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192 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第十一話 ◆AW8HpW0FVA :2010/06/10(木) 23:44:39 ID:XyGZt+cK 第十一話『西方擾乱して、異人勇往邁進する』 まるで幽霊の世界だな。 それが西大陸の玄関口エトナに着いたシグナムの正直な感想だった。 交易などで活発であるはずの港は沈黙し、 時折すれ違う人は悉く俯いて、その瞳には光がなかった。 それは、まさしく生きる事に絶望した者達がする目であった。 事前に情報を集めてはいたが、ここまで酷いとは想像も出来なかった。 しばらく港を見つめていたシグナムは、ここにいても意味がない事を悟り、町に向かう事にした。 町に入ってみて、シグナムはサヴァンでの情報が、 いかに楽観に満ちたものであったかを思い知った。 町中の壁という壁は崩れ落ち、家という家は焼け崩れ、 路地という路地には埋めきれない死体で溢れている。 まるで戦争絵画の中にでも飛び込んだ気分になった。 シグナムは近くの酒場に入った。サヴァンでの情報の不正確さを思い知り、 新たな情報を得る必要があると感じたからである。 出されたカシスオレンジを味わいながら、シグナムは周りの客の話にも耳を向けた。 諦観の篭った声で聞こえてきたのは、山賊達の巻き上げる金がさらに上がった、 金がないので娘を山賊達に差し出さなければならない、 また町民が山賊達に殺された、という殆どが山賊に関するものばかりだった。 なるほど、とシグナムは納得した。 どうやら、この町では山賊が自警団を作り、 町を守る代わりに、金や女などを要求しているらしい。 それも、戸籍帳簿を作って取り損ねがないよう徹底的に。 しかし、自警団といっても所詮は山賊。 普段はなにかをする訳でもなく、酒場や賭博場で時間を潰し、 その時の気分で人を殺すという無法振りを曝け出している。これでは魔物と変わらないだろう。 逃げ出す事は出来るのだろう。 だが、この町以外の町村も、きっと同じ様な状況なのだろうという事は、 子供でも分かる道理である。そうでもしないと生きていけないと理解しているため、 町民達は逆らわず、ただひたすら耐えて、精神を磨耗させているのである。 精神の磨耗が、批判を起こさせ、次第に沈黙へと変わっていったのだ。 山賊達は、その沈黙を自分達への服従と感じているのだろうが、 本当はそれは我慢であり、いずれ爆発するものである事を、彼等は理解していない。 そう思ったシグナムは、急速に知恵を巡らせ、一つの策を思い付いた。 「マスター、次の徴収はいつなんだ?」 急に聞かれたマスターは、訝しげな表情を浮かべ、 「あんた、この大陸の出身じゃないだろ。そんな事を知ってどうするつもりだ?」 と、冷えた声で言った。 そんな冷声を浴びたシグナムであったが、嫌な顔をする事なく、 残っていたカシスオレンジを一気に飲み干すと、 「この大陸を、救ってみようと思ってな」 と、大胆な事を言ってのけた。 193 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第十一話 ◆AW8HpW0FVA :2010/06/10(木) 23:45:32 ID:XyGZt+cK 次の徴収が来るのは明後日。 シグナムは、自分の娘を差し出すしかない、と嘆いていた男に近付いた。 「私がなんとかして差し上げましょうか?」 と、言ってみて、周りを見渡した。 男達は水を打ったように静まり返っている。 しばらくすると、急にその静まりを破る様に、どっと沸いた。 「はははっ、あんた、随分と面白い冗談を言うな!」 「生憎、私は冗談を言える性質ではなくてな、さっきのも本気なのだが」 男達の皮肉に、シグナムは淀みなく言い返した。男達の表情が、険しくなった。 