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836 :狂愛は劇薬にも似た媚薬:2009/09/09(水) 23:00:29 ID:dvUEkawO 此処はとある花街の遊郭。店の前では女達が客を取ろうと誘惑している。 そんな欲望を滾らせた眼をしている女達の中に一人、何処か冷めていて暗い眼をした花魁がいた。 彼女の名はこの花街一番と謳われる花魁“宵桜” その美しさで酔わせた男は数知れず、嫉妬で狂わせた女も数知れない。遊女の中で最上級の「極上」に位され、花街や市中で彼女を知らぬ者など皆無と噂される。 彼女のあまりの美しさや妖艶な笑みに、化け狐ではないか?と仲間内からも囁かれるほどだ。 「今日も、来ないのかしら…?」 憂いを帯びた声音で呟いて外を宵桜は眺めていた。待っているのは客ではない、待つ必要などなく高い花代を払って幾らでも望まなくてもやってくる。 「宵桜!!ご指名だ、お得意様だから怒らせるなよ」 遊郭の主人の声が聞こえ、深い溜息を吐きながら客が待つ部屋へ上って行った。 『お得意様ですって?よく言うわ、所詮金づるでしょう?』 心の中で見え透いた主人の卑しい考えにうんざりしながら、向かうしかない自分の立場にいら立ちに近い感情を、何処か他人事の様に感じていた。 そう、感情なんて煩わしい感情とうの昔に捨ててしまった。 階段を一歩一歩進む度に雑念をかき消していく様に彼女は偽りの妖艶な笑みを纏っていった。 『私が私に戻れるのは…あの人の前でだけ…』 そう思った時、足音と共に主人の声が耳に入って来た。 「こっ困るぞ勝手なこ「ふっ花代は倍払ってんだからいいだろうが」 主人ではない声…それは彼女の待ち望んでいた愛しい存在の声。階段を駆け降りる。 「烏拘さんっ今日はきてくれたのね?」 それは漆黒の着流しを着た、薄笑いを常に浮かべる女衒の烏拘だった。 「あぁ、行くぞ宵桜」 宵桜は嬉しそうに頷き、2人は文句を言う主人を無視して最奥の部屋に入ってしまった。 「くそ…まぁ金を貰ったからいい、客への言い訳が面倒だ」 ぶつぶつ呟きつつ宵桜を指名した客の元へと向かった。 宵桜と烏拘、2人の出会いは数年前―― 837 :狂愛は劇薬にも似た媚薬:2009/09/09(水) 23:01:35 ID:dvUEkawO 宵桜は、幼い頃から父親に性的虐待を受けていた。母親は彼女を守るどころか自分の旦那を取られたと、暴力を振い続けた。 暫くして母親が病死すると、父親はあろう事に彼女に客を取らせていた。虐待の疵は残り、今も背中に無残な跡がある。 数年経つと客も来なくなり、今の遊郭に売られた。 その為彼女は愛情を知らず、欲しいと望みながらも諦めてしまった。 そんな中、女衒の烏拘に出会う。彼は宵桜を一目見た時に他の遊女とは違い、もう何もかも諦めきった、しかし男に媚びない眼をしている彼女に興味を持った。 「お前…他の奴らとはちがうな?」 「そうかしら?貴方変わってるわね」 問い掛けにそう返した宵桜に興味を持ち、此処に来た経緯を聞いた烏拘。彼がこの様な行動に出るのは初めてだった。 「―これが此処に来た理由。貴方に初めて話したわ…不思議ね。私は壊れているのよ、之が証」 そう言うと宵桜は着物を脱ぎ、背中を見せた。そこには数多くの残虐な行為をしてきた彼でさえ眼を背けたくなる様な疵跡が刻まれていた。 「ふふっすごいでしょ?いろんな趣味の男を毎晩相手させられてきたの」 「…成る程な。同情はしねぇさ、只お前は誰かに愛されたいんだろ?」 烏拘は淡々と言いながら宵桜にこちらを向かせ目線を合わせた。 「いらないわ…愛なんて不確かなもの」 嘲笑っている様な、悲しんでいる様な、どちらとも取れる笑顔を浮かべて呟いた宵桜に、彼は興味を持った。 『こいつが、確かな愛を知ったらどんな笑顔をする?』 それが2人の最初の出会いだった。 それから烏拘は宵桜に会いに来る様になる。彼女は疵者ではあるがその美貌ゆえ周りの遊女が嫉妬して嫌がらせをするほど客の人気を得た。 烏拘は宵桜に自分は愛されていると思わせる事にした。会って只抱くだけではなく、行為をせずに話したり頭を撫でてやったり…。 数ヵ月後、当たり前の様に頭を撫でてやると 「私…こんな気持ち初めてで解らないけど…これが愛なの?」 と、上目使いで烏拘に問い掛けた。 「そうだぜ」 そう答えると、とても幸せそうに子供の様に無邪気に笑い嬉し涙を流した。それは宵桜の見せる初めての自然な笑顔だった。 「ほぉ…そんな笑顔も出来るんだな?」 不覚にも烏拘もその笑顔に魅入られてしまい、宵桜に愛情を抱くようになった。 それから2人は密かに恋仲になり今に至る。宵桜は遊女の契りの証である小指を切り落として誓った。