Chapter.4「TARGET」
のどか達が目覚めると、すでにスキンヘッドの男の姿は無かった。
その代わりにデスクの上にメモ用紙が置かれていた。
英語で記述はこうなっていた。
『What is the No.47 ?』
「『47番って何だ?』何のコト?」
ハルナの頭に疑問符が浮かぶ。
「47という数字が記憶喪失を解くキーワードでは?」
夕映がごくシンプルに分析する。
スキンヘッドの男の事だから、文字通りの意味ではないだろう。
「47という数字が何を指すか。あのハゲさんはそれが気になったのでしょう」
「でも、47って数字だけじゃワケわかんないじゃーん。あのハゲももうちょっと情報残しなさいよね〜?」
ハルナのブーブー垂れる文句の横で、のどかは思った。
「……何か最近の出来事で、47の数字に関連する事があったんじゃないかな?」
「へ?」
「だから、何かその数字に関連する、ううん、数字そのものを調べて欲しいって言ってるんだから、数字そのものが大きなキーワード……」
「……のどかの言いたい事がわかってきました」
「47、その数字に隠れた謎を探って欲しいって事だと思う」
カァ〜ッ!、と上を仰ぎ、ハルナは毒づいた。
改めて面倒な事を押し付けられた、と。
まるで、レオナルド・ダ・ヴィンチのノートに記されたメモを解読するような難解さだ。
47という数字に秘められた謎?
そんな事知るわけがない。
「47……。47番、47号、47式、47回、47年……。可能性は沢山ありますが、情報に振り回されないようにしましょう」
「そりゃそーだ。こんなダ・ヴィンチ・コードごっこは、ダン・ブラウンに任せておけばいいのよ」
「えっ!?でも……」
「大丈夫、ちゃんと調べとくって。でも、学生の本分は勉強、勉強!ほら、さっさと準備して教室いくわよ!」
「その通りです、のどか。……大丈夫です」
ハルナと夕映の笑顔で、のどかは励まされた。
「……うんっ」
授業の準備をし、寮を出たのどかは、ふと思った。
(あ、ご飯……。あの人、ご飯食べたのかなぁ……)
小鳥のさえずる朝を、帽子を目深に被った用務員が足早に校舎の外を歩いていた。
目的は、校舎内の職員室。
この時間は、朝礼が始まる頃だろう。
大勢が行き交う生徒の群れの中、用務員に変装したスキンヘッドの男は避けて通った。
道路に落ちている新聞を見つけては、記事の内容に目を走らせる。
検索キーワードは『47号』だ。
あの黒人教師、ガンドルフィーニの言った言葉。
あれはまさに人物を指していた。
そしてその人物の容姿はまさに自分のそれと同じだった。
『47号』が何者かはわからないが、ガンドルフィーニの言葉からするに、凶暴な奴らしい。
ヤクザか、犯罪者か、殺し屋か。
人物を番号で呼ぶのは何か特別な事でもあるのだろう。
そして奴は『昨日今日』と言った。
なら、つい最近何か起きた筈だ。
『47号』が何かしでかした?
(記事になっていればいいが……)
昨日今日なら、もしかしたら新聞に載るには早すぎるタミングかもしれない。
警察によって情報規制されているかもしれない。
それに、もし自分が『47号』なら、犯人として新聞に載っている可能性は低い。
事件事態が、発覚していない恐れすらある。
もしそうなら、その手際の良さが恨めしい。
結局は、あの男から情報を引き出さなくてはいけないという事だ。
スキンヘッドの男は、新聞をゴミ箱に捨てると、校舎の中へと入って行った。
綺麗な校舎は、生徒で溢れかえっていた。
きっと、清掃業者が力を入れているのだろう。
大理石のように輝いているというのは大げさだが、鏡面加工かと思わんばかりに塵一つ無い。
ふざけながら行き交う生徒の間を縫って、職員室に近づいた。
職員室の扉の窓を見ると、朝礼の真っ最中だった。
教師が次々と、何かの報告をしている。
さっそく、昨夜見たガンドルフィーニの姿を探す、が見当たらない。
教師だと思ったが、違うのか?
