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303 名前:不安なマリア6[sage] 投稿日:2009/10/08(木) 22:46:06 ID:TK20YbMz 花屋の店員、クレアは心中で深くため息をついていた。 といっても特に深い理由があるわけではない。外回りが嫌なのだ。 ただ、彼女は外回りを面倒と思ってこそいたが、嫌ってはいなかった。 嫌いになったのはつい最近である。それも確たる理由があってのことだった。 真相は単純、同乗者の問題だ。しかし、セクハラだとかそういう問題ではない。 同乗者ジョナサンの性格というか雰囲気というか、行動にも時々見え隠れする感情。 それが、最近になってどうにも違和感のあるものなのだ。 なんと言えばよいか分からないが、どうも気が滅入るような暗さを感じてしまう。 ちょっと前までのジョナサンはそんな雰囲気ではなかった。 クレアの彼に対する第一印象は、快活で優しく真面目そうな青年、というように高評価だった。 少し伸ばしたブラウンの髪と、とび色の瞳で物腰の柔らかい雰囲気も好印象である。 痩せてはいるが鍛えたらしき体と整った顔立ち、優しげな雰囲気が気に入り、狙った時期もあったが 結婚していると聞いてあきらめた。しかし、好意が燻り続けていたのも事実である。 だから、彼女はジョナサンとの外回りが好きだった。 ジョナサンは融通の利く男でもあった。少し帰りが遅くなっても気にしないし、適度に息を抜く余裕 があったのだ。クレアは彼とよく昼食を共にすることが楽しみであった。 しかし、最近彼は変わった。実際の行動や言動が変わったのは勿論、その裏の感情が読めない。 できるだけ早く仕事を終わらせたいのか、ただ黙々と作業をこなすだけ。外回り中も寄り道しない。 しかも、心なしか彼女と話したりすることを特に避けているような気がする。 昼食に誘ってもあまり良い返事は返ってこなくなった。 ――もしかして、あたし避けられてる? そんな疑問がもたげてしまう。何か悪いことでも言って怒らせたのだろうか。 そんな風に考えていると、一つだけ思い当たることがあった。 ――香水・・・。 少し前のことだ。二人で外回りに出ることになり、車に乗りこんだ時。 クレアが先に車に入って待っていると、ジョナサンが運転席に座った。 彼は、入ってくるなり何か顔をしかめたので、どうかしたのか尋ねたのだ。 すると彼は「いや、うん。ちょっとね」とはっきりしない。 「どうしたの?なんか気になるから言ってくれません?」 そう突っつくと彼はこう答えた。「いや、けっこう今日は香水強めかな、って」 その後はえぇ~?!などと茶化した反応をして誤魔化したものの、ショックだった。 あれが原因だとすると、自分はずっと臭いと思われていたのだろうか。 というよりも、実は彼、香水の匂いが嫌いで、それをずっと我慢していたというわけか。 そんなことで自分を嫌うとは思えなかったが、それを疑ってしまうほど彼は変わってしまったのだ。 ――う~ん。このままは嫌だし、もう一度仲良くなりたいなー。話できないかな? それに何か重大な悩みがあるのかもしれない。好意の証としても、彼の相談に乗りたかった。 ――でももし、奥さんの問題とかだったらどうしよ。・・・でもま、それはそれ、か。 こうして、真性楽天家のクレアは、マリアの夫を強引に昼食に誘うことにしたのだった。 最近、自分でも驚くほど他人との接触が少なくなっていることに一抹の心配がある。 ジョナサンは、何度かそういう話を妻のマリアに向けてみていた。 しかし、マリアの反応はいつも嬉しそう笑い、彼にキスと「セックス」をせがむだけだ。 他人と触れ合う機会はおろか、その欲求さえも明らかな減退を見せている今、彼は焦っていた。 しかし、この町で彼と知り合いの「他人」など町の狭いコミュニティのなかの人々ぐらいである。 彼らは、私達のような境遇や体験もなく、そもそも話が合うわけなどないのだ、とはマリアの弁。 必ずしもそんなわけではない、現に・・・と反論しようとすると、あの虚ろな視線。 「じゃあ、あなたは私との時間より連中との下らないおしゃべりが大事なのか?」 「私には孤独かあなたとの時間しかないんだ。休日だけでも一緒にいたいのはおかしいか?」 「私とあなたは二人で一つ。他に代わりはない。あなたは私から目を離さないで。」 こうして静々と問い詰められると、彼もそれ以上反論する気をなくしてしまうのだ。 ――彼女さえいればいい。勘当された時、そう思ったじゃないか。