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73 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第八話 ◆AW8HpW0FVA :2010/02/17(水) 19:48:20 ID:oCF0lWAR 第八話『シグナム・ファーヴニルの疑心』 ブリュンヒルドが出て行った後、顔色の悪いシグナムを心配するイリスも退出させ、 一人だけになったシグナムは、大きくため息を吐いた。 魔王の討伐、ブリュンヒルド、父の急死、 心労ばかりが溜まりそうな出来事が、次から次へと噴出しているのだ。 ため息の一つや二つが出てくるのは仕方のないことだった。 「それにしても……」 シグナムにはとある疑問が生じていた。 それはレギンの王位継承である。 一度結論を出したが、改めて考えてみると、奇妙な事が多すぎるのだ。 レギンはまだ政治もなにも分からない七歳の子供である。 いかに王の晩年の子供で可愛がられており、その後ろに後妻がいたとしても、 そんな子供を擁立すれば、弟達だけでなく、重臣達も黙ってはいないだろう。 それなのに、ブリュンヒルドの口調からは、 まるでなにごともなく、全て恙なく即位の儀が行われた、という様に聞こえた。 なぜなのか、とシグナムは考え、すぐにそれが馬鹿らしいことだと気付いた。 答えなど、既に出ているのだ。 シグナムの頭に、にっくきガロンヌの顔が浮かんだ。 おそらくガロンヌは、かなり前から後妻と手を組んでいたのだ。 どの様な経緯で二人が知り合ったのかは不明だが、自分の実子を王位に就けたい後妻と、 権力を握りたいガロンヌの利害が一致したのだ。 だとすれば、王の急死も疑いの目を見なければならない。 魔王討伐という名目で追い出された自分がいない隙に、きっと王は毒を盛られたのだろう。 一気に致死量ではなく、少しずつ毒を盛り、弱らせていったのだ。 後は判断力の鈍った王に、後妻が讒言をし、 レギンの即位に邪魔な者達を消していったのだ。 これ等のことは全て憶測であるが、十分合点のいくものであった。 すると同時に、シグナムはガロンヌという男に凄みを感じた。 ここまで用意周到に且つ自身はまったく表に出ず、ついに果たしたのだ。 これほどの男が、摂政という位で満足するとは思えない。 ガロンヌが次に狙うとすれば、それは王位。 レギンだけでなく、他の弟達を殺して、ファーヴニル国を乗っ取るつもりなのだ。 おそらくブリュンヒルドを送ってきたのも、念には念を入れての事だろう。 もし、下手に動けば(動かなくても)暗殺される。 シグナムは身震いしてきた。 今、自分のいる立場が、まさしく籠の鳥であるという事に気付いたからだ。 74 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第八話 ◆AW8HpW0FVA :2010/02/17(水) 19:49:29 ID:oCF0lWAR 翌朝、外は相変わらず雨だった。 あの後、シグナムは部屋に入ってきたイリスに事の全てを話し、 今すぐ逃げろ、と命令した。 ブリュンヒルドがイリスに手を出すとは思えないが、 目障りになれば殺すかもしれないので、念には念を入れての配慮だった。 しかし肝心のイリスが、逃げないでシグナム様と戦う、と言って譲らなかった。 シグナムはイリスを鼻で笑った後、汚物でも見る様な目付きで、 「戦力にもならないクズが、偉そうな事を言うな! お前のせいで俺の右腕はなくなったというのに、 今度は俺の左腕を捥ぎ取るつもりか! お前など、色町で腰を振っているのがお似合いだ!」 と、口汚く罵った。 それを聞いたイリスは、なにも言わずに出て行ってしまい、そのまま帰ってこなかった。 昨日はそんなことがあり、シグナムの表情は相変わらず暗かった。 シグナムは、自分で言った言葉に自己嫌悪になりそうだった。 一度は許した右腕の件をぶり返させ、さらにはイリスを侮辱したのだ。 こんな最低な主はいないであろう。 だが、こうでもしなければ、イリスは自分の下から離れないだろう。 イリスはまだ十六歳の年若の少女である。 あんな理不尽極まりない契約書の内容を律儀に守って、 その青春を散らすのはあまりにも惜しい。 このままイリスが帰ってこなければそれでよし。 