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第十六話『イロリ汚いなさすがイロリ汚い』」(2009/01/25 (日) 18:33:40) の最新版変更点

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292 :ワイヤード 第十六話 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/24(土) 23:47:35 ID:PqgTn3fx 第十六話『イロリ汚いなさすがイロリ汚い』 「ん、ちーちゃん、もう帰っちゃうの?」 「ああ、ちょっと野暮用でな」 「ええー。カナメちゃんの親睦会をしようと思ってたのにー」 頬をふくらませるイロリに苦笑いしつつ、千歳はぷらぷらと手をふって教室を出て行った。 「前から思っていたが、お前は千歳をそんなに好きだというのに、必要以上にべたべたくっついていかないんだな」 「うん。ちーちゃんに、迷惑かけたくないから」 「……?」 イロリの返答の意味を図りかねたナギは、首をかしげたがその後は追及をしなかった。 ただ、イロリは過去に起こった何かが原因で、千歳に若干遠慮をしているのだということはかろうじてわかった。 「とにかく、本題は、カナメだ」 「さんをつけなさいな、デコスケおちび」 「サイクロン掃除機に吸い込まれたような髪形のやつが言うな」 ひたすらに高圧的なカナメと、それに真っ向から噛み付くナギ。 相性はあまりよくないようだ。 いや、むしろ似たもの同士なのかもしれない。 「ま、まあまあ」 いつもは周囲を振り回す側のイロリが、今は仲裁役に回っている。カナメの登場は、人間関係を良くも悪くも変えてしまったようだ。 「とにかく、繁華街にでようよ。そのほうがいっぱい遊べるから」 「まあ、それがいいだろうな」 「賛成ですわ」 なんとか二人も納得してくれたようで、イロリはほっと息をはいた。  ♪ ♪ ♪ 293 :ワイヤード 第十六話 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/24(土) 23:48:05 ID:PqgTn3fx 屋上。立ち入り禁止のその場所だが、警備もなにもあったものではなく、千歳は頻繁に出入りしていた。 もう一人の住人とともにだべるのが目的である。 そして、もう一人の住人は、今もここにいて、寝そべり、空を見ていた。 「やっぱここかよ、彦馬」 「……千歳。やっぱり、君がきてくれるんだね」 「カナメ……いや、カナさんじゃなくて、不満か?」 「ううん、そういうわけじゃないよ。僕は、千歳のことも大好きだから」 身体を起こし、彦馬が千歳に笑いかける。 彦馬は決して男として格好が良い部類ではない。ほそっこいし、背も低いし、全体的に軟弱だ。 性格も、お調子者だが基本へたれであり、空回りしがちで報われない。運動も成績も普通だ。これといった長所はみあたらない。 が、女性的な顔つきはどこか美しさを感じさせる部分があった。今では、それがカナメの双子であるからだと納得できるが、他の誰も気付いていなかった要素だろう。 「なんだよ、男同士で大好きとか……。恥ずかしいやつだな、お前は」 悪態をつきつつも、優しい表情のまま隣に座る千歳。長い付き合いだ。互いに、『分かっている』。 「ははっ、そうかもね。いい男が二人集まったら、一部の女性達の妄想は始まるから」 「いい男って、自分で言うもんじゃねえよ」 「それもそうか。……それに、僕は……いい男じゃ、ないしね」 沈んだ顔になる彦馬。 珍しい。長い付き合いだが、千歳はここまで心から打ちひしがれた彦馬を見るのは初めてだった。 いつもはなにかあっても三十秒で回復するようなやつが、ここまで。 ――あたりまえか。 (俺だって、人のことはいえねえもんな。もし、百歌と別れちまって、次にあったときには別人で……) 考えたくも無い。百歌は、ばらばらになってもう滅多にあえない家族の中で、唯一一緒にいてくれる。 それが、消えてしまう。 俺の世界が、消えてしまうんだ。 「お前の泣いたとこ、見たこと無いな」 「そういう千歳だって」 「俺は……影では泣き虫だったさ。ただ、百歌に涙を見せたくなくてな。だから人前では泣かない習慣がついた」 「僕は……たぶん、本当に泣いたこと無いのかもね。たぶん、カナがいなくなってからずっと泣いて、尽き果てたんだと思う」 「そうか」 彦馬の顔を横目にちらりと見ると、確かに泣き顔のようなくしゃくしゃした表情をしていたが、涙は流れていなかった。 意識的に耐えているわけではない。すっからかんで、もう出ないような。 そんな、歪んだ顔。 「なら、お前は前に進め。涙が止まったなら、もう止まるな。強くなれ」 「……!」 「おーおー、驚いた驚いた」 「だって……だって……」 「お前、俺が慰めに来たとでも思ってたのかよ。俺がそんな優しい奴に見えたか? 俺は努力してるやつにしか手は貸さんぞ」 「……ちがうよ。千歳の言葉が、あまりにも僕の予想通りだったから」 「……」 「だから、嬉しいんだ」 「……そうか」 二人は顔を見合わせ、不器用に笑いあった。  ♪ ♪ ♪ 294 :ワイヤード 第十六話 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/24(土) 23:48:39 ID:PqgTn3fx 「げ……げぇむせんたぁというのは初めてきましたが、なんと言うべきか、壮観ですわね」 ゲームセンター『シューティングスター』に訪れたイロリとナギとカナメ。 カナメは、その強大な威圧感――それは逆説的な言い方だが、本来的に言うなら、閉鎖性の生み出す圧力の大きさに圧倒された。 このシューティングスターは、関東でも屈指の強さを持つゲーセンである。 選りすぐりの精鋭たちがひしめき合い、腕を競っている。 「わたくし、ビデオゲームはあまり経験が無いのですが」 「徐々に慣れればいい。お前は見たところ、センスがありそうだ。脳をフルパワーで運用できるんだろう?」 「そうですが、なぜそれを?」 「気にするな」 ナギはそう言いつつも、北斗の拳の筐体にコインを入れた。 「とにかく、見ているといい。北斗は初心者には敷居が高いが、慣れればこれほど面白い物は無い」 カナメはとまどい、隣をみたが、イロリは真剣な目でナギを見つめている。 カナメもそれに従い、それきりだまった。 ナギのトキはレイで遊んでいたモヒカンを即行で瞬殺した。 「うん……。やるね、ナギちゃん!」 「当たり前だ。私は中野でも修羅の称号は持ってる」 イロリとナギがいろいろ納得している中、カナメはあまりついていけていない。 (格闘ゲームというのは、かのような奇怪な動きをするものでしたかしら。わたくし、ウメハラ氏が『小足見てから昇竜余裕でした』といったことくらいしかしりませんわ) カナメも、昔――カナだった時代には、ストリートファイター2などはやったことがある。 その時は兄の操るザンギエフを待ちガイルでフルボッコにしていたが、この『北斗の拳』は、そんなものとは次元が違うように見える。 「ふむ……だれか、このゲームのデータのようなものを持っていないでしょうか」 「お嬢様」 突然現れたのは、黒服の男、高崎である。 「ここに、このゲームのシステム、キャラクターごとの詳細データ。コンボレシピ、バグ、技フレーム、判定、全ての数値系が記録してあります」 「まあ、仕事が早いのですね!」 