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487 :Tomorrow Never Comes ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/01/31(土) 20:44:45 ID:HLSJkxAS 8話「学園急降下(スクールデイズダイブ)・落下」 「あら、久しぶりねぇ、佐藤くん」浦和先輩のお母さんはいつもと変わりない。 先輩の住むマンションは学校から近い。やや田舎チックなこの辺りでは割と栄えているエリアで、高層マンションが乱立する一角、ごく普通のマンションが先輩の家だった。 5階建ての横長なマンションは建設中の高層マンションのせいで陰になっており、エントランスには『洗濯物が乾かない』という切実な旗が立てられていた。 やたらと狭いエレベータに乗って5階まで昇り、やや老朽化した廊下を歩く。中ほどに『浦和』と書かれた表札があった。俺は、迷わずチャイムを押す。 「何かご用かしら、佐藤くん」 黒髪を後ろで束ね、エプロンを身につけた先輩のお母さんが問う。 「ええ、先輩に少し」部活を休んだようなので直接、と言うと、おばさんは申し訳なさそうな顔をした。 「そう・・・でも好紀、昨日から帰ってなくてねぇ・・・あら、その子は?」 「あぁ、俺の従妹で、くるみって言います」 ほら、と促すと、後ろに隠れていたくるみは少しだけ前に出た。「こん、にちゎ・・・」 「あらあら、可愛い子ねぇ」 元々人見知りの気があったくるみは、今回の事故で、というかマスコミのせいで余計に恐がるようになってしまった。どうにかしてあげたいものだ、という考えを一旦置き、おばさんへ向き直る。 「実は、先輩が今日提出する試合の資料を持っているんです。俺が見れば分かると思うので、部屋に上がらせてもらえませんか?」 「あら、そうなの。まったく、好紀ったら・・・好きなだけ荒らしちゃっていいわよ、佐藤くん」 おばさんが中へ入っていくのを追おうとすると、くるみが俺の袖を握った。「どうした?」 「えっと、その・・・」不安げに俯き、モジモジとしている。「あの、お兄ちゃんは、さいとう・・・だよね?」 「当り前だろ?斎藤憲輔だよ」 「だよ、ね。でも、あの人」 「ああ、よくあることだよ」あの人の天然っぷりには参る。 浦和先輩は、昨日のラーメンやりおちゃん然り、学年の壁を越えた交際をする人だった。特に後輩の面倒見がよく、俺や佐藤は何度も先輩のお宅にお邪魔した。 その際どういうことか、おばさんは斎藤と佐藤を間違えて覚えてしまったようで、何度も訂正したが効果はなかったのだ。いい加減アホらしいので、もう何も言うまい。 「そう、なんだ・・・よかった、私が間違えてるのかと思ったよ」 胸を撫で下ろすくるみを見て、こいつも天然だったな、と思い出した。 488 :Tomorrow Never Comes ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/01/31(土) 20:45:11 ID:HLSJkxAS 先輩の部屋は最後に来たときから変わりなかった。 白い壁に貼られた海外のバレー選手のポスター、しばらく使われていないであろう木製の勉強机、漫画だらけの本棚にあらゆるハードのゲームが接続されているテレビと、引きっぱなしの布団。 綺麗好きなためか、掃除機も置かれている 台所にいるから何かあったら呼んでね、と言っておばさんが去っていったのは僥倖と言える。俺は迷うことなくしゃがみこみ、枕を持ち上げる。当たりだ。 「携帯・・・よくわかったね、お兄ちゃん」 「まぁな」ここしか心当たりがなかった、というのは黙っておく。 先輩は早起きを日課としていたのだが、この壁の薄いマンションで大きな音を出すのはマズイ。そこで考案したのが、携帯電話の目覚ましだった。 予めマナーモードにしておき、薄めの枕の下に置く。目覚ましが起動すると携帯は身を揺らし、同時に枕、そして頭が揺すられて目が覚めるという仕組みだ。 