……他の学部か?
ドンッ!っと、何か柔らかい物が背後からぶつかって来た。
何の心構えもしていなかったスキンヘッドの男は、鏡面加工のように磨かれた床に手をついて倒れた。
「う、うわわぁ!?」
背後の声の主も、大きな音を立てて倒れた。
「い、痛たぁ……」
それはこっちのセリフだと思いながらも、スキンヘッドの男は身体を起こした。
ぶつかって来た声の主は、ようやくこちらの存在に気付いたようだ。
「あ、すみません!大丈夫ですか!?僕急いでて……すみません……」
見れば、茶色の髪の少年だった。
小学校高学年頃だろうか?
子供用のスーツを着て、背中に長い木の棒を背負っている。
そう思っていると、何やら少年の背後から声が聞こえてきた。
「アニキ、ぶつかるなら男じゃなくて、女の子にした方がいいですぜ?」
「???カモ君、何言ってるの?」
少年は自分の肩に向かってそう答えた。
彼も目玉の親父のような存在がいるのだろうか?
「小学生か?ここは中等部だぞ?場所が違う」
スキンヘッドの男は、日本人特有の「こちらもすみません」といった謙虚な態度は取らなかった。
少年に対するごく当たり前の質問をした。
「あ、いえ、僕はその……、この学校の先生なんです。中等部の」
「なに……!?」
男が怪訝な態度を取ると、少年は苦笑した。
「あ、あはは、初対面の人にそう説明すると、みんなそんな顔しちゃうんですよ……。無理もないんですけど……」
「そうか……」
なぜ、こんな少年が中等部の教師なのか?
そんな疑問は沸き起こるが、今はそんな事を聞いている場合ではない。
「名前は?覚えておきたい」
「え?あ……、名前はネギ・スプリングフィールドです。イギリス人です」
「そうか。……スプリングフィールド、この学校に『ガンドルフィーニ』という教師はいるか?」
「はい、いますけど……?」
見つからないなら、燻り出すまでだ。
「伝えてくれ。昨日寮で、忘れ物を見つけた。取りに来てほしいからカフェ・テラスまで来て欲しい。そう伝えてくれ」
「あ、はい。……カフェ・テラス?」
「用務員室に、俺はいない。そこで待ってる。……ホームルームが終わったら、来てくれ。……わかったな?」
「はい、カフェ・テラスに、ホームルームが終わった後……ガンドルフィーニさんにそう伝えればいいんですね?」
ネギは目の前の用務員の男を訝しげに見ていると、男はそう伝え終わった後、目の前から去ろうとした。
「あ、あのっ!お名前は!?」
去り際に、もっとも言われたくない言葉を言われた。
言いたくても言えない。
もっとも、言いたくもないが。
「……知らないほうがいい」
「…………」
しばらく去っていく用務員の姿を見ていたネギは、自分が職員室に急いでいた事に気付いて、急いで職員室に入っていった。
ネギ・スプリングフィールドの受け持つクラス、3年A組は学園屈指の「迷クラス」である。
良く言えば個性的、悪く言えば変わり者の集まり。
あまりにも個性的で自己主張の強いクラスで、彼女達は有名だった。
その担任のネギも、10歳で学園の教師で、しかもイギリス人だ。
そして公然の秘密だが、魔法使いの見習いでもある。
だが、クラスの半数にはその肩書きを知られているのはご愛嬌である。
ばれたら先輩魔法使い達によってオコジョに変えられてしまう。
過去に前例が数件あるだけに、必死にその存在を隠している。
魔法使いだと知られた生徒も、大半は魔法使いとして仮の主従契約を結び、悪く言えば口止めしている。
3−Aの教室に入ってきた、のどか、夕映、ハルナもネギと仮契約を結んでいる魔法使いの仮の「従者」である。
「おっはよー♪みなの衆〜♪」
「早乙女さん!目の下が真っ黒でしてよ!?また無茶をして夜更かしなさってたんですの!?」
