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しまっちゃうメイドさん 第八話 - (2019/01/15 (火) 09:55:00) のソース

52 :しまっちゃうメイドさん ◆HrLD.UhKwA [sage] :2007/05/31(木) 03:06:11 ID:hi8v30i6 

十八時十五分 浅原沙紀 


 すっかり暗くなった五月の夜道を私は歩いています。剣道部の部 
員さん達と別れ、一人で歩くこの道はなんだか妙に長く感じます。 
 私が高校に入るまでは、いつもお嬢様が隣にいて、共に歩くこの 
帰り道は私の毎日の小さな楽しみの一つでした。お嬢様は何にでも 
直ぐに興味を示されます。それは帰り道も例外ではありませんでし 
た。お嬢様は、何度も何度も、それこそ何万回もこの道を通られて 
いるのに、その度に、何か新しい発見をなさいます。 
 例えば、それは木々の紅葉であったり、 
 例えば、それは燕の巣であったり、 
 例えば、それはタンポポの綿毛であったりします。 
 そうして無邪気にはしゃぐお嬢様の姿はなんとも微笑ましく、そ 
れだけで私はなんだかポカポカした気持になる事が出来ました。 
 それが変わってしまったのは、いつからでしょう? 
 私が高校に入った時からでは、なかったでしょうか? 

 お嬢様は高校に入った私に、何か部活に入るように熱心に勧めら 
れました。最初は私も乗り気でした。私はお嬢様との連帯感をもっ 
と深めたかったのです。勿論、私はお嬢様と十数年の時を共に過ご 
していますから、それはそれは硬い絆で結ばれていることでしょう。 
 しかし、その頃の私の中には、「もっとお嬢様と語り合いたい」 
「もっとお嬢様と解りあいたい」「もっとお嬢様と魂をぶつけ合い 
たい」そんな要求が生まれてきていました。簡単に言うと、私の中 
でお嬢様が足りなくなってきたのです。 
 だからこそ、部活に入るのに私は乗り気でした。部活に入り共に 
同じ目標に向って自他を研磨する…お嬢様と私の絆を更に深める絶 
好の機会だと想ったのです。そうして、それが身勝手な要求だと解 
りつつも、もしかしたらお嬢様も同じ気持なのでしょうか…と思わ 
ずにはいられませんでした。 
 しかし、直ぐに私はお嬢様の気持は、私が想像しているのと全く 
違うと知らされる羽目になりました。 
 私が、新入生歓迎パンフレットを見ながら、何処の部活に入ろう 
か考えている時、お嬢様は友達の源之助さんが入る剣道部に入って 
はどうかと勧められました。私の入った高校の剣道部は、そこそこ 
の強豪なので毎日厳しい練習があります。だからこそ、私は直ぐに 
賛成しました。厳しい練習に共に耐えてこそ、より絆が深まる。そ 
う思ったからです。 
 だからこそ、次の日の朝に、お嬢様が自分は剣道部はおろか何処 
の部活にも入らないと聞かされた時はショックでした。 
 お嬢様と一緒に部活が出来ないのもそうですが、私が更に衝撃を 
受けたのは「お嬢様が私から離れたい」という事実です。お嬢様は 
自分のせいで、沙紀さんは自由な時間を取れなかったから、せめて 
高校生活だけは…と仰せられましたが、お嬢様、そのような申し訳 
なさそうな顔はやめて下さい。嘘であることがバレバレですよ。 