テレビでやっていた昔の刑務所で、丸太を枕に寝かせて朝になったら大きな槌で丸太の端を叩く、というのを参考にしたらしい。 下の階からの苦情はないので続けている、という話を前に聞いていた。さらに、そのまま忘れてしまうこともある、というのも耳にしていた。 昨日の夜からいないということで、可能性は低かったものの、佐藤の“携帯も家に置きっぱなし”という話と、“眠くなった”という浦和先輩の言葉から、それなりに確証はあった。 これが手掛かりになるとは思えないが、手の届く位置にある以上、俺はどうしても確認しておきたかったのだ。なかったら、それでもよかった。元々、深く関わる気はなかったのだから。 「中身は?」 ワクワク、ではなく、かなり冷静なくるみに少し気圧されながら、携帯を開く。 「まずは不在着信か・・・なんだこれ?」 不在着信は14件もあり、名前は『莉王』と書かれていた。 「りおう・・・もしかして『りお』か?」 某世紀末覇王の知り合いかと思ったが、すぐに理解した。周りに知られぬよう、浮気相手を男の名前で入れるというのは聞いたことがあるが、彼女の名を当て字とはいかがなものか。 「時間は・・・全部昨日の夜だね」 くるみの言う通り、全て昨日の夜、それも5分以内のものだった。数日前にもチラチラと『莉王』は載っているが、中には友人らしき名前や、女子バレー部の名前もあった。 「もしかしたら、この時間から既に家にいなかったのか?」 「どうだろう。ね、次はメールを見てみよう?」くるみが俺の背にくっついてきた。 「く、くるみ?」 「な、なに、お兄ちゃん?」俺はテンパっていたが、くるみも何故かそうだった。 離れる気配がないので、心臓を静めつつ、メール画面を呼び出す。 昨日のメールは一通だけで、返信マークがついていなかった。差出人は不在着信と同じで、内容はこう。 『いつもの竹林で待っています』 「竹林、分かる?」 「ああ、多分」 とりあえず、次の手掛かりは見つかった。 ただ、謎もある。 「りおちゃん、昨日は一日用事じゃなかったのか?」 本人から聞いたわけではないので確信はないが、先輩が言っていたのだからあながち間違ってはいないだろう。もしかしたら早めに用事が終わり、急に会おうと思ったのかもしれない。 先輩がそれに喜び、携帯すらも忘れて走って駆けつけた、というのは高校生のカップルにはいかにもな展開だ。 489 :Tomorrow Never Comes ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/01/31(土) 20:45:39 ID:HLSJkxAS 突然、携帯が振動した。 俺のではなく、手に持った先輩の携帯だ。驚いたが、心配した友人からの電話だろう。何気なく画面を見た時、俺は完全に機能停止した。 数年前から、着文字という機能がある。電話をかけた相手に、『緊急』だとか、『暇ならでて』、『斎藤です、番号変えました』など、いってみれば題名のようなものを表示するのだ。 この着信にも、それがあった。電話をかけてきた相手の名前の下に着文字がある。 『莉王  その疑問、答えますよ』 戦慄が走る。意味がわからない。りおちゃんが今電話してくることも、この着文字も。 どうすることもできずに固まる俺から振動し続ける携帯を取り上げると、くるみは思いっきり振りかぶって、奥の壁へと投げた。 壁にぶつかった携帯の外殻が砕ける音と、続いて精密機械が床に散らばる音。あぁ、携帯って意外と脆いなぁ。 じゃない。 「くるみっ、いきなり何を」くるみの細い指が、俺の言葉を遮る。 「あの女は、ダメだよ」 何も言えない。言えるはずがない。 今のくるみからは、何度か感じた恐怖以上のものが発せられている。静かに、だが強く言うくるみは、隠されているはずの右眼からも睨んでいるようだった。 俺の唇に当てられた指は、ゆっくりと唇全体を撫ぜる。 「あの女はダメ、お兄ちゃんに相応しくないよ」 相応しいとか、そもそも話が理解できない。なんだ、何の話をしている。 「お兄ちゃんはね・・・」 ━━ふいに、足音が近づいてくるのに気付いた。 