烏拘は身請けする事を約束した。 「もう少ししたら、身請けしてやる。潮時だろぉよ」 「嬉しい、すごく幸せよ」 抱き締めて耳元で囁く烏拘に、宵桜は無邪気な笑みを見せて優しい口付をする。 主人や他の遊女達に関係を気付かれ始めているし、身請けした後の資金も十分溜まったのでそろそろ時期が満ちた。 「愛してるぜ、宵桜」 「私もよ、烏拘さん」 長く濃厚な口付を交わしてから、名残惜しそうに部屋を後にした烏拘を宵桜はうっとりした表情で見送った。 852 :狂愛は劇薬にも似た媚薬:2009/09/10(木) 11:48:45 ID:4b72AI68 宵桜はふと、何時も肌身離さず持っている簪(かんざし)を取り出し幸せそうに眺める。 それは大切な思い出。 烏拘が用意した町娘の着物で変装し、遊郭の裏口から密かに抜出して花街から抜けた。 散策しながら彼女は初めて見る物ばかりの外界に、子供の様に純粋に笑いと愛しい彼と過す至福を感じ、終始喜んだ。 そんな中、簪屋に立ち寄ると烏拘が一つ手に取り宵桜に付けてやる。 普段遊郭で付けている様な派手な物ではなく、簪の先に藍色の玉が付いているだけ。 「お前はこれが似合う」 それは普段褒め言葉など口にしない烏拘にしたら、充分過ぎる程の褒め言葉。安い褒め言葉で言い寄る客とは比べるまでもない。 「ありがとう…」 幸せを噛み締める様に無邪気な笑みで返した。 そんな幸せな思い出と共に大切にしている簪。 もうすこしで、その思い出が日常に変わる。見付からないか不安を抱えて抜出す必要もなくなる。 「やっと…私は烏拘さんだけの物になれる」 自然に笑みが零れ、それは結婚前の幸せいっぱいの女の笑顔だった。 「烏拘さん、まだみえるかしら?」 窓辺に近付き眺めると… 「どう…して…?」 彼女が見たのは、烏拘が顔見知りの遊女と隣の遊郭に入って行く姿だった。 疑念より先に、絶望が襲った。彼の隣りにいた遊女は宵桜に嫌がらせをしていた遊女…。 宵桜は 裏口から飛びだしていた >>853 簪を握りしめた >>854 853 :狂愛は劇薬にも似た媚薬:2009/09/10(木) 11:50:06 ID:4b72AI68 思うより先に身体が動いていた。誰にも見付からない様に急いで飛び出し隣の遊郭に来た時、調度烏拘が出てきた。 「どうして…?私は…何…?」 「!?お前どうしっ…はぁ、勘違いしてるみたいだから言うが、俺ぁあの女をこっちの店に引き渡し「嘘…付かないで…」 顔を上げた宵桜の眼には憎悪しか最早映っていない。 烏拘の言った事は言い訳でも何でもない事実。女衒としての仕事を果たしたまでだ。 「許さない…私以外が貴方の隣りにいるのは…許さない…」 「まて宵桜!話をき」 宵桜は烏拘に口付けて言葉を遮る。次の瞬間、彼の頸に激痛が走った。 「宵…ざく……」 宵桜が首にあの、思い出の簪を刺したのだ。引き抜くと血が溢れ出てグシャリと烏拘は虚ろな目で倒れた。 「ふふっこれで烏拘さんは私だけの物」 うっとりと妖艶な表情で血濡れた口付を彼にする様はまさに、般若そのものだった…。 終 854 :狂愛は劇薬にも似た媚薬:2009/09/10(木) 11:51:05 ID:4b72AI68 簪を折れてしまう程握り締めた宵桜の眼は、深い絶望で染まった。 ふと見ると、烏拘が再び戻って来るようだった。 彼女は静かに待った、彼が部屋に来るのを…。 「よぉ…悪いな、お前に嫉妬してた遊女を隣に引き取らせてきたぜ」 「本当?うれしいわ…」 俯いて烏拘に近付き口付ける。烏拘は仕事をしてきただけだった。本気で宵桜に惚れているのだから。 「ねぇ…烏拘さんの刀見せて?」 「…?別にかまわねぇぜ?」 宵桜の雰囲気が何時もと違う事に烏拘は気付いたが、具体的に何が違うか解らない。 ともあれ要求された通り護身用に持っている日本刀を鞘から出して翳してやる。 「綺麗ね…調度いいわ」 「はぁ?何言って…」 言い終わると宵桜は彼に抱き付いた。愛しい相手を抱きしめ口付けると…、次の瞬間烏拘の手に鈍い感覚と音が伝わる。これは…? 「ふふっ愛しい貴方に貫かれて…幸せ…」 「!?宵桜!!何して「これで…貴方は…私を忘れられない…」 烏拘が刀を持っている手を引き寄せ、宵桜は自らの腹に刃を突き立てさせていた。彼の手が徐々に生温い紅に染まっていく…。 「他の…どんな女と関係を持とうが…私を忘れられない…こ…れで…烏拘さんは…私だけ…永劫…ず……と……」 唖然として只宵桜を見つめる事しか出来ない烏拘にそう呟き、最期の口付けを交わすと、彼女は力なく崩れた。 宵桜は、無邪気に…幸せそうに笑っていた…。 終

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