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247 :Tomorrow Never Comes5話「Crazy Sunshine」 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/01/24(土) 00:04:18 ID:oBVbH7lN 「がえっでぎだー」 二十歳を目前に控え、犬に囲まれながら、鼻水と涙で顔をゆがめた女性をどうしろというのか。 年明け早々、高速道路が混みだす前に東京へ帰った。細かい手続きは後にし、挨拶など、手短に済むことは済ませて戻ってきた。 病院には診断書と紹介状を書いてもらい、あの医者とはメールアドレスを交換した。俺よりも新しい携帯を使っていることが若干、頭に来た。 家に着いたのは夕方で、玄関に明かりがついていることを訝ったが、旅立ちの様子を思い出すと納得した。 元々天才だったが、事故かなんかでバカになってしまったアニメのキャラクターみたいな姿をしたおっさんに拉致られたのだから、電気を消す暇などなかった。 ちなみに、あの時の荷物は、仕事の合間を縫って一時帰宅した母が準備してくれたらしい。 「光熱費が・・・」と嘆きながら鍵を取り出したところで、待てよ、と自分に問いを投げかけた。「父さんと母さん、向こう行くまでは普通に帰ってきてたよな?」 「ええ、そうよ」 「・・・消し忘れたのはアンタらかよ」 「ちょっと待ちなさいよ。あたしがそんなミスをするとでも思ってるの?」 反論しようとするが、理性が止めにかかる。財布の中身を1円と狂わずに把握している人物が、値上がりしつつある光熱費を甘く見るとは思えない。 「じゃあ、誰だよ」 母とくるみは論外、父は母と共にいたため、除外。 「マエダとルイス、もないよなぁ」そもそも家の中に入っていない。 ちなみに、この不在の間、二人の食事に関しては万全を期してあった。 俺が夏に合宿に行った時に購入した『プルプルワンワン』のお陰だ。決まった番号に電話をかけることで一定量のドッグフードが皿に盛られるというハイテクマシーンだ。この際、ネーミングには目を瞑る。 248 :Tomorrow Never Comes5話「Crazy Sunshine」 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/01/24(土) 00:05:02 ID:oBVbH7lN 「じゃあ、誰だよ」大事なことなので、もう一度繰り返す。 くるみが俺の背に回った。いけない、頼れる人を演じなければ。 「2人は下がって。父さん、一緒に」 「ん?あぁ、俺はいいよ」 「いいよ、って、『コンビニ行くけどアイスいる?』って訊いてんじゃないんだから」 「あたし、あの高いヤツね」 「いかねぇよっ」何故こんなに緊張感がないのだろうか。思わずため息をついた。 母は天性の余裕だろうが、父はというと、何かを知っている素振りを見せている。 「まぁ、開けてみろよ。俺はなんとなくオチが読めたから」 女性2人は首を傾げ、父を見る。この人だけは人生の台本か何かをどこかで手に入れたのだろうか。もしくは、攻略本を。 意を決して鍵を差し込む。その刹那、家の中で何かが動く音がした。これは本当に迎撃する準備をするべきかもしれない。 飛び出してきたニット帽とサングラスの男の顔面にスパイクを打ち込むイメージを膨らまし、扉を開いた。 実際に飛び出してきたのは隈と牛の着ぐるみパジャマの女だったが、容赦なく掌を頭頂部に叩きつけてしまった。 それから、姉、斎藤憲美(さいとう かずみ)だと気付いた。 249 :Tomorrow Never Comes5話「Crazy Sunshine」 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/01/24(土) 00:05:42 ID:oBVbH7lN 「ケンちゃん酷い・・・」 姉が部屋の隅で、マエダとルイスに囲まれながらこちらを睨んでいる。 「仕方ないでしょうが」誰だってあの状況では同じ事をするはずだ、多分。 「いいよいいよ、どーせねーちんはその程度の扱いですよぉ」 マズイ、あの人マジで泣き出した。マエダとルイスが非難の目を向けてくる。 俺1人に姉を押し付けて、母と父は居間でコーヒーを飲みながらクイズ番組を見ている。 ウケを狙ってる場所では少しぐらい笑ってやってください。