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365 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2009/10/11(日) 20:36:19 ID:Fh07qOuG ***  お父さんが死んだ。  車に撥ねられて死んだ。  お父さんはもう居ない。  もう何もお話はできない。  酔っぱらったお父さんの愚痴を聞くこともできない。  家族全員でご飯を食べることもこれからはない。  もう、二度と。  白と黒がいっぱいの部屋。そして私も白くて黒い。黒くて白い。  たくさんの人が居る。見たことがある人も居る。知らない人も居る。  私はただ座ってる。今、どんな顔をしているのかしら。  無表情? 泣いてる? 怒ってる?   それとも、顔から目以外の全部のパーツが抜け落ちちゃったのかしら。  それでも、別に、構わないわ。  もう、全部おしまいなんだから。  お父さんは死んだ。私が殺した。  あの雨の日、置き去りにしちゃったせいで。  大好きだった。お父さんもお母さんも弟も妹も。  みんなとずっと仲良く暮らしたかった。  でも、もうそれは叶わない。  お母さんとお父さんは一生離ればなれ。  弟と妹はどこかに行っちゃった。  私は、ひとごろしの私は、もう誰とも一緒に居られない。    ――そう。  私を必要としてくれる人なんて、どこにもいない。  だからもう、私なんか。  私なんか、潰れちゃえ。 367 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2009/10/11(日) 20:37:04 ID:Fh07qOuG ***   「もう俺のことは放っておいてくれ」  ぶっきらぼうに言い放つと、正面の席に座る彼女の顔が曇った。 「どうしてそんなことを言うの?  まだわからないじゃない。まだ、諦める必要なんかない」 「……わかってないんだな」  そう、彼女はまだ信じている。  俺の折れた腕が治ると。また、以前のように動かせるようになるのだと。  それどころか、俺が必ず復帰するのだろうとすら思っている。  いいや、思っているだけではない。  今までの彼女の口ぶりからすると、確信しているのだ。  俺がまた、ロードレースで勝利するのだと。 「やめたんだよ、俺は」 「やめたって、何を? はっきり言わなくちゃわからないよ」 「……ロードレースをだ」 「レースが何?」 「だからっ!」  わかっているくせにとぼけた振りをする。  こいつの考えなんかわかってる。  俺を煽って、俺の負けん気を起こさせようというのだ。  そんな手には乗らない。  もう二度と復帰はできないんだから。 「治らないなんて、お医者さんは言ってなかったんでしょう?」 「動かせるようにはなる、ただ以前と同じようにはいかない。  ……そう言っただろ、俺が、自分で! お前に!」  腹が立つ。  なんでこいつはここまで俺にかまうんだ。  幼なじみだからか。  まだ俺が諦め切れていないって、見抜いてるっていうのかよ。 「復帰したって、もう以前みたいに走ることなんかできない。  遅いんだよ、俺は! お前が知ってる俺じゃないんだ!  あのレースはベストの状態だった。それでも全国じゃアイツに負けた!  もう、自転車に乗ったって――」  ――勝てない。  その決定的な一言を言おうとして―― 368 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2009/10/11(日) 20:37:30 ID:Fh07qOuG 「勝てるよ、私にはわかるもの」  ――そんな、何の疑いも持たない幼なじみの言葉が聞こえてきて、口が止まった。 「あなたが誰よりも自転車が好きだって知ってる。  誰よりも速くないといけない、自分より速い人間なんて許せない。  私は知ってるよ、あなたの気持ち。  そして、今の遅い自分を許せないってことも、わかってるつもり」  どうしてわかってるんだよ。  いつもすっとぼけた顔してるくせして。 「勝ちたいんでしょう。だったらまだ続けて。  今のあなたより強い人がいても、必ずあなたはその人より強くなる」    ああ、そうだよ。まだ終わりたくない。  もっと勝ちたい。勝ちを譲りたくない。  もう負けない。他の誰にも負けたくない。 「あなたが自分を信じられないなら、代わりに私があなたを信じてあげる。  あなたは、強くて、そして――速いわ」  この女は、いったいどこまで俺のことを―――― 369 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2009/10/11(日) 20:38:38 ID:Fh07qOuG 「さっきからなにぶつぶつ言ってるのさ、ジミー?」  少女に小声でそんなことを言われ、向かい合って座っている俺の顔が曇った。 「邪魔しないでくれないか。今いいところなんだ」 「いや、あそこのお兄ちゃんとお姉ちゃんの話のナレーションをしてるのはわかるけど。  恥ずかしいよ、それ。ジミーってばもしかしてチュウニビョウ?」 「意味分かって言ってるのか知らないけど、小学校も卒業してない玲子ちゃんに言われたくはないな」  たしかに同席している人間としては突っ込まざるを得ない行動だったかもしれないが。  俺と玲子ちゃんがいるのは、先日入院した病院の待合室である。  退院したからといって二度と病院に行かなくていいわけではない。  怪我の治り具合を見るために医者に来るよう言われれば、行かなくてはならない。  