「い、いえ……私はここの常連でして……」 「……わたくし、あなたの私生活が気になって仕方がなくなってきましたわ」 「それはまた後ほど。今はご学友との交流をお楽しみください。では」 すっと高速移動して、高崎は消えた。このスピードがあればオリンピックにでても余裕で優勝なのではないかと思うが、高崎はそういう興味は無いらしい。 運動能力はカナメ以上だというのに、もったいないことだ。カナメは少し残念だったが、まあそれは保留として。 「ふむふむ……」 ぱらぱらと、分厚い紙束をめくる。 すっと目を通しただけで、具体的なキャラクターの判定の形状、スピードなど、全てはが頭の中で思い描かれる。 「完全純化した理論値では、ユダと、レイというキャラクターが強いようですわね。しかし、人間同士の闘いではトキというキャラクターのスピードが最強と……。なるほど」 だが、どこか気に入らない。 もっと、自分の性格に合致したキャラクターが欲しい。 「拳……王……!? これですわ! ラオウ様こそが、わたくしには相応しいわ!」 強烈な攻撃力と、永久コンボ。目押しが重要な、職人系のキャラクターだ。 まだ経験の浅いカナメには、慣れとアドリブが必要な別キャラより、差し込みさえ成功すれば永久を狙えるキャラのほうが望ましい。 なにより、王という名前に惹かれる。 「よし……キャラ対策などのデータも覚えました。あとは実戦あるのみ、ですわ」 カナメはずかずかと2P側に座ると、コインを投入してナギに乱入した。 「ほう、初戦で私にいどむか。いい度胸だ」 「わたくし、自慢じゃございませんが、勝負事で他人に負けた覚えはなくてよ」 「自慢だろうが……」 戦いが始まる。 295 :ワイヤード 第十六話 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/24(土) 23:49:10 ID:PqgTn3fx ナギのトキは、ナギを使わずに攻めを開始する。いわゆるひとつの舐めプレイだ。 が、ナギ無しトキの固めはナギ有りよりよほどぬるい。カナメはかろうじて対応していた。 (レバーとボタンに慣れることができれば、わたくしの能力で『理論値による運用』が可能なはず……!) 耐えつつも、立ち回りによる勝負に持ちこむカナメ。初めて故にぎこちない動きだが、ナギなしトキの火力の低さに救われる。 1ラウンドがナギに先取された。 「どうだ、北斗は楽しいだろう」 ナギがふふんと鼻をならしながら、優越感丸出しで話し掛けた。 「本当に、そうですわね。しかし……」 「?」 「これからが、もっとおもしろくなりましてよ」 2ラウンド目からのカナメの動きは明らかに違っていた。まるで、何年も鍛錬をつんだ修羅のごとき動き。 軽々とトキに差し込み、サイを入れる。長い長い目押しコンが。自分との闘いが始まる。 「なっ……こいつ、まさか……! いや、そんなはずはない。素人が目押し完走など……!」 「そういう舐め発言は、死亡フラグでしてよ」 「何……!」 裏サイにも成功し、カナメのラオウは見事永久コンボを完走してしまった。 がやがやと、ギャラリーが集まってくる。 「おい、初心者が目押し完走したぞ……!」「天才じゃ、天才の出現じゃ!」「北島マヤ、恐ろしい子!」 「まさか『ミス・ファイヤーヘッド』が負けるなんて……」「名前の由来から考えると不自然じゃないけどね」 ちなみに、『ミス・ファイヤーヘッド』とは、ナギのこのゲーセンでのリングネームである。 由来は、ウルトラ戦士隊長ゾフィーの、『ミスターファイヤーヘッド』という異名から。 彼が某鳥っぽい怪獣に頭を燃やされた挙げ句ぼろっかすに負けて殺された衝撃シーンから、そう呼ばれる。 つまり、ナギのリングネームは死亡フラグ満載だった。 「馬鹿な……!」 「そろそろ、お認めになっては? わたくしが、『王の器』だということを」 「くっ……なるほどな。認めねばなるまい。お前は確かに『天才』と呼ばれる部類の人間らしいな。ならば、本気をだそう。その強さに敬意をもって」 ナギの雰囲気が、目に見えて変化する。 深紅の髪は鈍い発光を始め、その瞳も怪しく光る。 (なるほど。野々村ナギさん。どれほどのものかと思いましたが、千歳様のご学友だけあります。……底知れないですわね) カナメは、ナギから発せられる力がどういうものか、はっきりと今わかっていた。 (この方もまた、『王の器』ということ……。面白くなってきましたわ)  ♪ ♪ ♪ 296 :ワイヤード 第十六話 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/24(土) 23:49:40 ID:PqgTn3fx 「さて、なんだかんだで、彦馬には解決できないこともあるしな」 手伝ってやらねばなるまい。千歳はそう確信し、ある場所へ向かっていた。 学校の裏にある山の、最奥。相当な樹齢に達するという神木。 その根元の部分に、よりそうように眠っている少女がいる。 「やっぱ、ここか」 千歳はあきれたようにふんと息を吐いてから、少女のもとにかけより、肩を揺さぶる。 「起きろ、久遠(くおん)」 少女は応えない。死んだように眠っている。 千歳は冷静に脈を確認する。死んでいない。 「久遠、俺だ、千歳だ」 「……うぅん……いま、ねているから、おこさないで」 どう考えても起きている口調。 「……どうすりゃ起きる? 前みたいにチューペットでも買ってやろうか?」 ふるふる。 少女は頭を横に振った。どう考えても起きてるだろ、これ。 「ちとせ、ちゅーしれ」 「……はぁ?」 「ちゅーしれ」 目を閉じながら唇をとんがらせる少女。 「……」 千歳は、冷静に、なぜか都合よく持っていた激辛めんたいこ(!?)を取り出し、少女の口に押し付ける。 「ちゅー……っ!? ――ん――!!」 瞬間、目を見開いて飛び起きた少女。 しばらく周囲を走り回って、やっと戻って来たかと思うと、千歳の胸にダイブした。 「ちとせ! ひさしぶりっ! くちびる、からいね!」 「アホか」 「ちとせ、くおんバカっていった。くおんバカじゃない。ちとせまちがい。ちとせバカ」 「うるせぇよ。ツッコミだろツッコミ」 「ならなっとく! くおんかしこい?」 「ああ、賢いよ。久遠は賢い」 「くおんかしこい! ちとせすき!」 「ああ、ありがとな」 「すきだから、ちゅーする」 「どこで覚えたんだよ、それ」 「すいーつ!」 「携帯小説のことね……」 ――極限まで出来の悪い妹を相手にしているみたいだ。 千歳は自分の体力が順調に削られているのを実感した。自分の実妹が百歌でよかったとも思う。 「おらぁ、てめぇ久遠姐さんになにしとんじゃ! ……って、千歳さんか。ご苦労様です」 「ん?」 いきなり現れていきなり納得した男。どうみても893。千歳には見覚えがある。というか、顔見知りだ。 「ああ、久遠の護衛の人か。悪いけど、しばらく二人っきりにしてくれ」 「へい、もちろんですぜ! それと、親分から伝言です『久遠を女にしてやってくれ。そのかわり俺の家を継げ』とのことです!」 「……おっさんに、『余計なお世話だくそじじい』って言っといてくれ」 「む、むちゃな注文ですぜ……」 「まあ、それに類することを頼む」 「合点承知!」 男はさっさとどこかへいってしまう。 「ふぅ……お前の家のやつは疲れる」 久遠が首をかしげる。 「ちとせ、どうしたの? くおんになにかよう?」 