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「……ぬーん」
ズルヴァーンの見ている前で、テュ=フォーンがカードを見ていた。
量子レベルの動きすら見逃さぬ絶対にして無数の『目』が、カードの、原子でデコボコした表面を舐めるように観察する。
観測の作用によって量子状態が凄まじく変動していく。
「ぬぬーん……」
テュ=フォーンはカードの微細な重力波による周辺空間の歪みを調べるが、相手が手を動かしてただでさえ微細な空間の擾乱を更にかき回してしまう。
仕方なく、(数字の面は見てはいけないルールなので)裏面をじっくり確認したが、
今度は相手の『手』がざーっと裏面を撫でて微細な原子の窪みやでっぱりを整え、量子状態を更に変えてしまった。
「あーん!そんなことしたら分からなくなるじゃん!?」
「ババ抜きなんだから分からなくて当然です」キリッ
《嵐の姉妹》4女、アナンシーが真顔で答えた。
姉妹のために用意された大部屋にて、ババ抜きの最中である。
姉妹は13人もいるため、トランプは4組、絵柄は八郎が手書きしたものを皆で複製した。
トランプはこの世界には元々ないので自作するしかない。
ババは一枚というルールである。
「妹の癖に生意気じゃん!」
「勝負の世界は無情なのです」
ズルヴァーンが密かに最も恐れる姉、アナンシーがきっぱりと言い切る。
諦めて左端のカードを引き抜くテュ=フォーン。
が、アナンシーを挟んで反対側に座っていたズルヴァーンはこっそり見ていた。
アナンシーが、今引き抜かれようとしているスペードのエースの絵柄の原子配列をこっそり、ジョーカーに書き変えているのを。
「あー……」
いいか。アナンシー姉の怒りを買うと怖いし。
「にゃ~!?」
この世の終わりのようなテュ=フォーンの悲鳴。
「では次は私のばん」
無表情なアナンシーの目尻がわずかに緩むのを、ズルヴァーンは見逃さなかった。
ずっこい。
「ど~れ~に~し~よ~お~か~な~か~み~さ~ま~の~い~う~と~お~り~」
彼女ら自身が神のごとき超存在であるが一応神という概念は知っていたりする。
関係ないが《嵐の姉妹》は全員仏教徒である。
汗をだらだらとかくズルヴァーン。
物理定数を微細に書き変えて、ハートの8を取られないようにカモフラージュしておく。
さっき見た時アナンシーが8持ってたし。
「……?おかしい」
物理定数の書き換えは微細だ。
カードを誤認させるのが目的で、いかに姉でも気付くはずがない。
はずがないのだが……
じー
じーー
じーーー
「ごめんなさい」
ズルヴァーン、土下座。
一切の欺瞞解除。カードはアナンシーからみて丸裸に等しい。
あっさりと持っていかれるハートの8
ぽーい
アナンシーが揃った8二枚を捨てた。
「しくしくしく……わらわが間違っておった……」ぐてー
ぐてっとなるズルヴァーン。
「はいはい、しゃきっとしなさいよ~?ズルヴァーン」
そう言ってズルヴァーンをせかすのはアメノヌボコ。境界面を操る力を持つ姉妹だ。
ゾンビのような動きでそちらを振りかえったズルヴァーン。
「ってまざっとるー!?」
何やらカードがぐにゃぐにゃと溶け合って判別がつかない状態に。
カード同士の境界をなくして同化させたようだ。
どーやってあの中から1枚を引けと言うのだろう。
「てかアメノ姉、それ反則反則!?」
「あら~?ルールで禁止してるのは『カードを取れない状態にしてはいけない』『相手のカードの数字の側を直接確認してはいけない』よ~?」
蕩けるような声。
本当に脳みそまで溶けてんじゃなかろうか。
「いやだってそれ、どうやって一枚だけとればいいのか……」
「適当な個所を掴んで引っ張れば一枚だけ抜けるわよ~?」
「ぇ~」
確かにルール上は大丈夫なわけだがそれはどーなんだ。
まあルール違反対策には有効なのは認めざるを得ない。
「何と恐ろしい……」
ぶるぶる震えながら融合カードを引き抜く。
スペードの4
4は持っていなかったのでそのまま手札へ。
はふ。
息を吐き出し、ズルヴァーンは再びぐったりした。
ぶっちゃけ疲れていた。
肉体的疲労とは無縁な嵐の姉妹も、精神的には疲労する。
ちょんちょん
肩を叩かれた。
ズルヴァーンが振りかえると、アナンシーの指がほっぺたにめり込む。
「あ”-……」
「まだまだ」
「…え」
「ズルヴァーン。正座」真顔
「ひいっ!?」正座
「ズルヴァーン。さっきなんで謝ったの?」
「そ、それは、だって数字を読みとるのを間違えるように、物理定数を……」
「そう。そんなことをしていたのね」
「……見破っていたのでは?」
「見てただけ」
そういえば確かに。
「あなたの弱点。プレッシャーに弱い」
「……ぁー」
「ババ抜きは本来心理戦。私たちのような力がない人たちが楽しんでる。その意味が分かる?」
「……これは心理戦の訓練だ、と?」
こくりと頷くアナンシー。
「もちろん、純粋に遊びでもある。けど、全ての体験は経験であり力。成長の元」
「……」
ズルヴァーンも黙って聞いている。
「あなたは姉妹で最も強い力を与えた。私が13号機の設計を大幅に刷新して与えた」
「はい……」
「けれど、あなたは生まれてまだ1年もたっていない。人間で言えば赤ちゃん。知識はプリインストールできても経験は与えられない。自分で勝ちとるしか」
「……」
「毎日遊びなさい。学びなさい。成長しなさい。強くなりなさい」
「…………」
「お話。おしまい」
くるりと皆の方へ向き直るアナンシー
唐突に話が終わりぽかーんとしているズルヴァーンであったが、気を取り直すと輪の中に入り直す。
賞品はエウヘメロスが持ってきたぬこのぬいぐるみである。
今は部屋の隅にでーんと鎮座ましましておられる。
逆に敗者は食材のアミノ酸鏡像反転一週間の刑が待っている。
一部の食材はそれをやらないと八郎が食べられないため、一家にとっては重要な家事であるがぶっちゃけ面倒くさいので皆がやりたがらない。

