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88 :Chains of pain [sage] :2009/04/06(月) 04:56:34 ID:X/JahByB 「……あれ? ……ここって……」 目を開けると見慣れない天井に違和感を覚えた。 「そうだ! いけない……今何時……」 勢い良く起き上がる。 窓の外は日が沈んで暗くなっていた。それが不安を煽る。 「ど、どうしよう……ごめ……」 ベッドを出た優花は急いで部屋から出ようとする、しかしその途中で 机の上に置いてあるメモ書きに気がついた。 「これって……お兄ちゃん……?」 そのメモ書きを手に取り目を通した。 優花、疲れてたのかな? あまりに気持ちよさそうに寝ていたので今回は見逃します。 けれども、次は許さないのでそのつもりで! それと、七海の家に遊びに行ってきます。 あまり遅くならないから心配しないで。 「お兄ちゃんの字だ……許してくれるって……」 優花はそうつぶやくとそのメモ書きを大切そうに折りたたんだ。 「…………でも、あの女の所に行ったんだ……そうなんだ……」 思わず握り締めた左手を右手で押さえ込む。 「なんでなの? お兄ちゃん……」 開いていた窓から心地よい風が吹き込む。 その風はまるで自分の怒りの熱をもって行ってくれるような気がして、 惹かれるままに窓の傍まで行き、そのうつろな目で外を眺めていた。 89 :名無しさん@ピンキー [sage] :2009/04/06(月) 04:57:55 ID:X/JahByB 「お邪魔しま~す」 「あ……うん、どうぞ」 七海は一人暮らしだ。理由は簡単、両親同士が友達だから。 両親は世界中を飛び回っている。それは必然的に様々な人と出会う反面 長い付き合いというものが無いということでもある。 つまり、必然的に親友と呼べるような友達は多くないという事であって、 親友である七海の両親は同じ仕事をしている良きパートナーということである。 「どうしたの? 考え込んで……」 「……あぁ、なんでもないよ」 「そっか、じゃあ早速……」 「そうだね。よろしくお願いします」 「ハイハイ」 洗面台で手を洗い終えると、早速キッチンへ移動した。 「……それじゃあまず、カレーの作り方を教えたいと思います」 「わかりました、先生」 一瞬空気が固まる。 「……春斗く~ん? そんな事を言っているとうっかり刺しちゃうかも……」 意地悪そうに軽く笑うと、ふざけて包丁で刺す動作を軽く見せる。 「……ごめんなさい……」 「よろしい…………で、カレーの作り方ね?」 「あ、うん。まず何をすればいいのかな? 具材を切る、とか……」 「なんだ、軽くなら知ってるんだ……そうだね、下ごしらえはやらないと 後が大変だからね」 七海は慣れた手つきでたまねぎの皮を剥くと、根っこを切り落とした。 「はい、じゃあまずここまでやってみて」 「あ、うん」 見よう見まねでやってみる。さすがにこれは簡単だった。 「そうだね、上手い上手い……じゃあ、次はたまねぎをみじん切りにしよう」 「……みじん切りなの?」 「そうだよ。あれ? もしかしてカレーは簡単な物だとか思ってる?」 具材を切って、炒めて、煮込んで、ルーを入れて…… 「……え、違うの? 僕はそうだと……」 「多分、春斗君が知っているのは本当に簡単な作り方だね」 やっぱりそうか…… 「カレーってさ、すごい奥が深いんだよ。いろんな物を入れたり出来るしさ、 作り方に一工夫いれると大分味が変わるんだよ」 「へぇ……僕は何も知らなかったんだな……」 その後、七海に教えてもらいながら具材の下ごしらえは終わる。 次は炒める段階。七海はフライパンに薄く油を敷いた。 「それじゃあ炒めようか。今日は時間があんまりないからここだけ工夫をするね」 「……ごめんね、もっと時間がある時に頼めばよかったよね……」 「大丈夫だって、また教えるからさ」 90 :Chains of pain [sage] :2009/04/06(月) 04:58:37 ID:X/JahByB 笑いながら答える七海。そして、フライパンに視線を戻す。 「…………もっと時間があれば……か……」 「……え? 何? ごめん、聞いてなかった……」 「ううん、なんでもない」 「そっか……」 最近はこんなことばかりな気がする。 今朝の優花もそうだ、本人は何も言っていないと言っていたが、 どうしてもすんなりと納得が出来ないでいる。 「それでね、たまねぎを焦がさないようにちゃんと炒めるんだよ」 「焦がさないように?」 「そう、きつね色になるまでだね……」 「なるほど……それじゃあ」 炒め始める。焦がさないようにずっとたまねぎを動かす。 「………………」 「…………そうだね……その調子……」 ちょっと小さくなってきたような。 「………………」 「…………そうそう、がんばれ春斗君」 小さくなったのかな……わかんないぞ。 「…………え~っと……」 「……何? 春斗君……」 正直、申し上げにくいのですが…… 「……何分ぐらい炒めていればいいのかな?」 「わかんない」 そんな。 「だってさ、きつね色になるまでだよ? それはもう目で確認するしかないよ」 「……やっぱり、そうだよね」 ああ、一秒が一分に感じられる。 結局、何分手を動かし続けていたのかわからないまま他の具材も入れ、 しばらくしてから炒める工程が終わった。 「後は煮てルーを入れるだけだよ。大丈夫、もう大変な事はないから」 そう言って鍋に水を入れるように指示する。 「そっか、僕さ、料理ってこんなに大変だとは思わなかったよ……」 「はは……それがわかったのならよかった……」 具材と共に次第に上がっていく温度を二人で見て感じた。 しばらくすると、七海がルーを入れる。 91 :Chains of pain [sage] :2009/04/06(月) 04:59:04 ID:X/JahByB 「…………あのさ……」 「うん?」 「えっとさ…………ううん、なんでもない。ごめんね…・…」 そう言いかけて七海は下を向いた。 「……別にいいよ……」 しばらくの沈黙の後、火を止めた。 「さ、出来上がりだよ。されじゃあ早速食べる?」 「そうだね、う~ん、慣れないから手首が痛いや……」 もちろんそこまで痛い訳ではない。 「えっ、手首が痛いの!? ちょっと待ってて、湿布を持って……」 「大丈夫だって……」 「いいから! 待ってて!」 キッチンの奥に居た七海は湿布を取りに行くためにすれ違った。 「……あれ?」「……ちょっと……」 足が引っかかって二人して倒れる。 ものすごい音が部屋に響き渡り、下になっていた僕の背骨がきしむ。 「うわっ…………だ、大丈夫? 七海……」 「……う~ん……大丈夫みたい……」 七海は僕の上に覆いかぶさるように倒れていた。

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