クラス委員長の雪広あやかが、ハルナの目の下のクマを見つけて叱責する。
「いやぁ〜、昨日のウチに描き終らないとヤバくてさぁ〜wもうひと段落したから、勘弁してよ♪」
ハルナは自前の愛嬌で何とかあやかの叱責をかわす。
もっとも、当のあやかでさえ、ハルナを本気で叱ってるわけではない。
趣味で無茶をしては元も子もないと、心配しているからだ。
半ば諦めている。
「なら、今日からは夜更かしせず、ゆっくりお休みなさい。夜更かしは肌荒れの元ですわよ?」
「へいへ〜い。わかってるって、いいんちょ〜♪」
のどかはそのやり取りを見終わると、自分の席に座って鞄を置いた。
「……はぅ……」
「確かに眠いです……」
「あっはっは〜♪二人とも景気悪いねぇ〜♪花も恥らう乙女がぁ〜♪」
「ハルナの元気がどこから来るのか不思議です」
「だよねぇ。……昨日は色々あったのに」
話題が昨日の事にのぼると、ハルナも思慮するような顔になった。
「ん……まぁ、ね。確かに厄介事は起きちゃったけどさ」
夕映からは何も聞いていないし、のどかは何もしゃべろうとはしないが、昨夜のどかが寮に戻る途中、何かあったのは確かなのだ。
そしてそれに、あのスキンヘッドの男が関わっている。
そのせいで、のどかはスキンヘッドの男に恩義を感じている。
そして、当のその男は、「47とは何だ?」というメモを残して部屋を去った。
本当に厄介だ。
「もはや、どこから手を付けていいのかわからないですね」
「手がかりが無いもんね……」
「でもさ、検索する手掛かりがないわけじゃないよん?」
思いつめた表情ののどかと夕映だったが、ハルナは閃いたかのように、顔を明るくした。
ハルナは、夕映だけ呼ぶと、ある女子生徒の元に近寄った。
その女子生徒はノート型パソコンを持ち込み、何かを入力していた。
その傍には、ピエロメイクの褐色肌の少女が寄り添っていた。
ノートブックに打ち込んでいる少女の名は長谷川千雨。
寄り添っている少女の名はザジだ。
ハルナに用があるのは、千雨の方だった。
「はろろ〜ん♪元気〜?『ち・う・ちゃん』♪」
ピキッ!という音がした。
どこからかはわからないが。
「あのな……、その名でアタシを呼ぶなっつってんだろ……」
『ちうちゃん』と呼ばれ、イラつき、鋭い剣幕になり、ハルナを睨み付ける千雨。
「べっつにいいじゃ〜ん?もう、ネタはアガってんだし?」
「……うっぜぇんだよ。いちいちそのネタでイジられんのは……」
千雨は『ちうちゃん』と呼ばれる事に腹立たしさを覚えていた。
それは、自分の大切なプライベートの一部を、クラスメートに囃し立てられるからだ。
もし、ハルナに女性特有の陰険でねちっこい意地の悪さがあれば、さらにそのネタで責めていただろう。
だが、ハルナはそうしなかった。
そんな事をいえば、自分だって、少年同士が性的な印象を与える絡みを描く漫画を描いているのだ。
人には晒したくない、自分自身の楽しみがあるのだ。
それを囃し立てるのは、あまりにも情けが無さ過ぎる。
「ごっめんごめん。悪気があったわけじゃないって。ちょっと長谷川にさ、調べて欲しいことがあって」
「なんだよ、それ……」
いったんヘソを曲げた千雨は、柔和な態度になったハルナを訝しげに見た。
ハルナの事だ、どうせロクな事じゃない。
いままでの経験でそれを知っている。
首を突っ込みたくない。
平和で質素だが、ちやほやされる人生を歩みたい。
「お願い、長谷川が頼りなんだ」
「…………」
あの妙に人をからかい、弄ぶハルナが真面目に頼みごとをしている。
少し変だと思ったが、心証は悪くない。
「……なんでアタシが手伝わなきゃいけないんだよ」
「いやさ、長谷川はネットの情報に詳しいでしょ?最近起きた事件で気になった事とかない?」
「……は?事件?」
何の事聞いているんだ、コイツは?