やがて札がどんどん捨てられていき……

「にゃ~~~~?」
結局最後まで残っていたテュ=フォーンと
「ぐぬぬぬぬぬ」
ズルヴァーンが残ってた。
テュ=フォーンはトランプに使えるような固有能力がないため《嵐の姉妹》のプラットフォーム共通の能力だけで戦っていた一方、ズルヴァーンはトランプにおいて非常に有力な能力を持っていたが心理戦に弱かった。
「ぬぬぬぬぬぬぬ」
「にゃにゃにゃにゃにゃにゃ」
にらみ合う二人
ちなみに最初にあがって見事ぬこをゲットしたのは五女、ブリギットであった。
膠着状態。
いつまでたっても動かない二人。
やがてふと、テュ=フォーンが顔を上げた。
「?」
アナンシーが答えるように言う。
「敵襲」

船が真っ二つになった。


「ぬあああああああああ!?」
爆睡していた八郎は、ベッドから投げ出されて目を覚ました。
飛んできた破片がかすめたせいか、腹が裂けて内臓が飛び出ているがそれはどうでもいい。
めっさ痛いけど。
《嵐の姉妹》と同様の機械生命体である左の義腕が、自動的に『手』を使って八郎の腹を復元する。
「敵か!報告しろ!!」
左腕で周囲をサーチしながら、娘たちには通信を飛ばす。
船室の空気はとっくの昔に放散しきってしまい、周囲は真っ暗な真空の地獄だ。
間をあけて点灯した非常灯が弱々しい。
「パパっ!?生きてる!!」
即座に返答。
「上面から、距離240天文単位!!オーヴァーロード12、モックルグラーヴィ型36体、移動砲座、戦闘艦および艦載機多数!!砲が散弾を撃ちまくってます!船が真っ二つになってる!」
報告が続く。
「ブリギット、ノルニルは前衛。言語兵器で先制しろ。時間を稼げ。テュ=フォーン、剣で艦隊を始末。ウロヴォロス、撤退の準備。ハティは乗員の救助が終わるまで船を守れ。手の空いた者はアナンシーに生きてる奴を救助して乗せろ。あと、ズルヴァーンは戦闘空域を固定化。オーヴァーロードに好き勝手させたらあっさり分断されるから気をつけろ。2年半ぶりの実戦だ、ぬかるんじゃないぞ!!」
八郎は矢継ぎ早に指示を出し終えると、手近な壁を引き裂いた。
ぐったりとした、タコのような人間が漂っている。
真空状態になってまだ20秒と立っていない。運が良ければ生きているはずだ。
通路のラックから取り出したレスキューボールのスイッチを入れ、十分に膜が広がるのも待たずにタコ型宇宙人を放り込む。
「エウヘメロス!生きてるか!」
「もちろん」
真横から思念による声が聞こえてくる。
まるで自分の思考であったかのように頭の中に割り込んでくる、独特のテレパシー。
見れば、二人ほど抱えたエウヘメロスがそこにいる。
「失礼」
抱えられていた二人が消え、ふと気付くとレスキューボールの中にその二人が出現していた。
「快適な旅を保証してくれるはずじゃなかったのか?」
「ちょっとしたアトラクションですよ」
軽口を叩きながらも二人は船内を走る。
粘性で人間の移動は妨げない気密壁を突き抜け、まだ空気のある区画へ到着。
走りながら八郎は聞く。
「で、どっちに向かってるんだ?」
「ブリッジへ。次の角を右です」
到着。
「遅くなった」
それだけ言うと、エウヘメロスは艦長席へと着く。
「娘さんたちはどれくらい持ちますか?」
「船を守りながらなら後10分もすれば突破される。真っ二つに裂けた船体では逃げるのは無理だ。アナンシーに移乗することを勧める」
「ウロヴォロス嬢は?」
「ゲート妨害が行われている場合――――十中八九行われているだろうが――――無理に通過するとロクなことにならん。お勧めしかねるね」
