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124 :クラスメイト 秋山理遠の場合 ◆BaopYMYofQ :2010/02/19(金) 17:09:24 ID:VLaTQqMs
月曜日は右側のサイドポニー。
火曜日はツインテール。
水曜日は三つ編みおさげ。
木曜日はベーシックなポニーテール。
金曜日はふわふわカール。
土曜日は左側のサイドポニー。
それが私の知る水城 歌音だ。
初めて出会ったのは入学式の日…当たり前か。
入学式のあとのホームルームが終わり、教室を去っていくクラスメイト。だけど一人、ポニーテールの女の子が私のもとへやってきた。
「あ、理遠ちゃんだよね! かわいい~!」
それを聞いて私は驚きを隠せなかった。
なぜなら私の名前は"秋津 理緒"だからだ。理緒と理遠、似ているが違う。間違えたのかな?
…突然、胸を鷲づかみにされた。
「う~ん…91! 理遠ちゃん、控えめな性格なんだね。みんなは82って思ってるけど」
「ちょ…なんなんですか!?」
「私? 私は水城歌音っていうの。よろしくね、理遠ちゃん」
あまりに一方的な会話。私は、困惑はもちろん憤りすら感じていた。
けれど、次のひとことでそれらの感情は消し飛んだ。
「1stシングルの頃から理遠ちゃんのファンなの。会えて嬉しかったよー!」
むしろ、びっくりした。この"私"を一発で見抜くなんて。この娘…何者なの。
125 :クラスメイト 秋山理遠の場合 ◆BaopYMYofQ :2010/02/19(金) 17:12:10 ID:VLaTQqMs
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私の名前は秋津 理緒。またの名を、秋山 理遠。中学時代にアイドルユニットへのスカウトを受けたがイマイチ性に合わず、マネージャーも常々そう思っていたのか…私はスカウトから一年後にユニットを抜け、ソロデビューさせられた。
結果、その判断は正しかったらしい。ユニットを組んでいたときは私の人気はパッとしなかったのに、打って変わってうなぎ登り。
1stシングルを聞いて、とある大物作家が制曲を引き受けてくれたりと、自分でも驚くことばかりだった。
だが私は日常下では、ひたすら正体を隠すことに専念した。
理遠のときはショートカットにコンタクトレンズ、少々ボディラインの目立つ衣装。理緒のときは長いかつらをつけ、眼鏡をかけ、制服を"地味に"着る。案外これだけでばれないものだ。
メイクもしてないし、それで中学時代は乗り切った。けど、こうもあっさりと見抜かれるとはねー…甘かったかしら。
5月の晴れた日。歌音ちゃんは相も変わらずマイペースだ。
歌音ちゃんは早くも大勢の女子と打ち解けていた。マジメ系、オタク系、ギャル系…それら異種文化が歌音ちゃんを中心に混在する図は想像したくないが、だいたいそんな感じなのだ。
しかも、男子にもかなり人気が高い。
限りなくマイペースだが気さくな性格、間違いなく美少女の部類に入るだろう容姿、運動神経抜群。女子からの人気も相当高く、歌音ちゃん限定の百合っ娘もちらほらといるらしい。
そんな歌音ちゃんだが、今日も私に話しかける。
「おはよー理緒ちゃん!」
「あ…おはよう」
歌音ちゃんはツインテールをぴょこぴょこさせている。
なぜか、歌音ちゃんが私を理遠、と呼んだのは入学式の日だけだった。次の日からは一転し、"理遠"の一面にはまったく触れなくなった。
弱みでも握ったつもりか、と最初は思ったけど…歌音ちゃんを見ているうちに「それはないな」と思うようになった。正体も、歌音ちゃん以外知らないみたいだし。
そして…なぜか歌音ちゃんは、週に一回必ずラーメン屋に私を連れていく。決まって火曜日、ツインテールの日にだ。もちろん、今日も例外ではなかった。
歌音ちゃん行きつけのラーメン屋は今日で6回目だ。塩、醤油、味噌、湯麺、サンマー麺…残る豚骨を食べれば全種制覇になる。
味は、とても美味しい。正直…最初に来たときは、こんなに美味いラーメンは初めて食べた、と思った。
今日頼んだ豚骨も同じ。豚骨といえば脂っぽいとかクセがあるというイメージだが、この店の豚骨は真逆。白湯、というものに近いらしい。さっぱりとした味わいで、しかし味はばっちりついている、不思議なラーメンだった。…ごめん、うまく表現できない。
「理緒ちゃんは食べっぷりいいねー」
「歌音ちゃんこそ。さすがに私はチャーシュー丼までは入らないわよ」
私が丼を抱えてスープを飲み干そうとしている時、歌音ちゃんはすでに味噌ラーメンとチャーシュー丼を食べ終えていた。…男子並に早いんじゃないの?
