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688 名前:そして転職へ  7[sage] 投稿日:2009/09/01(火) 19:09:23 ID:1Xxi/dtP 今年で自分がいくつになるのかもう忘れてしまった。 息を深く吐きながら老骨を叩く。やはりガタがきていやがる。 無茶をできるのももう今回が最後だろう。 目の前を見れば、あのクソ生意気な小娘が倒れている。 血は出ているがたいしたことはないだろう。運の良い奴だ。 視線を横にずらせば、茫然とした体つきの良い女とこれまたクソ憎たらしい 勇者が見える。 鳩が豆鉄砲食らった様な顔しやがって。あんな攻撃も見切れないとは つくづく今の若いモンは情けないと感じる。 ワシが現役のころにはもっと気骨があったものだ。 若いころは相当に無茶ができた。 剣をいくら振ろうと疲れることなどなかった。獲物を袋小路に追い詰めるまで ひたすら走りぬいた。 大義のため、ご公儀のためそして己の信念のため毎日全力だった。 そんな歯車が狂いだしたのは、浪士組が看板を替えたとき。 浪士組で権力を持っていた芹沢鴨の暗殺に成功した一派が、『誠』の文字を 掲げたときから自分の周りで何かが崩れ始めた。 最初は平岡という隊士だった。首なしの死体が発見されたしばらく後に 見つかった彼の首は上方名物高瀬舟で見つかった。 なんでも、とても小粋な小船だったらしい。 小粋な小船を英訳しろ?黙れ小童! 密偵方の報告では、京都有数の呉服問屋の別嬪娘が寺子屋に通っているうちに なにやら痴話話の面倒事になったという。調べを進める中でどうも その娘と襲われた隊士の間に何かしらの鍵を見つけたらしい。 しかし、その密偵も次の日には首なしの骸となって屯所に運び込まれた。 首はまたもや高瀬舟。 それからというもの、隊士たちは次々謎の刺客の手にかかって散っていった。 隊士であるということ以外に彼らに共通点はない。最初の犠牲者は 壬生出身だったが、自分とおなじ薩摩からの出奔組である隊士も また犠牲になった。 しかし、死体に共通点はある。全員の羽織の背紋が切り取られているのだ。 事態を重くみた副長は、自分に密偵の後を継ぐように命じるとともに、 生き残った隊士全員に対刺客用の技を考案した。 直線状の相手に確実な死をもたらす技、左片手平突き。 あの頃の京都で生き残るためには、必殺の技が必要だった。 689 名前:そして転職へ  7[sage] 投稿日:2009/09/01(火) 19:10:28 ID:1Xxi/dtP 苦心の末この技を完成させた自分は、隊を離れ事件の全容を暴くべく 京の町を歩き回った。 操作は難航した。 その娘の線をあたってみると、彼女が恋い慕っていた男はとんでもない 甲斐性なしの浮気者だったらしい。 町民はこの男の話になるとあまりいい顔をせず、なぜか自分の 羽織の背紋を見るたびに 「誠死ね。」 と小声で呟いてきた。 さらにさらなる調査で、衝撃の事実が飛び込んできた。 この男はどうやらすでに死んでいるらしく、死にざまが隊士と全く同じ。 そして残された娘はそれを嘆き、夜な夜なその男の名の入ったものを 集めて回っているらしい。隊士にとって背紋は命、背中の傷は武士の恥。 最期まで奪われそうになった背紋を守ろうとして散っていったのだろう。 下手人が割れたという報告を持って、自分は何年振りかに屯所に戻った。 しかし、屯所は蛻のから。後で聞いた話では、自分の居ぬ間に五稜郭へと戦場を 移すことに決めたらしい。 報告すべき相手もなく、帰るあてのなくなった自分は、 一人小舟に乗り大海へと漕ぎ出していった…。 こうして考えると、今の相手のぬるいこと…。 あの頃の京都は常に生きるか死ぬかの状態だったというのに…。 「さっさと終わらせるか。」 老魔道士は抜いた刀を左手で持ち水平に構えた。 690 名前:そして転職へ  7[sage] 投稿日:2009/09/01(火) 19:11:14 ID:1Xxi/dtP 一方の勇者…つまり僕は苦戦中だった。 見たこともないような一閃で、盗賊くんが倒された。 …っていうかあんたやっぱり魔道士ではないだろ!