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はっはっはっはっ………
リズミカルな吐息と共に、駆け足の音が響く
満天の青空、石材で出来た都市の大路を、一人が駆けていく。
雑多な建築、色々な姿の通行人。
二足歩行する昆虫人もいれば、ナメクジに似た主婦が、ブリキ缶でできた人形と世間話をする。
窓の間に渡されたロープからぶら下がる洗濯ものは、布や葉っぱ、陶器に至るまで様々だ。
ききぃぃぃぃーーー!!
「ごめーん!!」
急ブレーキを踏む多脚動力車がたたらを踏む横を、少女はくるりと一回転して回避。そのまま勢いを殺さず走り抜ける。
ゆったりとした、長い坂をひたすら挨拶しながら駆け抜ける。
さて、この少女をちょっと見てみよう。
紫がかった銀髪をツインテールに分け、巨大な髪飾りを左右にくっつけている。
衣装は薄紅色に黒い線が走った布地で出来た、着物に似た衣装だ。
足元は先が上に跳ねた厚底のブーツ。左右で長さが違う。
奇妙な組み合わせではあるが、少女には不思議と似合っていた。
ましてや人間の姿がないこの町ではこの程度、大した問題ではあるまい。
「にゃ~~~!」
犬をディフォルメしてアライグマとミックスしたような生物、ぬこ―――冗談のようだが本当にそういう名前である―――を飛び越え、そのまま街頭を垂直に駆け昇っていくと勢いに任せて真上にジャンプ、雑居ビルから突き出た鉄棒を掴んでぐるんと回転。
勢いがついたところで手を離すと、そのまま放物線を描いて飛んでいく。
「にゃ~~~~!!!」
ちなみにこれはぬこの鳴き声ではなく少女の叫びである。
飛んでいった先には開いた窓が。
床にすたっと着地。
ここまで、左腕に抱いた紙袋は無事。
「着地成功!」
ポーズをとってみる
しーん
「誰か褒めてよ~」
しーん
誰もいないので褒めようがなかった。
誰も褒めてくれないので、周囲に10点!と書かれたアイコン(物理)を浮かべてみる
ふよふよ
むなしい。
「ふわーん!!ていうか何で誰もいないじゃーん!?」
残念な話である。主に彼女の脳が。
実は脳ないけど
荷物を放り出すと、ぷんすかしながら床にだらり。垂れ美少女。
……
……
暇なので、空気中の酸素分子を不可視の『手』でつまむ。
何の変哲もないO2である。
ぽーい。
軽く投げて隣の窒素に命中。窒素はまた別の分子にあたり、その分子は……
ビリヤードのように次々と跳ねまわっていく空気。
「~~~~~うーん」
今度は1000本ほど『手』を伸ばす。
大気中の分子を掴んではばらし掴んではばらし、組み立て……
やがて、と言っても人間の感覚だと瞬きする暇もないほどの間に、原子数十個サイズの微小機械が出来上がっていた。
花のようなそのマシンは、周囲の温度の不均衡からエネルギーを得てくるくる回転。
「………」
やがて見飽きたのかゴミ箱にぽいされる微小機械。こんな大きさのものを普通のゴミ箱に捨てる意味があるのかどうかは謎だが。
今度は重水素を探し始める。―――すぐ見つかった。
集めたそれをこすり合わせ――――
ごっすん
「何やってんだ」
幸いと言っていいのかどうか、核融合爆発は避けられた。拳骨で。
「いったー!?」
頭を抱える少女。
「いつも言ってるだろ。空気を玩具にしちゃいけません!って」
ご飯を粗末にしてはいけないみたいな口調でそう言ったのは30前後の男であった。
少女の背後に浮かんでいる直径2mほどのリングから、よっこらしょ、と出てくる。
更にぞろぞろ。
沢山の少女たちが入ってきた。
「あいたたたた……パパ!やっと帰って来た!!」
「やっとって……留守にしてたのは10分くらいだぞ」
「それでも待ったー!!」
ちなみに待っていた実時間は1分半である。
「しょうがない奴だなあ……買い物は?」
「この通り!!」紙袋を誇示する少女。
「よしよし。…でも待ってて暇だったんなら冷蔵庫に入れたらよかったんじゃ」
「はっ!?」
「素かよ!?」
飛び交う突っ込み。
これでも超科学によって生み出された超知性体だったりする。一応。
大丈夫か科学。

「それでそれで~。今日の収穫はどうだったじゃ~ん?」
「ほらよっ」
投げ渡されたのは円錐型のデータスティックだ。
「わあいお小遣いだ~!」
少女は自分のコムリンクをスティックにくっつける。
「あ、買いものの分も引いとけよ」
「う~ん♪今日は稼いだね~?」
「そらこれだけの布陣引いて小銭すら稼げなかったら、俺無能どころの騒ぎじゃないしなあ」
苦笑しつつ答えるパパ。
彼ら彼女らは本来的には貨幣など必要ではない。