帰ってきたとしても、自分に失望していてくれればそれでもいい。 要は、ブリュンヒルドがイリスを障害と思わなければいいのだ。 しこりは残ってしまったが、これでイリスの身を助ける策は成った。 しかし、肝心の自分の身を救う策は未だに思い付かないままだった。 この計略は、自身だけでなく、ガロンヌが自分の利益になると思わせなければ成功せず、 そんな都合のいい考えなど、まったく思い浮かばなかった。 「いっつも貧乏くじを引くのは、この俺なんだよなぁ……」 一瞬、シグナムは目の前が真っ暗になった。 昨日からブリュンヒルドを警戒し、なにも食べておらず、寝てもいないのだ。 「これでは、殺されるよりも先に自滅してしまうかもしれんな……」 シグナムはおでこに手を置き、これで何度目かも分からないため息を吐いた。 75 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第八話 ◆AW8HpW0FVA :2010/02/17(水) 19:50:22 ID:oCF0lWAR 昼過ぎ頃、ブリュンヒルドが部屋を訪ねてきた。 寝不足と空腹のシグナムは、無表情でブリュンヒルドを迎えた。 ブリュンヒルドは跪くと、シグナムの顔を見上げ、 「殿下は、御食事を御召し上がりになっていないと仄聞しております。 御身体の調子でも悪いのですか?」 と、聞いてきた。 どことなく心配している様な顔をしているが、白々しい、とシグナムは思った。 まるでつまらない芝居を見ている様で、シグナムは気だるさを超えて、 イライラが募っていった。 「お前には関係のない事だ。私には私で考えなければならない事があるのだ。 軍人であるお前が無闇に口出しする事ではない。疾く去れ」 「ですが殿下……、このままなにも御召し上がりにならないのは、 御身体によくありません。せめて少しだけでも……」 「くどい」 ブリュンヒルドの話を遮ったシグナムの目は、恐ろしいほど細くなっていた。 命を狙っている奴に身体の心配をされた所で、シグナムはまったく嬉しくない。 こんなくだらない会話、さっさと終わらせたかったのだ。 嫌な沈黙が続いた。 最初に口を開いたのはブリュンヒルドだった。 「殿下……、最後に一つだけよろしいですか?」 ブリュンヒルドの目は、シグナムの右腕に向けられていた。 「その右腕……、いったいどうなされたのですか?」 シグナムの背中に冷たい汗が流れた。 医者と鍛冶屋の技術の粋を集めて作った義手は、 傍から見れば本物と見分けが付かないという出来である。 それをもう見破ったのか、とシグナムは一瞬勘繰ったが、 来たばかりのブリュンヒルドが自分の負傷を知っているはずがない。 ここで嘘を吐いて余計な詮索を受ければボロを出す可能性がある。 シグナムはニュアンスを変えて本当の事を言うことにした。 「不覚を取って怪我をしただけだ」 右腕を『引き千切られた』と『怪我をした』は、まったく違うように聞こえるが、 最終的に負傷した事には変わりない。 ブリュンヒルドは、シグナムの右腕を凝視し続けていたが、 納得がいったのか、目を伏せて黙ってしまった。 シグナムはそれを質問の終了と受け取り、 「さてと……、用事が終わったのなら、早く出て行ってもらおうか。 私も色々と考えなければならないことが多くてな、出来れば一人で考えたいのだ」 と、ブリュンヒルドに退出を促した。 ブリュンヒルドは、一度シグナムを一瞥した後、部屋から出て行った。 再び、部屋にはシグナム一人だけとなった。 76 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第八話 ◆AW8HpW0FVA :2010/02/17(水) 19:50:55 ID:oCF0lWAR 寝たら殺される。なにか食べれば毒殺される。外に出たくても雨が降っている。 「飲み水には困らないんだがな……」 シグナムは空のコップで雨水を集めると、それを一息に飲み干した。 少し酸っぱく、埃っぽい、不味い水だった。 「これが俺の生命線か……。……はぁ……、なんだか泣けてくるな……」 テーブルに目を向けると、出来立ての夕食が並べられている。 ステーキ、コーンスープ、サラダ、パン、ワイン。 どれも美味そうであるが、食べることが出来ないので、 シグナムのストレスは溜まる一方である。 なにを思ったか、シグナムはステーキの皿を手に取ると、窓からステーキを投げ捨てた。 