冷え切った俺の頭は迫る人物を断定し、散らばった先輩の携帯の上へとダイブした。 「佐藤くん、今のおと・・・は・・・」予想通り来たのはおばさんだったが、この事態は想定できなかった。 おばさんの目から携帯を隠そうと、まさに身を挺した俺に対し、くるみは足を使って見えづらい位置に払おうとしたようだ。結果、地べた に這いつくばる俺の頬をくるみの足が直撃することになった。 やけに長く感じた沈黙を破り、おばさんが言う。 「あの・・・そういうプレイは、出来ればお家で、ね?」 「いやちょっと待ってください」足が乗ったまま、首をひねる。 「ああ、わかるわよ?外とか、知らない場所でヤるのは燃えるわよね」 「分かりません。ってか、わからんでください」 「でもねぇ、やっぱり落ち着く場所が一番よ?こう、ゆっくりと愛を確かめ合うのが・・・」 「そろそろお暇します」 見上げたくるみの顔の赤さと、純白の下着がよく映えていた。 俺が部屋を出てから、くるみが来るまでに多少のラグがあった。それは、俺がおばさんを引きつけておく内に片付けをすると言う理由からだ。 ついでに誤解を解こうとしたのだが、おばさんは、分かってるわ、と言うだけで取り合ってくれなかった。 お礼とお詫びを言ってから帰ろうとしたら、おばさんがくるみを捕まえ、耳打ちをした。最初は疑いの表情を浮かべたくるみだったが、驚いたように肩を挙げ、顔色は茹蛸の如く、みるみるうちに変化した。 満面の笑みで手を振るおばさんから逃げるように走ってきたくるみは、横に並び、カーディガンの肩辺りをギュッと掴んできた。 「・・・あんま訊きたくないけど、なんて言われたの?」 「・・・とこ・・・・って」 「なに?もう一回」声が小さい上に俯いてしまっては聞こえない。 「・・・いとこ同士は、結婚できるって」 くるみの頭からあがる湯気が見えた。おそらく、俺はその倍の湯気を出しているに違いない。くるみが小さく、知ってるもん、と呟いたのを聞いてからは、さらに倍の湯気が出たと思う。 ふと見た夕焼けは、オレンジというよりは深紅だった。 490 :Tomorrow Never Comes ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/01/31(土) 20:46:20 ID:HLSJkxAS 例の竹林は、マンションから10分ほど歩いた所にあった。 先ほどとは打って変わって平屋が多く並ぶこの地域は、巷では『未開発村』なんて呼ばれている。確かに、車の通りもなければ、自販機すら見当たらない。そんな中、竹林は周囲とさらに一線を画すようにあった。 家々の並ぶ場所から奥へ行くと、いきなり竹林が現れる。異常なまでに竹が密集していて、林の周りを一周まわっても、入り口と呼べるものはここ1つしか見当たらない。 時刻は夕刻だが、そんなのは関係無しに年中薄暗い竹林を見ると、奥に魔物が住むという与太話も、あながち嘘には思えなくなってしまう。日も暮れかけているというのに、ここはやたらと湿気が高い。 りおちゃんはここに先輩を呼び出し、どうしようとしたのか。確かに、ここは地元民ですら近寄るのを躊躇う場所なので、薄暗さと相まって恋人同士にはうってつけだろうが。 身近な人でそういう妄想をするのは、あまりいい気分ではない。 「ダメだよ、お兄ちゃん」携帯を取り出した俺を、くるみが止める。 「・・・だけど、あの子が何か知ってるのなら」 「ダメ」 細い声で、それでもハッキリと断定するくるみには逆らえなかった。 ポケットにしまおうとした時、携帯が揺れた。「うぁっ」 情けなくも恐怖心から携帯を投げ捨ててしまった。草の上を転がる携帯に狙いを絞ったくるみが、右足を挙げる。 偶然、液晶が上を向き、内容が見えた。 「待てッ、くるみっ!!」 あと数センチというところで、足が止まった。ブラウンの瞳がいつもより色濃く見える。 「・・・なんで?」 「よく見ろ」腰を曲げて振動の止んだ携帯を拾うと、くるみに画面を見せた。「佐藤からのメールだ」 すっ、とくるみがいつも通りに戻る。 