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12 :ぽけもん 黒 20話 ◆/JZvv6pDUV8b :2010/04/05(月) 12:34:26 ID:o9Rjb4dh
「か、くささん」
僕の口から出た声はかすれていた。
背後からポポが翼を広げる音が聞こえる。
「ど、どうしたの? 変なゴールド」
どうしたのと問うておきながら、当の香草さん自身にも動揺が見える。
というか、挙動が不審といった方がいいのか?
目はあからさまに泳いでいるし、手は落ち着きなく、所在なさげに体の前を彷徨っている。
動揺している香草さんを見ることで、反対に僕は少し落ち着きを取り戻した。
「香草さんこそ、どうしたの、その服。まるで病院から抜け出してきたみたいじゃないか」
僕がそう言うと、香草さんは慌てた様子で患者衣の上に手を走らせた。
「ち、違うの、これは急いでいたから……」
「何か急ぐことでもあったの?」
「な、何も! あ、あはは、そうよね。何を慌ててたんだろ、私……」
彼女はそう言って息を漏らした。
そうして、僕から視線を外し、僕から見て右下の辺りを見た。彼女の視線の先を辿ってみたが、そこには地面以外のものは特にない。
おかしい。
香草さんは確実におかしい。
僕はすぐにそう思った。
いや、このおかしいっていうのは今までと違うって意味のおかしいで、決して頭がおかしいとかそういうことでは……
とにかく、患者衣だとかそんな些細なことではない、もっと根本的なずれのようなものを感じた。
周りの景色は動いていくけど、僕たちは誰一人動かない。
まるで僕達だけ世界から取り残されたような、そんな気分だ。
「と、とりあえず、中に入ろうよ」
道行く人の視線でそのことに気づいた僕は、皆を促す。
後ろを向くと、ポポはまだ険しい表情をして翼を振り上げたままだった。
いつでも飛びかかれるようにしているのだろうか。
やどりさんは相変わらずぼーっと……いや、やどりさんも厳しい表情をしていた。
これも進化の賜物か。
ポポは僕と目が合うと、すぐに視線を逸らし、翼を下げた。
僕はポポの頭にポンと手を置く。
やどりさんは香草さんを睨みつけたままだ。
睨みつけられた香草さんはおどおどと地面を見る。
「やどりさんも、ね?」
僕はやどりさんの手をとり、笑顔を作った。
彼女はしぶしぶ、といった様子で僕に随った。
しかしまだ後ろの香草さんを警戒している。
並んで歩く僕達の後ろを、五メートルくらい遅れて香草さんがついてくる。
その動作にはどこか遠慮が見て取れた。
僕達が部屋に入っても、彼女は入り口の扉の前でオロオロするばかりで、部屋に入ろうとしない。
「そ、そんなところにいないで入ってきなよ」
彼女があまりにも挙動不審なので、僕も若干動揺しながら声をかけた。
「う、うん」
相変わらずぎこちない動きで、僕(右にポポ、左にやどりさんが座っている)と向かい合う形でベッドの縁に腰掛けた。
「あ、ええっと、体はもう大丈夫なの?」
「え、ええ」
「それならよかった」
「よかったですねえ。なら、もうどっかいってくれないですか?」
僕達のぎこちない会話に、ポポが割って入った。それもとんでもない暴言で。
「ポポ!」
「忘れたとは言わせないです? チコは確かに言ったです。『負けたら契約を解除しろ』です」
ぽ、ポポーー!!
