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196 :少年 桐島真司の場合 4 ◆BaopYMYofQ :2010/02/25(木) 16:57:26 ID:PT2DukoM 持田の転任が決まったのは騒動の一週間後だ。 先生方の話によると、以前までの性格は一転かなり大人しく、おどおどするようになった、と。何より…なにかに酷く怯えたような挙動を時折見せるらしい。 恐らく転任先でも使い物にならないだろう…という話だ。僕にやられたのがそれほどまでショックだったのだろうか。 それはいい。 もう二つ、僕の周りに変化があった。それは。 ここ一週間のうちに下駄箱に差出人の書かれてない手紙が何回か入れられているということ。酷いと、教室の机の中にまで入っていることがある 。…僕に対する嫌がらせだろうか。持田は、実は人気者だったのか? まさかな。どうせろくな事が書いてないだろうから、一つも読んでないが。 もう一つは、歌音が以前よりも僕にべったりになったこと。朝の通学時はもちろん、休み時間、放課後は常に僕のそばにいる。 何度か「あんたが傍にいると目立って仕方ないんだ」と遠回しに苦言を呈したが、そんなものはお構いなしとばかりにべったり。 しかも…体の密着度も目に見えて上がってる。男子からの視線は痛く、女子からの視線は生温かい。 当然、「二人は付き合っているのか」と聞かれる事はあるが…僕はNOと答える。しょうがないだろう、実際そうなんだし。 というより、歌音のこのくっつき様はまるで僕から目を離さないため、のような気がするんだ。それは「付き合っている」とは言わないだろう? のえるの方も、ここ一週間で今の生活に慣れてきたようだ。そこは僕も同じだが。 朝食と晩飯は交代で分担。昼飯はそれぞれ自由(僕は300円程度で売店で買っている)に。 また、そこまでしなくてもいい、と言うのに自ら進んで掃除や洗濯をやってくれる。いやに手際がいいのは年の功なのだろうか。 見た目は子供だが、そういった部分はやはり年相応なのだろう。 11月10日、夜。僕の家に意外な来客が訪れた。 「………秋津?」 「へえ、名前覚えてたんだ」 「ああ」 玄関先では寒いだろう、と僕は秋津をリビングまで上げた。 のえるは秋津を見ると、訝しげな視線を送っていた。…別に、変な関係じゃないぞ。 「…どちら様ですか?」声色に少し翳りがあるように感じたのは、はたして気のせいだろうか。 「こいつは秋津、といって…ただのクラスメイトだ」 「…この娘は、妹さん?」と今度は秋津が尋ねた。 「似たようなもんかな」 「ふうん…」 秋津はそう言うといきなりかつらを取り、眼鏡を外した。かつらの下からは肩ほどの長さのショートカットの髪があらわになる。 197 :少年 桐島真司の場合 4 ◆BaopYMYofQ :2010/02/25(木) 16:59:59 ID:PT2DukoM 「…驚かないんだ」 「リアクションを期待してたのなら、残念だったな。僕はずいぶん前からあんたの正体に気づいてた」 「…つくづく、歌音ちゃんといい、あんたらは不思議ね」 のえるは目をぱちくりさせて驚いているが。まあ…目の前の少女がいきなり人気歌手の秋山理遠に化けたら、無理もない話だ。 「そりゃあわかるさ」僕はのえるを放置したまま会話を続行した。 「自覚ないだろうが、あんたの声はかなり独特だ。いい意味でな。多分、僕と歌音以外にも気付いてる奴はいると思うぞ」 「…声、か。確かに、変装しても声は変えられないわね。それはいいとして…桐島くんは、そんな殺し文句をさらっ、と言えるような性格だったのね」 「どの件だ」 「"そりゃあわかるさ"ってとこかしらね。桐島くん、顔はいいんだからそんな事言って回ってたらいつか後ろから刺されるわよ?」 …もしかすると、僕はラノベによく出てくる"鈍感"というやつなのだろうか。 「ご忠告どうも。…で、あんた一体何の用があったんだ?」 