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459 :少年 松田 悠里の場合 [sage] :2009/10/16(金) 13:06:40 ID:/O440q4V 俺と彼女との出会いのきっかけは、ほんの些細なことだった、当時の俺たちは高二に上がりたてで、たまたま俺とあいつが一緒のクラスになったのだ。 もちろん、その程度なら些細なことですらない。 恒例の委員会・クラスの係決めで俺は放送委員を選んだ。オリエンテーションであらかじめ決めておいた担当の曜日の昼休みに、自ら持ち込んだCDをかける。 それを楽しみにしていたのだ。学生生活を一通り体験した皆さんなら想像がつくだろうが、委員会というものは大抵、それぞれクラスで代表二人が選出される。 この放送委員も、例外ではなかった。そして俺以外にもう一人立候補したのが、あいつ。作倉 奈緒輝だった。 ビロードの如く艶やかな、腰まで伸びた黒髪。端正な顔立ち。透き通るような白い肌。"ナオキ"という、聞いただけなら男かと思うような名前、けれど美少女。 いろんな意味で気になるやつだ。 翌日の放課後、さっそく委員会で集まった。活動内容についての説明と、担当する曜日決めだ。黒板には月曜日から金曜日までの希望欄が書かれている。 俺は"水曜日"と書かれた欄に名前を書いた。その曜日を選んだのには、特に深い理由はなかった。 数分後、全員が希望の曜日を書き終えた。幸いにも、水曜日の欄には俺ともうひとりの名前しか書かれていなかった。 これがどういう意味か、というと、他の曜日はだいたい3、4人なのに対し二週間に一回というハイペースで当番が回ってくるということだ。 ちなみにその"もうひとり"ってのは、意外なことにあの作倉だ。 そこから一週間とすこし後、はじめての当番が回ってきた。CDと弁当と暇潰しのPSP…むしろ鞄ごと持ち込み、放送室に向かった。中に入ると、作倉がいた。 「こんにちわ松田くん。」 「…今日は俺の当番だぜ? えっと…作倉さん?」 「奈緒輝でいいよ。クラスメイトなんだし、そんなに畏まることないでしょ?」 「……まあ確かに。じゃあ俺のことも、悠里って呼んで」 「ふふっ…わかった、悠里くん」 変わったやつ、と思いつつ俺はプレイヤーにCDを入れる。職員室以外に流すよう指示を受けていたので、それに従い各フロアの音量を調整する。 これからお昼の放送を始めます、とお決まりの挨拶を言い、プレイヤーの再生ボタンを押した。手始めに、妖精達が夏を刺激する歌がスピーカーから流れ始める。 「へえ…悠里くんってTM聴くんだ。なんか、意外だね」 「小学生のときから好きなんでね。お気に召さなかったか?」 「ううん、私もTMは好きだよ?」 そうかい、と返事をしつつ俺は鞄から弁当を取り出した。すると奈緒輝も弁当を取り出し、お昼ご一緒していいかな? と聞いてきた。 特に断る理由もなかったので、構わない、とだけ返事をしておいた。 奈緒輝の弁当箱はいかにも女の子らしい、小さなものだった。以前小耳に挟んだが、女子の弁当というものは小さな弁当箱に具をあわせる必要があり、 かつ彩りが大事で、男子の弁当より難しい…いや、手間がかかるものらしい。奈緒輝のそれは彩りも美しく、作った人の腕前が現れているようだった。 かくいう俺は、両親とも海外でエンジニアとして活躍し荒稼ぎしているおかげで安泰な独り暮らしなのだが、弁当は俺の自作だ。 なんとなくだが、あまりじろじろ見られたくない。実は奈緒輝も自分で弁当を作っていた、というのは後日知ったことだが。 