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『首吊りラプソディア』Take0 - (2008/06/29 (日) 22:46:39) のソース

32 :『首吊りラプソディア』Take0 [sage] :2007/01/24(水) 00:01:57 ID:U7RgVbaF 
 書類整理を一段落させると同時に、俺は伸びをした。仕事柄、普段から体をそれなりに 
体を鍛えているものの、長い間机に向かっていると体に堪えるものがある。背もたれに体 
を預けると、軽い音が連続で響いた。まだ二十代の半ばだというのに、随分とくたびれて 
いるものだと思う。新人と話が噛み合わないときも多いし、少し自分が不安になった。 
 電子音。 
「もうこんな時間か」 
 冷めた珈琲を一口含み、立ち上がる。 
 同僚に軽く挨拶をして部屋を出ると、退屈そうに立っている女性と目が合った。名前は 
よく覚えていないが、顔には見覚えがあった。確か新人の中でも郡を抜いて活躍していた 
ことで有名だったような気がする。報道部の友人と先日飲みに行ったときに、彼女のこと 
を色々言っていた。曰く、十年に一人の逸材だとか、専門の学校を歴代トップで卒業した 
だとか、早くも昇進が考えられているだとか。 
 だが俺には関係ない、住む世界が違うのだ。 
 素通りしようとすると、何故か後から着いてきた。最初は偶然だと思ったのだが、歩く 
テンポも、それどころか足音さえも重ねてくる。どうにもやり辛くなり立ち止まって彼女 
に振り向くと、同じタイミングで止まってこちらを見つめ返してきた。 
「何の用だ?」 
「気にしないで下さい」 
 気にするなと言われても、それは無理だろう。だが彼女はそれきり口を閉ざし、ずっと 
こちらを見ているだけだ。どうにもならない。相手をするだけ無駄かもしれないと思い、 
吐息をして再び歩き始める。やはり彼女は一定の間隔を持って着いてくる。 



33 :『首吊りラプソディア』Take0 [sage] :2007/01/24(水) 00:06:45 ID:U7RgVbaF 
 目的地に辿り着き、数回ノックをしてドアを開く。 
「うん、時間通りだね」 
「それだけが取り柄です」 
 そう言うと、俺の正面、皮張りの椅子に腰掛けた初老の男性は愉快そうに顔を崩した。 
「今回の用事は何ですか?」 
 僕を呼び出した張本人である署長は、煙草に火を点けると旨そうに煙を吸った。脳天気 
にすら見えるときもあるのだが、それでも悪い印象が浮かばないのは独特の雰囲気がある 
からだろう。第37監獄都市管理局局長という堅苦しい役職名があるにも関わらず皆からは 
親父と呼ばれて親しまれているのも、一重にこの人の人柄だ。 
「虎吉君、君は『首吊り』という話を知っているかね?」 
 知っているも何も、この辺りでは知らない人は居ないだろう。居るとすれば、そいつは 
かなりのモグリか最近こちらに来たばかりの奴だけだ。 
 『首吊り』というのは一年程前から流行りだした都市伝説で、夜な夜な殺人を繰り返す 
化け物のことだ。殺人方法は様々なのだが、全てに共通しているのは死体を首吊り自殺の 
ように紐で吊るしていること。隣の第36監獄都市に出没するらしいが、どこにでもある類 
の話だと思っている。こんな噂話は昔から無くならないものだし、監獄都市の中では殺人 
というのも珍しいことではない。表通りこそ穏やかだが、裏のスラムではそれこそ毎日の 
ように行われているものだ。それを誰かが脚色したものだと思う。 
「それが、どうかしたんですか?」 
「居るんだよ、本当に」 



34 :『首吊りラプソディア』Take0 [sage] :2007/01/24(水) 00:07:45 ID:U7RgVbaF 
 馬鹿馬鹿しい。 
「局長、もう少しストレートに言ったらどうでしょうか?」 
 声に振り向くと、先程の女性が立っていた。いつの間に部屋に入ってきたのだろうか、 
全く気が付かなかった。彼女もこの場所に居る以上は、今の件に関わっているのだろう。 
それに先程の発言から察するに、既に話は伝わっているらしい。 
 数秒。 
 局長は煙草の煙と共に溜息を吐くと、書類を差し出した。 
「『首吊り』の最有力容疑者だと言われている者だ」 
 目を通し、一瞬思考が停止した。 
「僕は反対したんだが上からの命令でね。本当に済まないと思っているんだ。君からして 
みれば信じたくない話だろうしね、彼女のことは」 
 こいつがあの凶悪な『首吊り』である筈がない。信じたくないのではなく、信じること 
が出来ない。いつも微笑みを浮かべていて、誰よりも優しかったこいつが犯人である筈が 
ないのだ。それなのに、何故こんなに酷い仕打ちをするのだろう。 
「このサキ君をサポート役として、彼女について詳しく調べてほしい。それに、悪いこと 
だけではないと思うよ。サキ君は優秀だし、彼女が無実だった場合はすぐに捜査も終わる。 
それが分かるように、このチームを組んだのだからね」 
 言葉が何も浮かんでこない。 
「こちらも、精一杯協力しよう」 
 そうだ、無実だと証明出来れば良い。彼女がこんなことをする筈もないから、無駄だと 
すぐに分かるだろう。ついでに監獄都市から出してやることも出来るかもしれない、局長 
の言う通りに悪いことばかりではない。寧ろ、メリットの方が多いかもしれない。 
「よろしくお願いします」 
「こちらこそ」 
 決意をし、再び書類を見る。 
 容疑者『カオリ・D・D・サウスフォレスト』、罪人ランクF、現在16歳。 
 そして、俺の幼馴染み。