「歌音ちゃんの友人として、桐島くんの値踏みに来たのよ。正直…不安ね」 「ふん、頼りなくて悪かったな」と僕は秋津に悪態をついた。 「君じゃないわ。心配なのは、歌音ちゃんよ。…普段の彼女からはこの前の取り乱し方は想像できない」 「…僕よりも歌音に詳しいあんたが言うんだから、余程変だったんだな」 「あの…」と、のえるがやや気まずそうに言った。 「私、晩ご飯の用意しますね。…秋津さんも食べて行きますか?」 「いえ、私はもう行くから。…じゃ、頑張ってね」 秋津はそう言うと再びかつらを被り、玄関へと向かった。 「なあ、かつらなんかわざわざしなくてもいいんじゃないか?」 「清純派で通ってる秋山理遠がこんなサバサバした性格だったら、ファンは興ざめしちゃうもの。矛盾してるけど、私が私らしくするためには、これが必要なのよ」 「僕にはわからないな。…まあ、気をつけて帰れ」 どういたしまして、と秋津は言い、外へ出ていった。 198 :少年 桐島真司の場合 4 ◆BaopYMYofQ :2010/02/25(木) 17:01:05 ID:PT2DukoM 普段の歌音からは想像できない。僕は秋津の言葉を反芻していた。 いつもの歌音といえば…飄々としていて、ハイテンションで口数が多く、いつも笑顔を絶やさない。あんな風な歌音は初めて見た。それはどうやら秋津も同じらしい。 いや、それよりも…いつもと違ったのは僕自身だ。 痴漢が許せなくて、父さんに頼んでまであの男を逃がさなかった。持田もそうだ。歌音を侮辱したのが許せなくて喧嘩を売った(翌日筋肉痛になったが)。 どれも、いつもの僕では有り得ない…考えすぎか。 「あの、真司さん」のえるが疑問符つきで話し掛けてきた。 「さっきの、理遠ちゃんですよね? ご知り合いなんですか?」 「ああ…うちのクラスの生徒だ。曲は好きだったからうちにもいくつかCDはあるが、僕も最初はまさか、と思ったもんだ」 「そ、そうなんですか!?」 のえるは秋山理遠が僕のクラスメイトだというのに相当驚いたようだ。まあ、無理もないか。 その後、てっきり歌音について根掘り葉掘り聞かれるかと思ったが、秋山ショックが余程大きかったようで、何も聞かれないまま夜は更けていった。 日曜日。 朝から携帯電話がけたたましく鳴り響く。休日くらいゆっくりと眠っていたいのに…誰だ。今はまだ7時過ぎだぞ。 幸いにものえる未だ夢の世界から戻る様子はない。僕はのえるを起こさないように布団からそっ、と出て携帯を握り廊下に出た。 着信は、歌音からだった。 「…………なんだ」僕は不機嫌さを隠さずに、喋る。 『おっはよー! ねぇ、せっかくいい天気だからさぁ、どっか出かけない?』 「断る。僕はまだ眠いんだ、あと48時間は起きないからそのつもりで」 『寝かさないよ!? …わかった、少し待っててね!』 ―――電話は唐突に切れた。 ったく…すっかり眠気が覚めちまった。仕方ない、朝風呂でも浴びるか。 その前に、部屋に携帯を置きに戻る。…のえるも目覚めてしまったか。 「悪いな、起こしちまって」 「いえ、私朝は休日でもこのくらいですよ」 「そうか…。僕は風呂に入ってくる」 「はい」 のえるの気のいい返事を聞き、僕は部屋をあとにした。 199 :少年 桐島真司の場合 4 ◆BaopYMYofQ :2010/02/25(木) 17:03:04 ID:PT2DukoM シャワーの蛇口を捻り、頭から湯を浴びる。こうすると一発で眠気が消し飛ぶんだ。まあ、今日は既に歌音に吹き飛ばされたのだが。 シャンプーで髪を洗いながら、頭の中で思考を巡らす。 なぜ僕は、歌音の事であんなにも積極的に動いたのだろうか。今まで僕は何に関しても、我関せずのスタンスでやってきた。 のえるを拾った時はさすがに、生命の危機をのえるから感じたからなのだが…、 痴漢はいい。ああいう人間は本当に嫌いだから。では持田は? あんなやつの挑発なんぞ乗らずに、あのまま家に帰ってもよかった。なのに僕はわざわざ出向き、お祖父さんに昔仕込まれた体術で持田を返り討ちにした。 