「仕方ありませんね。何人乗れます?」
「この船の乗員全員を半永久的に生かし続けられる。飯の味までは保証できんがね」
実際人間用の飯はともかく他種族用の食事は合成するにしても栄養価くらいまでしか気が回らない。
実際に物資を提供する姉妹たち自身が、八郎の教育と経験により人間としての味覚を発達させている。
「ではよろしくお願いします。艦左後方に展開している娘さんでいいですね?」
「ああ」」
話がまとまると、エウヘメロスはすぐに艦内放送のスイッチを押した。
「エウヘメロスだ。諸君、本船は敵の攻撃により航行能力を喪失し、乗員の生命維持にも支障を来している。よって、遺憾ながら私は船の放棄を宣言する。速やかに脱出し、艦左後方を航行中の《姉妹》へと搭乗せよ。動けない者は救難信号を出して救出を待て。救助部隊は艦内をくまなく捜索し、要救助者を回収。一人も残すな」
エウヘメロスが放送を終えると、八郎は声をかけた。
「お客さんだ。思ったより早かったな10分と言ったが2分だったな」
爆発と振動。悲鳴に満ちた電波が急増し、不意に沈黙した。
「侵入者は…二人ですね」
「ほぼ間違いなくオーヴァーロードだな。艦の外に叩き出せ。娘たちが始末してくれる」「私たち以外の乗員にそれができると思いますか?」
「……無理だろうなあ」
「部下を下がらせます。我々でなんとかしましょう」
「おーけー」
一応、艦内でオーヴァーロード相手に戦闘ができる娘もいないわけではないが、こちらに手を回す余裕はない。

ドンッ
ドンッ!
ドンッ!!

閉鎖された隔壁が、轟音と共にへしゃげていく。
ブリッジのスタッフたちが武器を手に身構える。

「来るぞ……」
隔壁が、たまらず吹き飛んだ。


戦闘形態へと移行したテュ=フォーンは、巨大な剣を虚空から取り出した。
遥か遠方の敵艦隊を見据え――――
『にゃ~~~~~~~~~~!?』
重力異常。
突如として出現した、太陽の180億倍ほども質量のある超巨大ブラックホールは、530億kmものシュバルツシルト半径の中にテュ=フォーンを飲みこんだ。
それは極限を超えた空間曲率により、物理的に内部からの脱出が不可能となる暗黒の牢獄である。
これが常識的な戦闘であれば、この瞬間テュ=フォーンは撃破されたと言っても間違いではない。
だが、これは通常の戦闘ではなかった。
莫大な放射線を放つブラックホールの輝きが急速に衰える。
『RUUUUUUUUUUUUUUUUOOOOOOOOOOOOOOOOO!!』
咆哮。
顕れた時と同様に突如として消え去ったブラックホールがあった場所には、一体の巨龍が浮遊していた。
ただし大きい。以前も十分大きかったが、今は体長が数十億キロはある。
そしてよく観察すれば、100本ある腕のうちの2本が、何かを覆うように手で持っているのが分かるはずだ。
『こんな植民星の近くで超巨大ブラックホール……ふざけんなぁ!!』
《嵐の姉妹》の肉体はあらゆる現象を遮断する。その掌に覆われるということはこの宇宙から隔絶されるということだ。
例えそれが超巨大ブラックホールであったとしても……
『ウロヴォロス!窓!!』
真横に、蛇が環となって出現した。
環の前の空間、半径数億キロもの円盤状の領域が青く輝く。
両腕をその輝きの中に突っ込むと、円盤の裏側から出るはずの腕は出ない。
異なる空間同士をつなぐ。それがこの蛇の能力であった。
どことも知れぬ空間へブラックホールを捨てると、テュ=フォーンは敵に向き直る。