460 :少年 松田 悠里の場合 [sage] :2009/10/16(金) 13:08:53 ID:/O440q4V 食後、暇をもて余した俺は鞄からPSPを取り出し、電源を入れた。ソフトは、発売から今現在まで幅広い人気を誇るゲーム"モンスターハンター2ndG"略してモンハンだ。 といっても俺はつい1ヶ月前くらいから始めたのだが。 セーブデータを読み込んでいると、ここでも奈緒輝が声をかけてきた。 「へえ、悠里くんモンハンやってるんだ? ハンターランクいくつ?」 「8だ。ヤマツカミは出ているんだが、根性スキルのついた装備がまだ揃わなくてな。…お、ラヴァの足買えるな。揃ったわ。」 「ちょうどいいじゃん。私も行くから二人でヤマツカミやろう?」 「…奈緒輝ってモンハンやってたんだ。ランクは?」 「9。ウカム倒してあるよ」 「そうか、じゃあ集会所先行ってるよ。」 "集会所"という、分かりやすく言えば、様々なモンスターを狩るクエストを受ける場所に向かった。いわゆる、通信プレイ用の部屋だ。 俺は先にヤマツカミのクエストを受けた。俺の装備は、"根性"という、一撃死クラスのダメージを受けてもHPが1残るスキルと、武器の切れ味を上げるスキルを発動させた ものだ。 ヤマツカミは一撃死の技をたびたび使ってくるので、下手くそな俺でもとりあえずこれでなんとかなるだろう。 奈緒輝のキャラの装備は俗に"金色一式"という、"大剣"に特化したようなものだった。武器はあの大根おろし。 これ以上は…いやこの時点で既にモンハンをやったことのない人には全く分からないだろうから、過度な説明や戦闘描写は割合させてもらおう。 ヤマツカミ戦は思ったよりも早く、簡単に終わった。20分はかかると思ったが、15分で討伐。一撃死の技を使われることもなく沈んだ。ほとんど奈緒輝の活躍だったが。 ふとPSPで時計を確認してみると、昼休み終了5分前だった。俺はCDプレイヤーの停止ボタンを押し、マイクで「これでお昼の放送を終わります」とアナウンスした。 「ねえ、悠里くん」奈緒輝が機材の電源を落としている俺に声をかけた。「せっかくだし、メアド交換しようよ。いいかな?」 「ああ。待ってな、今携帯出す。…よし、じゃ赤外線でまず俺が送るわ」 互いの携帯の赤外線ポートをほぼゼロ距離に近づける。いやまったく、最近の携帯はほんと便利になったもんだ。 ソ◯トバンクがまだJ-PHONEと呼ばれてたころから携帯を使っている俺は、その遷移をほぼ全て把握している。 22世紀の携帯を当時の人たちが見たら、未来のハイテク万能通信機器だと思うこと間違いなし、だ。 そんなことを考えてるうちに、今度は奈緒輝からアドレスが送られてきた。俺はそれを手早く電話帳に登録しておいた。 「さ、教室戻ろっか」奈緒輝は携帯をしまうと、机の上の放送室の鍵をとって言った。俺は「そうだな」とだけ言い、二人して放送室をあとにした。 これが、俺と奈緒輝の出会いだ。 461 :少年 松田 悠里の場合 [sage] :2009/10/16(金) 13:10:34 ID:/O440q4V それ以来俺たちは頻繁に話すようになった。休み時間には会話を、ときにはモンハンをやり、放課後は一緒に帰るようにもなった。 偶然にも奈緒輝の家は俺の自宅から自転車で5~6分と、わりと近場にあったので、帰りは奈緒輝を後ろに乗せて自転車を走らせるのが定番になっている。 ちなみに学校から俺の家まではおよそ20分だ。 奈緒輝はある意味では、最高の友人だった。俺の趣味にあわせるでもなく(むしろ趣味がかぶっていることが多い)、遊びにも付き合ってくれる。 いつしか互いに「悠里」「奈緒輝」と呼び捨てで呼びあう仲になっていった。