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667 :彼女は嘘つきである(1/5):2010/04/01(木) 18:38:37 ID:E3e/lANn
「俺はお前が大嫌いだ」
嘘をついても大抵のことがその日だからと許される日、エイプリルフール。
だから、適当な嘘を彼女に言ってみた。
特に深い理由は無く、強いて言えば嫌いといったらコイツはどんな顔になるのか見て見たかっただけかもしれない。
しかし特に面白い反応を見せることはなく、彼女は穏やかな笑みを浮かべたままだった。
「その発言は今日が何の日か把握した上で、受け取ったほうがいいのかな?」
やはりコイツは気づいていたか。
あっさりと嘘を見抜かれて気まずげに頭を掻きながら、ふと気づく。
嫌いというのが嘘というのならば、先程の発言はお前のことを好きだと言ったことになるのではないのか。
適当に言ったことが相当恥ずかしいことだったと気づき、頭を掻く手が止まってしまった。
顔に血が集まってきているのを感じる。
「おや、何をそんなに照れているのかい?」
「別に照れてなんかねーよ」
「ふむ……どうやら、君は勘違いをしているようだ」
「は? 何をだ?」
彼女は心底愉快そうに唇を歪めながら答えた。
「嘘を、だよ」
……嘘というものは、本当のことの逆のことをいうことではないのか。
考えが顔に出ていたのか、彼女は全部お見通しとでもいうかのように頷いた。
その様子は出来の悪い生徒に優しく教えようとする先生の様、というよりもそのものだった。
「先ほどの君の照れっぷりから見るに……」
「だから照れてなんか無いって」
「どうやら嘘とは真実とは逆のことを言うもの、とでも思っているようだね」
はい、その通りです。
そんな風に素直に認めることが恥ずかしかったので、口を閉ざした。
「うんうん、その勘違い大いに結構。そのおかげで君は率直に好意を伝えると羞恥心を感じる
可愛らしい人間だということが分かったからね」
「……うるさい。お前は俺の勘違いを正したいんだろ。だったらそんなことは関係ないだろ」
「あはは、これは失礼。では言うが、嘘とはそもそも……」
彼女はそこで言葉を止めてしまった。
某クイズ番組の日本国民の大半の方が知っている司会者のようにニヤニヤしている。
……今の自分はそんなに面白い顔をしているのだろうか。
数十秒後、満足したのか彼女は口を開いた。
「嘘とは真実でないことだよ」
668 :彼女は嘘つきである(2/5):2010/04/01(木) 18:39:21 ID:E3e/lANn
「……散々焦らして、結局はそれだけかよ」
「ああ、それだけだ。しかしそのおかげで僕はいいモノを見れたね」
「もう勘弁してください……」
なんであんな軽はずみな発言をしてしまったのか。
数分前の自分をぶん殴ってあの発言を無かったことにしてしまいたい。
「ふふ……旬なネタを使うのならもっと勉強をしてくるのだよ」
いつも見ている彼女の笑みも、今は恥ずかしくてとても見れない。
コイツの面白い顔を見るつもりが逆に見られてしまうとは。
何とかコイツに一泡吹かせたい。
……そうだ、嘘とは真実でないことを意味するのならば。
「俺はお前のことが大好きだ」
「うん、僕も君が大好きだよ」
……これは、嘘だ。
わかっている。
わかっているのに、顔のにやけが止まらない、止められない。
「やっぱり君はここが足りてないんだよ、ここが」
彼女は笑いながら俺の頭を指差している。
「愛の告白の返礼、というには不十分だが僕なりに旬のネタを使ってみようか」
「何をするんだよ」
「僕はこれから嘘しか言わないよ、いいね?」
一体何が来るのだろうか。
いつも自分をおちょくっている彼女だから、予想も付かないものが来るだろう。
「ああ」
ゴクリ、と唾を飲む音は彼女に聞こえてしまっただろうか。
かくして、彼女の”嘘”が始まった。
669 :彼女は嘘つきである(3/5):2010/04/01(木) 18:39:48 ID:E3e/lANn
「僕は君のことをよく知らない」
いや、それはないだろう。
コイツとの付き合いは長い。
趣味特技性癖何を知っていてもおかしくは無いはずだ。
「僕は君のことをよく知っている」
……待て。
知らないが嘘で、知っているのも嘘だと?