彼らも、まさかこんな非常識な手段でブラックホールを無効化されるとは思っていなかったに違いない。
『さあ。反撃の時間じゃん?』

その遥か前方、敵艦隊に切り込んでいたノルニル、ブリギットの二名は、見た目上は1027人に増えて交戦中であった。
ちなみに内訳はブリギット1024人にノルニルが3人である。
製造ナンバーが連番なこともあり、女性的な特徴を持つ人型機械といった共通する姿を持つ二人は、白兵戦用の副腕と本来の両腕の計4本の腕を駆使して死を量産中であった。
原始部族の刺青のように全身に言語兵器を刻みつつ、己の姿を誇示するかのように戦う。
自己翻訳言語を応用して敵の思考を暴走・発狂させる言語兵器は、アナンシーが最初に独力で開発した超兵器である。
彼女より後発の姉妹は言語兵器を非常に有効に活用して戦えるよう、最初から設計に組み込まれ、特に無数の敵と戦う時に力を発揮する。
背後で巨大な重力源が出現し、唐突に消え去ったのを二名は感知した。
『相変わらず非常識なのです……』
『私たちが言うのも、どうかと思うわよ……?』
姉妹の誰にも、ブラックホールを掴んで捨てるなどと言う芸当はできない。
単にブラックホールをどうにかするだけならなんとかなるかもしれないが、あのようにあっさりと処理できるか?と聞かれれば否と答えざるを得ないのだ。
単純に巨大化する、と言うテュ=フォーンの能力は、《嵐の姉妹》の共通プラットフォームとの相乗効果で凶悪なまでの力を発揮する。
これはその証左と言えた。
ただ、こう言うダイナミックな戦闘では強いが、それ以外の精密さが要求される戦闘ではテュ=フォーンはあんまり役に立たない。
ぶっちゃけいると邪魔なレベルである。
考えてみるといい。惑星上でいきなり巨大化したとする。
地球の半径は6378km。太陽でも七十万km。地球から太陽までの距離が一億五千万km。テュ=フォーンは数十億キロまで巨大化した。
どこかの太陽系で巨大化すれば、それだけでその太陽系は木端微塵だ。
明確な敵以外は絶対に殺さないと言う方針の一家にとっては大問題である。
故にテュ=フォーンは一家の最終兵器的扱いであった。
昨日エウヘメロス相手に戦闘形態を取ったのは例外中の例外だ。

『にしても……』
『切れたね』
『切れましたね』
『姉さんたちが復帰する前に数を減らしておきたいところだけどねぇ』
『無理なのです!流石にきついのです!!』
背後で膨れ上がるテュ=フォーンの無言のプレッシャーがじわじわと来る。色んな意味で。