テスト前には図書館に行き、二人して教科書とにらめっこをしたりした。 奈緒輝は理系、俺は文系なので互いにカバーしあって勉強に励んだ。 結果、テストの点数は俺たちでワンツーフィニッシュを飾ることになった。その頃から俺たちはこう冷やかされることが多くなった。 「新婚夫婦」や「美男美女カップル」などと。 奈緒輝は特に気にするでもない様子だったが、俺の心中は穏やかではなかった。 奈緒輝と遊んでいる時は忘れていられた過去の過ちが、今度は奈緒輝と遊ぶ度に俺の思考を支配するようになったのだ。 奈緒輝は何度か俺の表情を読み、心配そうに声をかけてきた。だが俺は問題ない、と言いごまかした。 奈緒輝にだけは、どうしても知られたくなかったのだ。俺の過去を。 ある休日の事だ。俺たちは電車で隣町まで赴き、駅周辺をぶらぶらとしながら遊んでいた。それはいつもの光景。月2回はこうして遊んでいるのだ。 7月ともなれば梅雨も明けはじめ、じめじめとした暑さが日中漂うようになる。 今日の俺は黒を基調としたゴシック風のTシャツにジーパンといういでたち。こんなものもはや家着だ。なにしろこのシャツを買ったのはもう3年も前なのでな。 少し生地がすれているが…友人相手にわざわざ着飾ることもあるまい。 対して奈緒輝はミニスカートに、水色基調のTシャツと、見た感じいかにも涼しげな格好をしている。まあ、いつもこいつの服はこんな感じだ。 俺たちはまずファーストフード店で軽い食事をとり、それからゲーセンに向かった。俺のお目当ては、ドラムセットを模した、巷ではよく厨二ゲーと言われている音ゲーだ。 まあ、始めた時期が中二だったのであながち間違いではあるまい。 対して奈緒輝はすぐ隣にある、ギターを模した、やはり巷で厨二ゲーともてはやされて?いる音ゲーにコインを入れた。 この二台が置かれている場合、大抵セッションプレイ…平たく言えば協力プレイができるのだ。奈緒輝がこのゲームに手を出したのも、中学二年のときだとか。 やはり、多感な年頃なのだろう。そう、無駄に。まあ俺も人のこと言えないが。 分からない人は、"ギタドラ(笑)"とでも検索してくれ。 462 :少年 松田 悠里の場合 [sage] :2009/10/16(金) 13:12:18 ID:/O440q4V ひととおりプレイし終え、ゲーセンを出た俺たちは次の目的地である映画館に向かっていた。 「いや悠里すごかったね。まさかクリアできるとは思わなかったよ」奈緒輝はけらけらと笑いながら言う。 「今度からあの曲禁止な。右腕がまじパネェっす」 「まあまあ、着いたらジュースおごったげるから」 「そりゃどうも」 などと話している間に目的地に着いてしまうのは、お約束のパターンだ。目的の映画は、「ヱ〇ァンゲリヲン・破」。なんと俺たち二人揃ってエ〇ァヲタ…という程ではない が、まあそれに近いものだったのだ。 チケットを買ったあと、フードコーナーでポップコーンをひとつとドリンクを購入した。ここのポップコーンは馬鹿みたいに量が多く、ペアでひとつがもはや定番なのだ。 もちろん俺のアイスティー(大)は奈緒輝の奢りだ。 劇場に入ると、人がちらほらと座っており、目測で3/4ほど埋まっているようだ。 指定の席に座り、ポップコーンを抱える奈緒輝。俺も座り、さっそくストローでアイスティーを吸う。ほどなくして、劇場が暗転した。 ――――――――――― 「いや~すごかったね悠里」 「ああ。まさか<ネタバレ>が<ネタバレ>で、しかも<ネタバレ>なんだもんな」 「そんなこと言ったら、<ネタバレ>だって<ネタバレ>だったよ!?」 映画が終わり、外に出たとき時刻は20時。