126 :クラスメイト 秋山理遠の場合 ◆BaopYMYofQ :2010/02/19(金) 17:13:16 ID:VLaTQqMs
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雨が続く6月。今日の歌音ちゃんは三つ編みおさげ髪だ。
私たちはカラオケボックスに来ていた。もちろん…歌音ちゃんの誘いで。
ここのところ新曲のレコーディングで忙しかったが、たまには息抜きも必要だろう。自分へのご褒美だ。
私は実は、カラオケに来たことが一度もない。けれど、一応唄える曲はある…と思う。自分の歌以外でね。
「あおくーすんだめーにうーk」
「こら、まだ売ってないでしょその曲」
てへっ、と笑いながら歌音ちゃんは曲を次々と入れていく。私も、適当に数曲入れる。予約欄には20曲近く入れられた。
歌音ちゃんが最初に歌ったのは…
「あまぎぃぃぃぃぃぃーごぉえぇぇぇぇぇー」
…全体的に見ると歌音ちゃんは、ミズキナナというアニソン歌手が好きなようだ。天城越えも、その一端らしい。他は…アニソンばっかり。
しかも、抜群に上手い。本人越えてるんじゃね? と思ったのは一度や二度じゃない。まああんまりアニソンには興味ないから、本人の歌を大して聞いたことないのだが。
私は私で、初めてのカラオケに戸惑いながらも、なんとかキーを探し当てながら歌った。もちろん自分の曲以外。
西川タカノリは私の心の師匠、これは譲れない。
そうしてカラオケタイムは過ぎていった(70%は歌音ちゃんが歌っていたが)。
…ひとつ思った。歌音ちゃんはカラオケで秋山理遠の曲をひとつも歌わなかった。出会った日、大ファンだと言っていたのに…自意識過剰かな、うん。
「いやー、楽しかったね理緒ちゃん。また行こうね?」
「うん。…ねえ歌音ちゃん。前に、"理遠"のファンって言ってたよね」私はそう尋ねた。…自意識過剰って思うかな。軽く後悔。
「そうだよ。私、理遠ちゃんの歌はiPodにも入れないし、カラオケでも歌わないって決めてるの」
「…え、それって」逆じゃない?と言いかけた。だが歌音ちゃんの話はまだ続く。
「大好きだから、冒涜したくないの。音質下げたくないし、安っぽいカラオケの音も耳に入れたくない。奈々さんの曲も好きだけど…私は理遠ちゃんの声が一番好き」
「歌音ちゃん……っ」
「あーもう、泣かないのっ!」
嬉しかった。そこまで好いていてくれたなんて、知らなかった。私は歌音ちゃんに抱きついて、柄にもなくしばらくの間、泣いた。
その間歌音ちゃんは…
「あー、やっぱりいい形してるよねー」
…私の胸を揉んでいた。
127 :クラスメイト 秋山理遠の場合 ◆BaopYMYofQ :2010/02/19(金) 17:14:56 ID:VLaTQqMs
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変化があったのは9月のとある休日。新曲のレコーディングも一段落ついた私は歌音ちゃんの家に遊びに来ていた。今日の歌音ちゃんは朝から夜までポニテだ。
部屋に入ると、各種TVゲーム機、携帯ゲーム機、24インチTV、オーディオ機器などがずらっと並んでいた。
「いやー最近ヴェスペリアにはまっちゃってねえー。徹夜続きだったんだよー」
「はは…プレイ時間…やば…」
そのゲームのことは詳しく知らなかったが、発売一週間足らずで70時間は多いと思う。一日10時間か?
「さて、何やりたい?」歌音ちゃんはディスクを出し、PS3の電源を落とした。
「…じゃあ、ポケモンで」
私が今日持ってきたのはダイヤモンド。歌音ちゃんはパールを持っていた。早速対戦したが…見事負けてしまった。
なんなのあのガブリアス…私のパーティ6匹全部倒しやがって。
次にやったのはモンハン2G。これでも私は500時間はやっている。
上位クエなら全部やったし、ミラ三種も解禁…おっと失礼、マニアックな話になりすぎたみたい。
だが歌音ちゃんの腕前はハンパなかった。まさか片手剣でG級ティガレックスをああも無惨に倒すとは…。
私がヘビィボウガンで狙撃してる間にティガレックスは尻尾と爪を剥がれ、足を執拗に斬られ何度も転ばされ………
何が言いたいかというと…歌音ちゃんは実はかなりのゲーマー、いや廃人だったのだ。それだけが言いたかったわけ。
「討伐完了…っと。ねえ理緒ちゃん」一息ついた歌音ちゃんが私に話しかけてきた。
「んー?」
「私、好きなひとできちゃった」
「そう……えぇ!?」
だだだだだ、誰!? さすがの私も、頭の中が一瞬でパニックになった。だってあの歌音ちゃんが、超自由人の歌音ちゃんが…えー!?