エウヘメロスの公用船とは違う、明確な戦闘用の兵器が敵だ。
純粋に戦闘の上手下手という観点では10世紀の地球にすら劣るほどこの宇宙の人々は戦闘が下手くそだ。
その彼らが建造したものであっても、超科学を満載した兵器は脅威である。
1024体のブリギットが、手にした陽電子砲を一斉にぶっ放した。
まだ距離は数光秒あるが問題ない。
物理的な『詐欺』により超光速化された陽電子は、敵艦につきささる。
が。
受けたエネルギーを装甲が量子テレポート。
外部に莫大なエネルギーが捨てられる。
嫌がらせ程度にしか効いていない。
『硬い!?』
こういうときはハティやテュ=フォーンの圧倒的攻撃力が羨ましい。
元々ブリギットは作業能力を重視して建造された個体だ。
戦闘能力もこの世界の水準で考えれば桁違いに高いが、その本領は頭数による。
例えば生身のオーヴァーロードが数千人規模で襲って来た、と言うならば活躍できるだろうが、単純に馬鹿でかい硬目標相手には姉妹の中でも下から数えた方が早い。
『手』で分解してやれたら簡単なのだろうが―――実際昔の兵器は簡単に『手』で解体できたそうだが―――ブリギットの4人の姉が好き勝手にしまくったせいで、ブリギットが生まれたころにはすでに、ほとんどの兵器に『手』への耐性が標準装備されていた。
姉さんたちのお馬鹿。
『落ちついてひとつずつ』
三つの体、三つの観測点を最大限活用する。
世界は観測によって収束する。
それは事実だが、一般的なイメージのように観測者の意識が影響するようなものではない。
あくまでもそれは、相互作用によってこの宇宙に存在が確定する、と言うだけの話に過ぎない。
ならばそれが無意味なのか?と言われれば答えはNOだ。
そこまで織り込んで確定させてやればいい。
この宇宙はひとつではない。
例えばそれは光の回折によって観測できる、異なる世界が存在する。
どこかの宇宙では望ましい収束をした場所がある。
その収束した結果を鋳型として、因果律に違反しない範囲で『今』を遡り、今この現実の収束へと反映してやれば、現実は望ましい形へ変貌する。
それを、大規模な構造体に…究極的には宇宙全体、多元宇宙規模で行えればそれは、多元宇宙を自在に出来ると言うのと同じことだ。
極低温では、複数の原子が集まってまるで一つの原子であるかのような量子状態を取ることがあると言う。
同様の過程で、極めて広範囲をひとまとめに扱い望ましい形に現実を整形することができる。
ノルニルの力は、オーヴァーロードの力と同様の可能性組み換えを可能にする。
《嵐の姉妹》の不滅の肉体と、オーヴァーロードの全知全能を兼ね備えた彼女は途方もなく強大な存在であることに疑いの余地はない。
その力を持ってすれば敵艦隊を消去することなど造作もない。
――――敵艦隊が『見えて』いれば。
様々な感覚がはっきりとその姿をとらえてはいたが、一部ノイズがかかったように知覚できていない。
敵オーヴァーロードの感知妨害であった。
全能であるにはまず全知でなければならない。
故にもっと直接的な暴力を選択する。
『奥義。ブラックホール返しだよっ!』
敵オーヴァーロードたちが協力してテュ=フォーンに対し行った攻撃を、そのままお返ししてやる。
先ほどのブラックホールよりは幾分小さいが、十分に破壊的なブラックホールが顕現した。
数隻の艦艇が出現したブラックホールに飲み込まれる。
そのまま高速で自転するブラックホールは、敵に向かって動き出した。
次々と体当たりを喰らい、船が沈んでいく。
確実に一隻一隻、失われていった。
が、それも止まる。
見れば、淡く輝く壁が行く先へと広がっていた。
『遅かったねぇ!』
オーヴァーロードによる防御壁。
そう。オーヴァーロードは12人もいるのだ。
容易ならざるのは当然と言える。
不意な落雷。
木星ほども幅のある巨大な雷が、ノルニルのみっつの体のうちの二つを焼いた。
雷が通り過ぎると元通り復元したが、楽観視していられる状況ではない。
『ノルニル、手伝ってなのです!!』
『了解!』
両者の全身に言語兵器がより一層の密度と凶暴さを持って描かれる。
オーヴァーロードは認識を介して現実を作りかえる。
故に知覚に訴え出る言語兵器は極めて強力な防御兵器だった。
認識すればするほどそれは破壊力を増すのだ。
薔薇色のノルニルが両の副腕に短剣を構え、黒いノルニルは大剣を振りかぶり、白いノルニルは槍を投じる。
それを、オーヴァーロードの背後に控えていたモックルグラーヴィ型機動兵器が受け止める。
10kmもの巨体を誇るずんぐりとした巨体は、オーヴァーロードが《嵐の姉妹》に捕縛されるのを阻止するためだけに存在する。

『どおりゃぁぁぁぁあああああ!!』
ノルニルの大剣が振りおろされ、そして不可視の壁に受け止められる。
拮抗状態。
そこへ薔薇色のノルニルが、バターを斬るように壁へと切り込みを入れた。
何も持っていない内側の両腕が差し込まれ、壁の復元を抑え込む。
トドメに槍が投げつけられ、モックルグラーヴィ本体を貫通。
爆散させる。



