※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

Chapter.3「No.47」

バタンという強いドアの閉める音で、のどか、夕映、ハルナの三人と、名前のわからないスキンヘッドの男は隔絶された。
部屋の中ののどかと夕映は疑問だった。

「なぜ、部屋のシャワーを使わせなかったのですか?」

「そ、そうだよぉ。あれじゃ、あの人見つかっちゃうよぉ〜」

二人の疑問に対し、ハルナは不敵な笑みを浮かべた。

「それなら、それまでの男だったって事じゃん?」

「え、えぇ!?」

「ハルナの言いたい事がサッパリです」

ハルナは真剣な顔になった。

「のどかがどれだけあの男に恩義があるか知らないけど、素性も知らない男なんだよ?しかも、怪しい注射器持ってた。二人は怪しいと思わないの?」

のどかと夕映は困惑しながら顔を見合わせた。

「確かに、素性はわかりませんし、普通の人ではないと思います」

「…………」

「でも、あの人は悪い人ではありません」

「夕映、アンタ本気で言ってる?冗談だとアタシ怒るよ?」

「……本気です」

「ゆ、ゆえ……ハルナ……」

ハルナはスキンヘッドの男を信用出来なかった。
ある時、突然のどかが捨て犬を拾ってきたかのように部屋に連れて来て、助けて欲しいと親友に頼まれたのである。
しかも本人は何も言わず、のどかに言わせた。
その上、可愛い子犬ならともかく、いかつい猛犬である。
のどかには悪いが、ハルナにとっては迷惑この上なかった。
一方の夕映には、男を助ける事が、恩義を返す事だと思っていた。
のどかは詳しくは語らなかったが、のどかの身に何があったのかは容易に想像がつく。
そんなのどかを窮地から救ったのがあの男だというのは、のどかの様子からわかった。
親友の恩人は、自分の恩人に等しい。
そんな恩人を、夕映は助けたかった。

「ま、そう言うと思ってたけどさ……。アタシは納得出来ないんだよね、アンタ達が納得しててもさ」

「……あの人を助けるに足る理由が欲しい、というわけですか?」

「そういう事。自分からは何も喋んないし、助けて欲しいとも言わない。まるで記憶喪失になっても、『あぁ、それが何?』って、何その態度?可愛げがないのよ」

「可愛げって……」

「必死さが伝わんないのよ。あの男自身からのSOSが欲しいわけ。自分から助けて欲しいと言わない奴に、助ける気が起きるわけないでしょ?」

「それでは……なぜ大浴場に?」

「見つかりたくなくて、私達に助けを求めてるなら、見回りぐらい避けて戻ってこれるでしょ?出て行きたいなら、出て行けばいいし、必死じゃないなら、見回りにも見つかっちゃうわよ。つまり本気なのか試したかったわけ」

夕映はため息をついた。
普段はお調子者だが、いざという時はこれだ。

「……厄介払いしたいのかと思いましたです」

「あ、それもあるよ?」

「…………」

寮内を、闇に紛れて動く影があった。
だが、それはあまりにも堂々としていた。
あたかも、本来の影の一部であるかのように。
男は、階段の踊り場にいた。
金属プレートのマップに、寮内のフロアの地図が載っていたので、場所を知る事が出来た。

(3階……大浴場か)

見回りの人間もいなかったし、正直茶番のように思えた。
これではいくらなんでも楽勝ではないか?
大浴場まで目前だが、ここまで何もないと逆に不気味に感じる。
ふと、廊下から足音を立てながら近づく気配を感じた。
それも急にだ。
男は廊下の窓から差し込む光が作り出す影にそっと身を隠して、近づいてくる気配を探った。
気配は、廊下の奥の暗闇から窓の差し込む光へと姿を晒した。
黒人だった。
アフリカ系ではなく、白人やラテンの血が混じっているのだろうか、アラブ系に近い。
短髪の黒髪で、ソリッドタイプのメガネを掛けている。
そして、鼠色のスーツを着ている。
おそらく、学園の教師だろう。
だが、それにしても学園の教師が寮内を見回りとは変わっていた。
普通は警備員や用務員がするものではないか?
男は黒人の教師と、大浴場の入り口に挟まれていた。
男は、屈みながら、ゆっくりと後ずさりする。
が、黒人教師の歩みは速く、どんどん近づいてくる。
男は覚悟した。
だが、覚悟とは諦める覚悟ではない。
『目の前の障害を排除する覚悟』だ。

『排除』する?