128 :クラスメイト 秋山理遠の場合 ◆BaopYMYofQ :2010/02/19(金) 17:16:10 ID:VLaTQqMs
「うちのクラスの桐島真司くんだよ」
「あの、いっつも一人でいる、暗い男子!? 確かに顔は悪くはないけど…」
「失礼ねー、真司くんは顔だけじゃなくて、心も綺麗だよー?」
…あんた以上に心が綺麗なやつはいないと思うけど。良くも悪くも。
その日私は一晩中桐島くんについての話を聞かされた。
次の日から歌音ちゃんの猛烈アタックが始まった。休み時間中は毎回ねぇねぇと桐島くんに話しかけ、朝から待ち伏せし、休日は偶然を装って会ったりしたらしい。
普通の男なら簡単に堕ちただろう。…私女だけど、あんな素敵な笑顔を毎日向けられたら百合畑の住人になってしまいそう。
けど桐島くんは、ぴくりともしなかった。むしろ、鬱陶しがっていた。まあ…今の彼なら当たり前だろうね。
男子たちも最初は桐島くんを羨んでいたが、あまりに桐島くんがそっけなさすぎるので、そのうちみんなが歌音ちゃんを応援するようになったのは言うまでもない。
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だから本当にびっくりした。二人が揃って遅刻してきたときは。
しかも歌音ちゃんを痴漢から守り、ネチ田の嫌味にも食ってかかって歌音ちゃんを庇った、と聞いたときは本当に驚いた。
バスケで倒れて、私と歌音ちゃんに保健室に運ばれたのが嘘みたいだった。
本当に驚くべきは放課後。桐島くんはホームルームが終わるといち早く教室を出ていった。
それを追って、歌音ちゃんも飛び出す。
「やめようよ! 真司怪我するよ!? 相手はネチ田だよ、逃げたって誰も馬鹿になんかしない…ううん、私がさせないから!」
…歌音ちゃんのこんな必死な叫びは初めて聞いた。桐島くんを本気で心配してるんだ。
私同様、クラスのみんなも固唾をのんで二人を見守ってる。
外からさらに声が聞こえてきた。
「何言ってる、僕が怪我をするわけないだろう。僕はただ持田に、"稽古をとってもらう"だけなんだからな」
―――呆れた。なんなの、その自信に満ちた声は。瞬間、クラス中が凄まじい声援で湧いた。
129 :クラスメイト 秋山理遠の場合 ◆BaopYMYofQ :2010/02/19(金) 17:17:36 ID:VLaTQqMs
全てにけりが着いたのは午後5時。
結局桐島くんは、ネチ田をお手玉にした挙句事故を装って鳩尾に肘打ちをキメた。勝ったのだ。
しかも、桐島くんの顔には痣ができている。殴られたんだとひと目でわかる。みんなが見たままを証言すれば疑いの余地はないだろう…策士だ。
歌音ちゃんは桐島くんを保健室に連れていった。ネチ田は…やだ怖い。だれか運んどいてよ。私保健委員だけど。
その後は事情聴取…クラスのみんなは"見たまま"を先生に話した。"ど素人の"桐島くんに投げられ、激情したネチ田が顔を殴り…そのあと稽古中にうっかり肘が入った、と。
まあ、プロのくせにかわせなかったネチ田が悪い、と証言したのだ。誰一人として、ネチ田を庇わなかった。…かかと落としは無理があると思うんだけど。
歌音ちゃんが聴取を受け、桐島くんがひとりで(厳密には囲まれて根掘り葉掘り聞かれてるが)いるうちに私はどうしても聞きたいことがあった。
「どうして歌音ちゃんを守ろうとしたの?」
…桐島くんは数秒悩み、こう答えた。
「わからない。ただ…我慢できなかったんだ。多分守ろうとしたわけじゃない。結果的にそうなっただけだ」
「………そう」
決まりだ。
良かったね歌音ちゃん、あんたたち両想いだよ。だってあの桐島くんが。
面倒なことに首を突っ込みたがらない桐島くんが"我慢できなかった"んだもの。そりゃそうだよね。
好きな人が目の前で傷つけられて我慢できるやつなんかいない。だから桐島くんは………
後日、桐島くんは非公式イケメン番付(早い話、女子からの人気具合)でトップに立った。