物質を量子レベルで自在に組み替えられる彼女らの能力を駆使すれば、必要な物資を直接生み出せるからだ。
いや、そもそも男以外、身一つであっても恒久的に困ることは一切ない。完全に単独で完結した超高度機械生命体。それが彼女ら嵐の姉妹だからだ。
にもかかわらず街に住み、働いて暮らしているのは家長の教育方針である。
「よーし、飯だ」
ただちに食事の準備にとりかかる一同。
賃貸住宅がにわやに騒がしくなる。
獣人種族用のものをを無理やり改造したキッチンユニットに火が入った。
自動調理機能は愚か支援AIすらついていない安物だが、10人の人手の効率的な分業によって、あっという間に料理は完成。
メニューは葉菜のおひたし、合成肉、穀物の団子にスープと漬物。
各自が座布団に腰かけ、ローテーブルに並べた食事にありつく。
わいわいがやがや。
やがて、食事も一段落したところで男は切り出した。
「聞いてくれ。総督府のジョンソン(便宜上)氏から入った情報だが、近々オーヴァーロードが査察にやってくる」
聞き入る一同。
「データを」
指示に合わせ、娘の一人が空中へと詳細な査察スケジュールを表示する。
「本来査察の予定は8カ月先だ。我々の調査では総督府には特に問題はない。にもかかわらずやってくる。これが我々に関わる可能性は高いと言わざるを得ない」
ごく。
息を呑む音。
「よって、我々はここを撤収する。標準時で明後日の8時だ。準備をしてくれ。挨拶しておきたい相手がいるなら今日中だ」
「え~」「またか~」「しょうがないよね」「もう2年半近くいるんだよねえここ…長く住んでた方かな」
次々と声が上がる。
「何か質問あるか~?」
しーん
「んじゃあかかれ~」

宇宙の深淵は夜の闇に似る。
星明かりに照らされた真空の地獄で、一隻の航宙艦が遊弋していた。
『本当におひとりで行かれるおつもりですか?』
「ああ。彼とは一度、じっくり話してみたかったんだ。お伴をぞろぞろと連れていくのも野暮だろう?」
その船の舳先で、奇妙な会話が交わされていた。
一方は人間。奇妙な黄金の仮面を身につけ、スーツをまとっている。
一方は船。彼が足場にする船体そのものが言葉を紡ぐ。
『ですが危険です』
「彼ら相手に、君たちが何かできるかい?」
『―――』
「すまないことを言ったと思う。だが分かってくれ。あまり大勢で行けば、多くの死者が出ることになるかもしれない。それは望まない。僕たちも、そして彼らもだ」
『……こういう時、彼らの世界ではこう言うそうです。ご武運を』
「ありがとう。―――行く」
何気なく前に進む仮面の男。
眼下に広がる青い惑星へ向かって落ちて――――

「―――というわけで、あたし言ってやったじゃん!夫婦喧嘩はぬこも喰わないって!」
「夫婦ごと喰っちまいそうだけどな」
ちなみにぬこは大型の品種だと大高2メートル半に達する。
賃貸住宅の屋上。
少女とパパは、家庭菜園の世話をしていた大家に捕獲されていた。
明後日出ていくので家賃を清算しようとしたら長話に発展したのである。
「あらあらまあまあ。タナカ(便宜上)さんの所も大変ねえ」
そう言うのは大家のマスダさん(便宜上)。便宜上なのは人間には発音できない名前だからである。
「それにしても残念だわ! ほんとにもう、あなたがたは家賃の滞納もしないしうるさかったり変な臭いさせたり物を壊したり近所とトラブル起こしたりしないいい店子だったのに!もっといてほしかったわよ!!」
真っ黒い球状の巨体のそこかしこから生えた触毛をうねうねさせながら、体の半分を占めるでっかい眼球をぐるぐるさせているマスダさん。
とてもこわい。
しかしそこは慣れた対応をする父娘。伊達に2年半もこの賃貸で暮らしていない。
「う~ん。弱ったじゃ~ん。あたしももっといたかったけど……」
「いや。私にとっても急なことでね。結構ここの生活気に行ってたのですが……」
「ま、事情を詮索しないのがこの街の掟だからね。何も聞かないけれど、できることならまた戻っていらっしゃい。色んな人を受け入れられる懐の深さがこの街の魅力だからね~」
そこまで自己翻訳言語―――それ自体に翻訳機能がある上に発声・ボディランゲージ・フェロモン・電磁波・その他もろもろに至るまでカバーした銀河の共通言語―――でまくしたてると、ごろんごろんと回転しながら階下へ降りていくマスダさん。
「…いい人だったねパパ」
「こら、過去形で言わない」
ぽかっ
「いたたたた……うん」
「さあて。水撒きし終えたら戻ろうか」
「は~い…ほへ?」
ふと上を見上げる少女
「どうした?」
上を見上げるとそこには。
拳が。
ぐしゃっ!
