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511 :飼いならす、飼いならされる ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/12/10(水) 23:27:29 ID:Y37HkJWJ  俺は、俺に触れようと伸ばされた彼女の手を定規で打った。 「いたっ」 「ダメだって言ってるだろ」 「ごめんなさい……」  彼女はしゅんとして俯いている。首輪につけられた鎖がチャリ、と鳴った。  俺と彼女は二人、こたつに入って勉強会をしている。ありふれた、幸せな光景。ただ一つ異質なのは、彼女の首には首輪がつけられ、その首輪から伸びた鎖で柱につながれている、ということだ。  彼女は「普通」ではない。どう普通ではないかと言うとあまりに長くなるので省くが、酷く大雑把に表現すると、彼女は愛情表現が過剰すぎるのだ。そう、一般から見たら「異常」とすら思われるほどに。  だから俺は彼女から俺に向けられるスキンシップを規制した。その結果がこの首輪だ。  彼女がどんなに身を乗り出しても、せいぜい俺の手に触れることぐらいしか出来ない。しかし俺はそれすらも彼女に許可しない。彼女と俺の触れ合いはすべて俺の手の中にあるのだ。 彼女がどんなに望もうとも、俺の許可なしではそれは与えられない。支配者の喜び。自分の中に、黒い愉悦が生まれるのを感じる。  彼女はまるで犬のようだ。鎖でつながれ、ご主人様の許可を待つだけの、犬。  こんな可愛い彼女を犬にできるなんて、俺はなんて果報者なのだろうか。 「わ、私のこと、嫌いになっちゃった? ご、ごめんなさい! 嫌わないで! 嫌いにならないで!」  俺がちょっと難しい問題に突き当たり、頭を悩ましていると、彼女は突然ヒステリックに取り乱した。  ああそうか、俺が叱ってすぐに無言で難しい顔をしだしたから不安になったのか。まったく、犬でももう少し忍耐がある気がするけどな。  俺は溜息を漏らしながら彼女の潤んだ目を覗き込む。 「犬の癖に待ても出来ないのか? そんな駄犬に御褒美はやれないな」  そうして、俺はまた問題文に目を落とす。彼女の息を呑む音が聞こえる。カタカタと小さく震える音も。深い悦楽で、俺の口が歪に歪みそうになる。ああ、お前は最高の彼女――いや、犬だ。  数時間して、勉強に一区切りつけると、俺は彼女の鎖と解いて彼女の家を出た。「待て」と命じつけた後に。 512 :飼いならす、飼いならされる ◆wzYAo8XQT. [sage] :2008/12/10(水) 23:28:14 ID:Y37HkJWJ 「先輩……博昭先輩!」  下校中、後ろから呼び止められた。  後ろには、いつの間にかかつての部活の後輩がいた。俺は三年。紅葉の散ったこの季節にはもう部活はとっくに引退していた。 「お久しぶりですね!」  俺を見つけて走ってきたのか、頬は若干上気しているし、息は荒い。お久しぶりというが、少なくとも先週にも会っていたはずだ。  その旨を告げると、「えへへ、うっかりしてました」と彼女ははにかんだ。  彼女は何かにつけ俺に接近してくる。なんらかの好意的な感情を俺に対して持っていることは明らかだ。 だが、俺には飼い犬がいる故にその思いに答えることは出来ない。――とてつもなく嫉妬深く、病的で、俺に近付くものは泥棒でも警察でも構わず吠え散らすような躾けの出来ていない犬が。  当然後輩も俺に彼女がいることは知っている。何せ、彼女は引退前は毎日のように部室まで俺を迎えに来ていたのだから。知らないはずも無い。  それをわきまえているのか、後輩は直接的なアプローチはしてこない。ただ俺と一緒にいられるという立場に甘んじているのか、それとも俺に対する好意というのは単に親愛や尊敬の情だというだけなのか。  珍しく、学校が終わると真っ先に俺に寄ってくる彼女がいないので、俺は後輩と二人で下校した。家の前で別れると、参考書の類を揃え、彼女の家に向かう。  彼女の家には彼女しかいない。だから俺は呼び鈴すら鳴らさず、鍵のかかってない玄関を抜け、彼女の部屋の戸を開けた。  赤かった。  夕焼けや俺の目の錯覚などではなく、部屋中を染めつくす血によって。 「あ、ひろくんきたー。ねえねえ、ひろくんにまとわりつくきったない野良猫駆除したよー。私とってもいい子でしょー? 褒めて褒めてー」  彼女はニコニコしながら俺ににじり寄ってくる。その手に握られているものは何だ。やめろ、そんなもの俺は見たくない。  彼女が手に持っていたもの。それは殴打によって晴れ上がっていて分かりにくくなってはいるものの、紛れもなく後輩の生首だった。彼女は、それの髪の毛を掴んでぶら下げていた。  場違いにも、犬が自らの捕らえた獲物を主人にアピールする様が思い出された。  ああ、俺はどうやら根本的に間違えていたようだ。  彼女をうまく飼いならせている。そう思いあがっていた。まさしく、それは完全に思い上がり以外の何者でもなかった。飼いならせない。飼いならすだなんてとんでもない。こんなモノ、俺ごときが飼いならせるはずがない。  ――ああ、そうか。そうだったのか。  俺は彼女を飼いならしているつもりだったが、その実は―― 「いい子、いい子」  俺は血にまみれた彼女を抱きとめ、そっと頭を撫でた。

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