「えらくデカいノックだったなあ。おふたりさん」
2人の侵入者に対し、むしろ気安い声がかけられる。
「心配しなくてもちゃんと相手してやるよ……こんなふうにな!」
滑るような歩法で踏みこむと左腕を一閃。
同時に相手も右拳を繰り出した。
八郎が超光速で繰り出された拳はあっさり敵体の右半身を砕き、オーヴァーロードの拳は八郎の上半身を消し飛ばす。
その横ではエウヘメロスも動いていた。
「――――」
空間を無視して突如眼前に現れた同類の繰り出した蹴りを足でブロック。
敵による確率制御。世界が組み替えられる。
エウヘメロスは、無言のまま世界をねじ伏せた。
結果、現象が拮抗し純粋な物理戦闘が継続する。
「ずいぶん戦いにくいようだな……!!」
このブリッジにいる8種族33名(オーヴァーロードは除く)の観測により、敵手は、8通りの姿と雲のように広がる確率の姿が重なって存在する。
対するエウヘメロスは自らを人間の姿に固定化。
既知宇宙で最も戦闘に特化した人間としての自分が、余計な思考をそぎ落として行く。
一方の八郎は、左腕で相手の顔面を仮面ごと鷲掴みにしていた。
可能性制御を受け付けず、さりとて物理力でも圧倒的な左腕から逃れることはいかなオーヴァーロードでも出来ない。
「おらぁ!!」
壁面に叩きつける。叩きつける。叩きつける!叩きつける!!
「気密を確保しろ!!」
八郎の叫びに、慌ててブリッジオペレーターの一人が非常装置を起動。
既に通路まで敵を押し出していた八郎は、背後で粘性ジェルが充満するのも待たずに壁をぶち抜く。
ひとつ。ふたつ。みっつ。たくさん。
数え切れないほどの構造物をぶち抜いて艦外へと飛び出した二人。
眼前に星の海が広がる。
ぱっくんちょ!
そんな擬音が似合いそうな可愛い動きで、全然可愛くない巨蛇が口を閉じた。
口の中には八郎の左手首から先と、掴んでいたオーヴァーロード。
もっきゅもっきゅ。
ごっくん。
やたら美味しそうな動作で咀嚼、呑みこむウロヴォロスであった
特に打ち合わせたわけではないが、きちんと待ち構えていたのだ。
えらい。
「よくやった!」
けど義手とはいえ感覚はあるのでやっぱり痛い。
即座に再生するが。船体に向き直る。
と、そこへ、絡まり合った二人の男が飛び出してきた。
とっさに動こうとするウロヴォロスだが……
「待て!!」
敵は、エウヘメロスにしっかりと密着して離れない。
下手に離れれば命はないと理解しているのだ。
「エウヘメロス!!」
「テュ=フォーン嬢の傍へ!!」
エウヘメロスの指示にウロヴォロスは反射的に従い、ゲートを開いた。
もつれ合う両者が慣性のまま、ゲートへと飛び込む。
ゲート妨害がある中でゲートを潜れば、大抵は素粒子レベルまで解体されるか、運が良くて全く別の空間に飛ばされる。
だが純粋な戦争用の生体ゲートであるウロヴォロスはなんとか、オーヴァーロードなら生きたまま潜れる程度の過酷さで目的地へと繋がるゲートを展開することに成功した。
即座に今通ってきた門が閉じる。
眼前には数十億kmにまで拡大した巨龍の姿。
しかし、このままでは条件は何も変わらない。
しがみ付いた相手を引きはがすのは困難と思われた。
その時、エウヘメロスの超知覚には、敵の姿が一つの収束する姿が映った。
敵味方共に半径数百億kmの彼方だ。
今ここにいてオーヴァーロードの姿を規定してくれる存在はただひとつ。
地球発祥人類の精神性を持ち、その姿で暮らし続けてきたテュ=フォーンしかいない。
そして人間と同じ姿と言うことは人間の肉体構造を持つと言うことだ。
もし柔術かレスリングを嗜んだことのある人間がそこにいれば惚れ惚れするような見事な動きで、エウヘメロスは敵の全身の関節をへし折った。
「テュ=フォーン!こいつを!!」
とっさに離れた瞬間、惑星くらいなら幾らでも握れる巨大な腕が、とっさに離れつつあったエウヘメロスをかすめて粉々にしつつも敵を掴み取る。