ボケに対して冷たく、バカじゃないの、と言い放つ母は恐い。 ふと、くるみが姉のもとへと踏み出した。体育座りをする姉の背に、そっと手を乗せる。「ごめんね、お姉ちゃん」 弾けたように姉の顔が挙がる。やはり涙でぐしゃぐしゃだ。 「くーちゃぁん」姉は飛び掛るようにくるみを抱き締めた。「心配したんだよぉ、ニュースでいっつもくーちゃんのこと言ってて・・・あたし眠れなかったよぉ」 「お父さん、くるみちゃんが牛に襲われてるわよ」 「うん、うらやましいな」小気味の良い炸裂音と共に、父が吹っ飛んだ。 これが俺の望んだ家族団欒だろうか。否、断じて否。 「集ぅ合っっ!!」 250 :Tomorrow Never Comes5話「Crazy Sunshine」 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/01/24(土) 00:07:09 ID:oBVbH7lN リビングの机に家族全員が集合したの何年ぶりだろう。さらに新しい家族もいるのだから、これほど喜ばしいことはない。 和室、風呂場の二つと隣接するリビングは、見まごうことがないほどに完璧なリビングだ。長めの机にキッチン、炊飯器、冷蔵庫にレンジ。さりげなく飾られた花が、これまたにくい。 長机の右側に手前から、母、父。左側に姉、くるみ。俺はその全てを見渡せる机の端で、腕を組んで立っている。その両脇には、マエダとルイスが鎮座している。 「本年度第一回斎藤家緊急家族会議を始めます。まず1つめは、なぜ家がこれほど乱れているかです」 「あたしはスルーなのっ?」姉が嘆くが、構っていたら話が進まない。 「私も、斎藤家?」 「あぁ、もちろん」手続きが大変だから、正式には黒埼のままだが。 「そっかぁ、斎藤くるみかぁ」 えへへ、と幸せそうに笑うくるみには、心が和む。左頬を赤く染めた父の顔も、どこか柔らかいものに見える。 251 :Tomorrow Never Comes5話「Crazy Sunshine」 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/01/24(土) 00:07:57 ID:IlfLF4Q3 久しぶりに帰ってきた家は見違えるようだった。悪い意味で。 流しには食器が溢れ返り、コンロには焦げ付いたフライパンと鍋が放置されている。洗濯物は洗濯機からはみ出ており、風呂場は髪の毛が流し口に詰まり、和室には空き缶や空き袋が散乱していた。 「やったやつら、手を挙げろ」苦笑いの父と、半泣きの姉がそろりと手を挙げた。「あんたもだろ、母さん」 部屋に響き渡る特大の舌打ちと共に、母が仕方なさそうに手を挙げる。 「・・・そこの二人はともかく、姉ちゃんは家事できるだろうに」 「だって、だってぇ」鼻を鳴らし、またぐずり始める。 都内でトップクラスの学力を持っていたにも関わらず、夢をかなえるためと言ってそれほどレベルの高くない大学へと進学した姉は、去年から一人暮らしをしている。 元々、我が家の家事を昔から担ってきた姉は、どちらかと言えばしっかりとしている方である。 そして、ガキだ。軽く波打つ黒髪と長い睫毛は大人の魅力を醸し出しているにも関わらず、くるみと競うほどの平らな体型をしている。 ギリギリ勝っている、というレベルか。身長は平均並なので余計、貧相に見えるということは黙っておこう。性格や服のセンスも見てのとおり子供的で、まだくるみの方がしっかりとしている。 「泣くなって。聞くから、な?」 腕でごしごしと目を擦ると、姉は頷き、話し始めた。 「あのね、この前いきなりおかーさんからメールがあったの。見たら『帰って来い』って書いてあって・・・ねーちん、超特急で帰ってきたんだよ? そしたら家に誰もいないし、連絡も何もないのに、ニュースじゃくーちゃんとかケンちゃんが毎日・・・ふぇぇ」言い切る前に泣き始め、くるみに抱きつく。 ・・・ツッコミどころはいくらでもあった。たが、とりあえずは母を睨む。首をぷいっ、と横にして、あからさまにしらばっくれられた。 「オイ、オイ、おぉぉいっ」 「やっかましぃっ。聞こえてるわよ」 「聞こえてるならこっち見ろよ、なぁ」 「マエダは相変わらず恐い顔ねぇ」 「こっち見ろ、そして俺と会話しろっ」 不毛なやりとりを繰り返し、ようやく母はこっちを向く。 