その理由が、僕自身わからずにいた。 歌音の、僕を心配そうに見つめる表情が思い浮かぶ。その次に、ありがとう、と言った時の表情も。思い出すと、頭がもやもやというか…いらいらする。 思考をクリアにしようと、湯を再び頭から被る。たちまち湯気が浴室中にたちこめ、視界がぼやける。それでもなお頭の中も同じく、ぼやけたままだった。 風呂から上がると、リビングの方から"秋山理遠"の歌が聞こえてきた。テレビだろうか。曲にかぶせてナレーションが聞こえる。 『先日のオリコンチャートで、見事二週連続一位に輝いた人気歌手、秋山理遠さんの……』 「ねー、だから言ったでしょ? 理遠ちゃんはすごい歌上手なんだよ?」 「凄いですね…今まであまり聴いたことなかったですけど。…この家にNEWシングルあるかな?」 …どうやら、目眩と頭痛と胃痛を同時に患ったようだ。聞こえるはずのない声がリビングから聞こえてくる。あとで病院に薬でももらいに行こうか。 「聴いたことないって…もったいないよー! 理遠ちゃんは今に人間国宝になるんだから!」 …夢なら醒めてくれ。 「国宝じゃなくて天然記念物なら、既にこの家に侵入しているがな」僕は不満いっぱいに喋りながらリビングに出た。 やはり、声の正体は歌音だった。なぜ家にいる。まさか、さっきの"少し待っててね"は僕の家に来る、という意味だったのか。 「あ、真司さん。彼女さん来てますよ?」 「彼女?」 「ええ。それはともかく…真司さん。とりあえず、上なにか着た方がいいのでは?」 ―――言われて気がついた。いつもの癖で、風呂上がりはパンツとスウェット。上は裸のままだった。 歌音は顔を手で覆い隠しながら…指と指の間に隙間を作り、覗き見てやがる。 「悪い、すぐ着てくる」僕は寝室に、シャツか何か適当なものを取りに戻った。 歌音のやつ…何がなんでも追い返してやる。 それから、歌音は彼女でもなんでもない! 200 :少年 桐島真司の場合 4 ◆BaopYMYofQ :2010/02/25(木) 17:04:55 ID:PT2DukoM 数十分後。 追い返すどころか、僕は今歌音と一緒に地元の駅にいた。あれから僕は歌音に引っ張られ、強制的に着替えさせられ、そのまま連行されたのだ。 のえるは「私は家でお留守番してますよ」と言い、ついてこなかった。…唯一の救いの糸だったのに。 そして歌音はどこに向かおうとしているのかというと…どうやら遊園地のようだ。今はようやく9時手前。 今から行けば確かに一日中どっぷりと楽しむことができるだろう。今からでものえるを呼ぼうかな…一人だけ留守番というのは少し可哀相な気もする。 と、思っていると電車がホームに滑り込んでくる。風圧が髪を吹き付けて鬱陶しい。いつも通学に使う路線とは違う路線、こんなに金属音がひどいとはな… 車内は割と空いており、僕たち二人も座ることができた。不本意だが隣同士だ。 周りを見渡すと、いかにもデートっぽい男女二人の組み合わせがちらほらと見られる。 他には、座席に座りながらPSPをかちゃかちゃと玩ぶ男や、耳にイヤホンを差して眠る女性など。 そういえば今日は日曜。歌音の"曜日ごとに髪型を変える法則"で唯一、見たことがない髪型だった。 何も手を加えてない、ただまっすぐに伸びた黒髪。主観抜きにしてもその髪は艶があり、いつもの歌音とは違った雰囲気を醸し出している。 「どうしたの真司、そんなに見つめちゃって…照れちゃうよ」歌音はやや顔を赤らめつつ言った。対して僕はつい反射的に、憎まれ口をたたいてしまう。 「こないだテレビか何かでやってたが…やたらめったらに髪を束ねたりすると、抜けるらしいぞ」 「うそっ!?」 「嘘だ」おろした方がよほど似合ってる、と喉まで出かかったが僕は言わなかった。 「もうっ!」歌音は肘で僕の脇腹をぐいぐいと突く。やめんか、くすぐったい。 それから電車に揺られること小一時間。僕らは目的地の駅へと着いた。 ##### 「いやぁ、いい天気だね!」 