長谷川はすっかり曲げたヘソを戻して、真面目に頼みごとをするハルナが妙だった。
だが、次の瞬間には肝が冷えた。
「……『47』って、知ってる?」
「……はっ」
はぁ?と、続けたかった。
だが、続ける事も出来ずに息継ぎが止まった。
「……ちう?」
千雨の傍に居る少女、ザジが心配そうに千雨の顔を覗き込む。
「……心当たりがあるのですか?」
今まで黙っていた夕映が口を開いた。
「てめぇら……」
息を整えた千雨がやっと口を開いた。
「なんでてめぇらが……『47号』知ってやがる?」
「『47号』?」
ハルナの疑問が口をついて開いた。
夕映は懐から、そっと紙を千雨に渡した。
スキンヘッドの男が書いたメモである。
千雨は息を整えながら、そのメモを手にした。
「マジかよ……」
千雨はメモを手にしたまま、顔に手を付き、溜息を吐いた。
「クサかったんだよ……。ネットでも話題になってた。マジで『47号』が出たって……」
「どういう事ですか?」
夕映はハルナを抑えて、冷静に聞きに回った。
ハルナは一刻も早く聞きたかった。
千雨は、ノートブックのネットブラウザを開くと、検索ワードを打ち込み、ニュース記事を開いた。
それは5日前の記事だった。
「『新宿歌舞伎町・キャバレー店舗炎上。暴力団幹部射殺体で発見』、見てみろコレ」
ハルナと夕映は、そのニュース記事を読んだ。
それによれば、前日の深夜(つまり今から6日前)、東京の新宿・歌舞伎町でキャバレーの入った雑居ビルが炎上しているのを、
通行人が目撃、110番通報した。
目撃者によれば、突然の爆発で、店舗の窓ガラスは吹き飛び、炎が飛び出たという。
店舗は一階にあり、空中階はビデオ店やバーなどが並んでおり、一階からの火が移り燃え上がり全焼した。
奇妙な事に隣のビルも同じような店が並んでいたが、炎上したビルだけは死亡した人間ただ一人が残っているのみだった。
その残っている人間は、関東一円を牛耳る暴力団の幹部だった。
黒焦げで物証は少なかったが、歯型の鑑定により特定された。
死因は火傷によるショック死や焼死などではなく、銃による射殺だった。
遺体に銃弾の痕跡が有り(銃弾は貫通し、店内の壁にめり込んだ状態で発見された)、死後に焼かれたものと断定された。
謎なのは、なぜ被害者ひとりだけが店内に居たのか?
推測だが、犯人は一階キャバレーに来た際、何らかの方法で被害者以外を店内から追い出し、被害者を殺害後、店内を爆破、炎上させたのではないか。
何故犯人は被害者を密かに殺害しなかったのか?
なぜこの場所で殺害したのか?
そもそもなぜ被害者を殺害する理由があったのか?
警察の緻密な捜査で明らかになるだろう。
……そう記事は締めくくっていた。
「ワイドショーに載る、ただのヤクザの抗争か何か、初めはそう思ってたんだよ。けどな……」
千雨は別の記事を開いた。
その記事に、ハルナと夕映は言葉を失った。
『キャバレー炎上殺人事件に、新証言。犯人はスキンヘッドの男』
事件の翌日、キャバレーの従業員が警察に出頭、先日のキャバレー炎上殺人事件の重要な証言をした。
その従業員はボーイだった。
事件当日、沢山の客を出迎えた。
被害者の暴力団幹部「山口静夫」も出迎えた客の一人で、上客だった。
実は事件現場のキャバレーは、被害者の暴力団組織が運営する店だという。
被害者の山口静夫は遊びで来ていたというが、仕事で来ていたのかもしれないと、ボーイは証言した。
その前後……いつだったかはわからないが、犯人らしき男が店に来たという。
事件のショックで記憶が曖昧になり、被害者の前か後、どちらかはわからなくなってしまったそうだ。
だが、とにかくボーイは犯人らしき男を見たという。
なぜ犯人だと思うのか?