「あたしの責任ね」 「知ってるわ、んなもん」 252 :Tomorrow Never Comes5話「Crazy Sunshine」 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/01/24(土) 00:09:19 ID:IlfLF4Q3 とりあえず、姉が薄情ではないことは証明された。 「電話ぐらいすればよかったのに」 「だって、どこにいるかわかんなかったし」 ・・・なんか今のやり取りは変だ。 「電話番号は知ってるよな?」 「だから、どこにいるかわかんなかったから、どこにかければいいかわかんなくて・・・」 ・・・たった今、姉がバカだと証明された。 「どこって、携帯だろ」 「・・・・ふぇぇっぇぇ」 「それ以上泣くとくるみがふやけるからやめてくれ」 「ねーちんじゃなくて!?」 泣くのか憤るのか、どちらかにして欲しい。 254 :Tomorrow Never Comes5話「Crazy Sunshine」 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/01/24(土) 00:10:26 ID:IlfLF4Q3 少しおいてから、姉がまたポツポツと話し始めた。 「ニュースでくーちゃんが出たときは、本当にどーしようかと思ったよぉ・・・その目、ほんとーに見えないの?」 「うん・・・」くるみは物憂げに俯く。「でも、ありがとう、お姉ちゃん。心配してくれて」 「ううん、こっちこそ、生きててくれてありがとうだよ」 男と女の差というヤツか、俺では踏み込めない領域を、姉は軽く飛び越していった。姉の人柄と言うものもあるのだろう。 「それと、ケンちゃんっ」 突如振り返った姉に指を突きつけられ、たじろぐ。 「いつの間に不良に・・・それも500人を引き連れたヘッドになっちゃったのっ。最後に見たときはフツーだったのに・・・もしやっ、あの頃から!?」 マスメディアを信じるな、と俺と同じように教え込まれたはずが、なぜこうまで鵜呑みにしているのだろう。っていうか、500人って。2学年分くらいじゃないか。 「俺がそんなタマに見えますか」 「タマ、たま・・・命(たま)っ!?」よく分からないが、年頃の女性がタマを連呼するのはよろしくない。 「はっきり言うぞ。俺は、不良じゃない。善良とも言い難いがな」 「・・・ねーちんに誓える?」久しぶりに見る姉の真剣な表情。 ああ、そうだ。この人はこうやって心配してくれる人だったな、と思い返す。 「誓います」 「いい子だぁ、ねーちんがハグしてやろうっ」言うが早いか、俺の首元に突進してくる。 「あぁ、ハイハイ、どうもね」 「嬉しくないの?」 「嬉しいですよ、はい」半ば首にぶら下がるような姉の頭をポンポンと、優しく叩く。顔が熱い。 ━━瞬間、全身を悪寒が包む。 慌てて姉を引き剥がし、見渡す。 父は優しい微笑みから、何事かというような顔に変わった。 母は興味なさげにテレビを観ている。 くるみは俺から視線を逸らした。 姉はきょとんとした顔で俺を見ている。 ・・・いや、まさか。 疲れているのだ。そう言い聞かせ、今日は眠ることにした。 255 :Tomorrow Never Comes5話「Crazy Sunshine」 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/01/24(土) 00:11:11 ID:IlfLF4Q3 四月になる頃には、住民登録などの面倒な手続きも終わり、斎藤家での暮らしにすっかり慣れていた。 といっても、家事の大半はお兄ちゃんがやってくれるので、未熟な私が出来るのはそのお手伝いくらいだ。 帰ってきたお兄ちゃんを玄関まで迎えに行き、おかえり、と言った時のお兄ちゃんの嬉しそうな顔は、私を蕩けさせてしまう。ただいま、と言われると、骨がなくなったように力が入らなくなる。 一緒にご飯を作ったり、お兄ちゃんが、手が荒れたらいけないからと言って代わりに洗ってくれた食器を、私が拭く。 そんな時、どうしても新婚気分になってしまい、お兄ちゃんに顔を向けられなくなってしまう。これで苗字も斎藤に出来たら最高なのにな。 苗字を変えるのは、お兄ちゃんが反対した。理由はわからないが、お兄ちゃんが言うなら仕方ない。それに、結婚すれば自然と変わるのだから、焦る必要はない。 お兄ちゃんは本当に優しい。 私が自室で目覚めた時━駄目元でお兄ちゃんと同じ部屋でいいと言ってみたが、案の定却下された━、どうしようもない不安に襲われることがある。 