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50 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/09(金) 16:37:27 ID:TmKKkU8J  人の居なくなった放課後の教室で、私はひとり自分の席に座っていた。  開け放たれた窓からは、冬特有の冷気を帯びた暖かい風がカーテンを揺らしていて、とても心地が良い。  今日は休みなのか、いつも聞こえる運動部の喧騒も、グラウンドからは聞こえない。教室内にはカーテンがはためく音が聞こえるだけで、不気味なほどに静かだった。  この世界で自分しか居ないみたいだ、なんてありふれた言葉が頭に浮かぶ。こういう言葉は嫌いじゃない。  私はそこで思い出したように、ポケットに入っている便箋を取り出した。  いつもなら、授業が終わると真っ直ぐに帰宅してしまうようなこの私が、こんな誰も居ない教室にひとりで残っているのには理由がある。この一通の手紙が原因だ。  今朝、いつものように登校してきた私は自分の下駄箱にこの便箋が入っているのを発見した。便箋は上履きの上に丁寧に置かれていて、まるで私のことを待っているかのようだった。  昨日下校した時はこんな手紙を見ていない。ということは昨日私が帰った後に入れたか、それとも今日の早朝に私が来る前にでも忍ばせたのだろう。  どちらにしろ、無視する訳にはいかない。  私はそれをポケットに入れて、そのまま教室には向かわず、人気が少ない非常階段で一人便箋を確認した。  便箋は青色の可愛らしい花の模様がついたもので、宛先のところに“鳥島くんへ”と私の名字が書かれていた。  中に入っている手紙も同様に、青色の四方に花がプリントされているものであり便箋とセットであるのがわかった。  手紙には私に放課後、教室に残っていて欲しい事が簡素に書かれていて、刻まれている丸っこい筆跡から、差出人が女子であることが推測出来た。  一体、何の用なのだろう。そんな疑問が頭に浮かぶが、私はこれを無視する理由も無かったので、結局こうやって放課後に待つことにしたのだ。  風がいっそう強く吹いた。  私は取り出した便箋の中から手紙を抜き出し、書かれている女子特有の丸っこい文字の羅列を眺めながら、手紙の差出人について考える。 51 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/09(金) 16:38:27 ID:TmKKkU8J  手紙には差出人の名前が書かれていない。それが書き忘れなのか、故意にやっているのかはわからない。しかし、私はそれが一番に知りたい情報だったので少し残念だった。  名前の有無は重要だ。名前が無いということは差出人がわからないということなのだから。  差出人がわからないと呼び出した理由についても全く予想が出来ない。名前が無いせいで、朝からずっと何故呼び出されたのかを考えているのに私に全くわからなかったのである。  何故、私を呼び出したのだろう。  相手が誰なのかがわからない。なので予想しようにも出来ないのだが、それを差し引いても私には、誰かに呼び出されるような理由なんて全くなかった。  私はクラスではあまり目立つほうではない。友人は居るが、どれも皆浅い関係に留まっており、親友と呼べるような存在も居ないのだ。  特に女子とは全く会話をしていない。  高校生というものはクラスではあまり男女が仲良くしないものだ。仲良くするのはあくまで学校外である。私もその暗黙の了解にきちんと倣っていたので、高校で女子と話をしたことなど、斎藤ヨシヱを除いて数えるほどしかなかった。  だから、今日私を呼び出した相手も、おそらく男子なのだろう。  私以外誰も居ない、空になった教室を見渡した。誰もいないということは、呼び出されたのは私だけということになる。つまり、私個人に用があるということだ。  教師に放課後呼び出されるのとは勝手が違う、つい幾らか警戒してしまう。  私は黒板の上に設置されている時計を見る。短針はもうじき6を指そうとしていた。そういえば、いつの間にかカーテンの隙間から差し込む夕日も黒みを帯び始めていた。あまり遅くなって欲しくないな、と私は思った。  それから、廊下からぱたぱたと誰かが歩く音が聞こえてきた。  私は手紙を再びポケットにしまうと、じっと教室のドアを見つめ、来訪者を待った。  ドアがカラカラとローラー音と共に開く。  現れたのは随分と身体の小さい、小動物を連想させるような少女だった。髪は肩程までに短く切られていて、その小さな顔には不釣り合いな程の、大きな黒縁眼鏡をかけられている。  彼女には見覚えがあった。