なんだその構え! 明らかに剣士かキチガイのオーラ発しているし! 「ワシの牙突は百八式まであるぞ!」 …さらりとトンデモ発言したのちに、老魔道士が突っ込んできた。 四つぐらいで十分だろ!といったツッコミをする間もなく相手の切っ先が 僕の目の前に迫る。 「真空呪文、バギ!」 魔法使いさんが呪文を唱えると、僕に到達しそうな切っ先にらせん状の 風がぶつかり軌道をそらした。 すぐさま僕は短剣を相手の腿に向けて斬りかかる。しかし老魔道士は さっと間合いをあけたかと思うと、また例の構えを見せる。 「火炎呪文、メラ!」 「中級真空呪文、バギマ!」 距離をとった位置から僕と魔法使いさんで攻撃を加える。 ただの火の玉が風に煽られ勢いづく。十分な威力が出せるだろう。 しかし老魔道士は難なくそれをかわしてしまった。 「無駄よ小童ども!この程度の攻撃見切れぬとでも思うたか!」 勢いよく突っ込んできた魔道士の攻撃を紙一重でかわす。 今の位置なら僕ではなく魔法使いさんを狙った方が効率は良かったのだが、 あくまで相手の狙いは盗賊くんと僕だけなのだろう。 ただ、魔法使いさんを攻撃しない点から見ると、逆に考えるなら 魔法使いさんによる攻撃を何とも思っていないということだ。 悔しいけど強い。そして魔道士の肩書は間違っている。 …だけど、負けるわけにはいかない! 692 名前:そして転職へ  7[sage] 投稿日:2009/09/01(火) 19:12:29 ID:1Xxi/dtP 僕だって魔法使いさんとただ将棋を指していた訳ではない。 きちんと作戦を練っていたんだ! 「魔法使いさん!」 僕が合図すると、彼女も理解したのだろう。さっと僕から距離を置く。 それを横目で見届けた僕は、短剣を投げ捨てて拳を固める。 「…このワシの前で武器を投げ捨てるとは…正気か小僧?」 「おおいに正気さ。あんたの三文剣術にそろそろ飽きてきたんでね。 この僕の拳『フタエノキワミ アッー!』で勝負を決めてやる!」 もちろん嘘だ。そんな技あるわけないし、あったとしても 絶対に男として会得しない。…漢ではあるかもしれないが。 ただ挑発の効果はあったみたいだ。 僕の発した言葉が全部聞き取れた次には、もう相手の刀が僕の 眉間めがけて飛び込んできた。 「絶対防御呪文、アストロン!」 今度は僕らの反撃だ。この呪文は術者の体を一時的に鋼鉄化することにより、 物理および魔術攻撃の一切を無効化するものだ。 怒りでわずかに乱暴になった剣が僕の鋼の肉体によって折れた。 同時に相手の魔道士にも隙ができる。突き技を使用すれば避けられない隙だ。 「上級火炎呪文、メラゾーマ!」 魔法使いさんの切り札である火炎呪文が炸裂する。巨大な火柱が 僕ごと魔道士を包み込み、一気に焼き尽くした。 僕は鋼鉄と化した肉体によりダメージを受けないが、相手は たまったものではないだろう。 これが呪文攻撃を当てられない相手に対しての戦法。相手の攻撃を 誘発し隙を作った後、僕ごと強力呪文で仕留めるのだ。 決まった! 僕はそう確信していた。 693 名前:そして転職へ  7[sage] 投稿日:2009/09/01(火) 19:13:13 ID:1Xxi/dtP 「魔法障壁、ファーバ。」 僕のアストロンと魔法使いさんのメラゾーマの炎が消えるのはほぼ同時だった。 その中で老魔道士はしっかりと立っていた。体に火傷を負っているのが 見えるが、どれも重傷といえるものではない。相手の魔法障壁のせいだ。 魔法障壁は炎や冷気などの攻撃を弱体化させる効力のある呪文だ。 考えてみたら相手も呪文を使えたのだが、今までの戦いから意識していなかった。 「小童め…地を舐め詫びろ!」 胸倉を老魔道士の右手に掴まれ、宙に持ち上げられる。相手の左手は僕の 胸を刺しぬかんと刀を構えているのに、体が動かない! 「チェストオォォォォォ!」 やられる!僕は眼を瞑った。 目をあけると、紅い雫がいくつも見える。 うすぼんやりした視界の中で、見慣れたものが一つ。 ながいくろかみ うすぼんやりした視界の中に、見慣れぬものが一つ。 ちしぶき ……………………。 「そ…僧侶ちゃん!!!!!」 