「そ、そもそも僕はそれにうんと言った覚えはないよ!」
何とかポポを止めようと僕は使い古された言い訳を繰り返す。
僕を見たポポは、急に弱気というか、儚げな感じになって言う。
「ゴールド……ポポ達じゃ不満です?」
「う、な、何を言って……」
「ポポ、チコみたいにわがまま言わないです。ゴールドを傷つけたりもしないです。ただゴールドがポポを好きだと言ってくれるなら、いや、大切に思ってくれるなら、それだけでいいです。それだけで何でもするです。どんなことでも……たとえそれが悪いことでも……」
ポポの言葉で僕の心臓は跳ねた。
13 :ぽけもん 黒 20話 ◆/JZvv6pDUV8b :2010/04/05(月) 12:35:08 ID:o9Rjb4dh
「どうしてそれを!」
その言葉を発した瞬間、彼女達は一様に不思議そうな顔をした。
しまった。
誰にも話してないんだ、誰も知っているわけがない。
悪いことっていうのはただの一般論だ。
墓穴を掘った。
「あ、いや、なんでもない」
慌てて取り繕うが、皆、僕が何かを隠していることに気づいてしまっただろう。
白々しいと思いつつも、慌てて話を逸らす。
「そ、そんなことより……」
「私も、ポポと同じ。ゴールド、私……ゴールドと出会わなかったら……一生進化も出来なかった。ゴールドは大切な人。私にとっては、この世界の……すべてよりも」
僕の言葉に被せるように、やどりさんが凛とした調子で言った。
な、やどりさんまで!
そもそも一生進化できなかったとか、大げさだよ!
僕が口を開く前に、やどりさんは香草さんに向き直り、言葉を続けた。
「あなたは……どう?」
「わ、私は……」
問いかけられ、言いよどむ香草さん。
そんな彼女を、ポポは鼻で笑った。
「決まりです。ゴールド、はっきりしたですよ。あんなの……」
「あんなのいらないです」
瞬間的に、室内は静寂に包まれた。
何の音もしない。誰も口を開かない。
フォローの言葉も考え付かない。頭が真っ白だ。
ポポはこんな大それたことを言ったにも関わらず平然と香草さんを見ている。やどりさんも、無機質な瞳で香草さんを見ていた。
香草さんは俯き、肩をブルブルと震わせている。
今の彼女の内面に渦巻くのは、屈辱か、混乱か、それとも、もっと別の何かか。
「ふ……」
香草さんの口から、息のようなものが漏れた。
何だろう、嫌な予感しかしない。
僕は体を固くした。
「ふざけるなこの下等生物が! さっきから黙って聞いてればいい気になりやがって!」
香草さんが、きれた。それも今までで最悪だ。
顔を上げた香草さんから、荒々しい罵倒の言葉が飛び出した。
怒りで彼女の顔は鬼灯のように赤く、発せられたその声はもはや絶叫に近い。
嫌な予感は見事的中だ。
外れてくれても何も困らないって言うのに。
僕の顔が恐怖で引き攣る。
「大体、ゴールドも何でさっきから言うがままにさせてるのよ! 私のことなんかどうでもいいっていうの!?」
決してそのようなことはないと言いたいけど、余計な弁明は彼女の怒りをさらに燃え上がらせそうだ。
というかそもそも会話が可能な状態に思えない。
彼女は僕の沈黙(と言ってもコンマ数秒にも満たないわずかな間だった)を肯定の意思と受け取ったようだ。理不尽だ。
「そう、そういうこと。自分の思い通りになる女を二人も侍られて、アンタはさぞかしいい気分でしょうね!」
えええ!? なんでそういう話になるんですか!?
「この屑! 変態! ゴミ虫!!」
どうして僕はこういう方向で罵倒されてるんだろう。意味が分からない。
香草さんの気に入らないポイントはどこなの?
「香草さん、落ち着いて! 香草さんが何を言いたいのか、僕にはさっぱり分からない。後、ポポもやどりさんも、そんな軽々しく自分の人生を他人に預けるようなこと言っちゃダメだよ」
僕は出来るだけ角が立たないように、意識して柔和な声で言った。
しかし予想通り、香草さんは僕の言うことに聞く耳なんか持っていなかった。
一人で自分の世界を突っ走る。
進路上にいる僕の意思なんてお構いなしだ。
このままじゃ彼女という暴走車に轢かれてしまう。
「アンタみたいなゴミ虫、このままでは生かしてはおけないわ。有害生物として駆除されないように、たっぷりと教育する必要があるようね!」
えええええ!! さっぱり展開が理解できません! 何で僕は命の危機に!?