「ああ、ちょっと、訊きたいことがあってな」 「くおんをおんなにしてくれるんじゃないの?」 「そういうことを白昼堂々言わないように教育すべきだったな」 「じゃあ、どうしたの……?」 「うーん。話すと長くなるな。近くに山小屋があったろ。そこで話そう」 「うん!」  ♪ ♪ ♪ 297 :ワイヤード 第十六話 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/24(土) 23:50:11 ID:PqgTn3fx 白熱した第3ラウンドは、ついに終わった。ナギを解禁し、かつ経験の差とキャラ性能の差をしっかりと活用したナギに、当初はカナメが押され、体力は瞬く間に一ドットにまで減らされる。 が、その一ドットが果てしなく長い。 固めの中、甘えたバニシングを放ってしまったナギのトキに対し、カナメのラオウは見事に無想転生を発動。 そのまま永久コンボに移行し、見事に逆転勝利を収めたのだ。 沈黙。 誰もが、二人の熱すぎる闘いに口をあんぐりと開けることしかできなかった。 ぱちぱちぱち。 その沈黙を破ったのは、にっこりと満面の笑みを浮かべたイロリだった。 つられるように、徐々に拍手が増えてゆく。 誰もが、二人の闘いをたたえていた。 「……私の、負けだ。お前は、すごいな、カナメ」 「久々に、ここまで緊張しましたわ。どのような勝負事でも軽く勝って来たわたくしですが、ここまで本気になれたのは久しぶりです。ありがとうございました。ナギさん」 どちらからでもなく、二人は手を前にだし、互いに握り合った。 「さーて、勝ったカナメちゃんには、もれなくエクストラステージが待っています!」 「え……?」 「この私、西又イロリがお相手するよ!」 カナメも、ナギも顔を見合わせ、ぷっと吹き出す。 今更行く所まで言ってしまった自分達に対し、イロリごときがついてこられるのかとでも言っているようだった。 ――王の器でもないくせに。 少なくとも、カナメはそう思った。 が、ナギはすぐに考え直していた。 (いや、イロリなら、あるいは、この天才にも……) イロリは決して才能溢れるタイプではない。 だが、それ以上に何か、もっと深い……もっと大きな。王の器など、問題にもならないような何かが。 確信も無いし、証拠もなにもないが、ナギの感覚にひっかかる、何かがある。 もしかしたら。 298 :ワイヤード 第十六話 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/24(土) 23:50:56 ID:PqgTn3fx 「あー、私を舐めてるなー! これでもめっちゃやりこんでるんだからね! ハイスラでぼこってやる!」 「まあ、お相手いたしますわ」 カナメは明らかに馬鹿にした動作で2P側に座る。 イロリはナギに変わり、1P側に座った。 キャラ選択。先ほどに引き続き、カナメはラオウ。既に、最上級者の域に達している。生半可なレベルのラオウではない。 対して、イロリはシン。世間的には弱キャラとして扱われている彼である。 ギャラリーは、半ばイロリに対し、「死んだな」とでも言いたげな同情の目を向けていた。 第一ラウンドが始まる。 (さあ、どうきますの……?) 弱キャラを使うからには、慎重な攻めが要求される。カナメは、イロリはまず様子見からくるであろうと見越して、開幕は慎重に入った。 が、イロリは違った。 ゴクトをぶっぱしたのである。 「か、開幕ゴクトだー!! 汚い、このシン、汚い!」 「恥知らずなシン使いがいた!」 だれともつかないギャラリーの一人が、興奮して叫んだ。 (な、なんですの、この人、データとは全く違う……予測できない動き……!) ペースを完全に乱されたカナメは、次の差し込みもイロリに負けてしまう。 やりこんでいると言うだけあってコンボをミスらないイロリ。体力をごっそり奪っていく。 そのまま壁に追い詰められ、起き攻めを連続される。 「くっ、このままだと思わないことね!」 カナメは反撃を開始……できない。 ラオウの技を、パワーゲイザー、もとい、ライシンで見てからつぶしてしまったのだ。まさに超反応。 そのまま汚い攻めにあい、ダメージは加速した。カナメは瞬く間に1ラウンドを失っていた。 「そんな……わたくしが……!」 「ふふーん。私を舐めた罪は重いよー。次は、開始四秒でやっつけてやる!」 「な、何をいって――っは!?」 第二ラウンド開始と同時にブースト投げ。そのまま一撃。そこにはぼろぼろになった金髪の雑魚がいた。 瞬きする暇もなく、イロリのシンがカナメのラオウを倒してしまっていた。 「そ……そんな、バカなことが……」 わなわなと震えるカナメ。カナメの寿命はストレスでマッハだった。 そんな彼女に、イロリは優しく話し掛ける。 「ジュースを奢ってやろう」 と。 「きー! くやしいー!! これではっきりしましたわね、わたくしの恋のライバルは西又イロリ、貴女なのですわ!」 「ようやく気付いたようだね。そう、私こそがちーちゃんのハートを射止める(予定)女よ!」 「千歳様と添い遂げる未来を掴むには、まずあなたから倒さねばならないようね。勝負ですわ!」 「望むところっ!」 テンションが上がってゆくイロリとカナメ。 「なんなんだこいつら……」 ナギは、若干置いてきぼりになるのを感じていた。 (ボケキャラばかりでツッコミがいない……。千歳、これほどお前が恋しくなったことはない) が、ナギは、千歳がかつて無いボケキャラと相対している事実を、まだ知らなかった。 十六話 終 299 :ワイヤード 第十七話 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/24(土) 23:51:27 ID:PqgTn3fx 第十七話『遥か久遠の彼方に・前編』 この山は久遠の家、九音寺家の持ち物である。 それだけではない。この山のふもとにある千歳たちの通う私立高校も、もとを辿れば九音時家が出資して作られたものだ。 今は経営者が変わっているが、この辺りの地域を切り開いて活気付けたのは、九音寺家の功績だった。 故に、彼らの権力は強く、商店街などはいまだ主導権を握っている。 ヤクザというとあまり聞こえがよろしくないが、彼らは進んで汚いことに手を染めたりはしないし、人道に外れた行いもしない。 彼らは、カタギの人々が思っている以上に暗黒に包まれているこの日本の裏社会の波から、街を守っているのである。 さて、今千歳と久遠が入ったこの小屋は『旧九音寺跡』と呼ばれる場所で、たいそうな名前だが単なる庵だ。 もともと、何代か前の九音寺家の党首が出家した際に引きこもったとされる場所で、寺と言っても一人分の質素な居住すスペースに過ぎない。 隠者とは本来そういうものであるとは言え、この山奥で一人どうやって過ごしたのか。千歳は想像すら出来なかった。 街に下りていたのだろうか。が、九音寺組の親分が一度話してくれた伝説によると、久遠聖人とよばれたその僧侶は、ずっと野山で山菜をとって生活し、冥想にふけり、そして悟りを開いたのだという。 千歳は仏教家ではないがどれがいいかと質問されると三大宗教の中では仏教を好んでいると答える性質だ。 故に、むしろ疑問だった。 シャカは確かに偉大だ。が、それ以外の人間に果たして悟りなど開けるのか。 人間が、それほどに『真実』を究めることが出来るのか。 どうも、千歳には信じられなかった。 だが、久遠とつきあううちに、変わった。 久遠は、どの人類よりも『真実』に近いだろう。