694 名前:そして転職へ  7[sage] 投稿日:2009/09/01(火) 19:13:56 ID:1Xxi/dtP 僕は叫んだ。目の前にいるのは、魔道士と僕の間に身を滑らせ 僕の盾となった僧侶ちゃんだった。 右の胸辺りに刀が刺さっている。無理に体を滑らせたため串刺しには ならなかったのだろう。血しぶきが出ているということは刀傷の場合、うまく 刺し貫けなかった証拠だ。 ただ、重傷には変わりない。彼女の口からヒューッといった息が とぎれとぎれに漏れている。 「チッ…いらぬ邪魔が入った…。」 ゆっくりと刀を抜き、老魔道士が血振りをする。僧侶ちゃんは力なくその 場に倒れ去る。 「勇者さん…ご無事ですか…?」 重症にもかかわらず、力なく微笑む僧侶ちゃん。目に力が入っていない。 僕はただ彼女を抱きしめるしかなかった。 「私のことはお構いなく…逃げて…下さい…。」 「もういいから!喋らないで!」 「…大好き。」 最後の言葉はそう聞こえた。声にならなかったのかもしれないが、 唇は確かにそう動いていた。 僕なんかのために。 自分のためだけに旅をして、 信じてくれた仲間を盾にして、 のうのうと生きている僕に向かって、 彼女はそうつぶやいた。 「僧侶ちゃん…?ねえ、僧侶ちゃん!?起きてくれよ!僧侶ちゃあぁぁぁん!!」 695 名前:そして転職へ  7[sage] 投稿日:2009/09/01(火) 19:14:53 ID:1Xxi/dtP 「…ねえ、魔道士さん。」 どれほど時間がたっただろう。僧侶ちゃんを抱えながら 僕はつぶやいた。老魔道士は微動だにせず僕を見つめている。 僕と僧侶ちゃんのやりとりの間待っていてくれたのだろう。 実に優しい人だ。 …虫唾が走るくらいに! 「殺生は嫌なんで、ガードよろしくお願いします。」 「…?小僧、この状態でワシに勝とうとでも?」 僕の次の行動は素早かった。呪文を口の中で詠唱すると、 一気に地獄のいかずちを解き放った。 「な…なんじゃこりゃぁぁぁぁ!」 どんな火炎系呪文よりも高い熱量を持つ紫の稲妻が相手の左腕に 着弾し、一気にエネルギーを四方八方に暴発させる。 相手も魔法障壁を展開するが、そんな呪文で防げるほどこの 呪文は甘くはない。 市街地で呪文を…それもよりによって隠さなくてはいけないはずの 闇の力を使ってしまった。 たいていの人はこれが闇の力だとは気付かないだろう。強力な呪文という 認識ぐらいしかもてないはずだ。 ただし、魔法使いさんなどは別だ。 彼女のような呪文についてある程度の知識があるなら、この技の正体は 楽に見破れるはず。そして僕を軽蔑するか、恐れるだろう。 闇の力をつかう勇者など、あってはならない存在なのだから。 それでも、僕のとるべき選択はこれだった。 僧侶ちゃんを傷つけたのは絶対に許せない。 血を流して詫びろ! 「ぐわあああああっ!」 魔法障壁はあっという間に崩れ去った。老魔道士は転移呪文で逃げ去ったのだろう。 しかし、もう二度と彼は剣を握れない。地面に残された大量の黒ずんだ肉片と片腕が それを物語っていた。 「…終わったよ、僧侶ちゃん。」 僕は物言わぬ彼女の身体を抱きしめ、それで…。 696 名前:そして転職へ  7[sage] 投稿日:2009/09/01(火) 19:16:23 ID:1Xxi/dtP 「バカめ!」 今の状況を説明するなら、僕が教会で神父さんに怒られているといった 状況だ。 「あの娘の生死も確認せず一人悲劇のヒーロー気取りですか?手当もせず! あなた馬鹿ですか?勇者ですか?勇者気取りですか?バカ勇者気取りですか? いやそもそも人間ですか?ゴミめ!」 結論から行くと、僧侶ちゃんは生きていた。人は短時間の間に急速に 出血すると、たとえ出欠の全体量が多くなくても意識を保てなくなる。 彼女はちょうどその状態に当てはまったらしい。 あの時、呆然としている僕を蹴りで殺し…もとい目覚めさせてくれたのは 盗賊くんをおんぶしていた魔法使いさんだった。 「立ちなさいヘタレ。」 ファーバでコーティングされた彼女の美脚にメラゾーマが付加された悪魔の足が 僕の鼻先に突きつけられ、正気に返った僕は、僧侶ちゃんを抱きかかえ 教会へと駆け込んだ。 