な、何を言いたいか理解できなかったのがいけなかったの!?
14 :ぽけもん 黒 20話 ◆/JZvv6pDUV8b :2010/04/05(月) 12:35:31 ID:o9Rjb4dh
「じょ、冗談でしょ?」
しかし彼女の言葉は性質の悪い冗談じゃなかったようだ。
袖口から数十の蔦が飛び出し、部屋を突っ切って僕に襲い掛かる。
それは僕が道具によって迎撃する前に、すべて地面に叩きつけられた。
隣を見ると、やどりさんが険しい表情をしながら右手を伸ばしていた。
「もう証拠としては十分。この女の本性は明白。ゴールドを傷つけるなら、排除する」
やどりさん、排除だなんてそんな。香草さんもやめてくれ。
僕の頭にそのような言葉が浮かぶか浮かばないかのその時。
瞬間、世界が混濁した。
上下左右の区別なく、視界は灰色の渦に包まれた。
室内の物と言う物がガリガリと音を立てながら壁を削り、自身も粉砕されていく。
同じく混沌の渦の中にある香草さんの悲鳴がそれに唱和した。
耳には痛いほどの音が雪崩こんでくる。
それなのに、どこか静けさすら感じる。
そんな狂乱の中にあって、僕とポポとやどりさんは平穏に包まれていた。
台風の目、渦の中心。
何と言っていいか、とにかく、この室内にあって、ここだけが平常時のような穏やかさだ。
あまりの騒乱に、僕の思考はすっかり麻痺してしまっていた。
胃液が胸にこみ上げてくる。
舌にかすかに酸味を感じた。
「や、やめてよやどりさん!」
僕がこう言いながらやどりさんに縋ったのは、この光景が生み出されてから優に十秒は過ぎてからのことだった。
混沌に包まれていた世界は瞬時に静止し、秩序を取り戻した。
一拍置いて、宙に浮かんだまま固められていたものすべてが部屋に降り注ぐ。
原型を留めているものはただの一つたりともなかった。
壁には猛獣が暴れ狂ったかのような荒々しい傷跡が無数に刻まれている。
そして、室内は朱で染め上げられていた。
埃っぽい部屋の空気に、鉄の臭いが確かに混じってるのが感じられる。
「か、香草さん!!」
真っ赤に染まった瓦礫の中からかろうじてそれを識別した僕は、すぐさま彼女に駆け寄ろうとする。
しかし体が動かない。
まるで金縛りにでもあったかのように……ってこれやどりさんの金縛りだ。
やどりさんに抗議を行おうとしたが首どころか瞼すら動かせない。
瞬きすら許されていない。
そのせいで部屋を舞いまくっている埃が目に入りまくって結構痛い。
しかし声も出せないのでそのことを伝えることも出来ない。
相当に強い金縛りだ。
進化によって増したのは行動の速度や活発さだけではなかった。
彼女の念動力は今までとは比べ物にならないくらい強くなっている。
あの香草さんが抵抗一つできず、襤褸切れのように扱われるなんて。
「起きろ。息があることは分かっている」
彼女はこんな凄惨な光景を作り出しておきながら、眉一つ動かさず、冷淡に血まみれの塊に呼びかける。
う、と呻き声を漏らした香草さんは上から吊り上げられたように不自然に立ち上がった。
いや、事実香草さんは立ち上がったのではなく、やどりさんの念力で吊られたんだろう。
吊られた香草さんは、乾いた咳とともに赤いものを口から吐いた。
香草さん!
声を出そうとしても口を動かすことすら出来ない。
涙が出てきた。
こ、これは埃が目にしみただけなんだからね! 勘違いしないでよね!