矛盾してるぞ。
抗議の視線を送るが、彼女は微笑んだままだ。
「僕は君のことを憎んでいる」
「僕は君のことを愛している」
何がなんだか分からない。
二律背反を続けて言われている。
全部嘘だとしても辻褄が合わない。
「僕は君に嘘をついたことが無い」
「僕は君を欺いたことがある」
「僕は処女ではない」
「君は童貞ではない」
「君は人を殺したことがある」
「僕は人を殺したことがある」
670 :彼女は嘘つきである(4/5):2010/04/01(木) 18:40:17 ID:E3e/lANn
「……はい、ここまで」
彼女は両手をパンパンと鳴らして、ネタの終わりを告げた。
……結局なんだったんだこれは。
全く分からない。
最後あたりは何か物騒だったし、一体何がしたかったんだ。
「僕は最初に嘘しか言わないって言ったけど、あれ嘘だから」
「なぬ」
「僕は真実と嘘を混ぜつつ話したんだよ。
さて、ここで問題です。僕が話した中でいくつ嘘があったでしょう」
「なんだよそのネタ…… そもそも何個話したか忘れたし」
「十だよ。なんなら最初から話そうか」
「いや、いい。憶えている」
たしか俺を知っているか、好きか嫌いか、嘘をついたことがあるか、処女か童貞か、人を殺したか……
大まかに分類すればこんな感じになる。
まず最初の三つの分類。
これは簡単だ。
コインの表裏の関係のようなものだったから。
一方が真実であるなら、もう一方は真実になりえない。
よってまず嘘が三つ
次に処女か童貞かだが。
……これはたしか両方とも”~ではない”と言っていたはずだ。
とりあえず、俺は童貞だ。
認めがたいが、事実である。
そして、コイツも処女であろう。
コイツとの付き合いも長いが、異性と付き合った話は一度たりとも聞いたことが無い。
だから、多分、おそらく、きっと。
よって嘘が二つ追加される。
最後に人を殺したかどうか。
俺もコイツも人を殺したことは無いはずだ。
そもそも殺したのなら今頃刑務所にいるだろう。
よってこれまた嘘が二つ追加される。
つまり、嘘は合わせて七つだ。
671 :彼女は嘘つきである(5/5):2010/04/01(木) 18:40:52 ID:E3e/lANn
「わかったぞ。嘘は七つだ」
「そう。君がそう思うんならそうなんだろうね」
悩んで答えた割には彼女の反応は投げやりであった。
「あれ、間違ってた?」
「うーん、まぁどっちてもいーかなー」
「なんだその適当な反応は! 謝れ! 真面目に答えた俺に謝れ!」
「あはは、ごめんごめんーメンゴメンゴー」
「フザけんな!」
握りこぶしを作って殴るジェスチャーをすると、彼女は笑い声を上げながら逃げ出した。
それにおもわず苦笑を浮かべながら、俺も追いかける。
傍目から見れば青春を謳歌している微笑ましい若造共、とでも映っただろう。
俺も、今俺青春してるなー、となんとなく感じていた。
ちなみに答えを知ったのは最期のとき。
彼女はたった一つしか嘘をついていなかった。
”僕は君に嘘をついたことが無い”
もう先は無いというのに、何故こんなときになって、”俺”が戻ってきたのか。
否、今だからこそ戻ってきたのか。
死ぬということが確定しているから彼女が戻してくれたのか。
首をゆっくりと回す。
鉄格子の付いた窓の外に広がる景色を見て思う。
―――木しかねえ。ここは、というか俺はどれだけ社会から隔絶されてるんだよ……
生きている間は、彼女に束縛され続けた。
彼女を殺した後は、ここで彼女の夢を見続けた。いや、見させられた。
そして今。
枯れ果てた身体を、ベッドに縛り付けられている。
多分、俺は数時間後には彼女がいる場所へと逝くだろう。
そこでも束縛されるのだろう。