容疑者が店内に入った後、ボーイはその男の姿を店内で見つける事が出来なかった。
入店後、ホステスが接待したが、そのホステスの姿も見失ってしまったらしい。
入店した客や、接待するホステスを、丸ごと見失う事など普通ではない。
ボーイは、店内にいる客から消去法で、男を割り出した。
スキンヘッドの30代前後の男で、高級スーツを着こなしたビジネスマンらしき人物だったという。
すぐにボーイが店内の他の従業員に知らせたが、一向に見つからなかったという。
その時、店内の警報ベルが鳴り、消火装置によって天井からスプリンクラーが噴出した。
その後は、店内の客とホステスを店内から逃がし、自身も店内から店外の路地へと逃げた。
しばらくして、店内から炎が吹き出て、炎上したという。
事件発生時、従業員や、空中階のテナントは誰も事件の通報をしなかったという。
逃げ出した時に居合わせた通行人がその場で警察と消防に通報したそうだ。
その後、警察の事情徴収から逃れ、今日に至ってようやく出頭したという。
事件の後、従業員は全員バラバラになり、誰が死んで誰が生きているのかわからない状態だという。
先の犯人らしき男と共に消えたホステスも消息不明だそうだ。
警察は引き続き、ボーイに事情徴収し、ボーイの証言した「スキンヘッドの男」の行方を捜索している。
「どうした?顔青いぞ?」
「……へっ!?い、いや別に!?ね、ね?ゆえ〜」
「え、えぇ、なんでもないです」
「まぁいいけど。……このボーイの証言が記事になって、ネットは話題騒然になったよ。『47号』が現れたってね」
「……なんなのですか、『47号』とは」
千雨は記事のページを閉じると、別のページを開いた。
『47号事件まとめサイト』
そこには、数々の事件が詳細に記されていた。
「『47号』っていうのは、日本で起きた事件の通称だよ。犯人は状況証拠から特定の人物に絞られてる。
スキンヘッドの30歳前後の男。高級スーツに身を包んだ殺しのスペシャリスト。
裏の世界の称号は『沈黙の暗殺者(サイレント・アサシン)』……『ナンバー47(フォーティン・セブン)』」
「暗殺者……?」
「ま、マジ……?」
真っ青な顔で聞き返す二人に、千雨は緊張を解いた。
「マジも何も、『都市伝説』だよ。漫画の『ゴルゴ13』みたいな存在だよ」
二人は千雨の言葉に呆気を取られた。
「と、都市伝説?」
「つまり……存在しない?」
千雨は呆れて答えた。
「つまり、いるもいないも、それ自体がわかんないんだよ。ネットの噂のひとつにすぎねーって事」
二人も千雨の言葉に緊張が解けてきた。
「さっきまで偉そうに脅かしてたけど、さっきの事件はただ単にスキンヘッドの男が犯人ぽいってだけ。
噂話好きなネットの住人が都市伝説に感化されて、似たような犯人像の事件を結びつけて『47号事件』って呼んでるだけ。
ただの都市伝説だよ」
はぁ……という溜息が二人から漏れた。
それは安堵の溜息だった。
千雨に感化されて、思わず本気になってしまったが、千雨の言う通り、ただの都市伝説に過ぎないのだ。
確証もなにもない、ただの噂だ。
だが、千雨だけは、してやったりな表情をしている。
「……ったく、ビビってんじゃねーよ。こんな噂、ネットじゃごまんとあるぜ?っていうか、ネットに疎そうなお前らが、なんで『47号』知ってんだ?誰だ、コレ書いた奴?」
この千雨の突然の切返しに、ハルナは慌てて返した。
「あ、いやあの!あたしのネットの友達がさ、チャットで聞いてきたんだよ!そのチャットの文字をそのまま書き写しただけ!