精一杯の虚勢を張らなければ、まともな思考すら保てそうにない。
吊られた彼女はゆっくりとねじれていく。
ギシギシという何かが軋む鈍い音とともに、床に血がポタポタと滴っていく。
落ちた血はすぐに厚く積もった埃に吸い込まれていった。
やめろ。もうやめてくれ。
僕は心の中で絶叫する。
目を背けたくても背けることすら出来ない。
圧倒的なまでの無力。
15 :ぽけもん 黒 20話 ◆/JZvv6pDUV8b :2010/04/05(月) 12:36:18 ID:o9Rjb4dh
絶望感に打ちひしがれ、自分の意識を手放してしまおうかと思ったそのとき。
突然視界が閃光に包まれた。
ぎゃああああああ!!
瞼が閉じれないから目を瞑れない。
あまりの眩しさに脳が焼きつきそうだ。
意識ごと半ば白く塗り込められたところで、僕はガラスの蹴散らされる音を聞いた。
突然金縛りが解かれ、僕はそのまま崩れ落ちた。
のどの辺りまで酸っぱい物が競りあがってくる。
僕の思考まで白く染めたあの閃光。
香草さん渾身のフラッシュは見事全員の視界を塞ぎ、やどりさんを怯ませた。
それで念力が弱まった隙に窓から逃亡、ということだろう。
まだ目が見えないので憶測でしかないけど。
「逃げられたです……」
ポポの残念そうな呟きが聞こえる。
やはり僕の想像は間違っていないようだ。
先ほどの衝撃的な映像のショックだろうか、それとも強光をもろに受けたせいだろうか。酷い吐き気がする。
目が碌に見えないので手探りで、思うように動かない体を引き摺りながら窓際まで行く。
しかし僕の手に伝わってきたのは冷たくて固い壁の感触ではなく、暖かで柔らかい人の感触だった。
未だ回復しきらぬ僕の目に、ぼんやりとシルエットが映る。
僕はその影に呼びかけた。
「ポポ? 僕を窓まで案内してくれ。香草さんはどうなった?」
「あの女ならもう見えないです。案外余力を残してたみたいですねぇ。血の跡を追えば追いかけられないこともなさそうですけど」
ポポはこともなげに言った。
「ポポ、どうしてポポはそんなに平然としてられるんだ? 一緒に旅をしてきた仲間じゃないか。それがこんな……」
「仲間じゃないです。チコがそう言ってたじゃないです?」
「それは……」
「それにしても、チコは酷いことするです。最後の最後までゴールドを傷つけたです。でももう大丈夫です。もうチコはいないですよ」
ポポはそう言って、僕を胸に抱いた。
視力の戻ってきた視界に映ったのは、ポポの溢れるような笑顔だった。
何より恐怖を覚えながら、僕は上体だけ後ろに向けた。
「やどりさんだって、物には限度ってものがあるよ! これは明らかにやりすぎだ! それに最後、まともに抵抗も出来なくなった香草さんに何をしようとしたんだ!」
「……だって」
「だってじゃありません!」
僕がこういうと、やどりさんはまるで親に叱られた子供みたいな表情をした。
ああ、どうしてそんな困った顔をするのさ。
まるで本気で僕がどうして怒っているのか理解できていないみたいじゃないか。
みたいじゃなく、本当にできていないんじゃないか。
一瞬そんなよくない考えが脳裏をよぎったが、僕はそれをすぐにかき消した。
だって普通の人間なら当たり前に分かっているはずだ。
だから彼女達だって分からないはずがない。そうさ、そうに決まってる。
つまり、これはただの思い違いだ。
視力も戻ってきたし、今は説教を行っている場合じゃない。
一刻も早く、香草さんを見つけないと。
彼女の怪我は見るからに深刻だった。かなり動けるとはいえ、お医者さんに見せないと命に関わるんじゃないか?