これ以上何を望む? ――それにもう、マリアだけ見ていなくてはならないんだ。 304 名前:不安なマリア6[sage] 投稿日:2009/10/08(木) 22:49:00 ID:TK20YbMz それに、町にはマリアを決して良い目で見ない者もいる。 一ヶ月に何度か、休日に車椅子をひいて公園や町のメインストリートに出かけることがあった。 しかしデートを楽しむ二人の姿はやはり小さい町の中、どうしても目立ってしまう。 傷痍軍人を抱えた流れ者に優しい場所など決して多いものではない。 不安や孤独感から徐々にヒステリックになっていく妻の心を解放するにはどうすれば。 悩みながらもジョナサンは誰も恨まず、働き、妻との生活を維持した。 だが何事も限界がある。町の中で孤立が身にしみた。そんな時、マリアが一人で努力を始めた。 料理や掃除といった簡単な家事だが、ジョナサンは彼女につきっきりで教えている。 ――彼女は立ち上がろうとしている。ただ孤立するだけじゃなくて・・・。 ――いまは彼女に専念するときなのだ。それで僕も救われる。 そう自分に言い聞かせながら、妻をベッドに寝かせる。それでも、不安感やストレスが溜まった。 マリアはそれを全て自分にぶつけていいと言い、そうしていつも「セックス」に雪崩れこむ。 しかし、一体感と凄まじい快楽はその時だけで、終わればすべてばらばらになってしまう。 ――息苦しくなるのはなぜだ。不安になればもっと気持ちよくなれるはずなのに・・・。 ――マリアだけ、マリアだけ、マリアだけ・・・。どうすれば僕たちは、幸せに・・・? 果たしてマリアが言うように二人だけで生きられるのか、不安になってくるのだ。 同僚のクレアから食事の誘いがあったのはそんな頃だった。 その日、仕事が忙しく昼は食べられないとジョナサンが告げると、妻はただ「そうか」と答えた。 最近、彼は妻のランチボックスをもって職場に向かう。彼女の料理の腕が上がったのだ。 だから、外で料理を食べる時は彼女に断り、ランチボックスをもたないで家を出る。 今回は昼食の相手が同僚の女性だったので、あえて妻に黙っておくことにした。 マリアのほかの女性に対する敵愾心は依然として強烈で、特にジョナサンへの接近を許さない。 何度も浮気調査と称して携帯から鞄の中身に至るまでひっくりかえしている。 あるいは、キスマークを発見しようと、時には全身をくまなくチェックする。 執念と猜疑心がそうさせているのだろうが、常に爆発しかねない危険さを秘めていた。 だからこそ、やましいわけでもないのに彼はクレアとの昼食を隠すことにしたのだった。 ではなぜ、そんな危険を冒してまでクレアと食事をするのか。無論、ただの気まぐれではない。 マリアとの生活に息苦しさを感じたとかいう、夫婦の悩みというのも違う。 自分自身への焦りとも言える気分がそうさせたのだ。 彼は、社会との接点、接触を拒むような自分の気持ちに何とか歯止めをかけたかった。 気がつけば、最近は同僚との食事どころか会話さえも成立しなくなっているのである。 そんなことがこれからもっと進行すれば、いつか自分達は完全に孤立してしまう。 それだけはなんとかして防がねば、と彼は考えていたのだった。 もちろん、それが妻の独占欲の影響を受けたものであることは分かっている。 だから根本的には夫婦の問題に直結しているのだが、彼はどうしてもそれを考えたくなかった。 妻の望んだ通りではないような気がしたからだ。 自分の望み、妻の望み、絵に描いたようなジレンマのなかでジョナサンは悩んでいた。 彼は仕事と言った。仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事・・・・・・、 だから、そう。不自然じゃない。私のランチボックス。私が彼のためにつくったランチボックス。 そう。不自然じゃない。彼は忙しいのだ、私の料理を食べられないくらい。 食べられない。そう、食べられないだけだ。「食べない」のではない。断じて違う。 忙しいのだ。何より彼がそう言っていた。外回りが大変なのだろう。何軒も何軒も何軒も回って。 ・・・・・・おかしい。なぜか涙がこぼれてきた。体の震えがとまらない。 あはは、はは、どうしてかわからない。今日の私はすこし変だ。さっきから体が震える。 ――女なのかもしれない。もしかして、彼は女と食事をしたくて今日は・・・。 そんな妄想が頭をよぎる。すぐ怒り泣く醜い私に代わって健康的な若い娘と外にいる彼の姿。 「駄目な妻だな、私は。また夫を疑ってしまった。」 一人笑って誤魔化そうとする。