歌音はさんさんと輝く太陽の下、子供みたいにはしゃいでいる。だが、全身黒コーディネートだと暑苦しくて仕方ない。 今日の歌音の服は、いわゆるV系な装いだった。上はグレーのYシャツに黒のカジュアルスーツ。黒く細長いネクタイを、リボンのようにつけている。 下は黒地で、フリルがきれいについたスカート、さらに黒のパンスト。靴まで黒いヒール。とにかく、黒い。 歌音曰く、「V系じゃないよ、ただのカジュアルだよ!」らしいが、素人目にはジャンルの区別がつかん。 かくいう僕も、歌音の見立てで家にある服を組み合わせて着せられた結果、歌音と似たような格好になったのだが(むしろ、こんな服がよく家にあったな)。 だが、普段は何かしらの形でくくったりしている髪が今日はストレートなせいか…歌音がひどく大人びて見える。 太陽の光で髪がまぶしく輝く。その瞬間ですら、妙に綺麗だと思った。…何を考えてるんだ、僕は。 チケットを買い入場の手続きを済ませた後は、さっそく歌音の気のままに連れ回された。 最初はジェットコースターから始まり、振り子のように空をぶんぶん動く船のアトラクションや垂直落下する、塔のようなアレ… 女は絶叫マシーンが好きだと聞いた事があるが、それは歌音も例外ではないようだ。 しかし、カタパルト射出式のジェットコースターに三回連続で乗せられたときはさすがに目眩がした。四回目? 馬鹿いうな、僕が持たん。 そんな絶叫マシーンのオンパレードで午前中の時間は過ぎていった。 「か、歌音…少し休ませろ…」 「もー、仕方ないなあ」 201 :少年 桐島真司の場合 4 ◆BaopYMYofQ :2010/02/25(木) 17:06:35 ID:PT2DukoM なぜお前はそんなに元気が有り余っているんだ。僕はもう幾度となく時が見えたというのに。 「んじゃー、アイスクリーム買ってくるからここで待っててよ」 「ああ。あ、僕はバニラで」 小銭を歌音に托し、僕はいよいよぐったりとベンチに身を預ける。 …後ろの方から絶叫が聞こえる。それを聞き、さっきの記憶が呼び覚まされる。ただ速いだけならまだいい。時速70キロ超で後ろ向きに走るなど、思い出しただけで恐ろしい。 人は、特に歌音はなぜあんなものに乗りたがるんだ。ドMなのか? 「おまたせー」 アイスクリームを両手に持ち、歌音が帰ってきた。右手にはチョコレート味、左手にはバニラ。僕がバニラアイスを受け取ると、歌音は僕の隣に座ってきた。 寒いねーと言い、歌音はさらに身を寄せながら、すでにアイスを食べ始めていた。しかし風の吹いてくる方角的に、歌音は僕の風よけになってしまっている。それは寒いだろ。 「風邪引きそうだ。他のところに移動しないか」 「うんっ」 歌音は僕に促されベンチから立ち上がる。 二人でアイスを食べながらぶらぶらと歩き、僕は道中に暖をとれそうな場所がないかを探す。そうして見つけたのは、屋内フードコートだ。 ちょうど小腹も空いてきたころなので、僕は歌音を連れてフードコートの中に入った。 中はそれなりに人がいるがまだ空いている方だ。アイスをさっさと食べてしまい、僕らもファーストフード店の列に参加する。 歌音はレジ後方上部にあるメニューを眺め、チーズバーガーのセットにする、と言った。僕は普通のハンバーガーセットにしよう。 注文から約一分で品は揃い、僕らは出入口からやや離れた位置にある座席に座った。 歌音は早速チーズバーガーを包みから出し、頬張っている。それを見て、いつぞやの痴漢事件の後にマックでバーガーセット二人前をきれいに平らげたことを思い出し、 「今日はそれで足りるのか?」と、つい尋ねてしまった。 「あ…あの時はいろいろあってお腹すき過ぎただけだよ」と、歌音は顔を赤らめながら答える。 「そもそもねぇ、女の子にそんな"大食いです"なんて話題振っちゃだめだよ? けっこう恥ずかしいんだから…」 「? 僕は少食を気取る女よりそっちの方がよほどましだと思ってるぞ」 「そ、そう…?」 そこ、いちいち照れるな。 