僕はリュックを掴むと窓から飛び出した。
「とにかく、香草さんを連れ戻してくるよ!」
着地した僕は、地面に点々と付いた血の跡を辿って走り出した。
結局、これは無駄足に終わった。
あの重症、この短時間でどれだけ遠くに移動したのかと不思議になるくらい、血痕は長く遠くまで続いていて、そしてそれは街の外れで唐突に消えた。
街中ならともかく、この辺は殆ど人通りもない。目撃者は望めなさそうだ。
どうしてここで突然途絶えたのか。
僕は検討も付かず、出来ることも思いつかず、ただただ途方にくれた。
16 :ぽけもん 黒 20話 ◆/JZvv6pDUV8b :2010/04/05(月) 12:37:02 ID:o9Rjb4dh
日が暮れたあとの道を、警察に届け出ようか迷いながらポケモンセンターに戻ると、ポポとやどりさんが事情聴取されていた。
激しく動揺したが、すぐに自分の浅慮に気づいた。
あれだけの破壊を行ったんだ、騒ぎにならないはずがない。
それなのに、気が動転した僕はそんなことにも気づかず飛び出してしまった。
婦警さんに話しかけた僕は、さらに驚愕することになる。
香草さんが指名手配されそうだ。
どうも、彼女達はあの惨状を香草さんが引き起こしたものだと説明したらしい。
確かに半ば間違ってはいないのだけれど、彼女達の説明は香草さんを一方的に悪に仕立て上げるような捏造だった。
その結果、重要参考人として指名手配されることになりそうなのだ。
僕は必死の説明を行ったけど、何せ二対一である。
しかも、他の人によって見つけられたときに僕は現場にいなかった。
いまいち証明として弱い。
婦警さんからはパートナーを不当に庇ってるんじゃないかと言わんばかりの目で見られ、責められた。
迂闊だった。慌てて香草さんを追いかけたりせずに、ちゃんと真っ先に周囲に説明しておけば。
もしかして彼女達が僕を止めなかったのはそのため?
そんな疑念が生まれた。
結局、僕の必死の弁明が通じたのか、それとも彼女達の証言が証拠として不十分だと見なされたのか、とにかく、指名手配は免れた。
とはいえ、事件の参考人ではあるし、このままにしておくわけにはいかないので僕も捜索願を出した。
とりあえず責任の所在はうやむやになり、修繕費は保険屋さんからでるということで落ち着いたようだ。
どうやら多少設備が壊れることくらい日常茶飯事らしい。
尤も、ここまで酷いのは滅多にないけど、と苦笑いを浮かべながら言われたが。
「はあ……」
新たにあてがわれた部屋で、僕は深い溜息を吐いた。
ポポに気遣ってここ最近は吐かないようにしてたんだけど、もう我慢出来ない。
このままじゃ、僕の胃に穴が開いてしまう。
深く溜息を吐いた僕を、二人は困ったように見ている。
部屋に入るなり、そこに直れと僕が命じたため、彼女達は棒立ちすることしかできないのだ。
だからいつもの過剰なスキンシップを喰らう恐れはない。
「さて、色々言いたいことはあるけど、とりあえず……」
ここで一旦区切り、息を吐いた後、続ける。
「どうして嘘を吐いて、香草さんを犯人に仕立て上げたんだ?」
僕は成る丈険しい表情を作り、二人を睨む。
射竦められた二人は、慌てた様子で同時に弁明を始めた。
当然、僕は同時に話されても理解できないので、二人を制止する。
「言い訳は一人ずつ聞こう。まずはポポから」
「あの、ゴールド……怒ってるです?」
「ああ」
僕は出来るだけぞんざいにそう言い捨てた。
事実、僕はこの旅を始めて以来、最大の苛立ちを感じていた。
それが少々八つ当たり的に彼女達に向けられていることに少しばかり心が痛まなくもなかったが、しかし、彼女達には怒られるだけの正当な理由があった。
「で、どうしてこんな嘘を吐いたんだ」
あぅぅと涙ぐむポポに、僕は容赦なく言う。
「や、やどりがそうしようって言ったです! だって、そうするしかなかったんです!」
やどりさんが何か言おうとしたけど、僕はそれを遮って話を促す。
「そうするしかなかったってどういうことだよ」
「だって、喧嘩して、部屋を滅茶苦茶にして、相手に大怪我させたなんて言えないです……」
確かに、その通りに証言すれば、問題になるのは避けられない。
「だからって、誤魔化していい問題じゃないだろ!」
「ゴールドだって、いつもそうしてるじゃないですか!」
うぐっ!