「なぁんだ、ごめんなさい、早とちりしちゃって」 裏を返せば、『りおちゃんからだった場合、踏み潰すのが最善の判断』ということか。 時折見せるくるみの暴走は、次第に頻度を増している。医者の言葉が過ぎる。 ━━彼女はキミに依存しきっている。非常に不安定だ。 やはり、これは俺のせいなのか。俺がくるみを支えきれず、不安にさせているのだろうか。 491 :Tomorrow Never Comes ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/01/31(土) 20:46:47 ID:HLSJkxAS 「・・・?メール見なくていいの?」 ハッと我に返り、慌ててメールを開く。 『今日部活に来ねぇのは、やっぱり先輩のことか?  そうじゃなかったら流してくれて構わねぇ  部活のツテやらを使って先輩の交友関係をあさったが、匿ってるヤツはいなさそうだ  “御大将”の名前を出したから嘘ついてるヤツはいないと思う  ただ、昨日の夜、先輩が竹林のあたりに行くのを見たヤツがいたんだ ほら、あの“魔物の巣”だ  ま、参考までにな  明日は部活来いよ 遊佐がうるさくてうわなにをするやm・・・』 最後と4行目は流すとして、有用な情報だった。 「なんだって?」 「いや」覗き込もうとするくるみから携帯を遠ざける。 今までのことから考えるに、くるみは俺が他の人と仲良くするのを嫌っているのは間違いない。冗談とはいえ、最後の1文は危ないかもしれない。 「・・・なんで隠すの?」 「いや、佐藤のヤツ、下品なこと書いててさ、くるみのスリーサイズ教えてくれって」苦しい言い訳だ。 だが効果はあったようで、くるみは咄嗟に胸元を手で隠しながら遠ざかった。 「だ、だだだだだ、ダメだよ!?」 「わかってる、そう伝えておくから」 メール画面に、『ありがとう、そしてごめん』と打ち込んで返信した。 さて、ここからはふざけてはいられない。蜘蛛の糸にすがる気持ちで、というよりは、なんとなしに触れたワイヤーにずるずると引きずられた感じでここまで来てしまったが、佐藤の話によって急激に現実味を増した。 最後に消息を絶ったのがここならば、きっと手掛かりがある。浦和先輩も、りおちゃんのことも。深く関わらない、と言ってた俺だが、1度深くまで行ったら意地でも引き返さないのも俺である。 「こうなったら行けるとこまで行くさ」決意を拳に込める。 その拳は腕ごと、ひょいと持ち上げられてしまった。くるみが俺の手を振り回している。 「あの、ね。お兄ちゃんがどうしても知りたいっていうなら・・・いいよ、教えても」 もう出し切ったはずの湯気が、再び夕焼けに溶けていった。 492 :Tomorrow Never Comes ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/01/31(土) 20:47:13 ID:HLSJkxAS 竹林、通称“魔物の巣”は、外目よりもずっと深く、暗い。そのせいで360度あちこちから気配を感じ、自分が踏んだ草の音さえ恐怖を煽る。 笹の匂いという非日常も、どこか感覚を鈍らせる。右手にある携帯の明かりだけでは、心もとない。 くるみは俺の左腕にしがみ付き、たまにビクつきながらもついて来ている。格好的に胸が当たっているはずだが、恐怖心からか単に体型の問題か、よくわからない。 「恐いか?」 「ん、大丈夫。お兄ちゃんがいるから」 「そうか」“か”が裏返った。 幼い頃の記憶を信用するならば、そろそろ奥の行き止まりだ。暗闇は一層深さを増し、くるみの顔でさえハッキリとは見えない。思わず立ち止まる。 「ど、どうしたの!?」 「いや、多分、もうすぐ奥だ」 「うん、じゃあ」 「戻ろう」 「え?」表情は見えないが、声で驚いているのがわかる。 「ここまで暗いと、何も出来ない」 「あぁ、じゃあライトを持ってくるの?」 「いや、警察ごっこはここまでだ」 これ以上は踏み込むべきではない。直感がそう叫びつづけている。何か、俺では手におえないものが奥にはある。