「他国者の癖に、なにふざけた事を抜かしやがる!お前一人でいったいなにが出来るってんだ! くだらねぇ冗談を言ってる暇があったら、さっさとこの大陸から出て行け!」 今にも掴みかかりそうな勢いで、男の一人が言った。 シグナムは、男達に睨まれても、顔色一つ変えなかった。 「だから、冗談ではないと言っているでしょう。 ……それに……、ここで愚痴ばかりを言っている臆病なあなた達に比べれば、 私はよっぽど役に立つと思いますが……」 後半の部分の呟きは、敢えて男達に聞こえる様に言った。 案の定、男達はいきり立ち、その内の一人が、シグナムの襟に掴み掛かった。 「てめぇ……、もう一度言ってみろ!ただじゃおかねぇぞ!」 男が強く握り締めているためか、拳は血が止まったかの様に真っ白になっていた。 「あなた達は、私みたいな他国者にはこの様に強気に出る癖して、 山賊となると、まるで腫れ物にでも触れる様に恐れ憚っている。 それを臆病と言って、なにか問題でも?」 「黙れ!他国者のお前になにが分かるってんだ!」 「分かりますよ」 ぴしゃり、とシグナムは言った。表情には凛としたものがあった。 「魔物や山賊などから身を守るために、あなた達は山賊達に頭を下げ、金を払った。 それの答えが、些細な理由で殺されても文句は言えず、 大切な娘を陵辱されると分かっていても差し出さなければならない。 ……おかしいとは思いませんか? あなた達は魔物や山賊から身を守るために、苦肉の策として、山賊を雇った。 だというのに、あなた達は、むごたらしくその山賊達に辱殺されている。 本当に現状が理解出来ていないのは、あなた達ではないのですか!」 と、シグナムは掴み掛っている男や、周りの男達に聞こえる様に言った。 襟を掴んでいる男の手が緩んだ。 「あなた達のやった事は、虎を追い出すために他の虎を招き入れた様なものです。 この町の寿命が延びる所か、縮める事をやっているという訳です。 今、あなた達に出来るのは、他人に任せるのではなく、自らの力でこの困難を打開する事です。 そのためなら、私は微力ながら力添えをするつもりです。 さぁ、選んでください。このまま滅びるか、再生に掛けるかを!」 男達を見据えるシグナムの目は、強い光に溢れていた。 それを見た男達は、怒りを萎ませ、力なく椅子に座った。 しばらく沈黙が続いた。シグナムはそれを見守っていた。 それから数分して、一人の男が顔を上げた。 「……分かった。あんたの話に、乗るよ」 その言葉に、反対する者は誰もいなかった。シグナムは男達の心を掴んだのである。 早速、シグナムは男達を集めて、胸中の策を語りだした。 この時点で、男達はシグナムと運命を共にする事となった。 194 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第十一話 ◆AW8HpW0FVA :2010/06/10(木) 23:46:22 ID:XyGZt+cK エトナの町は騒然となった。 山賊達が苛烈な徴収を行ない、女の泣き叫ぶ声が列を成したからである。 ドアが乱暴に開けられた。 「金の用意は出来ているんだろうな?」 入ってきて、開口一番に山賊のリーダーらしき一人がそう言った。 「いっ……いえ……、……でっ……ですが、次の徴収までには必ず集めます。だから娘は……」 「うるせぇ!!!」 鈍い音が響いた。殴られて蹲っている男の顔を、盗賊は足で踏み付けながら、 「てめぇの都合なんて聞いていねぇんだよ。金がねぇなら、女と金目の物を全部よこしな!」 と、言って、部下を強引に踏み込ませた。 「兄貴、女を見付けましたぜ。それも二人だ」 家の奥に最初に踏み込んだ山賊が、乱暴に二人を連れ出した。 一人の容姿は普通であったが、もう一人の容姿は尋常ではなかった。 腰まで届く長髪は薄い金色は、そよめく稲穂の様であり、 ぱっちりとした瞳は愁いの色で、ふっくらとした白い頬はほんのりと朱で染められている。 