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220 :ぽけもん 黒  19話 ◆/JZvv6pDUV8b :2009/12/07(月) 02:10:45 ID:RT3H1gnW  その後、意識の無い香草さんと、歩くことの出来ないポポをやどりさんに手伝ってもらって、練習場内の医務室に運んだ。  ポポの足は粉砕骨折、香草さんは内臓損傷という重症だった。  医療が発達していても、重度の骨折ともなるとさすがに一日は絶対安静、三日はバトルを禁じられた。今日は集中療養室で一人でお泊りだ。  面会禁止でよかった。もし面会が可能だったりしたら、ポポはごねて僕についてこようとするか僕を帰れないようにしたに違いない。  治療時間としては香草さんのほうが短く、香草さんは数時間で意識を取り戻した。  こちらは今日一日は安静を推奨されたが、特に行動の制限は無い。  状況が理解できなかったのだろうか、香草さんは目を覚ますなり暴れだした。  僕とやどりさんと看護師さんの三人がかりで抑え、香草さんの両手両足を拘束具で固定し、ベッドに据えた。  両手両足の拘束を解こうともがいていたが、しばらくするとおとなしくなった。  蔦も葉も出さなかったことから考えるに、ただパニックになっていただけで、本気で拘束具を引きちぎろうとしていたわけではないらしい。  固定された香草さんは、青ざめた顔をして震えている。この震えは、寒さによるものではなさそうだ。 「私が負けたなんて……そんな……そんな……」  そんな感じのことを、うわごとのようにブツブツと呟いている。  彼女のプライドの高さからいったら無理も無い。  おそらく、同年代との戦いでは今まで負けたことなど無かったに違いない。  それなのに、二対一とはいえ、場外などのルール上の問題じゃなくて、文句なしの敗北を喫してしまったのだ、彼女のショックは計り知れない。  逆鱗に触れる結果になりかねないとも思ったが、僕は彼女に慰めの言葉をかける。 「げ、元気出してよ香草さん。香草さんもすごかったよ!」  突如、拘束された香草さんの手がピクリと動いた。手を伸ばそうとしたようだけど、拘束のせいで持ち上がらなかった。  びっくりした。てっきり首でも絞められるかと思った。 「……ぁ」  香草さんの口から、呻き声のような、涙声のようなものが零れ落ちる。 「ごーるどぉ」  名前を呼ばれた。  いつもの香草さんからは想像もつかない、不安げな、か弱い声で。  胸が締め付けられるのを感じる。物理的にじゃなく。  何だろう、香草さんがとても可愛く見える。  こ、これがギャップ萌えというやつか!  ……って僕は何を考えているんだ! 「な、何?」 「お願い……お願いします。もう二度と負けたりしないから……」  呆気に取られて言葉も出ない。一体何の話だ? 「見捨てないでぇ。いなくならないでぇ。ごーるど、ごーるどぉ」  子猫の鳴き声のような、か細く、聞くものに庇護欲を喚起させる声。 「な、何を言ってるのさ。そもそも、負けたら契約解除だなんて一言も言ってないじゃないか」 「いや、いやぁ。ごーるどぉ」  彼女はついに泣き出してしまった。  まともな会話にならない。  彼女の拘束された手は、何かを掴もうとするように、必死に伸ばされていた。  白く、細く、怪力を発揮するとはとても思えない繊細で綺麗な手を。  僕が掴むことはなかった。 221 :ぽけもん 黒  19話 ◆/JZvv6pDUV8b :2009/12/07(月) 02:11:46 ID:RT3H1gnW 「……ごーるど?」  不意に彼女の瞳孔がすっと細くなるのが見えた。  同時に、彼女の両の袖から、数十の、ボロボロの蔦が這い出し、鎌首をもたげる。  それはやどりさんが念力で押さえつけるよりも早く、僕の手首に伸びた。 「いや、いや。行かないで。行かないでよぉ」  駄々をこねる子供のように僕に呼びかける。  僕の手を掴む蔦が、僕の手首をギチギチと絞めた。  やどりさんの念力によって、蔦を含む彼女の全身が下方向に強く押し付けられる。  しかし、僕の手首に巻きつけられた、一本の蔦だけはそれに抗っていた。 「ごーるど、ごーるど、ごぉるど、ごぉるどぉ」  最初は甘く、徐々に激しく、彼女は僕の名を呼び続ける。  