この空間に呑まれたか、俺は脅えるように震えていた。湿気と汗でべたついた額を拭う。 「で、でも、せっかく来たのに」遮るように、携帯が震える。 本日3度目の奇襲に身体が跳ねるが、隣のくるみはやけに冷静だった。震えたのは、くるみの携帯だというのに。 スカートの位置から、光が漏れる。目が慣れてきたとはいえ、くるみのこともぼんやりとした輪郭しか見えなかったが、携帯の液晶を見る際、電子的な光に照らされたが見えた。 ━━同じだ。くるみはまた、俺から遠ざかってしまっている。 「おい、くるみ」 「ちょっと待ってて、すぐ終わらせるから」無機質な声で答えると、通話ボタンを押し、耳に当てた。「なに」 くるみは耳を当てたまま、黙りこくった。携帯からは時折声が漏れてくるが、認識できる大きさでもない。 突然、自分の指を唇に当てて、静かに、というジェスチャーをしてきた。 「ごめんなさい、電波が悪くてよく聞こえないの。もう1度最初からお願いします」 そう言うと携帯を耳から離し、スピーカーボタンを押して、俺に向ける。 相手の声が竹林に響く。 「・・・下等な生き物はこれだから。いいわ、もう1度言ってあげる」 なんだ、この声は。 「いい?よく聞きなさい。アンタはあの人に相応しくないの。あの人と同じ空気を吸うことさえ罪なのに、その汚らわしい腕で触れて、『お兄ちゃん』なんて媚びるなんて」 嘘だろ? 「私はアンタとは違う。ずっと見てきたのよ、あの人を。嬉しい顔も、悲しい顔も、怒った顔も・・・ずっと近くで見てきたの」 そんなはずがない。この声、この声の主が、こんなことを言うはずがない。 「今日もあの人の手を握ってたわね・・・私への牽制のつもりかしら?ご生憎だけど、明らかに引かれてたわよ、アンタ」 握っていた・・・生徒会室で袖を掴まれた時の話か。 「優しくいしくれるからって、調子乗るんじゃないわよっ!!アンタなんかね、『事故に遭った可哀相な子』ていうレッテルがなきゃ見てももらえないほど下層の存在なんだからっ」 聞きたくない。耳を塞ごうとするが、暗闇からの、ダメ、と言う声に威圧され、手が動かない。 「・・・まぁでも、今回の件でアンタのそれもお終い。だって、私は『彼氏が殺されて悲しみに暮れる可哀相な子』になったんだから」 高らかな笑いが響く。絡みつく笑いを拭おうとするが、汗で手がすべるだけだった。 「ねぇ、今もずうずうしく近くにいるんでしょ?知ってるんだから。・・・代わりなさい。早く、先輩と代わりなさいよっ!!」 間違いない。 493 :Tomorrow Never Comes ◆j1vYueMMw6 [sage] :2009/01/31(土) 20:47:42 ID:HLSJkxAS ━━りおちゃんだ。 「ごめんね、お兄ちゃん」 狂ったように、代わりなさい、と叫び続ける携帯を自分のほうへ向けてから呟く。 「聞き苦しかったよね」 ━━でも、これで分かったでしょう? 叫び続けるりおちゃんの声より小さいはずのくるみの声が、脳内を木霊する。1度響くたびに、思考が少しずつ奪われる。 そこにいるのは誰だ。お前が魔物か。 スピーカーを切ると、くるみは耳に当てた。叫びは未だに小さく漏れ続けている。 「ごめんなさい」叫びが止まった。 くるみはゆっくりと顔を上げ、俺を見た。右耳に当てた携帯に照らされ、顔が浮き上がる。 色の濃い瞳は大きく開かれ、口元は歪に、それでも明らかに優越の表情を示してゆがんでいる。 ━━お兄ちゃんは、私だけの人だもの 「う゛あ゛ぁぁぁあ゛あ゛ぁぁあ゛、お前ぇぇ、おまえぇえ゛ぇぇえ゛ぇえ゛ぇぇぇえ゛え゛え゛ッ!!!!!」 スピーカーボタンなど必要がないほどの叫びが竹林を包む。それもつかの間、くるみがボタンを押すと、一瞬で静寂が舞い戻った。 表情は見えない。それでも、くるみが笑っているのはわかった。身体から自由が失われた俺は、引きつったように笑っていた。 「帰ろう、お兄ちゃん」 後日、あの竹林の奥から、浦和好紀が変死体で見つかった。

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