ポポの言葉が僕の胸に突き刺さる。
普段の僕はそういう意図で物事を大事にならないようにしていたわけじゃないんだけど、そうか、ポポにはそう見えていたのか。
17 :ぽけもん 黒 20話 ◆/JZvv6pDUV8b :2010/04/05(月) 12:38:06 ID:o9Rjb4dh
「つまり、誤魔化そうって発案したのはポポなのか」
「そ、それは……」
言いよどんだのは肯定の代わりと思っていいだろう。
親の背中を見て子は育つという。
つまりポポは僕の普段の行動から学んだ結果、事件になるのを避けようとして、それにやどりさんが知恵を貸したということか。
ははははは。笑えない。
つまりなんだ、結局責任は僕にあるってことなのか?
「それに、これは証明」
真実が暴かれたので、弁明の必要がなくなったやどりさんが口を開いた。
「証明って何の?」
「ゴールドのためなら、私は罪を厭わないことの」
「なっ……」
言葉が出なかった。
ポポの、「ぽ、ポポもです!」という言葉が遠くに聞こえる。
僕はひょっとして、とんでもない場所にいるんじゃないだろうか。
僕の信用を得るためだけに人一人を殺しかけた。
さらに全ての罪をその無実の……無実のというのは言いすぎかもしれないけど、とにかく、その被害者に着せようとしている。
そしてそんな行為をなんとも思わない、強大な戦闘力を持つ者がこの狭い部屋に二人もいるのだ。
ロケット団のアジトだって、もう少し空間辺りの危険人物密度は低い気がする。
僕はどうするべきなんだろうか。
二人に対して、懇々と説教しても、それが効果あるとはとても思えない。
ならしかるべき機関や人物に訴えるか?
いや、ダメだ。そんなことになれば二人ともただじゃ済まない。
僕は二人を罰したいんじゃなくて助けたいんだ。そんなことは本末転倒だ。
それに、警察は物事を混迷させるばかりで、よい方向に運ぶことはない。
僕はシルバーのときのことのせいで、根本的に警察不信なのだ。
それに、この状況は僕にとって必ずしも不都合ではない。むしろ好都合なくらいだ。
二人を僕の共犯者に仕立て上げる。
もちろんそのことに抵抗がないとは言わないけど、僕にはそれが最良の方法のように思えた。
むしろ、共犯者にすることが彼女達の危険な行動の抑止にも働くはずだ。
溜息を一つ吐いた後、意を決して僕は話し始めた。
「二人の気持ちはよく分かった。だから言うよ。最後まで落ち着いて聞いて欲しい。僕は、一人の友人を救うために、一人の元友人を殺すつもりなんだ」
少し気取った言い回しだと思う。
でも、咄嗟に出た言葉がこれだった。
僕は今まで、シルバーが自分の友人だったことを否定していたのだと思う。
どこか、彼を直視したくない気持ちがあった。
しかし、自分の殺意を告白することが、かえって僕を冷静にした。
口に出した以上、後戻りは出来ない。
僕は、昔からずっとシルバーを恨んでいた。それも、殺してやりたいくらいに。
ランの父親を殺し、僕やランの幸せな生活を奪ったシルバー。そのとき僕が感じた無力感。
僕はシルバーが、何よりも何も出来なかった自分が許せなかった。
だから、僕は僕の手でシルバーを裁く。
ずっとそう思っていた。
時間の経過とともにその感情は冷め、火はすっかり消えたと思っていた。
ところが、それはただ灰に埋もれて隠れていただけだったらしい。
再びシルバーにあったとき。
僕の中にあったその燠火が再び激しく燃え上がった。
僕はもう、この気持ちを無視することは出来なかった。
今度こそ、シルバーに罰を与える。
そしてランを助け出す。
もちろん、ポポややどりさんには関係のない話だ。
だから二人を巻き込むことに抵抗がないとは言わない。