蔦は、もはや万力のような力で僕の手首をギリギリと締め付けていた。  あ、あ、あ。 「う、うわああああああああああ」  病室中に、僕の悲鳴が溢れかえる。  怖かった。腕の痛みよりなりより、香草さんが、まるで。  ――まるで……  看護師が慌てて駆け寄り、香草さんの細い、白い腕を剥き出して、何かを注射した。  すうっと、まるで水が引いていくように、滑らかに、急激に僕の手首を掴む力は引いていった。 「いや、こんな、ごぉるど、私、わたし……」  彼女の言葉からも急激に力が抜けていく。  下がる瞼を必死に止めながら、彼女は何か言葉を作ろうと口をモゴモゴと動かしていたが、それも長くはもたず、すぐに沈黙した。  僕は病室の白い床に尻餅をついた。  彼女の蔦につかまれていた手首には、真っ赤な蚯蚓腫れが浮かび上がっていた。  そのとき初めて、僕は自分が全力疾走をした後のような荒い呼吸をしていることに気づいた。 「……ごめんね、おかしなことに巻き込んじゃって」 「……いい」  練習場からポケモンセンターに戻る帰り道。  さすが都会というだけあって、夜も更けつつあるこの時間でも街頭やネオン、建造物からの光で街は明るく、人々によって騒がしい。  賑やかな街と対照的に、僕はとてもいたたまれない気持ちに包まれていた。  一体何が香草さんをあのようになるまで追い詰めるのだろうか。  先ほどのことが思い出されて、少し震えた。  やどりさんからすればいい災難だろうな。  自分に落ち度があるわけでもないのに、こんなよく分からないことに巻き込まれて。  旅をしてきた僕ですらよく分かっていないんだ、今日会ったばかりのやどりさんなんてさっぱりだろう。 「今日はもう遅いし、とりあえずポケモンセンターに戻ろうか。きっと、ポケモンセンターでもそのくらいの融通は利くよ」  陰鬱な気持ちを吹き飛ばすように、努めて明るく言った。  きっと今回の騒動をみて、やどりさんはパートナーになってくれる気なんてなくしたはずだ。  だからポケモンセンター本来の目的からすれば、パートナーでもなく、パートナーになることも無いやどりさんが宿泊するのは無理なんだろうけど、一日くらいなんとかなる……はずだ。  やどりさんは黙って僕を見つめている。どうしたのだろうか。やっぱり、僕と同室なんて嫌なのだろうか。  となると、他に宿をとってあげるしかないか。幸いにもここは都会、宿探しには困らないだろう。バトルで一度も負けてないから資金も一応はある。……ホントは店めぐりをして道具を買い込みたかったんだけども。 「どうしたの?」 「私……と……あなた……は……パート……ナー。だから……ポケモンセンター……に……泊まるのは……当然」  彼女は相変わらずの無表情でそう答える。僕は一瞬呆気に取られた。 「え、いいの?」 「どう……して? ……ダメ……なの?」 「そ、そんなこと無いよ! ただ、今日の騒動で、僕とパートナーになるのが嫌になっちゃったんじゃないかって思って」 「そんなこと……ない」 「そうなんだ! それならよかった」  部屋に戻り、手早く寝支度を終えた僕はベッドに潜る。  やどりさんが照明を消したのだろう、すぐに部屋は暗闇に包まれた。  人の動く気配がする。やどりさんがベッドに向かう気配だ。  そう思っていたのに、その気配は僕のほうに近付き、僕の寝ているベッドの前で止まった。 222 :ぽけもん 黒  19話 ◆/JZvv6pDUV8b :2009/12/07(月) 02:12:11 ID:RT3H1gnW 「どうしたのやどりさん」  僕がそう聞くと、彼女は無言でもそもそと僕のベッドにもぐりこもうとする。 「や、やどりさん、何やってるの?」 「何……って……寝ようと……」 「な、何で僕のベッドで寝ようとしてるのさ!」 「何で……って……」  外の明かりに照らされて、彼女の表情が見えた。  いつものどこか間の抜けた表情だけど、今の彼女の感情ははっきり分かる。彼女は明らかに不思議そうな顔をしていた。 「私……と……あなた……は……パート……ナー。だから……一緒……に……寝るのは……当然……」 「当然じゃないよ!」  思わず声が大きくなる。一体彼女はどういう思考回路をしてるんだ。  いや、もしかしてそれは当然のことなのかな。ポポだっていつも僕と一緒に寝たがるし……って違う! 当然なんかじゃない!  何だろうこれは。