「パパッ!?」
頭部を相手の右拳で貫通されながらも、パパは左腕で、空から落ちてきた仮面の男の右腕をホールド。
そのまま蛇のような動きで相手の腕に絡みつき、へし折る。
ほぼ同時に仮面の男は、左手で右腕を付け根から切断。
両者が距離をとる。
「ってぇな!?」
既にパパの頭は復元していた。
仮面の男の右腕も同様。
「パパから離れろぉっ!」
数兆の『手』が伸び、仮面の男のいる空間から、対消滅を繰り返す仮想粒子を大量に引き抜く。
結果発生する現象は常軌を逸したものだ。
失われた仮想粒子を補填するため、空間が内部の物質を吸収、消滅させる。
仮面の男も消滅、しかし。
「僕たちに物理的な攻撃は通用しない。よく知っていると思っていたがね?」
「ああ、よ~く知ってるさ。…ところでそいつは何の冗談だ」
仮面の男の左手に注目が集まる。
先ほど右腕を切断する際に破れたそのままで、男ごと復元再生したビニール袋から顔を覗かしているのは……
「ぬこだ~!?」
ぬこでだった。
ぬいぐるみであった。
途方もなく巨大であった。
「ふざけとんのかてめえ!?」
キレるパパ。気持ちは分からんでもない。
「いやなに。人の家に出向こうと言うのに、手土産の一つも持たないのも無粋かと思ってね。こうして持参した次第さ」
「…オーヴァーロードの考え方は未だに理解できんな」
言葉を交わしながらも思考。これだけ至近距離で戦闘しているにも関わらず娘たちはまだ現れない。何故だ?
「ああ、娘さんたちは来ませんよ。ちょっと感覚が、この辺に限って鈍感になっているはずなので」
「何かやらかしやがったな」
「まあね」
素早く脳内で状況を確認する。
オーヴァーロードが単独で来るはずがない。支援部隊がいるはずだ。
対して、こちらが即座に使える戦力は自分の身と、《嵐の姉妹》長女にして最強の攻撃力を誇る―――すなわち惑星上では最も使いづらい―――テュ=フォーンだけだ。
負けないことはできるだろうが、迂闊な行動はこの惑星自体を破滅に追いやる。
やれるだろうか?いいや、やるしかない。
そこまで決意した彼は、娘の方にわずかに注意を向け―――
「おーい、何見てるんだ。つかよだれよだれ」
ぬいぐるみをガン見する少女。
「…はっ!?」
「戦闘中だぞ!?」
「…気になってないじゃん!ぬこのでっかいぬいぐるみになんてこれっぽっちも全く持って興味なんてないんじゃん!?」
「興味津津じゃねーか!?」
生きたぬこにはそれほど興味ないくせに、ぬこのぬいぐるみは大好きな少女であった。
「……ぷっ」
「笑うな!?」
とうとう敵手にまで笑われてたり。
「いやいや、可愛らしいなあ、と思いまして」
「余裕綽綽だな」
「いえいえ、身一つで来たので、実は結構内心では震えておりますよ?」
「ほう?」
オーヴァーロードは嘘は言わない。というより言えない。
全知全能の彼らは、全知全能であるが故に嘘という発想がないらしい。
それ故に―――
「ならお前だけを速攻でぶちのめせば、誰にも迷惑かからんわな?」
音もなく、テュ=フォーンが前へ進み出る。
仮面の男の意識はそこで一瞬断絶。
次の瞬間には、彼の五感が何か巨大な物に、急速に押し出されていることを訴えていた。
「うおおおおおおおおおおおお!?」
悲鳴も音にならない。
ほぼ光速で押し上げられる先は、衛星。
地球の月のおおよそ1・4倍の直径を持つこの衛星は、惑星の経済とも密接にかかわる重要な星だ。
その地表に仮面の男は背中から激突。
更に速度を落とさぬまま押しやられる。
ここにきて、ようやく仮面の男も、自分が何に押されているのか理解した。
これは手だ。テュ=フォーンの巨大な掌によって、自分は遥か彼方まで押しやられているのだ。
不死でなければとっくの昔に原子核すら残さず消し飛んでいただろう。
逃げようにも、転移封じが働いており身動きも取れない。
衛星を貫通した掌の中に大量の反粒子が生成された。
同時に掌が握りこまれる。
爆発。

視点は賃貸住宅に戻る。
パパは、真上に浮かぶ身長13kmの巨龍を見上げていた。
《嵐の姉妹》1号機。大神ゼウスを一度は打倒した魔神、テュポーンの名を冠した神殺しの機械神。
彼を父と慕う少女のこれが、真の姿であった。