さらに金色の髪を強調するような青に白の線や点が刺繍されたワンピースを身に付けている。 ただ、ワンピースを押し上げる不自然に大きな胸と、目測で176cmの身長が、 奇妙な違和感を醸し出しているが、それを考慮しても、その女は絶世だった。 兄貴、と呼ばれた山賊は、一瞬その美女に目を奪われたが、すぐにある疑問を抱いた。 「うん、確かこの家はお前と、この女の二人暮らしのはずだ。もう一人は誰だ!」 帳簿を捲りながら、山賊はこの名所不明の女を睨み付けた。 「そっ……それは、私の姪です。妹の暮してる村が魔物に襲われて、ここに逃げてきたのです」 「ほう……、姪か……」 山賊が濁りきった目を、その女に近付けた。それはまるで、値踏みをする様な目付きであった。 山賊は濁った目を女に向け、 「お前が姪か従姉妹かは知らねぇが、運がなかったと思って諦めるんだな。 ……その胸の詰め物は気に食わねぇが、それを除いても、慰み物としては極上だ」 と、主に女の不自然に大きな胸を見つめながらそう言うと、 女二人を荒々しく連れ出し、他の徴収物と共に馬車の中に押し込まれた。 「逃げようなんて、馬鹿な事は考えるなよ」 山賊はそう脅すと、幌を閉じた。 馬車の中には、既に捕らえられた何人かの女がすすり泣いていた。 娘もそれに感化され、しゃくり声を上げ始めたが、 もう一人は、薄い金色の長髪を掻き上げて、泣く素振りも見せなかった。 馬車は、舗装されていない山道を進んでいた。 幌の隙間から見える光景は、山賊達がひたすら水を撒いているというものだった。 それは聖水であり、力の弱い魔物を近寄らせない代物である。 長髪の女は、それをじっと見つめていた。 やがて、馬車は岩盤を刳り貫いた様な洞窟に到着した。 馬車から降ろされた女達は、山賊達に連れられ、牢獄の様な所に入れられた。 「もうじき夜になる。フヒヒ……、今夜は楽しくなりそうだ……」 牢獄の鍵を閉めた山賊が、下品な笑声を上げながら、その場から去っていった。 195 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第十一話 ◆AW8HpW0FVA :2010/06/10(木) 23:47:10 ID:XyGZt+cK 一人の山賊が、牢獄に近付いてきた。 「そこのパッド女、出ろ」 牢獄から出された女は、なにかを言う訳でもなく、黙々と後に付いていった。 山賊に連れられて着いた場所は、豪奢な装飾のなされた扉の前だった。 「ここは……?」 女が始めて口を開いた。その声は甲高く、強い意志が感じられる声音だった。 「頭の部屋だ。喜びな、今夜はお前が頭の相手をするのだ」 重苦しい音を立てて、扉が開かれた。 女の目に入ったのは、扉と同じく豪奢な装飾の椅子に座っていた髯もじゃ肥満体の男であった。 「お前は下がれ」 濁声で頭がそう言うと、山賊は頭を下げて部屋から出て行った。 「近こう寄れ」 耳障りな濁声で、頭は女を手招いた。 女は嫌がる素振りを見せず、ゆっくりと頭の近くに座った。 「名は?」 「……アイリス……」 「アイリス……、その胸の詰め物は気に食わないが、それを入れても十分楽しめそうな身体だな。 今宵は、俺の精をお前の中にたっぷりとぶちまけてやろう」 頭がそう言うと、乱暴にアイリスの服を剥がそうとした。 「待ってください!」 頭の手を、アイリスは左手で優しく押し止めた。 「する前に、どうしてもあなた様に渡したいものがあるのです」 アイリスはそう言うと、左手を頭の左肩に置いた。 「ほぅ……、なんなのだ、渡したいものとは?」 「それは……」 頭は下劣な笑みを浮かべていたが、アイリスも同様に笑っていた。声音も少し下がっていた。 頭がそれに気付いた時には、アイリスの右手が喉を貫いていた。 声を出す暇もなく、頭は口から血を吐き出し、前のめりに斃れた。 「これが賊の末路という奴か……。あっけないものだ……」 右手の血を拭いながら、斃れている巨体に目を向けたアイリスは、 自らの長髪に煩わしげに手を置き、まるで帽子の様に長髪を取り外した。 