、純粋で暖かい感謝の笑顔だった。
男は戸惑った。
こんな暖かい笑みを受けた事があっただろうか?
失った記憶を遡る。
が、失ったデータを探っても、霞がかっているだけで、まるで覚えが無い。
そして、記憶を失ってから、今までも、そんな記憶は一度もない。
いつも、誰かが、恐怖に顔を歪めていた。
だから、初めて笑顔をくれた事に戸惑っていた。
……どうしたらいいのだろう?

「……こんな時、どうしたらいいのか……俺には分からない」

夕映は笑みを崩さず、男を真剣に見つめ、答えた。

「笑えば……いいと思うです」

笑う……?
この俺が笑う……?

男は思わずのどかを見る。
のどかはどきりとしたが、苦笑いしながらも、眩しいばかりの笑顔を男に向けた。

「笑うって、心から幸せになれるんですよ」

笑うと幸せになれる。
のどかはそう言った。

笑う……笑う……。
……どうやって?

「俺は……笑い方を知らない」

のどかと夕映は、男のその言葉に思わずお互いを見合った。
そして、夕映はニヤリと笑った。
夕映はすばやく男の背後に回ると、男の両の太ももを、両手でそれぞれ、指を蠢くようにくすぐった。

「!?」

男はすばやく、夕映の手を払い、太ももを庇ったが、その隙に、今度は両脇に手を入れられくすぐられた。
さすがに、これには男も太刀打ち出来なかった。
こみ上げる感覚を抑えることが出来ず、床に倒れ……笑った。

「あはっ!あはははは!や、やめろ!やめてくれ!」

「クスクスクス……。のどかも一緒にやるです♪」

「え、えぇ!?私もぉ!?」

のどかはしぶしぶ、夕映のくすぐりに手を貸したが、男の笑いに、思わず夕映と一緒に笑った。

「や、やめてくれ!は、腹が痛い!あ、あはははははは!」

「あはは♪やめないです♪お腹がネジれて死ぬがいいです♪」

「あはは♪だめだよぉゆえ〜♪」

笑うと幸せになれる。
……あぁ、そうか、こういう事か。

「ちょっとぉ〜、何ぃ〜?面白いことやってんじゃ〜ん♪アタシも混ぜてよぉ〜♪」

「っ!?」

「アンタのせいで、アタシは抜けられなくなっちゃったんだからね?覚悟しなよぉ〜?」

「ま、待ってく……!あ、あはははははははは!」

「あはははは♪」

4人の笑い声は部屋中にこだました。

しばらくして、男は息を整えていた。
男の限界をみるや、3人はくすぐるのをやめたのだ。
3人も、笑いすぎてお腹が痛い気がする。

「いやぁ〜、笑ったねぇ〜♪気持ちがいいくらい♪」

「むしろ笑いすぎて気持ち悪いです……」

「横隔膜の使いすぎだ。はぁ……はぁ……」

「だ、大丈夫ですか……?」

4人ともぐったりしていたが、まだ男の素性を探る調査を何も初めていないのだ。
3人の中で一番消極的だったハルナが重い腰を上げた。

「よし、それじゃあ、ボチボチ始めるか。……脱いで」

「……なに?」

「え?え?ぬ、脱ぐって……ハルナ……なんで?」

「まずは身に着けてる物で身元を特定するのが当たり前田のクラッカーでしょ?」

「ハルナ……そのギャグ古いです……」

「で、でもぉ……」

「別にのどかが脱ぐわけじゃないんだから!ほら、アンタ……あーもう、名前がわかんないから呼びづらいわ!もう、ハゲでいいわよね!ハゲで!ほら、ハゲ!脱ぎなさい!」

何だか酷い言われようだが、ハゲこと、スキンヘッドの男は、渋々スーツを改め始めた。
まず上着のジャケットの胸ポケットから、先のチーマーから取り上げたバタフライ・ナイフを取り出し、テーブルに置いた。
次に、ジャケットの他のポケットを探った。
すると、中に手ごたえを感じた。
男は思い出した。
ジャケットの中から出たのは、円筒状の金属の筒だった。
中はガラスになっていて、液体の痕跡があった。
そしてなにより、円筒からするどい針が飛び出ていた。
その針に、赤い血が付着していた。

「……なに、これ?」

「注射器……かな?」

「これをどこで?」

3人がそれぞれ問い詰める。
男は、この注射器の入手について話始めた。

「……俺が最初に目を覚ました時、俺は道に倒れていた。そして俺の身体の横に、コイツが落ちていた。何も思い出せなくて、ワイシャツに血のシミと、細い穴が開いていた」

男はジャケットを脱ぐと、注射器を取り、ワイシャツの一部に近づけた。
血のシミが付着しているところだ。

「……そうだ。この注射器は、俺の身体に打たれたんだ。だが何も思い出せない。何かの手がかりになると思って、拾ったんだ」

「ふ〜ん〜」

ハルナはワイシャツの血のシミと、穴に目を近づけた。

「じゃ、ワイシャツも脱いで」

「は、ハルナぁ!?」

のどかは戸惑った。
さすがにワイシャツを脱いだら……。

「確かに、確認するべきですね」

夕映も賛成にまわった。
のどかは従うしかなかった。
男も、抵抗はなかった。
何より、真実が知りたかった。
自分が何者なのか。
男は立ち上がり、赤いネクタイを取り、ワイシャツを脱いだ。
白いワイシャツが身体から離れると、そこには、たくましい筋肉質の上半身が現れた。
筋肉が隆起し、無駄な脂肪など一切ない、機能美に満ちた肉体だった。
男は、車のボンネット内のエンジンに惚れこむが、男の身体もまさに、活動するためだけに鍛え上げられた筋肉だった。

(う、うわぁ〜〜……)

3人の少女は見惚れていた。
あれだけ、ガチムチ野郎は嫌だと言っていたハルナでさえ、たくましい筋肉美に目を奪われていた。
女性の本能であるメスの部分が、男のフェロモン・男の美しさに、3人は惹かれていた。

「……おい、どうした?」

男の呼びかけに、3人は現実に引き戻された。

(や、やばいやばい!アタシは華奢な可愛い男の子に萌えるのに……やばいよぉ、顔が熱いよぉ……!)