あたしも話題になったから気になってさ。自分ひとりで探すのも難しかったから、長谷川に聞きたかったんだ!」
千雨は憮然とした顔でハルナを見ていた。
今の答えを追求してみたかったが、もうHRも近い。
「わかったわかった。お前の知的好奇心は満たしてやったから満足だろ?ほら、さっさと自分の席に着けよ」
「あ、うんうん!ありがとね〜ちうちゃん♪」
「すみませんです」
ハルナは慌てて自分の席に戻り、夕映はお辞儀をしてから席に戻った。
二人とも、この話をのどかにするか迷っていた。
「……さっきの紙キレ、スキャンしたか?」
千雨は聞こえないような小さな声でそう呟いた。
すると、千雨の傍から小さな小動物のような精霊が現れた。
『はい、紙の材質、筆記具、筆跡、指紋、スキャンできるものはすべてスキャンしました』
妖精はデフォルメされた玩具企業のマスコットキャラクターのような外見をしていた。
「警察のデータベースにハッキングするか?一致したらマジモンだぜ、こりゃ」
『通報しますか?』
「本人がいなきゃ意味ねーよ。でも、あのトボケた3人組に接触してるのは間違いねーし、しかもこの文字……。面倒な事になってやがんな」
千雨は机に肘を付き、手に顔を乗せてため息をついた。
「なんでこの学校は、こんな面倒ばっかおきるんだ?アタシはつつましやかだけど平和な、それでいてちやほやされる生活があれば満足なのによ」
『出過ぎた事を申しますが、ネギ先生と関わってからのマスターは楽しそうに見えますが?』
「うるせーよ」
千雨から聞いた話はかなりショッキングだった。
47とは特定の人物……犯罪者の通称であり、彼が関わったとされる事件の総称の事だった。
『47号』という言葉の意味に二人の気分は完全に気落ちしていた。
HRが始まるという事で、ハルナと夕映はのどかには、千雨から聞いた事は告げず、教室に入ってきた担任教師、ネギ・スプリングフィールドに挨拶をした。
おそらく二人とも同じ事を考えていた。
『47号の事をのどかに話すべきだろうか?』
『今後、あの男とどうやって接すればいいのだろうか?』
千雨は都市伝説と脅かしたが、昨日現れたあの男は特徴が一致している。
スキンヘッドで後頭部にバーコードの刺青を入れた人物など、特徴的すぎる。
それ以外何も特徴がないのに、そればかりが特徴的で、二人には恨めしかった。
あのスキンヘッドの男……47号は知っているのだろうか?
その数字の意味を。
聞かれるのが怖い。
二人は頭の上に重くのしかかる問題を、授業の終わる昼休みまで考える事をやめた。
HRが始まり、授業が始まってしまえば、好もうと好まざるとその問題を考える事もないのだから。
一方ののどかは、二人が帰ってきてからの様子を伺い、不安な気持ちを抱いた。
表も裏も情報を知る事が出来る千雨から話を聞いてきたのだ。
何かしらの収穫はあったに違い無い。
だが、それが良い情報かどうかは、あの二人の表情でわかった。
のどかは、二人からの情報を聞かずとも、心が苦しかった。
最悪の事態も可能性として考えたが、現実は悪い情報しか開示されなかった。
命の恩人が、犯罪者かもしれない。
すくなくとも、それに関わる人物。
二人の様子からはそうとしか考えられなかった。
のどかのアーティファクトを用いらなくても、十分察することが出来る。
……でも、それでも。
あの人を助けたい。
昨日の、あの人の助けを聞いたから。
助けを求める人を助けられなくて、魔法使いになんかなれない。
のどかはHRで連絡事項を伝えるネギを見た。
もう、助けを求めるだけのヒロインにはなりたくない。
誰かを助けられる、強い人間になりたい。
……それが、あの人に助けられた恩義でもあるのだから。
最終更新:2010年03月19日 14:05