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681 :イントロダクション  ◆Thmxzr/sD.HF :2010/04/02(金) 04:04:20 ID:b1B6QUqu 既に白い輝きを失った淡い午後の日差しが、カーテンの隙間から部屋に入る。 射しこんだ一筋の光は空中に漂う小さな埃が舞う様を美しく映しだし、 机の上に置かれた写真立てを煌めかせる。 その遙かな天からの光に導かれるように一人の女が机に向かって歩を進め、 写真立てを手に取った。 女は一体いつまで見入っていたのだろうか。 「あ、あの……お母さん。」 「……!」 「お線香、無かったから買って来たんだけど……。」 女が突然横から呼びかけられて振り向くと、 其処には小学校に上がるか上がらないかくらいの年齢の男児が居た。 その少年は彼女を心配そうに見つめている。 「そ、そう。ありがとう。一人でお買い物に行けたの? 偉いわね。」 女は何気ない動作で写真立てをテーブルに置くと、 その少年に向けて笑顔を作り、頭を撫でた。 しかし少年は照れたり喜んだりする様子も見せず、 ただ母親を心配そうに見つめている。 少年は母親に問う。 「その写真一体何なの?」 「何でもないわよ。」 「教えてよ。前に聞いたときも教えてくれなかった。」 「別にどうでもいいじゃない。対したことのない昔の事よ。」 話を逸らし続ける女に、業を煮やしたのか少年は 「じゃあ、どうして泣いてたの?」 682 :イントロダクション  ◆Thmxzr/sD.HF :2010/04/02(金) 04:08:44 ID:b1B6QUqu 「――っ。」 女は固まった。 しばし黙り込んだ後、苛立ちを露わにして少年を叱り始めた。 「……ねえ、そう何度も聞き出そうとするのはやめなさい!  これは言いたくないことだってことくらいわかるでしょ!?  いい!? ちゃんとその場の空気を読みなさい!  いつもさんざん言ってるでしょうが。  そうじゃないと――」 ここで女は言葉を詰まらせた。 怒りで強張らせた顔から力が抜け、ゆっくりと悲しそうに目を細めていった。 そして声をとても静かなものにして、少年を諭し始める。 「そうじゃないとね、周囲と衝突ばかりして、  結局は自分も、周囲も、何もかも不幸にしちゃうんだから。  だから、わかって……ね?」 女は少年の頭に手を載せた。 「……」 「とりあえず早く部屋に戻りなさい。」 「……わかったよ。」 怒られた少年は部屋を出て行き、中には女だけが残される。 彼女はため息をつき、 自分の息子につい苛立ちをぶつけてしまったことを悔いた。 わかっている。 あの子は、自分勝手なんかじゃない。 私のことを心配している。 だからさっきはあんなに食い下がったのに、 私は苛立ちをぶつけて―― 683 :イントロダクション  ◆Thmxzr/sD.HF :2010/04/02(金) 04:10:22 ID:b1B6QUqu ――でも。 しかし仮にそれが無くても、こうなる当然のことかもしれない。 この写真を人に見せびらかしたことはないが、 仮にそうしたなら誰もが興味を引かれて説明を乞うのではないか。 私は再び写真を手に取った。 この写真は、とある部屋で夕方の黄昏時に撮られた物だ。 窓が中央に来るように撮影されており、外の地平線の少し上にある夕陽は、 あと一二時間も経てば沈んでしまうだろう。 それは日中の直視できない程の眩しさを主張する白い日光より、 遙かに光量を落とした柔らかな微光である。 太陽という星の命の輝きが、この空から徐々に潰えようとしているからだ。 だが日中よりも輝きを失ったが故にむしろ神々しさは増し、 光は所々に浮かぶ雲を輝かせ、空を金色に染め上げている。 部屋の中は照明がつけられておらず、 薄暗い部屋の壁は窓から差し込んだ夕日の茜色にほのかに染められている。 そんな中、写真の中心に二人の人物が居た。 窓から差し込む夕陽の影響は、特にその二人の被写体に顕著に現れている。 背後の地平線の少し上に浮かぶ夕陽がちょうど二人の間にあって重なり、 逆光となっているのだ。 カメラの自動調整がきちんと働き、 逆光の影になった部分が見えるように明るくしていなければ、 彼らは光に完全に覆い隠されていただろう。 それでもなお、光に包まれ若干薄暗く映る二人の姿は儚さを秘め、 どこか危うさがあった。 だが反面、神々しさを秘めた橙色の微光は 二人と重なり包みこむ後光になった。 ここに一つの宗教画が生まれたのだ。 684 :イントロダクション  ◆Thmxzr/sD.HF :2010/04/02(金) 04:13:03 ID:b1B6QUqu 言葉が無くともこの写真一枚で本質を説明出来ていた。 レンズは何もかもを凝縮し、一枚の写真に嘘偽りの無い真実を捉えていた。 この写真が撮られた時点から先のこと、この二人に訪れる未来までも。 何時どこで撮られ、そして彼らは何者なのか、 そんなことを何一つ知らなくとも、 これを見た者に二度と戻らない時間への感傷を与える一枚だった。 写真に封じ込められた過去のこの一瞬が、 額縁を手に取る私の心に、かつてあった時間を鮮やかに蘇らせる。 夕陽に照らされながら、ベッドの上で無邪気な笑顔を浮かべる少女。 とても薄い硝子細工のような美しさがあった。 そして彼女の視線の先に居るのは、一見すると無表情に見える、 だがよく見れば安らかな表情を浮かべる高校生らしき少年。 彼は確かにあの時、微笑んでいた。 写真の中の光景という過去に確かにあったものの一部を使い、 頭の中に仕舞われてる記憶を、再び広げ、思い描く。 「――っ。」 私は奥歯を噛み締めた。 この記憶は今のように意図して思い出そうとしなくとも、 いつも遠慮無く私の脳裏に現れる。 そしてその度に私はいつも―― でも今日は特別だ。 だから避けることなく、思い出そう。 誰も知らなくとも、私だけは真実を知っているのだから。 覚えているのだから。 だから戻ろう。 再び浸ろう。 しばしの間だけ、遠い追憶の日々に。 そう。金色の光に照らされた、あの場所へ―――― 再び、過去の世界が蘇った。

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