やどりさんの催眠術にでもかかってるんだろうか。  僕は邪念を振り払うためにやどりさんに背を向け、壁のほうを向く。  しかし、壁のほうを向くと今度は途端に香草さんの姿が白い壁に描かきだされる。  彼女のあの様子、とても正気には見えなかった。  彼女の自信、プライド。  そういったものが打ち砕かれた衝撃は僕が思うよりもはるかに大きかったようだ。  これから、彼女は一体どうなってしまうんだろう。  そして、彼女に対して僕は一体どうしたらいいのだろう。  次第に、思考は袋小路へと陥っていく。  そのまま、いつのまにか僕は眠りに落ちていた。 「……いい……の?」 「うん。約束だしね」  翌日。僕とやどりさんは役所にいた。  もちろん、やどりさんと正式に契約を結ぶためだ。  本当は香草さんに確認を取ってからにしたかった。  練習場の医務室を訪れたのだが、彼女は未だ深い眠りの中だった。  酷い怪我をした上に、精神も酷く磨耗したのだから当然といえば当然なのだけど。  今回、香草さんが受けたショックの大きさを再認識させられる。  ちなみにポポは骨折が思った以上に酷かったようで、相変わらず面会謝絶だった。といっても、治療は伸びても半日程度だそうだ。科学の進歩ってすげー。  正直、やどりさんと契約を結ぶのもどこか後ろめたい。  トレーナーと契約を結ぶパートナー、双方の同意があるのだから何も問題は無い。  とはいえ、あれほど強情に自分以外のパートナーを認めなかった香草さんを無視する形になってしまうのには、抵抗を覚えてしまう。  それに……僕が今新たに契約を結ぶということは、新たに契約を結ぶ相手を騙すことと同じだ。  やどりさんの問いかけに努めて明るい口調で答えたのも、そういった自分の負の感情を誤魔化したかったからだ。  卑怯者。  香草さんに、そう言われた気がした。 「これで僕とやどりさんは正式にパートナーだ。これからよろしくね」 「……こちら……こそ」  契約の手続きそのものは何の滞りも無く終わった。  やどりさんは元々住民登録してあったから、本当に何の手間も時間もかからなかった。  時間がかからなすぎて、香草さんやポポの様子を再び見に行くにも早すぎる。  そういえば、やどりさんが新たにパーティーに加わることになったんだ、ささやかでも歓迎式なんか開いてあげたい。その準備に時間を使ってもいいな。  ……でもきっと香草さんが許さないだろうから無理か。 「僕は今からジムの下見に行ってくるよ」  僕は結局、自分の目的を優先させることにした。 「……私も……いく」 「そう? じゃあ一緒に行こうか」  やどりさんもついてきてくれるようだ。  相変わらず、感情は読み取りにくいけど、少なくとも不機嫌そうではなさそうで安心した。  ジムに向かっている最中。意外なことに、やどりさんは本当に私とパートナーになってよかったのかと尋ねてきた。  あんな横暴な振る舞いをされても、それでも香草さんのことを気遣っているのか。  ……いや、単に僕が自分勝手なだけなのかもしれない。 「今回のことで香草さんもチームプレーの重要性がわかったと思う。きっと分かってくれるはずさ」 223 :ぽけもん 黒  19話 ◆/JZvv6pDUV8b :2009/12/07(月) 02:12:46 ID:RT3H1gnW  そう、今回の敗北が、彼女にとってよい作用を持たせばいいんだけど。  自己すら見失い、狂乱状態にあった昨晩の彼女。  頭をよぎった昨晩の情景をすぐにかき消す。  あれはただ、強いショックを受け止め切れなかっただけさ。  時間がたち、落ち着けば、上手く消化して、自分の身の一部にできる。  そう、信じたい。  若干苦い感情を覚えながらもそう考えていると、やどりさんは、 「……そうじゃ……なくて」  となにやらモニョモニョ言っていた。  僕はまた何か意図を図り間違えたのかな。  しかしジムに着いたので会話は一旦中断された。  僕たちは正面玄関に近付くことなく、ジムの脇に回る。  今はジム戦を挑みに来たわけではない。偵察しにきただけだからね。  このジムは主にノーマルタイプのポケモンを使うということは分かっているけど、上手いこと他のトレーナーが戦っていてくれていればもっと詳しいことが分かる。  ノーマルタイプは格闘系の技が弱点だけど、ジムリーダーともなれば対策がしてないとは思えない。  