そんな日は、お兄ちゃんがいないと崩れてしまいそうになる。助けを求めると、お兄ちゃんは笑顔で、じゃあ今日は休もう、と言ってくれる。一日中一緒にいてくれ、時には私を外へ連れ出してくれる。 ああ、お兄ちゃん。大好き、本当に大好き。私は優しいお兄ちゃんが心の底から大好きだ。 だからといって、我侭も度を越えれば嫌われてしまう。時にはぐっと堪え、笑顔でお兄ちゃんを見送る。 いってきます。 いってらっしゃい。 無情なドアが閉まると、胸が締め付けられ、息が出来なくなる。 恐い。このままお兄ちゃんは帰ってこないのではないか。 お兄ちゃんはあんなに魅力的なのだから、発情期の雌が放っておくわけがない。中には、無理矢理お兄ちゃんを手に入れようとする輩もいるかもしれない。 だけど、そんなのはそんなことは些細なことに過ぎない。常識人であるお兄ちゃんがおいそれと騙されることはないだろうし、みんなは知らないが、お兄ちゃんは強いのだ。 目先のものに引き寄せられただけの雌など、容易くあしらってしまうだろう。 一番恐いのは、事故。 私を捨てた、私を裏切った両親のようなことを、お兄ちゃんはしない。するはずがない。 お兄ちゃんは傍にいてくれると言った。私にはそれを信じるしかない。 それなのに、一人でいる時 、私の右眼は視力を取り戻し、あの惨劇とお兄ちゃんの姿を重ねる。 256 :Tomorrow Never Comes5話「Crazy Sunshine」 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/01/24(土) 00:11:59 ID:IlfLF4Q3 ━━やめて、やめて、やめてやめてやめて壁が迫るやめてやめてやめてやめてやめてやめてお兄ちゃんが前のシートとの間に落ちるやめてやめてやめてやめてやめて右側に座り、私の頭を撫でてくれたやめて やめて血まみれで、所々ガラス片の刺さったやめてやめてやめてお兄ちゃんは運転席でやめてお兄ちゃんと、目が合ったやめてやめてやめてやめて・・・やめてよぉ・・・お願いだから、もうやめてぇ・・・ 部屋を暗くしようが、毛布に包まろうが、状況は変わらない。右眼が、私の一部が私を責め立てる。 右眼を潰せばいい。そうすればきっと、解放される。お兄ちゃんももっと優しくしてくれる。 シャープペンシルを握る。 ペン先の進路を定める。 振りかぶる。 金属の擦れる音を聞いて、私はシャーペンを放り投げた。続いて、扉の開閉音。 階段を駆け下りて玄関へ向かうと、少し驚きながらも笑顔のお兄ちゃんがいる。 ただいま。 おかえり。 257 :Tomorrow Never Comes5話「Crazy Sunshine」 ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/01/24(土) 00:12:56 ID:IlfLF4Q3 特別措置、という名目で、私は高校を受験した。もちろん、お兄ちゃんの高校だ。 3学期分の出席日数が足りなかったが、こっちに引っ越してきてからは、やはり特別措置ということで通信制の学校に臨時入学して、必要な出席日数をカバーした。 お兄ちゃんの高校は都立で、学力的には丁度、真ん中くらいの所だった。勉強を怠っていた私には多少きつかったが、お兄ちゃんと一緒にいられない恐怖を思えば、そんなものは恐るるに足らない壁だ。 私は晴れて、高校生になった。 伯父さんと伯母さんは誉めてくれた。一月以来、忙しくて帰って来れなかったお姉ちゃんは、この時ばかりは帰ってきて、私を抱き締めてくれた。 肝心のお兄ちゃんはというと、隈を伴った眼を潤ませながら、おめでとう、と何度も言って私の頭を撫でてくれた。なにより、嬉しかった。 「くるみ、忘れ物は?」 「ん、大丈夫」 教科書、ルーズリーフ、筆箱、体操着、ハンカチ、と一つずつ声に出して確認する。 「弁当は?」 「えへへ~」カバンを置いて、中からお揃いのバンダナに包まれたお弁当箱を出す。 一回り大きいのがお兄ちゃんので、もう1つが私の。今回は私が作ったものだ。 「よし、じゃあ行くぞ」 お兄ちゃんとお揃いの色をした制服の裾を揺らし、後に続いて家を出る。 「いってきます」 「いってきま~す」 暖かく、優しい太陽が照らしている。 お兄ちゃんは、私の太陽だ。

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