53 :しまっちゃうメイドさん ◆HrLD.UhKwA [sage] :2007/05/31(木) 03:08:11 ID:hi8v30i6 
それなのに、お嬢様がこんなにも強く、剣道部の入部を勧める理 
由は一つしかありません。お嬢様は一人の時間が欲しくなったので 
すね。 
 思えば、私がこの家に来たときから、お嬢様は一人の時間を取っ 
てこられました。 
 日に一回はある、やたら長いトイレ。 
 決して、私とは一緒に入らないお風呂。 
 それはお嬢様が大きくなるに従って頻度がましていき、そして中 
ニの頃はそれがピークを迎えられ、とうとうお嬢様は自分の部屋に 
鍵をかけられました。そして、最近は昼休みになると必ず身を隠す 
ようになられました。お嬢様…、私はそうしたお嬢様の変化を見る 
たびに、複雑な気持ちになってきたのですよ。 
 お嬢様…私がうとましくなられたのですか? 
 そう思わずにはいられませんでした。 
 しかし、それをどうして聞けましょうか?しかしまた、それをど 
うして聞かずにいられましょうか? 
 そうして結局、答えを聞かない事が答えのような曖昧な状態のま 
ま無為に時を過ごしてきました。勿論、お嬢様と過ごす時はいつも 
楽しかったですよ。しかし、お嬢様が部屋やトイレに篭られる度に 
私の中でお嬢様が段々と足りなくなっていきました。こんなに近く 
にいるのに、お嬢様が段々と遠くに行っているように感じるのです 
 もっとお嬢様と一緒にいたいのに…、結局私はこの思いをお嬢様 
に伝える事は出来ませんでした。なんだか、それを聞いてしまった 
ら全てが終わる気がしたのです。まるで獲らわれた麒麟(この時に獲 
らわれた麒麟はお嬢様と同じく否命というそうです)よりも、もっ 
とおぞましい何かが出現するような、そんな不気味な予感というよ 
り確信に近いものが私を掴んで離しませんでした。 
 未だに、その答えは分からないままです。しかし、私は「お嬢様 
は私から離れたがっている」その事だけは理解りました。 
 だから、私はこうして剣道部に入りました。お嬢様と離れるのは 
心苦しかったですが、お嬢様がそう望んでいる以上、私はそれに従 
います。 
 それに入ったら、入ったで剣道部はとても楽しいものでした。し 
かし、その楽しい時間も、私は心の底から楽しむ事が出来ませんで 
した。 


54 :しまっちゃうメイドさん ◆HrLD.UhKwA [sage] :2007/05/31(木) 03:10:04 ID:hi8v30i6 
まるで、最新の液晶テレビを見たあとで、昭和時代の白黒テレビ 
を見るような感覚に襲われてしまいます。つまり、私はどうしても 
お嬢様と過ごす時間と、剣道部の時間とを比べてしまい、結果、剣 
道部の時間が本当に楽しいにも関わらずなんだか色褪せて見えてし 
まうのです。私の心の何処かにはいつもお嬢様がいる故に…。 
「難波潟短き葦のふしの間も 逢はでこの世を過ぐしてよとや」 
って、これは恋歌ですね。自然と口をついて出た恋歌に私は思わ 
ず赤くなりました。なんでこんな歌が思い浮かんだのでしょうか? 
これではまるで私が…。 
 そんな事を考えているうちに、ようやく私は家に着きました。 
 お嬢様…、やっぱりこの道は一人で歩くには長すぎます……。 



55 :しまっちゃうメイドさん ◆HrLD.UhKwA [sage] :2007/05/31(木) 03:12:04 ID:hi8v30i6 
 十八時二十分 秋月家 

「あっ、沙紀さん」 
「沙紀さん?」 
 そう言ってからの否命の行動は早かった。まず、さっきまであん 
なにも隆起していたマラがみるみる萎えていく。 
 そして電光石火の速さでパソコンの電源をスイッチを押して切り 
(パソコンのOSはXPである)、パンツとスカートを上げると、 
足音一つ立てずに早歩きで自分の部屋へと駆け込んでいった。 
「って、貴方、財布を渡しなさいよ!」 
 それからドタドタと足音を立てながら凛が今、まさに部屋に入ろ 
うとしている否命の腕をガッチリ掴んで引き寄せる。 
 しかし、その拍子にドアに手を掛けていた否命は大きく体勢を崩 
してしまい二人はもつれあう感じで倒れこんでしまった。 

 ガタンッ!! 

「お嬢様…!?」 
 何かの倒れる音に驚き、慌てて廊下に向った沙紀が見たものは… 
上着がはだけ、血まみれのシャツを覗かせている見知らぬ少女を押 
し倒している否命の姿であった。 
「………」 
「………」 
「………」 
 三人が三人とも、それぞれ万感の思いを込めて固まった。沙紀は 
ただポカンと痴呆の如く口をあけ、否命はゆっくりと頭を動かし二 
人の顔を見比べ、凛は突如現われた沙紀をひたすら凝視していた。 
「ええと…」 
 気まずい雰囲気の中、最初に声を発したの凛だった。凛は視線を 
自分の血まみれのシャツに注いでいる沙紀にニッコリと微笑むと、 
「沙紀さん…でしたっけ?安心して下さい…このシャツの血は私の 
血ではありませんから」 
 しばらくして…、沙紀の口から悲鳴が上がった。