千歳は、そう思っている。 二人の出会いは、7年前までさかのぼる。  ♪ ♪ ♪ 300 :ワイヤード 第十七話 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/24(土) 23:52:04 ID:PqgTn3fx 「死んでやる……死んでやる……」 千歳がある『妄想』に取り付かれていた時期だった。 「俺は、何も救えない。俺は、神が見えた。だから、限界を知った。だから、救えない」 ちとせはある事件の影響で、ある種の真実に触れた。故に、無力感のあまり精神崩壊を起こしたのだ。 病院を抜け出した千歳は、ぶつぶつとネガティブな言葉を発しながら山の奥へと進んでいく。 この森で、誰にも見つからず死にたい。 「俺は、頑張っても神にはなれない……。だから、死んだほうがましだ」 虚ろな目からは、涙が絶え間なく流れていた。 秋。枯れ葉がつもり、足がとられる。苛立ちと悔しさと、枯れ葉とともに積もる無力感に打ちひしがれながらも、千歳は先を目指した。 本当は、どこで死のうなどどいう目的はない。 ただ、奥へ行きたかった。 真実に触れた今、ただ盲目的に前に進むことが何を招くか。それを知りながらも、進もうとしていた。 明確な終着点がなくても、ただ、立ち止まるのは嫌だった。 「しぬの?」 そのときだった。 上から、小さな声が落ちてきていた。 かほそく、森の沈黙の中にかき消されてしまいそうな、そんな声。 雛鳥の鳴き声にも似た。 「ああ、死ぬ」 千歳は、声の主を探り当てようともせず、応えた。 声の主が、人間であるとは、なぜか思えなかった。死後の世界からの迎えが来たのであろうと、千歳はなぜか思っていた。 妄想だったのだろうか。それとも。 その答えは、誰にもわからない。 「ころしてあげようか?」 「ああ、できるなら、そうしてくれ」 「そう……じゃあ、ここからおろして」 「はぁ?」 ここでやっと千歳は声の主のいるであろう方向を見た。 見ると、巨大な木があった。樹齢は相当なものだろう。その上に、小さな影。 千歳と、同い年くらいの少女だった。 「お、お前、そこにのぼったのか!?」 「そう」 「そんで、降りられないのか?」 「そう」 「のぼったんなら、降りられるだろ!?」 「ちがうよ、ぜんぜんちがうよ」 「なにが違うってんだよ!」 「まえにばっかりすすんでたら、いつのまにかうしろがみえてなかったの」 「お前なに言って……」 ――いや。 千歳は気付いた。 それは、俺のことだ。 301 :ワイヤード 第十七話 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/24(土) 23:52:34 ID:PqgTn3fx 前しか見えていなかった。だから、大切なものを見落としていた。 何かにこだわって進むのはいいことだが、たまには立ち止まって、周りをみていなければ。 隣にいて、手をつないでいたい人も、いつの間にかいなくなっているかもしれない。 そうだ、そうやって……。 (そうやって、俺は守りたいものを失っていったんだ……!) 守るために戦って、その結果、守りたいものを壊した。 退かないことも、媚びないことも、省みないことも、強くなるには必要なことだ。 しかし、逆もまた、然りだった。 時に、退かねば。時に、媚びねば。時に、省みねば。本当の強さは得られない。成長しない。 (そうか……俺は……!) 「わかったら、うけとめてね」 「はっ……? え……。ええっ!?」 少女は千歳がその事実を認識する前に、木の枝から飛び出していた。 軽いからだはふっと落下する。このままでは大怪我だ。 「蒼天院清水拳・柔水盾(やわみずのたて)!」 ギリギリで落下点に追いつき、清水拳による空気の壁をつくってやんわりと減速させる。 ゆっくりと地面に近づいた瞬間千歳が見事キャッチし、そのまま倒れた。 地面が枯れ葉で覆われていて、良いクッションになってくれた。幸い、二人とも無傷だ。 「お、お前……あぶねーぞ! いきなり飛ぶなんて!」 「でも、ちとせはつかまえてくれた」 「ああ、俺だからできたけど、他の奴は……。あれ? なんで俺の名前を……?」 「かおにかいてる」 「顔に……?」 顔を触ってみるが、何もついていないし、顔に落書きした記憶もなければ、された記憶もない。 「ありがと、ちとせ。だいすき!」 少女は魅力的な微笑みを浮かべて、千歳にだきついた。 302 :ワイヤード 第十七話 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/24(土) 23:53:31 ID:PqgTn3fx  ♪ ♪ ♪ 現在。 小屋の中の机にすわろうとする千歳だったが、久遠に「ちとせちとせ」と呼ばれ、振り向く。 久遠はベッドの中にもぐり込んでおり、傍らをぽんぽんと叩いていた。 「ちとせ、おんなにして」 「お前、それどこで覚えた?」 「すいーつ!」 「まさに世も末だな」 あきれながらも、千歳はベッドに歩み寄り、腰をおろした。 「ちとせ、ひざまくら!」 「してくれる……わけねえよな。俺がするんだよな」 「ちとせのにおいー」 「さりげなく股間の匂いをかぐな。犬かお前は」 「わんわん♪」 「……ああ、ツッコミきれんわ」 膝に久遠を乗せながら、千歳はそろそろ本題に移ろうとしていた。 「それで、お前に聞きたいことなんだが」 「うん、なんでもきーて」 「お前は、『クオリア』を見たんだよな」 「くおりあ……?」 「真実ってことだ」 「ほんとうのこと……? それなら、たぶん、ちょっとだけ、みた」 「俺とお前以外にも『クオリア』を見たやつが出た。それで聞きたいんだが、クオリアによって崩壊した人格を直すには、どうすればいい?」 「……どうして、くおんにきくの?」 「俺は、お前がいないと立ち直れなかった……。思うに、自力で回復できたのはお前だけだ」 「……ううん、ちがうよ。ぜんぜんちがうよ」 久遠は悲しそうに首を振った。 303 :ワイヤード 第十七話 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/24(土) 23:54:01 ID:PqgTn3fx 「くおんも、ちとせがいたから、いきられた。ちとせも、くおんがひつようだった。それと、おなじ」 「同じ……? 同じって、どういうことだ」 「ちとせとくおんとおなじ。そのひとにも、つがいがいる」 「つがい……。対になる存在がいるということか」 カナメにも対になる存在がいる。なるほど興味深い意見だ。 カナメはそれを千歳に感じ取ったから、千歳に救いを求めてきたらしいが、千歳はそうは思っていない。 久遠と千歳の例をとってみるなら、互いに救い会える関係こそ、『つがい』なのだろう。 「そう。ひとはみんな、ささえあっていきてる。だから、くおんはちとせがすき!」 「意味深なこと言っといて、結論がそれか。まあ、助かったよ。ありがとな、久遠」 「おれいはいい! ごほーび!」 「ああ、わかったわかった。今度はなんだ。ハーゲンダッツか?」 「くおんこどもじゃないもん! おやつより、あまいもの!」 「おやつより甘い……?」 千歳がその謎懸けに悩み始めた瞬間、久遠が千歳を押し倒し、強引に唇を重ねていた。 「ん――!?」 千歳は、拒絶しようと思ったが、できなかった。いや、しなかったのだ。 久遠は恩人だ。大切な人でもある。ここで無理に拒絶して、もし、久遠を失ってしまったら。 