香草さんが格闘タイプだから僕たちは有利か……あ、いや、香草さんは草タイプだった。いつもの印象でつい。  予想通り、ジムの側面には少し高い位置にだけど大きな窓がいくつも取り付けられていて、中の様子を伺うことはそれほど難しくなさそうだった。 「やどりさん、念力で僕を持ち上げることってできる?」  やどりさんがいなければ他の手段を講じていただろうけど、折角やどりさんがいるんだから頼ってみる。 「……簡……単」 「それじゃ、申し訳ないんだけど、あの窓から中がのぞけるように僕を持ち上げてくれないかな? それで、僕が左手を開いたら僕を降ろして欲しい」 「……分かっ……た」  覗いていることがばれるとよくないだろうから、見つかったときの対策をちゃんと考えておく。  やどりさんは両腕を前に差し出すと、そのままトテトテと歩いて、僕に抱きついた。 「や、やどりさん?」 「……ちゃん……と……捕まっ……て」  言われるがままに抱き返す。すると僕たちの体がするすると浮き上がり始めた。 「じ、自分の体も持ち上げられるの!?」  まさか、念力でここまで出来るなんて。  つまりやどりさんは空を飛ぶことが出来るということだ。  いや、少しこれは大げさかな。  でも宙に浮くことが出来るというのは間違いない。  それくらい、やどりさんの力は強いものらしい。  やどりさんは僕を見て、僅かにだけど微笑んだ。  いつも表情が分かりにくいやどりさんにしては珍しいことだ。  窓の辺りまで浮上した僕は窓から中を覗き込む。  しかしバトルはやっていなかった。  まあそこまで都合よくはいかないよね。  自然物を使っていた今までのジムとはうって変わって、床面は人工的で無機質な素材で出来ている。遮蔽も無く、酷く無機質な造りだ。構造だけ見れば。  しかし床の色がピンク色のせいでまったく無機質さを感じられない。  というか悪趣味以外の何物でもない。  ジムリーダーは一体何を考えているんだ。  遮蔽物無しか……今までのジムよりも戦いやすいように思える。  でも、きっとこれが相手にとって一番有利な地形のはずだから、油断は出来ない。 「やどりさん、ありがとう。降ろして」  僕がそういうと、今度はゆるゆると降りていき、地面についた。  やどりさんはいつものぼんやりとした表情で僕を見ている。  僕に抱きついたまま、離れる様子は無い。 「……あの、やどりさん?」 「……何?」 「そろそろ離してくれないかな」 「…………やだ」  やだと言われるとは思わなかった。  でもずっと抱きついているわけにもいかないので、やどりさんを押して離れる。  やどりさんは相変わらずの表情だ。  本当に、ポポや香草さんとは違った意味で、やどりさんは何を考えているのか分からない。  そもそも、僕を浮かすのにわざわざ抱きつく必要はあったのかな。  まずそこを疑問に思うべきだった。 224 :ぽけもん 黒  19話 ◆/JZvv6pDUV8b :2009/12/07(月) 02:13:12 ID:RT3H1gnW  次に僕たちは古賀根百貨店に向かうことにした。  古賀根市に来たからには是非一度は寄っておきたかった場所だ。  道中の連戦連勝で大分お金も溜まっているし、思う存分道具が買える。  店に入った僕は、圧倒されて息を呑む。  久々に来たけど、やっぱりすごい品揃えだ。  あ、これ新製品だ。便利そうだなー。欲しいなあ。でも今の手持ちの道具と機能が被るよなー。どうしようか……  お、こっちは技マシンのコーナーだ。旅に出るまでは実感が湧かなかったけど、こうしてみると魅力的だよなー。  ええっ、こんなものまで売っていたっけ? う、でも高いなあ……これを買うと他の道具が……いや、でも……  不意にやどりさんに服をつかまれて、ようやく正気に返った。  しまった、つい商品選びに夢中になり過ぎてしまった。やどりさんを意識するのをすっかり忘れてしまっていた。  彼女を見ると、いつもの表情で僕を見ていた。  お……怒ってる?  表情の変化が無いから感情が分かり辛い。というか少し、怖い。 「ごめん、つい夢中になっちゃって」  弁明するように僕は言う。  そういえば、この旅の……というか香草さんのせいで、僕は謝り癖のようなものがついてしまったように思う。  