「やっぱ真司って、優しいよね」 「心外だ。僕は人に優しくした覚えなど微塵もない」 「またぁー」 …そのはずなんだがな。歌音といるとどうも調子が狂う。 こんな遊園地にまでのこのこついて来て…僕は一体何がしたいんだ。まあ…悪くはないんだが。 202 :少年 桐島真司の場合 4 ◆BaopYMYofQ :2010/02/25(木) 17:09:27 ID:PT2DukoM ##### 昼食の後は再びアトラクション巡りが再開された。 お化け屋敷はあまり面白くなかったが(互いにリアクションが無さ過ぎたのだ)、コーヒーカップで死ぬほど回転させられたり、メリーゴーランドなどという甘ったるい乗り物に無理矢理乗せられたり… 歌音の勢いは衰えることを知らず、遊園地のアトラクションの大半を制覇した頃には太陽が沈みかかっていた。 「そろそろ最後だね…真司、あれ乗ろ?」と歌音が指差したのは観覧車だった。 「デートコースの締め括りの定番だよ?」 これはデートだったのか…と内心言い訳をしてみる。だが、ここまで遊園地を満喫してしまったら、わざわざ断る理由もない。 「ああ、行くか」とだけ返事をした。 観覧車の列は思っていたより長く、待ち時間30分と看板に書かれていた。ようやく乗れる、という時には既に星が見えつつあった。 僕らを乗せた観覧車はゆっくりと回転、上昇を始める。観覧車から見下ろす景色は、ライトアップを始めた遊園地、沈みかけた夕日の鮮やかなオレンジ色。 見るものを魅了するには十分だと思った。 そして数分後、頂上部分に達したと思われる頃。 「ねえ…真司」 僕の真正面に座っている歌音が口を開いた。 「私、真司のことが好きだよ」 「前にも聞いたよ。けど僕は前にも言ったが…」 「真司が私の事好きになってくれるまで堪えるつもりだった。けど…もう我慢できないよ。気づいてないみたいだけど、真司のこと好きな娘たくさんいるんだよ? …真司のこと、取られちゃいそうで怖いよ」 歌音の手はかすかに震えている。笑顔を作ってはいるが、今にも崩れそうだ。 「真司のこと取られたくないよ…お願い、私の傍にいて。誰にも振り向かないで、私だけを見て…?」 「歌音…」 歌音の哀しむ顔を見ると胸が痛くなる。ここで歌音の手をとるのは簡単だ。だが、僕は歌音の事を…好きなのか? いい加減な気持ちで応えれば、歌音がいたずらに傷つくだけだ。 「僕は…歌音を傷つけたくない。多分僕は…自分で思ってる以上に歌音が大切なんだ」 203 :少年 桐島真司の場合 4 ◆BaopYMYofQ :2010/02/25(木) 17:12:04 ID:PT2DukoM なんともはっきりしない言い訳じみた事を、僕は歌音に言った。けど歌音はそれを聞いても、ただただ優しく微笑む。 その笑顔を見ると、心拍数が上がり、胸がより痛くなる。そして…抱きしめたいと思って、頭よりも速く体が動いた。 歌音は今、僕の腕に包まれている。一瞬、自分でも訳がわからなかった。 「真司…っ、しんじぃ…ありがとぉ…」 歌音は僕の腕の中で啜り泣きながら僕の名前を呼ぶ。 歌音の体温はひどく心地よく、いつまでもこうしていたいとさえ思えた。 そこでようやく、僕は気付いた。 「歌音…好きだ」 「あっ…真司ぃ…うあぁぁぁぁん……」 観覧車が地上に着くまで、僕らはそのまま抱き合っていた。 ##### 間隙。 はぁ……やっぱり、私には人を好きになることはできないのね。 真司さん…本気で好きだったのにな。真司さんなら、年を取らず一人若いまま取り残されるだろう私を受け入れてくれると思ったのに。 歌音さんのあんな顔見たら…私なんかが横から割り込むわけにはいかないじゃない。 さようなら真司さん。この10日間、楽しかったです。本当…幸せでした。 私はメモ用紙に書き置きを残し、真司さんの買ってくれた服をリュックに詰め、出発した。 いっそ…山にでも篭ろうかな。意外と食べ物には困らないかもしれない。まあ、それはこれから考えよう。 どこにいても、何年経っても…私は貴方の幸せを願っていますよ、真司さん。 