それを考えると、久遠の唇を受け入れざるをえなかった。 「……ぷは。……おいしい。ちとせ、おいしい」 「こういうことを強引にするのは良くないって教えたはずなんだがな」 「ちとせ、いやだったの?」 急に涙目になる久遠。千歳が受け入れていることを疑いもしていなかったかのようだ。 「いや……ただ、心の準備ってやつがな」 「なら、もうできた」 「お、おい!」 再び、久遠が千歳の唇をついばみ始める。 さっきよりねっとりと、過激に。 (くそ……まじでどこで覚えたんだ!?) 舌をねじ込み、絡ませ始める久遠に、千歳の心は揺さぶられていた。 (だめだ……。心を強くもて、俺。久遠は……!) 少しして、久遠は名残惜しそうに唇を離し、悲しそうな目で千歳を見つめた。 「きょうはもう、おしまい。でも、つぎは、ちとせからね」 「……ああ」  ♪ ♪ ♪ 304 :ワイヤード 第十七話 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/24(土) 23:54:31 ID:PqgTn3fx 再び七年前。 久遠に連れられて小屋に入った千歳。 「お前、ここにすんでんの?」 「うん」 「どうしてだ?」 「ここが、おうちだから」 「答えになってねえよ……」 苦々しくツッコミをいれる。 「家族は? 両親は?」 「ときどき」 「会いにくるのか? じゃあ、家は?」 「まちに」 「街に家があるのに、なんでお前だけここに住んでんだよ」 「ここが、いばしょだから」 「答えになってねえよ……」 千歳は、久遠と名乗った少女の姿を見つめる。 浮き世離れした美しさをもつ少女だ。千歳も、百歌などその他多数の美女美少女をみてきた覚えがあるが、その誰をも遥かに超越していた。 むしろ、人というよりは天女のような風貌だ。いや、こんな暮らしをしているのだから、仙人か。 狐が化けたとでもいってくれるほうが、まだ説得力がある。魔性をひめた瞳。 黒いセミロングの髪は、髪形にこそ特徴はないが、よく似合っている。いや、どんな髪形をしても良く似合っているのだろうが。 千歳はこれほどの美しさの人間は始めてみたが、不思議と恐れや驚きは感じなかった。 であった状況が状況だからむしろあたりまえなのかもしれないが、不思議な縁を感じていた。 「でも、やっぱ変だ」 「へん? くおん、へん? それなら、よくいわれる……」 その時、そこまで表情豊かではないその顔が確かに悲しみに歪むのを、千歳は見逃さなかった。 「人と違うから、ここに閉じ込められたんだな」 「……うん」 「でも、お前は変じゃない」 「……?」 久遠は首をかしげる。 「間違ってるのはお前じゃない。お前の家族だ。ちょっとついて来い」 「どこ、いくの?」 「下山するぞ。お前の家に行く。案内しろ」 「でも……」 「でもじゃねえよ! 家族は一緒にいるのが一番なんだ! お前をこんなとこに閉じ込めるなんて、間違ってる!」 「……うん」 305 :ワイヤード 第十七話 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/24(土) 23:55:12 ID:PqgTn3fx 「なんじゃぼうず。うちの組になんかようかいな。ああ?」 久遠に聞いた苗字、『久遠寺』。それを聞けば、久遠がどの家の人間であるかなど、すぐに分かった。 だから、今久遠寺組の親分の屋敷にきている。この街で、その場所を知らない人間はいない。 「ああ、用がある。久遠のことでだ」 千歳は、自分の陰に隠れさせていた久遠をひっぱりだす。 ヤクザ男の目の色が変わった。 「おどりゃ、このクソガキ! 親分の娘さんを!」 拳を振り上げ、襲い掛かる男。 「蒼天院清水拳・竜虎飛砕拳」 千歳が掌で拳を止めたと同時に、男の拳が砕けた。 「がっ! ぎゃあああああああああああ!!!」 手を押さえてのた打ち回る男を全く省みず、千歳は久遠の手を引いて、中に進入した。 門での騒動が聞こえていたのだろう。次々と手下が出てくる。 しかし、こちらは子供だ。見事にみな、油断してくれている。 拳を振り上げ、向かってくる男が数人。清水拳によるカウンターで、一瞬にして昏倒させる。 「ちとせ、つよいつよい!」 「そうじゃなきゃ、こんな無茶はしない!」 さすがに千歳の厄介さに気付いたものが、刃物を取り出し始めた。 「ちとせ……あれは、いたいよ」 「わかってる! つかまってろ!」 千歳は久遠を抱き抱え、そのまま蒼天院炎雷拳によって地面をけった。すさまじい衝撃に吹っ飛んだ千歳と久遠は、屋敷の屋根の上に着地する。 「こっから、お前の親父の部屋までいくぞ!」 「うん、いちばんおく」 「おう!」 縮地法により、高速で到着。そのまま炎雷拳で屋根をつきやぶり、真下に大穴を開け。久遠を抱えたまま中に飛びいった。 見事に着地。 しかし、そこには刀を持った多くの男が待ち構えており、千歳にそれを突きつけていた。 「ちっ……!」 「おうおう、とんだ大立ち回りをやらかしてくれたじゃねえか、小僧」 そして、部屋の最奥で断っている男。明らかにオーラが違う男が、千歳に声をかけた。 「あんたは……?」 「俺かい? 闇に生きる隻眼の虎、久遠寺轟三郎とは、俺のことよ!」 かっこうつけて自分を親指で指す轟三郎。なるほど、きどった態度は鼻につくが、それでもほかとは違う。 圧倒的な存在感がある。 「それで、小僧。俺の娘を連れて何しに来たって訊いてるんだ」 「そうだ。そのことだ……。久遠を山に閉じ込めるのは、何故だ!」 「小僧、それじゃ零点だ。俺は質問をしてるんだぜ。質問で答えちゃあ……」 轟三郎が一歩踏み出す。 どっ! 鈍い音が響きたる。轟三郎の踏み出した足が床の畳に大穴をあけたのだ。穴の中心からは衝撃が熱に転化された跡の、煙が上がっている。 「だめってことよ」 (あれは……炎雷拳か? どうにせよ、このおっさん、かなりの使い手だな) 臆する事無く、冷静に分析する千歳。 場合によっては実力行使もしなければならないのだ。今のうちに相手の戦力を分析すべきだろう。 実際、千歳は自分を囲む帯刀の男達を、あまり脅威には感じていない。自分に向ける殺気のていどが、たかが知れているからだ。 刃物を持っているが故に、逆に油断して負けるタイプ。武道家にとっては最もやりやすい。 だが、目の前のこの男、轟三郎は違う。千歳と同等か、それ以上の技術。 そして、千歳を大きく凌駕する闘気。 千歳は攻めを主体とする剛の拳になら、何があろうと絶対にかてる、と、清水拳に自信を持っている。 が、今、この男はそれすらも打ち破る可能性を秘めている。 どこまでも、千歳は慎重だった。 306 :ワイヤード 第十七話 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/24(土) 23:55:42 ID:PqgTn3fx 「久遠を山に閉じ込めることは間違っている。そう思って俺はここへ来た」 「そうかそうか。そういうこと。……小僧、お前は立派だよ。ああ、俺の負けだ。久遠とは、仲良く……」 どっ! もう一歩、踏み込んでくる。今度は先ほどより畳の損傷が大きい。 「とでも、言ってくれると思ったのかい? ええ、小僧」 「俺が間違っているというなら、久遠をあそこに閉じ込めた理由を教えろ」 「理由? はっ! 理由なんてねえよ! 世の中、皆がみんな理由があって生きてると、まさかほんとに思ってるわけじゃあるめえな? 腹が減ったから飯を食う。