「本当、容赦ありませんね……」
『あんたが平気なの分かってるし』
妙に拗ねた声が響いてくる。
昨日の事をまだ根に持っているのかもしれない。
ぐしゃり
また一人撃破。
自分たちと同じ姿をしている者を握りつぶすのは一体どのような気持ちなのだろうか。
ふとそう思ったが、エウヘメロスは別のことを口にした。
「艦隊をどう処理するつもりですか?」
『まあ黙って見てろじゃん』
手の中に、その巨体に相応しい剣が出現する。
それがぐんぐんと伸び……
「!?いけない、避けろ!!」
周囲を6体のオーヴァーロードが包囲していた。
咄嗟に警告するが間に合わない……!!
『ぐああああああああああああ!?』
《嵐の姉妹》の『目』を除く知覚能力は基本的に体表面の面積に比例する。
巨大化すればするほど知覚能力が増大するということだ。
それが災いした。
どのような攻撃が来るか、と身構えていたテュ=フォーン。
その体表面を、ぎっしりと文字が覆っていた。
ただの文字ではない。言語兵器だ。
《嵐の姉妹》が史上初めて運用した超兵器。
それが、ぎっしりと読みやすいように並んでいる。
姉妹同士の口喧嘩で使用するほど馴染みがあり、ほぼ無効と言っていい耐性を持つ《嵐の姉妹》と言えども、ここまで長大で、かつ名文と言っていいレベルのオリジナルの言語兵器を読んでしまってはただでは済まなかった。
咄嗟に中和する詩を思い浮かべ、片っぱしから暴走するイメージを抑え込む。
だがとてもそんなものでは追いつかない。
いかに身動きしようとも、知覚を完全にシャットアウトすることはできないのだ。
「マズイ……!」
暴れまわるテュ=フォーンに2,3回ほど粉砕されながらもエウヘメロスは方策を練る。幸い、文章の多くはエウヘメロスの位置からでは読めないし、そもそも姉妹を攻撃対象とした文章だ。
今のところ彼は無事だった。
「戻れ!!人の姿に!!」
今はとにかくそれしかない。
苦痛によって廃人化すればどうなるのか。
情報によって構築された機械生命体である《嵐の姉妹》は、精神を崩壊させても生存できるのか?
もし生存したとして、そのような状態から回復させられるのか?
いや、それによって死亡するならまだいい。
だが発狂し、そのまま暴れ始めたら―――誰にも止められない。
そこまで思考が進み恐怖する。
前例はない。
これは極めて危険な状態であった。
「人になるんだ、早く!!」
巨体が掻き消える。
一瞬ぎょっとしたエウヘメロスだが、すぐそばに体を丸めてうなされた少女の姿があるのに安堵する。
そして、敵に囲まれていると言う事実を思い出した。
咄嗟に一糸まとわぬテュ=フォーンを抱きかかえると、そのまま空間を駆け抜ける。
光の束を捻じ曲げ、中性子星で半身を粉砕され、肉体を核融合爆破されても少女を離さない。
が、エウヘメロスの健闘もそこまでだった。
「がっ……」
エウヘメロスの本体である可能性の雲、それ自体が別の可能性の雲によってがんじがらめに抑え込まれている。
ここまでか。
このまま可能性の雲を無意味なノイズへと置き換えられ、エウヘメロスと言う存在は雲散霧消してしまうのだろう。
エウヘメロスは最後の瞬間を待ち、目を閉じた。
ふっと、体を押さえる圧迫感が消える。
「なっ……」
『ご無事ですか?』
三色三体の巨人が、オーヴァーロード並みのパワーで可能性を制御。
包囲していた敵の3人が、先ほどのエウヘメロスと同じ目にあっていた。
白の巨人が優しくテュ=フォーンとエウヘメロスを掌に包むと、周囲が全く見えなくなる。
『僕たちのお姉と伯父さんをよくもこんな目に合わせたなぁ!』
『お前らなんか私たちがぶっ飛ばしてやる!!』
『許しません……滅びなさい』
表出した人格は三つ。されど心は一つ。
それが《嵐の姉妹》ノルニルの在り方であった。
敵の存在を収束。
そこに三つの刃がそれぞれ振りおろされる。
不死者たちは、死んだと言う結果を現世に固着され、不死を失いながら滅んだ。