「やっぱり、こうすると思ってたわよ。のえるちゃん」 玄関から出るやいきなり声をかけられ、私は立ち止まった。 あ…あなたは……? 204 :少年 桐島真司の場合 4 ◆BaopYMYofQ :2010/02/25(木) 17:15:41 ID:PT2DukoM ##### 泣きじゃくる歌音をなだめながら、観覧車から外のベンチへと移ってきた。 しかし歌音は未だに僕に抱き着いて離さない。道行く人々の視線が刺さり、肩身が狭い。 だが、離してくれとは言えずにいた。 すっかり日も暮れ、人気もだんだん減って来た頃、ようやく歌音は僕から離れた。手はつないだままだが。 「あはは……ごめんね。真司に、無理に言わせちゃって」歌音は気まずそうに謝ってきた。 「見損なうな。…僕だって、心にもないことを言った訳じゃない」 「…そっか」 そうして僕たちは、遊園地をあとにする。 振り返ると、イルミネーションが夜の遊園地を綺麗に飾っている。 ディズニーランドのパレードにも遠く及ばないだろうその景色はしかし、僕の心の中に深く残るだろう。そう思ったのは、隣に歌音がいるからかもしれない。 「また…二人で来ようね」 「ああ」 ##### 地元の駅に着き、歌音と分かれてようやく家に着いた頃には20時を回っていた。 鍵を開け、中に入る。………? いやに静かだ。 「ただいま。のえる、いないのか?」 靴がない。まあ、のえるとて近所に出掛けたりはするだろう。ならは、今日の夕食は僕が作ろうか。 僕は上着を自室に脱ぎ捨て、リビングに向かった。 机の上に紙切れが置かれている。…何か書いてある。 "真司さんへ 今までお世話になりました。ありがとうございます。 貴方の幸せを願っています。 のえる" 206 :少年 桐島真司の場合 4 ◆BaopYMYofQ :2010/02/25(木) 17:17:20 ID:PT2DukoM 「な……のえる…!?」 僕はメモを握りしめ、すぐさま外に飛び出した。 のえる…いきなりいなくなるなんて一体!? 「のえるちゃんは帰らないわよ」 不意に声をかけられた。その声は透明感があり、かつ重みが感じられる。知ってる人なら、たとえ姿を見なくてもその人だとわかるだろう。 「秋津…?」だが僕はこっちの名で呼ぶ。目の前にいる女性は、仮面をつけていないからだ。 「おかえり、桐島くん。歌音ちゃんとのデート、どうだった?」 「今はそんな場合じゃない! それより、のえるは!?」 「………はぁ」 ―――ぱしん、と乾いた音が鳴る。数秒して、頬をはたかれたのだと自覚した。 「君がそんなだから、のえるちゃんは出て行ったのよ。今の言葉…歌音ちゃんが聞いたらどう思うかしら」 秋津は左手を押さえ、続ける。 「のえるちゃんは君の幸せを願って、身を引いたのよ。なのに君は、歌音ちゃんのデートを"そんな場合じゃない"って…君にとって歌音ちゃんって、何?」 「あんたこそ…何がしたいんだ?」 「友人として、歌音ちゃんが傷つくのを黙って見てられないだけよ…なんてのは建前。ホントはね、"真司くん"」 秋津は左手を伸ばす。またはたく気かと思い、僕は身構える。だが秋津のしたことは僕の予想とは大きく異なった。 「君が好きなの」 そう言って秋津は、僕にキスをした。触れるだけ、なんて易しいものじゃない。いつの間にか両手で僕の頭をホールドし、舌をねじ込ませてくる。 僕は突然感じた未知の異物感に困惑し、抵抗できずにいた。 「んっ……ふぅ、んむっ…………ぷは」秋津は満足したのか、唇を離す。 「っ、秋津…何のつもりだ」 「…私も真司くんが好き。歌音ちゃんが君を好きになるずっと前から好きだった。…初めて会った、五年前から」 「五年前……だと…?」 記憶が蘇る。五年前と聞いて僕が真っ先に思い出すのは……母さんの死だ。 秋津…おまえは何をどこまで知っているんだ?

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