僕は昔から自己主張が強いタイプではなかったけれど、何かあったらとりあえず謝って場を濁すようなタイプの人間でもなかったと思うんだけどなあ。  ふと、そんなことを思う。 「……人、多い。はぐ……れそう」  多いといっても一緒にいる人を見失うほど混んでいる訳ではない。  でも僕が上の空であっちへふらふらこっちへふらふらしていたらはぐれても何の不思議も無い。  まったく、僕には気遣いが足りていない。  あと、やどりさんが、はぐ、で言葉を区切るから、てっきりまた抱きつかれるかと思ったのはスルーしておこう。 「そうだね。手、繋いでもいい?」 「……うん」  僕が差し出した手にやどりさんが手――正確には着ぐるみ――を重ねた。  滑らかで柔らかい手触りが、僕の手に伝わってきた。 「……あ」  とある棚の前でやどりさんが小さな声を上げた。  今までずっと無言だったから、何事だろうとやどりさんを見たら、彼女は誤魔化すようにすぐに――といっても、彼女の動きだからゆっくりなんだけど――視線を僕に向けてきた。  でも、一瞬だけどやどりさんは確かに棚の陳列物を見ていた気がする。 「ラピスアクアかー」  その棚にあったのは、淡い青色を湛えた、透明度の高い石だった。  この石――ラピスアクア、直訳すれば水の石――には世界各地で水の力が宿っているという言い伝えがあり、別名水の結晶とも呼ばれている石だ。  確かに、その澄んだ青は見るものに不思議な力を感じさせる。  持つものには水の力が与えられるといった話や、水の加護を得る、なんて話がいくつもあるのも納得だ。  特に水を操るポケモンと関わりが深く、全員がこの石を持っている種族があるほどだ。  また、綺麗な見た目から宝石としての価値もある。 「そういえば、やどりさんはラピスアクア持っているの?」  やどりさんは水タイプだ。ラピスアクアを持っていても何の不思議も無い。  しかしやどりさんはゆっくりと首を横に振った。 225 :ぽけもん 黒  19話 ◆/JZvv6pDUV8b :2009/12/07(月) 02:13:48 ID:RT3H1gnW  そうなのか。最近はアクセサリーとして持つ人も増えていると聞くけど。  実際、その棚に並んでいるものも、原石はごく一部で、殆どはアクセサリーとして加工されているものだ。  そして何よりも……高い。  なんだこれは。  なんだこれは!  少し大げさに驚いてみた。  しかし高いことは事実だ。  具体的に言うと、未加工の小さな原石一つで傷薬が十個は買える。  一番高い、凝ったテザインのティアラに至っては、傷薬が一、十、百、千、……傷薬の限界を感じる。  とにかく、ものすごく高いってことだ。  でもやどりさんがパーティー加入したのに、特に祝って上げることも出来ない。ならば、プレゼントの一つくらいはしたほうがいいんじゃないだろうか…… 「あの……ゴールド?」 「こ、このネックレスなんかやどりさんに似合いそうだよね!」  僕は震える指で陳列棚に並べられている商品の一つを指差した。  値段はティアラに比べれば体当たりみたいなものだけど、僕の財布には破壊光線だ。  自分でも頭が少しおかしくなっていることは分かってる。  当のやどりさんは少し首を傾げている。  こ、この反応は……何だ? 「……そう……かな」  ようやく口を開いた。よく分からないけど、多分、まんざらでもなさそうだ。よし! 「じゃあやどりさんにプレゼントするよ。パーティー入隊祝いでさ」 「……いい……の?」  やどりさんの眼がネックレス……いや、値札に向いた。  まるで僕の心を見透かされているようだ。  ……見透かされてないよね? 「うん! せっかく仲間になったっていうのに、皆あんまり歓迎してくれそうにないし……あ、それはやどりさんが悪いんじゃなくて、誰に対してもそうだっていうか……」  あたふたと弁明をする僕を見て、やどりさんはかすかに微笑んだ。  その微笑はかすかではあるけれど、殆ど表情に変化というものがないやどりさんにとっては大きなものだ。  僕は店員さんに代金を支払うと、ネックレスをやどりさんの首につけてあげた。 「あり……がとう」  デパートからの帰り道、僕はやどりさんの何度目か分からないお礼を聞いていた。  ネックレスをプレゼントして以来、ことあるごとにありがとうと言ってくる。  喜んでもらえたのは嬉しいけど、ここまで感謝されると少し照れくさい。 