(す、すごい……。……ネギ先生も大きくなったら、あんな風になるのかなぁ……)

(か、かっこいいのです……)

3人はなんとか雑念を振り払い、元の作業に戻ろうとしていた。
先陣を切ったのは、仕切り屋のハルナだった。

「げ、ゲフンゲフン!え、えっと、それじゃあ、確認するよ。注射針が刺さった跡はぁ〜……」

目を凝らし、男の胸に近づいていくハルナ。
途中、男の身体から漂ってくるフェロモン入りの体臭にクラクラしそうになる。

「え、えぇ〜っとぉ……あ、あった!」

ハルナは注射器の針と、男の胸の傷跡を近づけてみる。
サイズは針の幅と同じだった。

「うん、間違いなく刺さってる。じゃあ、問題は、この注射器の中身が何だったか?って事だよね。それがハゲの記憶喪失に関係あるかどうか?あるなら、如何にして元に戻すべきか?」

「記憶喪失って、どうやったら治るのかな?」

のどかがごく当たり前の質問をした。

「心療医でも、カウンセラーでもないのではわかりませんが……」

夕映は、チラっとのどかを見た。
突然振られたのどかは困惑したが、夕映の意図を理解した。

『のどかのアーティファクトを使ってみたら?』と言いたいのだ。

のどかのアーティファクト「いどのえにっき(ディアーリウム・エーユス)」は、名前さえ分かれば、相手の心の表層を読み取ることが出来る。
そして、魔法具「魔神の童謡(コンプティーナ・ダエモニア)」は相手の名前を見破ることが出来る。
男の正体を暴くのに、好都合だ。
だが……。

(……どうしよう……使うべき……かなぁ……)

アーティファクトを使うということは、自分が魔法使いであるという事を明かすという事だ。
のどかには、それが抵抗だった。
夕映の視線に対し、のどかは首を振って答えた。

「じゃあ、調べられるところから調べるっきゃないか〜」

ハルナは注射器をくるくると回し、眺めながら呟いた。

「んでさ……ハゲ、あんた臭いわ」

「……なに?」

「匂いがキツイのよ!ていうか、アンタとのどか、雨でずぶ濡れのまんまじゃん!カビ臭いのよ!さっさとお風呂入って着替えてきなさいよ!」

「え?でも……でも……」

「いいから!ほら、さっさと!どっちが先でもいいから!」

ハルナは吼えた。
ハゲ、ことスキンヘッドに対する文句は、男の醸し出すフェロモンを紛らわすための詭弁だったが、どっちにせよ、雨で濡れ鼠の二人を放置するのは耐えられなかった。

「あ、あぅ……は、ハルナぁ〜」

「あぁ、もうわかったから!のどか、アンタは部屋のシャワー使いなさい!それからハゲ!あんたは大浴場に行きなさい!」

「えぇっ!?だ、大浴場!?見回りの人に見つかっちゃうよぉ〜」

「『メタル』で『ソリッド』な人でないと、確実に見つかるです」

「…………」

男はハルナの意図がわからなかった。
雨臭い&汗臭いから風呂に入れ、はわかる。
だが、見つかる危険性のある大浴場に入れとはこれ如何に?

「まっさか、大の男が、女子の部屋のシャワー使う気ぃ?それって変態さんじゃな〜い?」

「…………」

「……まさか、ハルナ……」

夕映は思った。

(見回りの人間に発見させて、厄介払いさせる気では?)

ハルナはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
この女、本気である。
ふぅ、と男はため息をついた。

「わかった。大浴場に行こう」

「そう来なくっちゃ♪」

「え、えぇ!?」

ハルナは机の中から、何かを取り出すと、品定めし、男に差し出した。

「ホイ。デジカメ。大浴場の中を写真に撮りなさい。それを証拠にするから♪」

「……わかった」

男は腑に落ちなかったが、しぶしぶカメラを受け取った。

「あ、ちなみに、この部屋は鍵かけておくから、合言葉になるノックをしないと開かないからね」

「ノック……?」

「合言葉は、ドアを、「トントントン、トーントーントーン、トントントン」って、9回叩くんだからね。ちゃんと間隔も覚えなよ?」

「ハルナ……。それはモールス信号では?」

「あぁ、もううるさい!ほら、これ持ってさっさと行った行った!」

ハルナは男の服を掴み、投げつけると、男を部屋から追い出してしまった。
バタンという強いドアの閉める音と共に、3人と男は隔絶された。
男は呆れたため息をつくと、慌てることなく落ち着いてワイシャツ、ネクタイ、ジャケットを着けた。
場所も教えて貰えなかったが、慌てる事はない。
いつものように、陰のように近づくだけだ。

……いつものように?

(……なぜだろう?ごく当たり前のように感じる)

男はネクタイを締め、革の手袋を直すと、音も立てずに足を進めた。