空が紫色に染まりつつある時間帯だ。駅に向かう道中、俺たちはつい今しがた見終えた映画の話題で花を咲かせていた。 結局映画に夢中になってしまい、ポップコーンはほとんど手付かず。奈緒輝が抱えているのには変わらず、二人でちまちまと食いながら歩いていた。それがカラになる頃、駅 にたどり着いた。 パスモを改札に当て、中に入る。ホームに上がると電車がちょうど来ていたので、それに乗り込む。わずか二駅で地元に着くので、立ちっぱなしだ。 地元に着くと、今度は奈緒輝を家まで送り届ける。休日なので、徒歩でだ。奈緒輝は徒歩だと俺に気を遣ってくれるのか、いつも遠慮してくる。まあ結局いつも送っていくの だが。 ―――けれど、今日はそれのやりとりが無かった。 奈緒輝の家の前まで着いた。俺はいつものように奈緒輝に別れのあいさつを言い、踵を返そうとした。だが、 「…待って」奈緒輝に呼び止められた。 この時、俺の頭の中では警鐘が鳴り始めていた。嫌な予感がする。 「今日はどうしても、悠里に伝えたいことがあるの」 やめろ、言わないでくれ。言わなくてもわかる。だから、やめるんだ。 「私は…」 頼むよ。言わないでくれよ。だって、それを聞いてしまったら――― 463 :少年 松田 悠里の場合 [sage] :2009/10/16(金) 13:13:53 ID:/O440q4V 「私は悠里のことが好き。ひとりの男性として愛しています。」 遅かった。奈緒輝は言ってしまった。俺が一番恐れていた、この関係をぶち壊すひとことを。 「悠里は…私のこと、好き? それとも…私じゃ嫌…かな?」 奈緒輝の声はかすかに震えていた。 「奈緒輝。」俺は、重たい口を開き、言葉を捻り出そうとする。けれど…なんて言えばいいのか分からない。 答えだけなら、"NO"だ。俺はもう、誰かを愛することはできない。けれど、奈緒輝との関係が、とても心地良かった。 遠すぎず、近すぎず…いや、端から見たら近すぎかもしれないが、俺にとってはそうなのだ。それを失うことが、怖いのだ。 脳裏に、あいつの顔が浮かんだ。奈緒輝ではない、かつて俺が傷つけてしまった女性の顔が。俺にむけて吐かれ、そして今でも俺の心を蝕んでいる呪詛の言葉が、浮かんだ。 ―――嘘つき。 「…ごめんな。俺は奈緒輝の気持ちには応えられないよ。」 奈緒輝の顔色が、一気に青ざめた。苦しそうに、奈緒輝は言う。「…どうして?」と。 「俺は、お前のことが大切だ。最高の友達だと思っている。けれど…俺には誰かを愛するなんてことはもう出来ないんだ。」 「どうして…!?」 「……それは言えない。けれど、俺はお前を失いたくない。これは本当だ。」 最低な言い訳だった。つまりは、「これからもオトモダチでいましょう」と、一番最悪な、都合のいいことを俺は言っているのだ。 そんなことできる訳ないのに。奈緒輝との"友人"としてのほどよい距離感に甘えきっていた証拠だ。けれど奈緒輝は言った。 「そっかぁ…悠里にとって私は、大切な"友達"なんだね」 「…済まない」 「ううん…いいの。それはそれで、幸せなことだから。ねえ悠里?」 「…ん?」 「その代わり…ずっと私と友達でいてね? 約束だよ?」 奈緒輝は小指を差し出した。俺も、自らの小指を出して、奈緒輝のそれと絡めた。この蒸し暑い夜でさえ、その手は冷えきってい 464 :少年 松田 悠里の場合 [sage] :2009/10/16(金) 13:15:03 ID:/O440q4V 翌日、月曜のなんとなくけだるい朝を迎える。休み明けというのは仕事始め、俺ら学生は学業始め。なぜか憂鬱になってしまうだろう? 