バナナの皮が落ちてたから転んだ。本当にそうだと思ってんのかい?」 「なにが……なにがおかしいんだ」 「俺はよぉ! 誰の指図もうけねぇぜ。俺がそうしたいからそうする! 俺がこうやって生きてんのも、誰のせいでもねえ、俺が選んだからだ! なあ、小僧、強いって、そういうことだと思わねぇか?」 「なに言ってんだよてめえ……。てめえの理屈でてめえは人を傷つけんのかよ……。てめえの理屈で娘を悲しませんのかよ……!」 「悲しい、だ? 俺が悲しませた? 小僧、あんたは俺のいうことを、何にも理解してねえな。久遠が悲しいって思ったなら、久遠が悪いんだろうよ。悪いが俺の家はそういう教育方針でね」 「うるせぇ!!」 千歳の闘気が爆発した。 衝撃で、千歳を取り囲んでいた男達が吹っ飛び、壁に激突する。 「ほう、ガキにしちゃ、やるな」 「俺は……あんたを倒してでも、久遠を救う」 「救う、ねえ。しょんべんくせぇガキの正義で、何を救うって?」 「しんべんくさくても、泥臭くても、青臭くても……。どんなにかっこ悪くてもな。俺は、前に進む。久遠の悲しい顔を見ちまったんだ。涙は流れていなくても、久遠は泣いていた……。だから、俺がその涙を止めてみせる」 「……なら、もう言葉はいらねえ。こいや、小僧」 「はああああああ……!」 闘気を溜め始める千歳。 「ちとせ……だめ……」 涙目になりながら、千歳の服を引っ張って止めようとする久遠。 「止めるな、久遠。俺は、お前の幸せをつかむ」 「しあわせ……? しあわせって、なに?」 「知らないなら、俺が掴んでやる。俺が教えてやる。……だから、信じろ!」 千歳が前にでる。 「おせえ!」 轟三郎がカウンターで拳を突き出す。 「うおおおおおおおお!!!」 こちらが完全に直線的な攻めを振ったのだ。相手もそうしなきゃ、打ち破ることはできない。 千歳はその読みを的中させた。 発声と共に闘気を解放し、轟三郎の拳を清水拳で受け止める。 ――俺の勝ちだ!! 互いの闘気がぶつかり合い、強烈な発光。 家具、畳が吹き飛ぶ。 ……。 そして。 「そんな……。ちとせ……」 立っていたのは、轟三郎だった。 第十八話『遥か久遠の彼方に・後編』に続く
292 :ワイヤード 第十六話 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/24(土) 23:47:35 ID:PqgTn3fx 第十六話『イロリ汚いなさすがイロリ汚い』 「ん、ちーちゃん、もう帰っちゃうの?」 「ああ、ちょっと野暮用でな」 「ええー。カナメちゃんの親睦会をしようと思ってたのにー」 頬をふくらませるイロリに苦笑いしつつ、千歳はぷらぷらと手をふって教室を出て行った。 「前から思っていたが、お前は千歳をそんなに好きだというのに、必要以上にべたべたくっついていかないんだな」 「うん。ちーちゃんに、迷惑かけたくないから」 「……?」 イロリの返答の意味を図りかねたナギは、首をかしげたがその後は追及をしなかった。 ただ、イロリは過去に起こった何かが原因で、千歳に若干遠慮をしているのだということはかろうじてわかった。 「とにかく、本題は、カナメだ」 「さんをつけなさいな、デコスケおちび」 「サイクロン掃除機に吸い込まれたような髪形のやつが言うな」 ひたすらに高圧的なカナメと、それに真っ向から噛み付くナギ。 相性はあまりよくないようだ。 いや、むしろ似たもの同士なのかもしれない。 「ま、まあまあ」 いつもは周囲を振り回す側のイロリが、今は仲裁役に回っている。カナメの登場は、人間関係を良くも悪くも変えてしまったようだ。 「とにかく、繁華街にでようよ。そのほうがいっぱい遊べるから」 「まあ、それがいいだろうな」 「賛成ですわ」 なんとか二人も納得してくれたようで、イロリはほっと息をはいた。  ♪ ♪ ♪ 293 :ワイヤード 第十六話 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/24(土) 23:48:05 ID:PqgTn3fx 屋上。立ち入り禁止のその場所だが、警備もなにもあったものではなく、千歳は頻繁に出入りしていた。 もう一人の住人とともにだべるのが目的である。 そして、もう一人の住人は、今もここにいて、寝そべり、空を見ていた。 「やっぱここかよ、彦馬」 「……千歳。やっぱり、君がきてくれるんだね」 「カナメ……いや、カナさんじゃなくて、不満か?」 「ううん、そういうわけじゃないよ。僕は、千歳のことも大好きだから」 身体を起こし、彦馬が千歳に笑いかける。 彦馬は決して男として格好が良い部類ではない。ほそっこいし、背も低いし、全体的に軟弱だ。 性格も、お調子者だが基本へたれであり、空回りしがちで報われない。運動も成績も普通だ。これといった長所はみあたらない。 が、女性的な顔つきはどこか美しさを感じさせる部分があった。今では、それがカナメの双子であるからだと納得できるが、他の誰も気付いていなかった要素だろう。 「なんだよ、男同士で大好きとか……。恥ずかしいやつだな、お前は」 悪態をつきつつも、優しい表情のまま隣に座る千歳。長い付き合いだ。互いに、『分かっている』。 「ははっ、そうかもね。いい男が二人集まったら、一部の女性達の妄想は始まるから」 「いい男って、自分で言うもんじゃねえよ」 「それもそうか。……それに、僕は……いい男じゃ、ないしね」 沈んだ顔になる彦馬。 珍しい。長い付き合いだが、千歳はここまで心から打ちひしがれた彦馬を見るのは初めてだった。 いつもはなにかあっても三十秒で回復するようなやつが、ここまで。 ――あたりまえか。 (俺だって、人のことはいえねえもんな。もし、百歌と別れちまって、次にあったときには別人で……) 考えたくも無い。百歌は、ばらばらになってもう滅多にあえない家族の中で、唯一一緒にいてくれる。 それが、消えてしまう。 俺の世界が、消えてしまうんだ。 「お前の泣いたとこ、見たこと無いな」 「そういう千歳だって」 「俺は……影では泣き虫だったさ。ただ、百歌に涙を見せたくなくてな。だから人前では泣かない習慣がついた」 「僕は……たぶん、本当に泣いたこと無いのかもね。たぶん、カナがいなくなってからずっと泣いて、尽き果てたんだと思う」 「そうか」 彦馬の顔を横目にちらりと見ると、確かに泣き顔のようなくしゃくしゃした表情をしていたが、涙は流れていなかった。 意識的に耐えているわけではない。すっからかんで、もう出ないような。 そんな、歪んだ顔。 「なら、お前は前に進め。涙が止まったなら、もう止まるな。強くなれ」 「……!」 「おーおー、驚いた驚いた」 「だって……だって……」 「お前、俺が慰めに来たとでも思ってたのかよ。俺がそんな優しい奴に見えたか? 俺は努力してるやつにしか手は貸さんぞ」 「……ちがうよ。千歳の言葉が、あまりにも僕の予想通りだったから」 「……」 「だから、嬉しいんだ」 「……そうか」 二人は顔を見合わせ、不器用に笑いあった。  ♪ ♪ ♪ 294 :ワイヤード 第十六話 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/24(土) 23:48:39 ID:PqgTn3fx 「げ……げぇむせんたぁというのは初めてきましたが、なんと言うべきか、壮観ですわね」 ゲームセンター『シューティングスター』に訪れたイロリとナギとカナメ。 