食えないものはサンプル同然である。 同じ様にコーンスープもサラダなども投げ捨てると、シグナムは椅子に座った。 「暇だ、眠い、腹減った!!! 濡れたくないけど外出たい! 死にたくないけど眠りたい!! 逝きたくないけど飯食いたい!!!」 まるで子供の様な駄々を捏ねてみたが、それで自体が好転する訳でもない。 シグナムは黙って、テーブルに突っ伏した。 ここに来て、シグナムはイリスを追い出した事を大いに後悔した。 例え頭の中が常に春風で吹き曝しの馬鹿のイリスであっても、 話し相手としてならば、暇を潰せるだけでなく、 眠気や空腹を忘れる事が出来るかもしれないのだ。 しかし、そのイリスは昨日追い出してしまい、もうここにはいない。 イリスのことを思ってやった事が、結局は自分を苦しめる羽目になってしまった。 「皮肉だな……、本当……、可笑し過ぎて涙が出てくるわ……」 運命の皮肉というものを感じながら、シグナムの体力もついに限界を超えた。 身体は重くて動かず、瞼もズルズルと下りてくる。 抵抗も空しく、シグナムは眠ってしまった。 77 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第八話 ◆AW8HpW0FVA :2010/02/17(水) 19:51:35 ID:oCF0lWAR 床の軋む音と水を含んだ足音が廊下に響いた。 足音の主は女である。顔は髪で隠れており、さながら幽鬼の様である。 女はシグナムの部屋を見つけると、なんの遠慮もなしに扉を開けた。 最初に女の目に入ったのは、テーブルに突っ伏して眠っているシグナムだった。 女はベッドから毛布を取り出し、シグナムに掛けてやった。 一瞬、髪の間から女の顔が見えた。その表情は、とても嬉しそうだった。 なにやら周りが騒がしい。 部屋には自分しかいないはずなのに、まるで他の誰かがいるみたいである。 起きていれば誰かが入ってくることなどすぐに分かるというのに、 なぜ、気付かなかったのだろうか。 シグナムはそんなことを考えながら、ある結論に達した。 自分は今、眠っているのだ。それもかなり浅めの眠りである。 だから眠っていても、なんとなく物音が聞こえるのだ、と。 「……………………しまった!!!」 やっと自分が眠っている事に気付いたシグナムは、凄まじい勢いで目を覚ました。 「あぁ、シグナム様、おはようございます。まだ夜ですけど」 そこには、昨日追い出したはずのイリスが笑顔で立っていた。 バスローブを身に付け、見るからに風呂上りである。 「イリス、なぜお前がここにいる。 お前は邪魔だから目の前から失せろと言ったはずだぞ!」 あれほど酷い事を言ったというのに、イリスが戻ってきたという事にシグナムは驚いたが、 なぜわざわざ戻ってきたのか、シグナムは詰問しなければならない。 イリスはシグナムの厳しい声を聞いても、ニコニコと笑いながら、 「確かに、あの時は驚いて出て行ってしまいましたが、 よく考えたら、シグナム様は根がとっても優しい方だから、 あんな酷い事を言ったのも、きっとなにか訳があっての事だと思ったんです」 と、答えた。 まるで自分の心が見透かされている様な気分になったが、シグナムは、 「例えそうだとしても、なぜ逃げなかった? このまま逃げれば、お前は自由になれたのだぞ。 なぜ、わざわざこんな人生を棒に振るかもしれない事に首を突っ込むんだ?」 と、不機嫌面でイリスに聞き返した。 「だって、私の事を人として扱ってくれたのは、シグナム様だけだから……。 そんな人を見捨てるなんて、私には出来ません」 イリスの表情は、いつになく真剣だった。 「まさか、それだけの理由で人生を棒に振るつもりなのか……。 ……はははっ……、お前は馬鹿だ。正真正銘の大馬鹿野郎だ」 シグナムは額に手を置いて大いに笑ったが、悪い気分ではなかった。 ここまで自分の事を信頼してくれる女がいるのだ。 ならば、自分もそれに答えるのが礼儀というものであろう。 「分かったよ……。付いてくるなりなんなり勝手にしろ。 ただし、死んでも俺を恨むなよ」 シグナムはそう言って、イリスを再び受け入れた。 荷物は増えてしまったが、シグナムの顔はどこか清々しいものになっていた。

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