それは別にいいのだ。  俺だって自分の腕が元通りになるなら何度でも病院に足を運ぶつもりだ。  検査の終わった後に寄った待合室で玲子ちゃんと会うのだって構わない。  この病院に来たからには、この子と遭遇したって何ら不思議はない。   しかし、目の前で青春ドラマのワンシーンを実演してもらうのは困る。  俺と同じく、白い三角巾で腕をつるした同年代の男に注意を向けてしまったのがまずかった。  さっさと立ち去って帰路に着いていれば、妙な空間になった一室から去るタイミングを逃さずに済んだのに。  あるもんなんだな、目の前で青春されることって。  席を立つことも許されてない感じがしたよ。  だから、理不尽に感じた俺がついつい勝手なナレーションを入れてしまっても何も悪くないはずだ。  どうせあの二人には俺らなんか眼中にないだろうから。 370 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2009/10/11(日) 20:39:32 ID:Fh07qOuG  約五分後、絶賛青春中カップルが立ち去り、再び待合室は俺と玲子ちゃんだけとなった。  紙コップに注がれたぬるいコーヒーを喉を潤し、話しかける。 「……で、どこまで話してたっけ?」 「えーっと…………あれ、ボクのお母さん、いやジミーのことだっけ、あれ?」 「いいや、玲子ちゃんの話だったな」 「え? ボクそんな話してた?」 「うん。あそこまで堂々と自分のパンツについて語ってくれるとは思わなかった」 「え? ええ? えー……」  玲子ちゃんが思い出すように天井を見上げ、顎に人差し指を当て、最後に俯いた。  コーヒーをもう一度胃に流し込む。少し苦い。  コップを机に戻した途端、玲子ちゃんが立ち上がり叫んだ。 「言ってないし! ジミーにボクのパンツの色なんか教えないし!  それ教えてボクに何の得があるの!」  ――ふうむ。 「見られたいという欲求を叶えてくれる?」 「無いってば!」 「実は黒を穿いているのに白と言っておくことで、  俺にサプライズを提供する喜びを得られる、とか?」 「ジミーを喜ばせても別に嬉しくない!」 「うーん、じゃあさっきは白と言っていたけど実は――」 「今日のは白だって! さっきからしつこいよ、ジミー!」 「ほうほう、玲子ちゃんは白を穿いているのか」 「……………………あ」  しまった、という顔を浮かべる玲子ちゃん。  そしてわなわなと拳を揺らし、椅子に乱暴に腰掛けた。 「学校でもスカートの中見られてないのに……」 「高校生に口で勝とうなんて言うのが甘いんだよ。  玲子ちゃん、わかりやすいからなあ。熱くなりやすいし」 「ううう~。こないだからジミーに見られてばっかり。  もうボクお嫁さんにいけない……」 「安心して。いざとなったら俺がもらってあげたりしないから」 「あはははは、なんだかすっごくむかつくよ、ジミー」 371 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2009/10/11(日) 20:40:28 ID:Fh07qOuG  コーヒーもなくなったので、玲子ちゃんいじりはそろそろやめて本題に入ることにした。 「さっきの話の続きだけどさ。ほら、俺に玲子ちゃんのお母さんと会ってくれないか、って」 「うん、そう。……やっぱりダメ?」 「ダメ」 「どうしてさ。お母さんどうしても連れてきて、ってボクに言ってたんだよ。  それぐらいジミーに会いたがってたんだから」 「悪いけど、本当にダメなんだ」  会いたくないんだ。  せっかく昔のことを無かったことにできそうなのに、いまさら蒸し返したくない。  伯母がどんなことを言ってきても、耐え続けることはできそうにない。  愛想笑いを浮かべながらの会話を続けていられるまで、気持ちの整理がついていない。  ふとした拍子に堪忍袋の緒が切れて、怒りをぶつけてしまうかもしれない。  何も知らない玲子ちゃんを前にして、そんなことはしたくない。  この子にとっては、きっと良いお母さんなんだから。 「理由を言ってよ。ボク、ちっとも納得できない」 「聞いても納得できないと思うよ、君には」 「いいから言ってよ。それから判断するから」  そのまま話せば長くなる。けど、短く言うこともできる。  俺は玲子ちゃんのお母さんが嫌いなのだ、と。  しかし、それをこの子に伝えてしまっていいのか。  母親が嫌われているなんて、子供にとっては嬉しくなんかないだろう。  おそらくだが、昔の俺だって母を悪く言う人は、良く思っていなかった。  どうすればいい?  なんて答えればいいんだ。 372 :ヤンデレ家族と傍観者の兄 ◆KaE2HRhLms [sage] :2009/10/11(日) 20:41:40 ID:Fh07qOuG 「……ねえ、ジミー。もしかして」  悲しそうな目で玲子ちゃんが見つめてくる。  目に力がこもっていない。 「ボクの、お母さんのこと」  一言ずつ、絞り出すようだった。  次に来る言葉がなんであるかわかっている。  母親思いの純真な少女に言わせるべきではない、そんな台詞。  けれど静止の声は出ない。  止めて、俺の口から言ったところで、この子が傷つく結果は変わらないのだから。 「嫌い、だった……?」  もしかしたら俺は、嘘でも否定しておくべきだったのかもしれない。  もっとも、そのことに気付いたのは玲子ちゃんの問いに対して頷いた後でのことだったのだが。  

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