それにいくらシルバーが悪人だからと言って、殺せば人殺しだ。なんらかの罪に問われる可能性は高い。
18 :ぽけもん 黒 20話 ◆/JZvv6pDUV8b :2010/04/05(月) 12:39:11 ID:o9Rjb4dh
だけど、僕は。
親を殺し、その娘を洗脳して悪の手先として利用する。
こんな非道が他にあるだろうか。
仮に逮捕されたところで、事件当時の年齢を省みると、何か他の事件でも立件できない限り、死刑なんて到底望めない。
更生の余地だのなんだの言って大した刑にならないに決まってる。
あのシルバーに更生の余地なんてあるわけがない。
善良な心を持っていれば、最初からこんな悪事を働くわけがないじゃないか。
僕はシルバーを許せない。
「初めに言っておく。僕は決して殺人を肯定するわけじゃない。裁いていいのは法であってお前じゃないって何も知らない人たちは言うと思う。
けれど、この十年、警察は何も出来なかった。でも、僕達なら出来る。なら、僕達がシルバーを殺し、一人の女の子を救うことは正しいことだと、僕は思う。
だから、この一度だけ、僕に力を貸して欲しい。……こんなことに巻き込んでおいてなんだけど、君達には出来るだけ迷惑をかけないように努力するよ」
彼女達は黙って僕の口上を聞いていた。
「もし警察に訴えるなら今だ。今なら君達は余計なリスクを負わなくてすむ」
ポポはくすりと、柔らかな笑みを作った。
そして、幸せそうに言う。
「ゴールド。ポポの答えは最初から決まってるです。ポポは……」
ポポがそこまで言いかけたところで、言葉を奪うようにやどりさんが割って入った。
「……私のすべては、あなたの望みのままに」
そうして、僕に傅くように、僕の前に跪いた。
隣のポポは信じられないと言った様子だ。今にも悲鳴が聞こえてきそうだ。
「……っ!! 大事なところで割り込むなです! 折角ポポが……」
やどりさんに食って掛かるポポのギャアギャアという声の裏で。
卑怯者。あなたはそれで満足?
僕は香草さんの罵りの声を聞いた気がした。
僕が計画を打ち明ければ、彼女達は僕に従う。
そんなことは最初から分かっていたんじゃないか?
分かっていたからこそ、彼女達に打ち明けたんじゃないか?
そんな声が僕の脳内に木霊する。
分かっていて、それでも良心の呵責も背負えない、卑怯者の僕は、あえて僕が強要するんじゃなく、彼女達に選ばせる形式を取った。
自分の罪悪感を誤魔化す、ただそれだけのために。
彼女達を引きずり込んだ。
彼女達に、背負わなくていい罪を背負わせるために。
卑怯者。
僕はそんな声々から耳を背け、二人にこれからの計画を話した。
大雑把に言えばこうだ。
ロケット団は再結成した。
つまり、このまま旅を続けていれば、いつかロケット団の情報が舞い込んでくるだろう。
今までのことから言っても、そこにシルバーもいる可能性は高い。
だから、僕達は今までどおり旅を続ければいい。
もちろん、絶対に騒ぎを起こしてはダメだ。
そのときが来るまで、できるだけおとなしくしているべきだ。
同時に、僕は君達が殿堂入り出来るように全力を尽くす。
シルバーに会えなければそのまま殿堂入り出来るように。
そうなった場合は、僕はメディアを通して大々的にシルバーの非道を訴えることが出来る。
世論が動けば、警察も優先して動かざるを得ない。厳罰を科さざるを得ない。
そうなれば、彼女達は人殺しなんて誹りなんかとは無縁の、保障された素晴らしい生活が送れることだろう。
僕がつまらない意地を通さなければ、これ以外の選択なんかあるはずもないのだけれど。
だけど、僕は……。
そうして、僕達はこの街を後にした。
あ、古賀根ジムは秒殺で勝ちました。
古賀根ジムは相手方のおっぱいがすごくおっぱいなこと以外、特筆すべきことはなかったです。