確か、同じクラスの田中キリエだ。 「ご……ごめんなさい。いきなり呼び出したりしちゃって」  田中キリエは申し訳なさそうにそう言った。 52 :名無しさん@ピンキー:2010/04/09(金) 16:39:41 ID:TmKKkU8J  謝罪したその声は、彼女の印象に違わないとても小さな声だった。注意深く聞いていないと、聞き逃してしまいそうなほどである。その口ぶりからするに、どうやら呼び出したのは彼女で間違いないようだ。  彼女は後ろ手でドアを閉めると、私の近くまでとことこと歩いて来た。  そして、そのまま彼女は黙りこくってしまう。時折私の顔をちらちら見たりはしているが、何も話さない。 彼女は指を弄ったりしていて、どうにも落ち着きがなかった。それに、顔も少し熱気を帯びているようにも見えた。もしかしたら風邪気味なのかもしれない。  当の私はまさか差出人が女子だとは思っていなかったので、田中キリエの登場にかなり困惑していた。  それから疑問に思う。何故田中キリエは私を呼び出したのだろう。彼女と私はあまりに共通点がなかったのだ。  田中キリエに限らず女子全般に対してそのことが言えるのだが、彼女とはせいぜいクラスが同じというだけで、今まで話をしたこともなかったはずだ。決して、放課後に呼び出されるような関係では無い。  それに、田中キリエは自己主張の少ない、友人の話に微笑んで相槌を打っているような静かな少女である。そのためか、人を呼び出すという行為自体が、私にはどこか不自然に感じた。 「あっ……あの、もしかして……迷惑でしたか?」  無意識の内に難しい顔をしていたのかもしれない、田中キリエは怖々といった感じでそう尋ねた。 「いえ、そんなことはありませんよ」  私は即座に笑顔で応じる。この手の性格は不安や緊張感を抱かせてしまうと話が円滑に進まない場合があるので、彼女を不安にさせるのはあまり得策ではなかった。 「……よかった」  田中キリエは安堵したようにそう言うと、また黙ってしまった。  カーテンの音がうるさいと感じるくらい、静かだった。  このままでは拉致があかない、そう思った私は仕方がないので自分から話し掛けることにした。斎藤ヨシヱを除いて、女子と話をするのは得意ではなかった。 「田中さん……でしたよね?」 「はっ……はい」 「どうして私を呼び出したのでしょうか?呼び出すということは、何か私に用があるはずでしょう」  流石に用もないのに人を呼び出したりはしない筈だ。 「えっ、あの、それは……」  本題に入ろうとすると、田中キリエは明らかに動揺してしまい吃ってしまった。 53 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/09(金) 16:42:22 ID:TmKKkU8J  人には言いにくい話なのかもしれない。ここは下手に話し掛けたりせずに、黙って彼女の言葉を待った方がいいな、と私は思った。  黙って彼女の言葉を待つことにする。 「…………」  長い沈黙が流れた。  ふと時計を見ると、短針は6と7の間にまで移動していた。体感しているよりも時間が経っているようだった。  いつの間にか夕日も既に消え、漆黒の闇が徐々に教室を侵食し始めている。  教室も暗くなってきたので、私は電気をつけようと思い、一歩、足を踏み出した。  その行動が彼女に、私が帰ってしまう、と感じさせたのかもしれない。  とにかくその一歩が彼女が話し出すきっかけになったのだろう、唐突に田中キリエが言った。 「……好きです」  呟くような声だった。あまりにも小さい声だったので今のは独白ではないかと思い、私は再び尋ねた。 「今、好きだと言いましたよね?」  無言で頷く。どうやら独白ではないらしい。 「誰が、好きなのですか?」  私が再び尋ねると、田中キリエの身体が一際大きく震えた。それから彼女は搾り出すように言う。 「……あ、あなたです。……鳥島くんです」  私はびっくりした。 「私がですか?」 「……はい」 「……」 「だから、その……良かったら、私と、あの、付き合ってください……」  言いたいことは言い終えたのか、田中キリエは顔を真っ赤にして、これで終わりだと言うように俯いてしまった。  そんな彼女に告白された私は、素直に驚いていた。 54 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/09(金) 16:43:23 ID:TmKKkU8J  彼女が私の事を好きだという事実が頭の中でぐるぐるしている。まさか告白されるとは思っていなかった。  いや、冷静に考えてみれば今朝の手紙といい今までの彼女の態度といい、確かに告白するための伏線はしっかり張られていたのだ。気づかない私のほうが鈍感だったのだろう。  