「やはり、鬘は蒸れるな」 そこにいたのは、青いワンピースを身に纏ったシグナムであった。 196 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第十一話 ◆AW8HpW0FVA :2010/06/10(木) 23:47:42 ID:XyGZt+cK シグナムの策とは、徴収物に紛れ込み、山賊の頭とアジトの両方を殲滅する、というものだった。 徴収の対象が金目の物と女だけの時点で、シグナムは自ら女装する事にしたのだが、 まさかここまで策がスムーズに進むとは、流石に想像出来なかったが、 今は驚いているよりも先に、前に進む事が重要である。 既に山賊の頭の暗殺に成功したシグナムの次にするべき事は、賊の殲滅と女達の救助である。 女達の救助については問題ないが、懸念すべきは賊の数だった。 その数五百。一人でまともに戦って勝てる様な数ではない。 そのための対策もしているのだが、失敗すれば自分も死んでしまうかもしれない。 「二つ一気にやらなければならないって所が、王族の辛い所だな……。 ……ふっ……、その様な覚悟、この大陸に入った時点で既に決めている」 そう言って、シグナムは胸に手を突っ込み、一つの玉を取り出した。 不自然に大きな胸の正体はこれだったのだ。 この玉の中には、油がたっぷり入っている。シグナムはそれを部屋や廊下にぶちまけた。 「さぁてと、火がアジト全体に燃え広がるまで、大体三十分って所か。 ……天よ、もし私がまだ生きていなければならないのならば、どうか私をお助けください」 シグナムは、火を部屋の中に投げ込んだ。一瞬の内に炎が立ち上った。 「火事だぁあああ!!!頭の部屋から火事だぁあああ!!!」 それと同時に、シグナムは腹の底から大声を出した。 その声を聞いた山賊達が、次々に部屋に集合してきた。 既に山賊の服に着替えていたシグナムは、やってきた山賊達に紛れ、宝物庫に向かった。 ここには徴収物として、シグナムの持っていた聖剣シグルドも入れられているのだ。 それを取り戻したシグナムは、再び頭の部屋に向かった。 頭の部屋では、山賊達が必死の消火作業をしている。 その群れの中に、シグナムは飛び込んだ。 凄まじい力戦となった。通路が狭い事も、シグナムには幸いした。 圧倒的に兵力の上では有利にいるはずの山賊達は、 狭い通路のため、大きく展開し、シグナムを包囲する事が出来なかったのだ。 当たるを幸いに、シグナムは山賊達を斬り捨てて行った。 山賊達の中には、体勢を立て直して斬り架かってくる者達もいたが、 それすらも、シグナムは聖剣で以って撃殺した。火の勢いがさらに増した。 火は柱などに燃え移り、辺りは火の海になった。 火とシグナムの猛撃に恐れをなした山賊達は、奥へ奥へと退却していった。 山賊達が行き着いた先は、かなり広い物置だった。シグナムはそこに山賊を追い詰めた。 目測する所、追い詰めた山賊達は三百程度であり、 残りの二百は先ほどの戦闘で粗方討ち取っている。 シグナムは、もう一つの玉を取り出し、それを密集している山賊達の頭上高くに放り投げた。 玉が落下するなか、シグナムは右手の仕込み弓に矢を番え、放った。 火矢は玉に当たり、割れた玉から溢れ出た油に、火が引火した。 火の雨が山賊達に降り注ぎ、その場を一瞬の内に焦熱地獄に変えた。 唯一の出口から、山賊達は逃げようとしたが、それよりも早くシグナムは、 聖剣シグルドで天井を支えている柱を切り落とし、崩れ落ちた土砂で出口を封じてしまった。 土砂の壁を隔てて、山賊達の悲鳴が聞こえてきた。 やがてその声は、炎の燃え上がる音にかき消されてしまった。 197 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第十一話 ◆AW8HpW0FVA :2010/06/10(木) 23:48:28 ID:XyGZt+cK 一方その頃、ファーヴニルの城に到着していたブリュンヒルドは、 主だった閣僚達の前で、シグナムの言葉を述べていた。 