(……なぜ、そんな風に考えるんだ?)

自然に沸いた考えに、男は違和感を感じた。
だが、『排除』するという答えの出し方自体に、違和感を覚えなかった。
『逃げる』でも『隠れてやり過ごす』でもない。
『障害を排除する』という考え方だ。
もっと平和的に危険から逃れる方法がある筈なのに。
そしてその事、事態が違和感だった。
男は大浴場入口付近の隅の陰に隠れた。
黒人教師は大浴場入口まで近づいた。
男と黒人教師の距離、その差3メートル。
目と鼻の先だった。

『光る風を追い越したら〜、君にきっと逢えるね〜♪』

ふと、突然曲が鳴り出した。
なんともテンションの高い妙な曲だった。
黒人教師はズボンのポケットから携帯電話を取り出すと、応答した。
曲は携帯電話の着信メロディだった。

「はい、ガンドルフィーニです」

黒人教師は電話の相手にそう名乗った。
ガンドルフィーニは、声を寮内に響かせないように、控え目に声を絞っていた。

「……そうですか。いえ、情報ありがとうございます。いえ、お蔭様で。」

男は声を押し殺し、影になろうとした。
背景の一部分になれば、それは存在を消したも同じだからだ。
だが、その思いも、ガンドルフィーニの言葉で消し飛んだ。

「……『47号』は行方不明ですか。はい、こちらも警戒してます。何せ、昨日今日ですから。いえ、何かあったら応援に向かいますよ」

47号……?
男は不思議とその言葉に聞き覚えがあった。
『47号は行方不明』?
何の事だろう?
とにかく、穏やかな内容ではない事は確かだ。

「とにかく、焦らないで下さい。奴の脅威はあなたがよくご存知のはずでしょう。木乃伊(ミイラ)取りが木乃伊なんて洒落にもなりませんよ」

ガンドルフィーニはまだ入口の前に立ち、携帯電話で話しをしている。
このままでは、大浴場に入ることが出来ない。
男は次第に苛立ちを覚えていた。

「……わかっています。奴の特徴は、『スキンヘッド』に『後頭部のバーコード』ですね、わかっています。『47号』を見つけたら、取り押さえます」

……男は肝が冷える思いだった。
今、ガンドルフィーニはなんて言った?
『スキンヘッド』に『後頭部のバーコード』?
『47号』?

(俺の事か……!?)

男はそこに座っているのも忘れて、ガンドルフィーニを見上げた。
ガンドルフィーニはその後、二、三の挨拶言葉を交わして、電話を切った。
その後、辺りを見回して、ため息をついた後、廊下の方へ向き直った。
気付かれていない……。
ガンドルフィーニが廊下へ向かって歩き出したのを見て、男は緊張を解いた。

いっそ、気付いてくれていたら、堂々と取り押さえ、知っている事を吐かせられたかもしれない。
いや、そうでなくても、奴を取り押さえれば、真実を知る事が出来た。
千載一遇のチャンスを逃した事に焦りと後悔の念が沸き起こる。
だが、それはすべて「恩義ある宮崎のどか」に迷惑を掛けたくないという一心から、冷静になれた。
ここで騒ぎを起こせば、芋づる式にのどかに迷惑を掛ける事になる。
そんな事だけは避けたかった。
ガンドルフィーニに関しては、後日改めて調べる必要がある。

(……ガンドルフィーニ。貴様の名前、覚えたぞ)