無制限に巨大化できるその体の特性によって、50万km近くまで伸長した腕は、敵を衛星の裏側まで追いやり爆破。
衛星の遮蔽によって、各種放射線や熱は惑星まで届かない。
「…予定繰り上げだなこりゃ」
流石に他の姉妹も気付くだろう。急いで逃げねば面倒なことになる。
「あいたたたた……酷い目にあった」
愕然と振りかえるパパ。
生きているはずがない。
内外の観測を完全に遮断するテュ=フォーンの掌の中は、奴らにとって完璧な牢獄だ。
オーヴァーロードがいかに可能性を操ったとしても、それが可能性制御である限り掌の中の限られた空間しか操作できない。
無事でいるはずがないのだ。
「そのぬこか……!!」
「その通り。ちょっとこいつには仕込みをしていまして」
誇らしげにぬこを掲げる仮面の男。
「なるほど。そいつが勝算か」
「いいえ。これはお嬢さんたちに進呈しましょう」
ぽい。
投じられたそれを半身でかわすパパ。
顔面から床へとダイブするはめになったぬこは、ぐんにょりと力なく、大地へ身を横たえた。
直後、仮面の男の周囲が発光する。
光はすぐ収まると、そこには見目麗しき十数人の少女たちの姿が。
「……どういうつもりだ?これでお前は死んだも同然のわけだが」
「戦いに来たわけではありませんから」
問いに答える仮面の男。
「僕は、姉と結ばれながら守れなかった情けない男をブン殴りに来ただけですよ。
お義兄さん」
「「「「………」」」」
奇妙な沈黙。
「…何ィィィィィィィィ!?」
「じゃ、じゃあ貴方は、お母様の……?」
娘たちの一人が恐る恐る尋ねる。
「僕は夕闇のエウヘメロス。暁のエオルフィオスの弟にあたります。可愛い僕の姪っ子さん」
繰り返すが、オーヴァーロードは嘘をつかない。
「ここではなんですし、僕の船でここから離れませんか?安全な場所までの快適な旅を保証しますよ」

「オーヴァーロードの船には初めて乗ったが、いいのを使ってるな」
案内された船室で、パパは周囲を見回した。
ほぼ円形の部屋だ。
20人弱の人が入ってもゆったりとくつろげる広さがあり、床は中心のところで一段下がっており、縁がソファになっていた。
中心にはテーブルもある。
標準的なオーヴァーロード様式の居間に近い。
「でしょう?評議員用の最新型ですよ」
ソファに腰を下ろすと、エウヘメロスは指を鳴らす。
音に反応したものか、部屋の外周の壁が、星空を映し出した。
その中には蒼い星も見える。
「さらば29番目の故郷…ってところかなあ…」
テュ=フォーンが呟く。
どんどん離れていく蒼い星。
船が加速を始めたのだ。
「0.7光速まで4秒か。高速巡航艦以上だな。」
「そうですね。そんなところでしょう。それより黒茶でもいかがですか?」
「貰おう」
気がつけばテーブルに、全員分の黒茶がカップに入って置かれていた。
この程度は驚くに値しない。
オーヴァーロードからすれば児戯にも等しいことだ。
「それと、お前たち。荷物はそこらへんの隅っこに置いといてこっちに来なさい」
「「「「はーい」」」」
図らずも即日夜逃げを決行する羽目になった一家であった。
家賃早めに清算しといてよかった。
小学生の頃、準備は何事も早めにしておきましょうと言っていた先生に感謝の念を送るパパ。
「…で。あれから十三年も経って、今さら何の用だ?」
「あなたがたの逃避行があまりにも見事で、補足するのに苦労していました」
「……皮肉か?ド素人と実験兵器の集団だぞ。今まで何度軍に補足されたと思ってんだ」
「いえいえ、貴方の発想自体が我々には斬新に過ぎるのですよ。
それに僕たちは輝ける者―――オーヴァーロードの彼ら自身での呼び名―――の中では非主流派でしてね。
軍に先んじられたのは実はこれが初めてなんです」
交わされる言葉の刃。
「つまり、政府の意向じゃないと言う理解でいいか」
「もちろん」
エウヘメロスの返答。
男のため息。
「……せっかくの機会だ。色々聞いておこうか。俺は正直言って、自分が何に巻き込まれているのか全く理解できていない。せいぜい、お前らの中で起こってる争いが、ただの権力争いじゃあなく、何かとんでもない存在を相手にした戦争らしい。ということが想像できるくらいだ」