カナメは、その強大な威圧感――それは逆説的な言い方だが、本来的に言うなら、閉鎖性の生み出す圧力の大きさに圧倒された。 このシューティングスターは、関東でも屈指の強さを持つゲーセンである。 選りすぐりの精鋭たちがひしめき合い、腕を競っている。 「わたくし、ビデオゲームはあまり経験が無いのですが」 「徐々に慣れればいい。お前は見たところ、センスがありそうだ。脳をフルパワーで運用できるんだろう?」 「そうですが、なぜそれを?」 「気にするな」 ナギはそう言いつつも、北斗の拳の筐体にコインを入れた。 「とにかく、見ているといい。北斗は初心者には敷居が高いが、慣れればこれほど面白い物は無い」 カナメはとまどい、隣をみたが、イロリは真剣な目でナギを見つめている。 カナメもそれに従い、それきりだまった。 ナギのトキはレイで遊んでいたモヒカンを即行で瞬殺した。 「うん……。やるね、ナギちゃん!」 「当たり前だ。私は中野でも修羅の称号は持ってる」 イロリとナギがいろいろ納得している中、カナメはあまりついていけていない。 (格闘ゲームというのは、かのような奇怪な動きをするものでしたかしら。わたくし、ウメハラ氏が『小足見てから昇竜余裕でした』といったことくらいしかしりませんわ) カナメも、昔――カナだった時代には、ストリートファイター2などはやったことがある。 その時は兄の操るザンギエフを待ちガイルでフルボッコにしていたが、この『北斗の拳』は、そんなものとは次元が違うように見える。 「ふむ……だれか、このゲームのデータのようなものを持っていないでしょうか」 「お嬢様」 突然現れたのは、黒服の男、高崎である。 「ここに、このゲームのシステム、キャラクターごとの詳細データ。コンボレシピ、バグ、技フレーム、判定、全ての数値系が記録してあります」 「まあ、仕事が早いのですね!」 「い、いえ……私はここの常連でして……」 「……わたくし、あなたの私生活が気になって仕方がなくなってきましたわ」 「それはまた後ほど。今はご学友との交流をお楽しみください。では」 すっと高速移動して、高崎は消えた。このスピードがあればオリンピックにでても余裕で優勝なのではないかと思うが、高崎はそういう興味は無いらしい。 運動能力はカナメ以上だというのに、もったいないことだ。カナメは少し残念だったが、まあそれは保留として。 「ふむふむ……」 ぱらぱらと、分厚い紙束をめくる。 すっと目を通しただけで、具体的なキャラクターの判定の形状、スピードなど、全てはが頭の中で思い描かれる。 「完全純化した理論値では、ユダと、レイというキャラクターが強いようですわね。しかし、人間同士の闘いではトキというキャラクターのスピードが最強と……。なるほど」 だが、どこか気に入らない。 もっと、自分の性格に合致したキャラクターが欲しい。 「拳……王……!? これですわ! ラオウ様こそが、わたくしには相応しいわ!」 強烈な攻撃力と、永久コンボ。目押しが重要な、職人系のキャラクターだ。 まだ経験の浅いカナメには、慣れとアドリブが必要な別キャラより、差し込みさえ成功すれば永久を狙えるキャラのほうが望ましい。 なにより、王という名前に惹かれる。 「よし……キャラ対策などのデータも覚えました。あとは実戦あるのみ、ですわ」 カナメはずかずかと2P側に座ると、コインを投入してナギに乱入した。 「ほう、初戦で私にいどむか。いい度胸だ」 「わたくし、自慢じゃございませんが、勝負事で他人に負けた覚えはなくてよ」 「自慢だろうが……」 戦いが始まる。 295 :ワイヤード 第十六話 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/24(土) 23:49:10 ID:PqgTn3fx ナギのトキは、ナギを使わずに攻めを開始する。いわゆるひとつの舐めプレイだ。 が、ナギ無しトキの固めはナギ有りよりよほどぬるい。カナメはかろうじて対応していた。 (レバーとボタンに慣れることができれば、わたくしの能力で『理論値による運用』が可能なはず……!) 耐えつつも、立ち回りによる勝負に持ちこむカナメ。初めて故にぎこちない動きだが、ナギなしトキの火力の低さに救われる。 1ラウンドがナギに先取された。 「どうだ、北斗は楽しいだろう」 ナギがふふんと鼻をならしながら、優越感丸出しで話し掛けた。 「本当に、そうですわね。しかし……」 「?」 「これからが、もっとおもしろくなりましてよ」 2ラウンド目からのカナメの動きは明らかに違っていた。まるで、何年も鍛錬をつんだ修羅のごとき動き。 軽々とトキに差し込み、サイを入れる。長い長い目押しコンが。自分との闘いが始まる。 「なっ……こいつ、まさか……! いや、そんなはずはない。素人が目押し完走など……!」 「そういう舐め発言は、死亡フラグでしてよ」 「何……!」 裏サイにも成功し、カナメのラオウは見事永久コンボを完走してしまった。 がやがやと、ギャラリーが集まってくる。 「おい、初心者が目押し完走したぞ……!」「天才じゃ、天才の出現じゃ!」「北島マヤ、恐ろしい子!」 「まさか『ミス・ファイヤーヘッド』が負けるなんて……」「名前の由来から考えると不自然じゃないけどね」 ちなみに、『ミス・ファイヤーヘッド』とは、ナギのこのゲーセンでのリングネームである。 由来は、ウルトラ戦士隊長ゾフィーの、『ミスターファイヤーヘッド』という異名から。 彼が某鳥っぽい怪獣に頭を燃やされた挙げ句ぼろっかすに負けて殺された衝撃シーンから、そう呼ばれる。 つまり、ナギのリングネームは死亡フラグ満載だった。 「馬鹿な……!」 「そろそろ、お認めになっては? わたくしが、『王の器』だということを」 「くっ……なるほどな。認めねばなるまい。お前は確かに『天才』と呼ばれる部類の人間らしいな。ならば、本気をだそう。その強さに敬意をもって」 ナギの雰囲気が、目に見えて変化する。 深紅の髪は鈍い発光を始め、その瞳も怪しく光る。 (なるほど。野々村ナギさん。どれほどのものかと思いましたが、千歳様のご学友だけあります。……底知れないですわね) カナメは、ナギから発せられる力がどういうものか、はっきりと今わかっていた。 (この方もまた、『王の器』ということ……。面白くなってきましたわ)  ♪ ♪ ♪ 296 :ワイヤード 第十六話 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/24(土) 23:49:40 ID:PqgTn3fx 「さて、なんだかんだで、彦馬には解決できないこともあるしな」 手伝ってやらねばなるまい。千歳はそう確信し、ある場所へ向かっていた。 学校の裏にある山の、最奥。相当な樹齢に達するという神木。 その根元の部分に、よりそうように眠っている少女がいる。 「やっぱ、ここか」 千歳はあきれたようにふんと息を吐いてから、少女のもとにかけより、肩を揺さぶる。 「起きろ、久遠(くおん)」 少女は応えない。死んだように眠っている。 千歳は冷静に脈を確認する。死んでいない。 「久遠、俺だ、千歳だ」 「……うぅん……いま、ねているから、おこさないで」 どう考えても起きている口調。 「……どうすりゃ起きる? 前みたいにチューペットでも買ってやろうか?」 ふるふる。 少女は頭を横に振った。どう考えても起きてるだろ、これ。 「ちとせ、ちゅーしれ」 「……はぁ?」 「ちゅーしれ」 目を閉じながら唇をとんがらせる少女。 