しかし、そんな私を責める者はひとりもいない筈だ。私は先程も述べたように女子とは交流の全くない、地味な一介の男子学生なのだ。  そんな者が、誰かに告白されるなんて普通は考えもしないだろう。勿論、異性から告白されるのも、私はこれが初めてだった。  ――しかし、どうして。  私は目の前の田中キリエを見る。彼女の背はとても小さいので自然と見下ろす形になってしまう。  室内は既に暗くなっているため、その表情までは伺えないが、赤くなっているのだろうと私は勝手に考えた。  顎に手を当てて逡巡する。今まで、恋愛沙汰からは程遠い存在だと思っていた自分は、そういう恋愛事について真面目に考えたことはなかった。  正直、田中キリエのことはよく知らない。彼女は私のことを知っているのかもしれないが、私は知らないのだ。  相思相愛など、今時の恋愛事情からすると夢物語になりつつある。  基 55 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/09(金) 16:46:08 ID:TmKKkU8J  基本的に恋愛というものはどちらか片方が好きになって、片方は大して好きでもないが、とりあえずオーケーして付き合ってから相手のことを徐々に知っていく、といったスタンスになっている。そんな風に付き合う友人達を私は多く見てきた。  そのことについてとやかく言うつもりはない。相思相愛など、今でも昔でもそれこそ稀なのだから、寧ろそういうほうが普通なのだろう。  だから今、私もとりあえず付き合うといった選択肢をとれるのだ。  けれど、私の答えは告白された時から、ずっと決まっていた。  私は居住まいを直し、きちんと彼女向き直ってから言った。 「御気持ちは凄く嬉しいです。」  田中キリエは黙っている。 「誰かに告白されるなんてことは初めての体験でしたからね。正直、夢のようです。ですが、すいません。私は貴女とは付き合えません」  私は、彼女の告白を断ることにした。  第一の理由としては、私はまだそういう恋愛事をうまく理解していなかったからだろう。第二に、私は誰かに好かれるような人間ではない、と思ったからだ。彼女はあまりに私を知らない。 56 :私は人がわからない ◆lSx6T.AFVo :2010/04/09(金) 16:47:05 ID:TmKKkU8J  返事を言い終えると、彼女はハッと息を呑んで私を見上げた。その顔はまるで世界の終わりみたいに絶望に歪んでいる。本当に、今にでも死んでしまいそうな表情だった。  罪悪感がちくりと私の胸を刺す。  そんな罪悪感と同時に、私は少し彼女に対して違和感を感じた。なんとも形容し難い、微妙な違和感が。  しかし、大して気にもならなかったので無視することにする。  しばしの沈黙の後、田中キリエは無理矢理口端を上げて、力なく笑ってみせた。それは随分と痛々しい笑顔だった。 「ははは……そう、ですよね。あの、本当にごめんなさい。勝手に鳥島くんのこと好きになっちゃって……ほんと……わたし、迷惑ですよね……はは」  みるみる彼女の目に涙が溜まっていく。私の心もちくちくと痛む。 「迷惑なんかじゃなかったですよ。先程も言いましたが、お気持ちは凄く嬉しかったです」  なら、なんで断るんだ。などと彼女は当然言わない。  暫くの間、田中キリエの嗚咽だけが教室に響いた。私は只、彼女のことを見ていた。  それからして、漸く落ち着いたのか、彼女はその大きな黒縁眼鏡を外し、涙を拭ってから静かに言った。 「ほんとっ……ごめんなさい。今日のことは、その、忘れちゃっていいですから。……これからも特に、私のことは、意識しないで、普段通りに、接してくださいね」  接するも何も、貴女とは接したこともないだろう、とまず思った。それに、忘れてしまっていいというのも、何とも奇妙に感じた。今のは彼女にとっては忘れてしまってもいいような行為だったのだろうか。  そして、軽く私に会釈してから、彼女は逃げるように教室を出て行ってしまった。  結局、田中キリエは私が断った理由を聞かなかった。  彼女の足音が聞こえなくなってから、私は時計を見た。暗闇のせいで見えにくくなっていたが、短針が7を指しているのをなんとか確認した。  この時間ではもう斎藤ヨシヱは帰ってしまっただろう。彼女に今日の事を相談したいと思っていたが仕方がない。明日にしよう、と私は思った。  私は机の上の鞄を取り、教室を出た。そこで思い出し、教室に戻るとポケットから田中キリエの手紙を取り出す。  私は手紙をドア近くに設置されていたごみ箱に捨てると、今度こそ教室を出た。

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