「そんなに気にしなくてもいいんだよ。やどりさんもパートナーになったんだから」  何度目か分からない、その照れ隠しの言葉を返したとき、とても意外なことが起こった。  やどりさんの体が突然光に包まれたのだ。  その光の発信源は彼女自身だった。  数十秒の後、光は消え、その中からやどりさんが現れた。  進化だ。  久々に見たから驚いてしまった。  着ぐるみを着ていることもあって、変化が分かり辛いけど、確かに進化したんだよね?  半ば呆然として眺めていると、やどりさんは滑らかな動作で僕に抱きついてきた。 「ゴールド!」  初めて聞く、嬉しさが滲んだ彼女の声だった。 「や、やどりさん!?」  少し離して、彼女の顔を見る。  その顔にははにかんだような笑みが浮かんでいた。 226 :ぽけもん 黒  19話 ◆/JZvv6pDUV8b :2009/12/07(月) 02:14:45 ID:RT3H1gnW  今までは変化に乏しかったけど、進化したことによって感情を出しやすくなったのかな。 「私……進化できた。ゴールドのお陰」  進化してもやどりさんはやどりさんだ。前ほどではないけど、少しのんびりとした話し方だった。 「ぼ、僕のお陰だなんて、そんな……」  ラピスアクアのような石が進化のきっかけになることもあるという。  きっとやどりさんはラピスアクアを身に着けたことで石からの特殊な波動というかなんというか、そういうものを受容して、それが進化に繋がったに違いない。  つまり進化できたのは石のお陰で……石をプレゼントしたのは僕だから、これも一応僕のお陰ということになるのかな。 「と、とにかくよかったね!」 「うん!」  やどりさんは元気に笑った。  ほどなくポケモンセンターの近くまで来た。  ふと、ポケモンセンターの前に立っている人影に気づく。  キョロキョロと落ち着きのないその影は、僕を見つけるなり、一直線に飛んできた。 「ゴールドー!」 「ポポ!」  驚いた。一日は絶対安静だといわれていたのに。 「足はもう大丈夫なの? 確か絶対安静とか言われたんだけど」  ポポを抱きとめながらそう質問する。 「平気です! 愛の力です!」  誇らしげにそう言う。  あはは、と僕は苦笑いだ。  ポポは力強く僕に抱きついていたが、はっと思い出したように僕から離れた。 「そうです、た、大変なんです!」 「何が大変なのさ」 「あの女が、チコが眼を覚ますですよ!」  その言葉に僕はゴクリと唾を飲み込んだ。  パートナーに恐怖心を抱くなんてありえない話だし、パートナーの快気を嬉しく思わないなんて間違っていることも分かっている。  でも、僕がそれを聞いて初めに抱いた感情は、やはり恐怖だった。  香草さんに会うのが怖い。  はっきりとそう思う。 「そ、それのどこが大変なのさ」  僕はやっとのことでその言葉を吐き出した。  自分でも、大変だとアピールするような声色になっているのが分かる。 「……やっぱり、ゴールドも分かってくれたんですね! チコは危ないです! ポポはゴールドに危ない目に会って欲しくないです!」  そういえば、ポポは以前から香草さんの危険性を主張し続けていたっけ。  ポポの言っていたことは……間違いではなかったのかな。 「だから、ゴールド。契約を解除しちゃえばいいんです」 「え?」  その言葉は僕にとって不意打ち気味に発せられた。 「チコと、パートナーじゃなくなればいいんです。そうすれば、ゴールドは危ない目に会わなくてすむです」 「そ、そんなこと……」 「パートナーに対する暴力。これは契約を解除する理由になるですよね?」 それは事実だ。しかし僕はそれよりも、ポポはそこまで物事を理解し、考えていることに驚いた。 「大丈夫です。ゴールドにはポポがいるです」 「私も」  彼女達の強さは織り込み済みだ。この状況で、無理に香草さんとパートナーである理由がない。 「で、でも、僕は……」 「ゴールド!」  背後から、大声量で名前を呼ばれた。  馴染みのある、その声。  ポポとやどりさんが一瞬のうちに体をこわばらせたのが分かった。  僕は、ゆっくりと、呼ばれたほうを振り返った。 「ゴールド」  僕の視線の先には、患者衣のままの香草さんがいた。

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