「……」 千歳は、冷静に、なぜか都合よく持っていた激辛めんたいこ(!?)を取り出し、少女の口に押し付ける。 「ちゅー……っ!? ――ん――!!」 瞬間、目を見開いて飛び起きた少女。 しばらく周囲を走り回って、やっと戻って来たかと思うと、千歳の胸にダイブした。 「ちとせ! ひさしぶりっ! くちびる、からいね!」 「アホか」 「ちとせ、くおんバカっていった。くおんバカじゃない。ちとせまちがい。ちとせバカ」 「うるせぇよ。ツッコミだろツッコミ」 「ならなっとく! くおんかしこい?」 「ああ、賢いよ。久遠は賢い」 「くおんかしこい! ちとせすき!」 「ああ、ありがとな」 「すきだから、ちゅーする」 「どこで覚えたんだよ、それ」 「すいーつ!」 「携帯小説のことね……」 ――極限まで出来の悪い妹を相手にしているみたいだ。 千歳は自分の体力が順調に削られているのを実感した。自分の実妹が百歌でよかったとも思う。 「おらぁ、てめぇ久遠姐さんになにしとんじゃ! ……って、千歳さんか。ご苦労様です」 「ん?」 いきなり現れていきなり納得した男。どうみても893。千歳には見覚えがある。というか、顔見知りだ。 「ああ、久遠の護衛の人か。悪いけど、しばらく二人っきりにしてくれ」 「へい、もちろんですぜ! それと、親分から伝言です『久遠を女にしてやってくれ。そのかわり俺の家を継げ』とのことです!」 「……おっさんに、『余計なお世話だくそじじい』って言っといてくれ」 「む、むちゃな注文ですぜ……」 「まあ、それに類することを頼む」 「合点承知!」 男はさっさとどこかへいってしまう。 「ふぅ……お前の家のやつは疲れる」 久遠が首をかしげる。 「ちとせ、どうしたの? くおんになにかよう?」 「ああ、ちょっと、訊きたいことがあってな」 「くおんをおんなにしてくれるんじゃないの?」 「そういうことを白昼堂々言わないように教育すべきだったな」 「じゃあ、どうしたの……?」 「うーん。話すと長くなるな。近くに山小屋があったろ。そこで話そう」 「うん!」  ♪ ♪ ♪ 297 :ワイヤード 第十六話 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/24(土) 23:50:11 ID:PqgTn3fx 白熱した第3ラウンドは、ついに終わった。ナギを解禁し、かつ経験の差とキャラ性能の差をしっかりと活用したナギに、当初はカナメが押され、体力は瞬く間に一ドットにまで減らされる。 が、その一ドットが果てしなく長い。 固めの中、甘えたバニシングを放ってしまったナギのトキに対し、カナメのラオウは見事に無想転生を発動。 そのまま永久コンボに移行し、見事に逆転勝利を収めたのだ。 沈黙。 誰もが、二人の熱すぎる闘いに口をあんぐりと開けることしかできなかった。 ぱちぱちぱち。 その沈黙を破ったのは、にっこりと満面の笑みを浮かべたイロリだった。 つられるように、徐々に拍手が増えてゆく。 誰もが、二人の闘いをたたえていた。 「……私の、負けだ。お前は、すごいな、カナメ」 「久々に、ここまで緊張しましたわ。どのような勝負事でも軽く勝って来たわたくしですが、ここまで本気になれたのは久しぶりです。ありがとうございました。ナギさん」 どちらからでもなく、二人は手を前にだし、互いに握り合った。 「さーて、勝ったカナメちゃんには、もれなくエクストラステージが待っています!」 「え……?」 「この私、西又イロリがお相手するよ!」 カナメも、ナギも顔を見合わせ、ぷっと吹き出す。 今更行く所まで言ってしまった自分達に対し、イロリごときがついてこられるのかとでも言っているようだった。 ――王の器でもないくせに。 少なくとも、カナメはそう思った。 が、ナギはすぐに考え直していた。 (いや、イロリなら、あるいは、この天才にも……) イロリは決して才能溢れるタイプではない。 だが、それ以上に何か、もっと深い……もっと大きな。王の器など、問題にもならないような何かが。 確信も無いし、証拠もなにもないが、ナギの感覚にひっかかる、何かがある。 もしかしたら。 298 :ワイヤード 第十六話 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2009/01/24(土) 23:50:56 ID:PqgTn3fx 「あー、私を舐めてるなー! これでもめっちゃやりこんでるんだからね! ハイスラでぼこってやる!」 「まあ、お相手いたしますわ」 カナメは明らかに馬鹿にした動作で2P側に座る。 イロリはナギに変わり、1P側に座った。 キャラ選択。先ほどに引き続き、カナメはラオウ。既に、最上級者の域に達している。生半可なレベルのラオウではない。 対して、イロリはシン。世間的には弱キャラとして扱われている彼である。 ギャラリーは、半ばイロリに対し、「死んだな」とでも言いたげな同情の目を向けていた。 第一ラウンドが始まる。 (さあ、どうきますの……?) 弱キャラを使うからには、慎重な攻めが要求される。カナメは、イロリはまず様子見からくるであろうと見越して、開幕は慎重に入った。 が、イロリは違った。 ゴクトをぶっぱしたのである。 「か、開幕ゴクトだー!! 汚い、このシン、汚い!」 「恥知らずなシン使いがいた!」 だれともつかないギャラリーの一人が、興奮して叫んだ。 (な、なんですの、この人、データとは全く違う……予測できない動き……!) ペースを完全に乱されたカナメは、次の差し込みもイロリに負けてしまう。 やりこんでいると言うだけあってコンボをミスらないイロリ。体力をごっそり奪っていく。 そのまま壁に追い詰められ、起き攻めを連続される。 「くっ、このままだと思わないことね!」 カナメは反撃を開始……できない。 ラオウの技を、パワーゲイザー、もとい、ライシンで見てからつぶしてしまったのだ。まさに超反応。 そのまま汚い攻めにあい、ダメージは加速した。カナメは瞬く間に1ラウンドを失っていた。 「そんな……わたくしが……!」 「ふふーん。私を舐めた罪は重いよー。次は、開始四秒でやっつけてやる!」 「な、何をいって――っは!?」 第二ラウンド開始と同時にブースト投げ。そのまま一撃。そこにはぼろぼろになった金髪の雑魚がいた。 瞬きする暇もなく、イロリのシンがカナメのラオウを倒してしまっていた。 「そ……そんな、バカなことが……」 わなわなと震えるカナメ。カナメの寿命はストレスでマッハだった。 そんな彼女に、イロリは優しく話し掛ける。 「ジュースを奢ってやろう」 と。 「きー! くやしいー!! これではっきりしましたわね、わたくしの恋のライバルは西又イロリ、貴女なのですわ!」 「ようやく気付いたようだね。そう、私こそがちーちゃんのハートを射止める(予定)女よ!」 「千歳様と添い遂げる未来を掴むには、まずあなたから倒さねばならないようね。勝負ですわ!」 「望むところっ!」 テンションが上がってゆくイロリとカナメ。 「なんなんだこいつら……」 ナギは、若干置いてきぼりになるのを感じていた。 (ボケキャラばかりでツッコミがいない……。千歳、これほどお前が恋しくなったことはない) が、ナギは、千歳がかつて無いボケキャラと相対している事実を、まだ知らなかった。 十六話 終

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