神父さんが言うには、盗賊くんの方は命に別条なし。僧侶ちゃんは 危ないが、たぶん助けられるだろうということだ。 「神父様。今度はどのような手術を…?」 「ん?勇者の一味でしょ…。勇者って言ったら正義の味方だから… バッタなんてどう?」 「さすがですね博s…いや神父様!早速改造…いや治癒を始め…。」 「待てぇ!」 神父(?)とシスターの間で行われている聞き捨てならない会話を僕は 遮った。 何の話だ? 今『博士』『改造』『手術』とかいう何やら三つ合わせて世にも恐ろしい術式が くめそうなワードが聞こえた気がするが? シスターさん何故目をそらす? 神父さん何故舌打ちしたんだ!? 697 名前:そして転職へ  7[sage] 投稿日:2009/09/01(火) 19:17:35 ID:1Xxi/dtP 「あ~。しかしだね、あの僧侶の胸の傷は回復呪文だけではどうにも治らない。 血は止まるが傷痕は残るし、何より乳房がえぐられ歪な形になってしまっているんだ。 まだ年頃の娘だし、なんとかしてやりたいんだが、呪文と治療だけではとても…。」 「そうですか…。」 僕はうなだれる。僕のせいで彼女に消えぬ傷を残してしまったのだ。 僕のせいで! 「つらいでショウ?悲しいデショウ?あの娘に消せぬ傷を与えた神が 憎くて堪らないデショ?吾輩の開発したこの『魔道式ボディ』に彼女の 魂を宿せば、もう一度傷無きあの娘に出会えマス。それには あなたの叫びが必要なんデスよねえ…ひでぶっ!」 口を三日月形にして笑いながらどう見ても黒い人体骨格標本を持ち出してくる 神父(?)のメタボ腹部に一撃をくれてやった後、僕は教会の外に飛び出した。 冷たい夜風が耳を刺す。教会以外の明かりはもう見当たらない時刻だ。 溜息をついて夜空を見上げながら、考えを整理する。 これからどうしよう。 僧侶ちゃんの体に傷をつけてしまったのは僕だ。 それも女の子にとって致命的な傷。目を覚ました彼女がそれを知ったら どんなに悲しむだろう。彼女にとって大切なものを奪ったわけだから。 …償いきれないだろうな。一生かかっても。 698 名前:そして転職へ  7[sage] 投稿日:2009/09/01(火) 19:18:40 ID:1Xxi/dtP 僕の旅についてもお先は真っ暗だ。 よりによって魔法使いさんにあの技を見られてしまった。彼女のことだから すでに見切っているだろう。 彼女のディン系統の術から察しても、彼女は特別な血筋のものか王族関係か 天才的に腕の立つ魔道士の子孫といったところだろう。 そんな人が、闇の力を使う僕と共闘するなどプライドが許さないはずだ。 僕は闇の術師として告発され、最悪処刑される。 いくら僕でも断頭台にかかったら死ぬだろう。 …僕が死んだら僧侶ちゃんの気持ちも安らぐかな? もしそうだったら死んでも構わないんだけど…。 「隣、いいかな?」 いつの間にか魔法使いさんがそばにいた。 「…あのさ、さっきの呪文の件だけど…。」 「…闇の力です。ご想像の通り。」 僕は少し投げやりに答える。さっきまで死んでも構わないと言っていた人間だが、 いざその危機にさらされると内心穏やかじゃない。 「…やっぱり。そうだったんだ。そうだったんだそうだったんだ…。」 しかし、魔法使いさんの反応は僕の予想していたどのパターンとも違うものだった。 目に涙を浮かべながら、僕に抱きついてきた。 「ま、魔法使いさん?どうしたんです?」 魔法使いさんは我に返ったように僕を見つめると、あわてて僕から飛びのき 照れたように笑いながら僕をバンバン叩く。 「あ、いや~。そ~んなすごい力を持ってるなんて、思わず感極まってさ~。 あーっはっはっはっは!」 僕も彼女の突然の行動に理解できずにひきつった笑みを浮かべる。 そんな気まずい空気の中、シスターさんが出てきて僕にいった。 「僧侶の娘が目を覚ましましたよ。あなたに言いたいことがあるそうです。」 僕の心臓が早鐘を打つ。僕は僧侶ちゃんのいる部屋へ足を進めた。                                 続く

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