古くから「ローマは一日にして成らず」という言葉もあるくらいだし、みなさんもそう感じたことは少なからずあるだろう。けれど、俺の憂鬱は休み明けのせいではない。 結局きのうは一睡もできなかったのだ。奈緒輝は俺の前では最後まで笑っていたが、きっと泣いていただろう。…やはり俺には傷つけることしかできないのだろうか。 ベッドから這い上がろうとするが、胸が重く、苦しい。言っておくが、気圧が低いわけでも埃が凄まじいわけでもない。そもそも俺は喘息じゃない。この苦しさは以前さんざん味わった、あのときのものと同じだった。 俺はこの日、学業をサボることにした。 ――――――――――― 夢を見た。俺は中学の制服を着ている。となりにいるのは奈緒輝ではない。橘 美弥子という、かつての俺の友人だ。俺たちは中学校の、ひと気のない空き教室にいた。 「どうしてあんなことしたの」美弥子は言った。 「…我慢できなかったんだ。お前が、援交とか出会い系とか…そんなガセ流したやつが、許せなかったんだ」 「そのせいで私がどんな目に遭ったか、わかってんの!? 確かに、最初は嬉しかったわよ…あんたがあいつをぶん殴ってくれたときは。  でも…あのあとから嫌がらせが更にエスカレートした。いくらあんたが守ってくれても、もう耐えらんないのよ! 見なさいよ、これを!」 美弥子は左腕のリストバンドを外した。その下にはさらに包帯があった。それすらもほどいてみせる。そこには痛々しく、まだ新しい傷痕があった。リストカットの傷痕だ。 「耐えらんなくて…気がついたらこうしてた。わかる!? あんたがあいつらから私を守ってくれても、私の心は守れやしないのよ!」 「そんな…美弥子、俺は…っ!」 美弥子の瞳からは、大粒の涙がこぼれていた。その表情は、俺の知っているものではなかった。すなわち、憎悪。 「私には…悠里がいればよかった。他になにもいらなった。誰も信じてくれなくても、あんたさえ信じてくれていれば、それでよかった。でも、もう無理。私、もう疲れたの」 美弥子は教室の窓を開き、窓枠に手をかけた。何をしようとしているのかはすぐ察しがついた。ここは5階だ。落ちればまず助からない。 「美弥子、やめろ!」俺は美弥子を制止すべく、手を伸ばした。けれど、それは叶わなかった。美弥子は微笑んで、こういった。 「嘘つき。」 そして、美弥子の身体は空に投げ出された。 465 :少年 松田 悠里の場合 [sage] :2009/10/16(金) 13:18:21 ID:/O440q4V ――――――――――― そこで夢から醒めた。寝間着が汗でびっしょりだ。俺が見たのは、過去の出来事。過去の、俺の過ちだ。 美弥子が落ちた先にはたまたま教材搬入用のトラックが停まっていて、荷台に落ちたことで奇跡的に一命をとりとめた。だが、心が壊れてしまっていた。 その日から美弥子は入院したまま、結局卒業式にも出なかった。あの瞬間以来、俺は美弥子に会っていない。あの言葉が、俺が最後に聞いた美弥子の言葉だったのだ。 「嘘つき…か」 この夢を見たのは久しぶりだ。去年の、高一の夏には見なくなっていた。つまり丸一年振りだ。 俺が美弥子を守る、かつてそう約束した。けれど守ることはできなかった。嘘つきと言われても仕方ないことだ。 胸が苦しかった。半ば強引に忘れていた記憶が、引き出されたのだ。もし過去に戻れるとしたら、どんなことをしても美弥子を、そして俺自身を止めただろう。 俺は、美弥子が好きだった。美弥子の為なら、何だっできた。けどその思いが、美弥子を傷つけてしまったのだ。 だから俺は誰も愛せない。奈緒輝も例外ではない。むしろ、奈緒輝だからこそだ。 「…サイテーだな、俺は」 汗を吸ったシャツを脱ぎ捨て、俺は台所に麦茶を飲みに向かった。