しかし、笑いは咽にひっかかり、乾いた音しか出なかった。 「そうだ。電話しよう。電話だ。電話電話電話電話電話・・・。」 電話電話と呟き続け、意識を集中させて嫌な妄想をはねのける。 305 名前:不安なマリア6[sage] 投稿日:2009/10/08(木) 22:54:13 ID:TK20YbMz しかし、一度疑いだすと止まらない。怒りと不安で電話を持つ手が震える。 「うぐ、ぐす・・・ふぅっ、ぐ・・・うあ・・・」 電話機に涙が零れ落ちる。何度目かでようやく、正しい番号をダイヤルできた。 何回かのコール音の後、ジョナサンが出た。 「もしもし。マリア?」 少し周りが騒がしい。今日は町を歩いて回っているのだろうか?昼時で休憩しているのか? 「ああ。私だ。どうしてる?お腹は減っているか?」 それとなく探りを入れる。それにしてもさっきからカチャカチャという音が煩い。それに周りで 幾人かが喋っているような感じだ。 ――ジョナサン、いまどこにいるんだ? 『ああ、うん。アレ、やっぱりもっていくべきだったかな?』 ははは、と笑い声が聞こえる。しかしどこか違和感のある、乾いた声だ。 ――どこだどこだどこだどこだ 「ふふ、私の料理だって捨てたものじゃないだろう。随分、練習したんだ。」 どう攻めてやろうか。ジョナサンの反応に備えた瞬間だった。大きな声が入ってきた。 『前菜をお持ちしました。蛸のカルパッチョでよろしいですね?』 『あ、きましたよ。ジョン、』 『マリア、いま客を待たせてるからちょっと待っててくれ。すぐかけ直す。』 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 『・・・マリア?』 心臓が止まったような気がしていた。 以前、一度だけあったことがある女の声。受話器の向こうで夫を親しげに呼ぶその声。 どうやら女と二人で食事を取っているらしいこと。 そして何より、夫がそんなことをしながら自分に嘘をついたこと。 なにもかもがショックで、悲しすぎた。重い何かが奥底から全身に広がっていく。 ――窒息する。苦しい苦しい苦しい。息が詰まる。息が息が息が息が・・・・。 「か、はっ」 空気が、声にならない叫びが咽から漏れる。 『マリア?どうしたんだ?大丈夫か?』 夫の心配そうな声。いつもはそれで安心できるのに今日はそれさえ偽物にしか聞こえない。 『どうしたの?』 また聞こえるあの声。吐き気を催すような、呪われた声音。 女になにか合図でもしているのか、ジョナサンの気配が一瞬、受話器の向こうから消える。 その姿が脳裏に浮かんで、マリアは朝食と昼食を一気に吐き出した。 「うぐ、う、げぇっ・・・・・・かっ、は・・・・」 カオスのなか、たった一つのことだけが彼女の脳裏にはっきりと現れていた。 ――復讐しなければ。あの女。復讐復讐復讐復讐復讐 ――取り戻す。私のものを。ジョナサン、まっててくれ。すぐ思い出させてやる。 ――わたしのものわたしのものわたしのものわたしのもの 感情はすぐ断片として消えてゆき、復讐という目的だけが残った。 彼女は落ち着いてジョナサンに呼びかける。 「大丈夫だ。なんでもない。私も鍋がそのままだから見に行くよ。一段落したら必ず電話だぞ。」 そうか、じゃあまた後で、と電話は切れた。 また一人になったリビングで、彼女はゆっくりと考えていた。 あの豚の名前は何と言ったか。・・・そうだ、クレアだ。奴の匂いがする。でもなぜ? 決まりきっている。あの豚に夫が誘われたのだ。昼食でもとろうとかなんとか言って。 それで、彼は私の料理を食べないつもりなんだ。私の私の私の私の私の私の・・・ 卑しい豚のことだ。それだけではすむまい。きっと、もっと汚らわしいことを考えているのだ。 それにしても、彼は私の料理に飽きたのだろうか。いや、そんなことはない。ありえない。 なぜなら、あれに飽きたということは私の体に飽きたということだからだ。 私が彼のために作る料理には全て、私の体液が入っている。だから、彼が飽きるのはありえない。 あの豚は私の痕跡を彼の体から流そうとしているのかも知れない。別のものを食べさせて・・・。 そう思った途端、私の中で熱い物が弾けて噴出した。火山みたいだ。壁に皿を叩きつける。 「そちらがそういうつもりなら、私にも手があるぞ。」 あは、ははは、あはははははは。豚の処遇は決まった。もう終わりにしてやる。 そうだ。彼にも「罰」が必要だ。もう一度、完全に「教えて」あげないと・・・。

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