自分は『47号』かもしれない—。
大浴場のシャワーを頭から被りながら、男は思った。
ガンドルフィーニの言葉を思い出す限りは、『スキンヘッド』に『後頭部のバーコード』が特徴だという。
それはまるっきり自分の事ではないか。
だが、逆説的に考えると、47号ではない自分は何なんだろう。
何の特徴もない、埋没した個性のその他大勢。
主たる主がなく、まるで空気のように存在感がない。
……アイデンティティが無い。
名前は個性以上の個性だ。
特技や性格などの特徴よりも、雄弁に個を語る。
その人物一人にしか付けられていない、自身の証明だ。
逆に言えば、名前が無いという事は、『誰でもない』という事だ。
個人を証明する事が出来ず、個性も無い。
全くの無だ。
人と人の繋がりを明確にする事も出来ず、霧のように動くだけ。
それは生きながら死んでいるようなものかもしれない。
名前が分からないというだけで、こんなにも『自分という人格』が分からなくなるとは思ってもいなかった。

(俺は……何者なんだ。……俺が47号なら、それでもいい。俺が何者か……教えてくれ)

いや、そもそも、自分は記憶喪失だと思い込んでいるだけで、本当は名前も記憶も元から無いのかもしれない。

(なら、何故俺は存在するんだ……?)

男は足元から崩れ、シャワーを浴びたまま跪いた。
そして、溢れる涙に、男は両手で顔を覆った。

のどか達の部屋をノックする音が響いた。
だが、それはハルナが決めた合図とは違う。

「だ〜れ?こんな時間に何の用?」

ドアを挟んだ向こう側で、男の声が響いた。

「俺だ。……名前のわからない男だ」

男の声は弱々しかった。
ハルナは怪訝に思ったが、ドアはまだ開けなかった。

「名無しの権兵衛さんがウチに何の用?」

「…………」

男は言いよどんだ。
言うべきか。
言えば、彼女達に迷惑を掛けるに決まっている。
……だが、頼れる相手がいない。
……何より、助けてくれる相手がいない。

「……助けて欲しい」

「…………」

「俺は……自分が何者かわからない。だが、たったそれだけで、自分が誰か分からなくなって……不安になる」

「……ハゲ……」

「……助けてくれ……。俺を……助けてくれ……」

男の言葉は、鼻声だった。
時折、鼻を啜る音が聞こえる。
二人を遮っていたドアは開かれた。

「……最初っから、そう言えばいいのよ♪」

「ハルナは素直じゃないです♪」

「ハルナ〜♪」

男は三人の前で頭を下げた。

「頼む……協力してくれ」

のどか、夕映、ハルナの三人はお互いの顔を見合わせると、男に笑顔を向けた。

「さぁさ、いつまでもそこに突っ立ってんじゃないの。ほら、上がった上がった!」

「ちょっと抵抗ありますが……ハゲさんにはここで寝てもらいましょう」

「う、うん……。変な事しないって信じてるもんね」

男は、ハルナに腕を引っ張られ、部屋に上がったが、急激な倦怠感に襲われた。

「大丈夫だ……。俺はここに座って寝る。何もしない……」

「はいはい、わかってるわかってる。って、何アンタ、その格好?」

ハルナは今更ながら男の姿に気付いた。
帽子を被った用務員の格好をしているのだ。
男の存在を分かっていたからいいものの、知らなかったら本当に用務員だと思ってしまいそうだった。

「アンタ……変装の名人ね。っと、その手に持ってるのは、着てたスーツね。こっちのハンガーに掛けて乾かしましょ」

ハルナと夕映は、男の着ていたスーツをそれぞれハンガーに掛けて部屋干ししようとした。
が、そのスーツを改めていると、驚く事に気付いた。

「ちょっ!?これ、アルマーニじゃん!うそぉ!?」

「ほ、本物です……。気付きませんでした……」

「も、もしかして……お金持ちなのかなぁ?」

そう思い、三人は男を見るが、当の本人は壁を背に膝を抱えるようにして眠っていた。
三人はため息をつくと、自分達も眠りの時につく事にした。
今日はとても長い一日だった気がする。
そして、この日から始まる一日一日も、長い一日になる気がした。