台所の時計の短針は12時を指している。 「…明日は学校に行かなきゃな。」 自室に戻り携帯を見ると、一件のメールが来ていた。差出人は…「五十嵐 頼人」。 ―――今日はどうしたんだ? 俺は返信のコマンドを選び、一言だけ書いて、送った。 寝坊。 五十嵐 頼人は俺の男子の友人で、中学からの付き合いだ。本来、"よりひと"と読むのだが、誰かが"らいと"と呼んで以来、あだ名が"ライト"で定着してしまったのだ。 しかも当時はちょうどデスノートが流行っていた時期で、頼人を"よりひと"と呼ぶのは俺くらいになってしまったほどだ。そしてそれは、高校に上がってからも変わりなかった。本人は嫌がっていないのが、幸いだ。 男子にしてはやたら長い、ストレートな黒髪と、どんな相手とでもくだけた話をできる軽妙な話術、それに均整な顔立ちと、声優としてでも食っていけそうな渋い、二枚目な(?)声が特徴的だ。 …こいつ本当に俺とタメなのか? と時々思うことがあるのは、中学時代から変わらない。 欠席した俺を案じてくれたのかどうかは知らんが、まあいい。 466 :少年 松田 悠里の場合 [sage] :2009/10/16(金) 13:21:08 ID:/O440q4V ――――――――――― 「よお悠里、トイレ行こうぜ」頼人は唐突にそう言った。俺は別に催している訳ではないのだが。すると頼人は俺の耳に顔を近づけ、ささやくように言った。 「男同士の話だ。奈緒輝クンには聞かれない方がいいんじゃないのかな?」 言い終わると頼人は顔を放し、にっこりと微笑んだ。こいつがこういう笑い方をするときは、大抵腹に一物抱えている証拠だ。 ところで、毎回思うんだがいい加減その、耳元でささやくのやめてほしいんだが。これ以上腐女子のファンが増えても困る。 噂では俺と頼人のカップリングという末恐ろしい内容の同人小説を製作しているとかいないとか。 「んで、話ってなんだ」男子トイレのなか、他に誰もいないことを確認して俺は頼人に訊いた。 「悠里、お前作倉に告白されただろう」 「―――っ!?」 「やっぱり、な。お前は昔から分かりやすいやつだからな」 ―――! 本当に、こいつは昔から鋭いやつだ。そもそも頼人は、奈緒輝の気持ちを知っていたのか。 「そうするとお前がどういう答えを返したかも察しがつく。…話してないんだろう、あの子のこと」 「…ああ」 「お前はどうするんだ? いや、どうしたい?」頼人は核心を突いた質問をしてきた。 「俺は…俺は奈緒輝を失いたくない。それだけだよ」 そうかい。頼人はそう言って、蛇口を捻った。ご丁寧に石鹸で手を洗いながら、さらに言う。 「だったら、同じことを繰り返すなよ。…忠告はしたぞ」 頼人は一足先にトイレから出ていった。外から「キャー♪」という黄色い声が聞こえる。…やれやれ、あいつは相変わらずモテモテだな。 ――――――――――― 放課後、俺たちはいつものように二人乗りで帰路を流していた。いや、いつものように、というのは正しくない。なにしろ、会話がないのだ。 互いに何も喋らないまま20分が経った。俺の自宅が見えてくる。奈緒輝の家はここから少し先だ。だが、奈緒輝が唐突に言った。 「…ねえ、今日悠里の家に遊びに行っていい? 久しぶりにスマブラやろうよ?」 俺は一瞬だが、戸惑った。おとといの出来事のせいた。だがこう言ってくるということは、友達としての提案なのだろう、と俺は思った。否、思うようにした。 「…ああ。ぼっこぼこにしてやんよ」

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