「我がファーヴニル国は、他国の頂点に立つ盟主の国である。 だというのに、先代国王は魔王が復活したというのに率先して軍旅を催さず、 さらに、今上代王は魔王軍に攻められて壊滅した国を見ても見向きもしない。 これは盟主国としてあるまじき行為である。 大国とは小国を助けるもので、小国とは大国を敬うものである。 しかし、現状を見てみるに、ファーヴニル国は辺りの惨状を見ても知らぬ顔をし、 周りの国も、ファーヴニル国がなにもしないのを見て失望に染まっている。 これは亡国の兆しである。 今すぐにでも援助の手を差し伸べなければ、いずれ我が国が魔王軍に攻められて、 滅亡の危機に瀕したとしても、誰も救いの手を差し伸べてくれないであろう。 因果とは、必ず自らに返ってくるものなのである。 そうならないためにも、今は無秩序に苦しむ良民達を救う事が肝要なのである。 小利を惜しんで、大利を逃すのは最も恥ずべき愚行である。 どうかその事を、胸中に留め、早急に結論を出してもらいたい」 それがシグナムが考えた説得の内容だった。 これを聞いた閣僚達は、早速ブリュンヒルドに対して非難を投げ掛けた。 しかし、事前にシグナムと打ち合わせしていたブリュンヒルドは、 それ等の非難を悉く跳ね返し、閣僚達の非を上げ連ね、閉口させていった。 しばらく、その論争に耳を傾けていた摂政のガロンヌは、 右手で論争を制すと、代王に耳打ちをし、 代王はブリュンヒルドの言に理があると仰っている、と言い、 リヴェント大陸に援助物資を送る事が可決した。 退廷したブリュンヒルドに一人の男が近寄ってきた。 「任務の方はどうなった?」 「従者の一人は殺せましたが、太子の方は守りが固く、なかなか実行に移せません」 「アーフリード家最強と言われる汝でも、無理なのか?」 「単純に殺すのならば簡単なのですが、 周りに不自然に思われない殺し方となると、迂闊には手が出せません。 まずは、太子の信頼を得て、油断した所を突くつもりです」 「そうか、では引き続き太子に付いていてくれ。 今上の王が、磐石な政権を保てるかは、汝に掛かっているのだからな」 「……肝に銘じます……、と摂政閣下に伝えてください……」 早足で遠ざかるガロンヌの使者をブリュンヒルドは、無表情で見送った。
192 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第十一話 ◆AW8HpW0FVA :2010/06/10(木) 23:44:39 ID:XyGZt+cK 第十一話『西方擾乱して、異人勇往邁進する』 まるで幽霊の世界だな。 それが西大陸の玄関口エトナに着いたシグナムの正直な感想だった。 交易などで活発であるはずの港は沈黙し、 時折すれ違う人は悉く俯いて、その瞳には光がなかった。 それは、まさしく生きる事に絶望した者達がする目であった。 事前に情報を集めてはいたが、ここまで酷いとは想像も出来なかった。 しばらく港を見つめていたシグナムは、ここにいても意味がない事を悟り、町に向かう事にした。 町に入ってみて、シグナムはサヴァンでの情報が、 いかに楽観に満ちたものであったかを思い知った。 町中の壁という壁は崩れ落ち、家という家は焼け崩れ、 路地という路地には埋めきれない死体で溢れている。 まるで戦争絵画の中にでも飛び込んだ気分になった。 シグナムは近くの酒場に入った。サヴァンでの情報の不正確さを思い知り、 新たな情報を得る必要があると感じたからである。 出されたカシスオレンジを味わいながら、シグナムは周りの客の話にも耳を向けた。 諦観の篭った声で聞こえてきたのは、山賊達の巻き上げる金がさらに上がった、 金がないので娘を山賊達に差し出さなければならない、 また町民が山賊達に殺された、という殆どが山賊に関するものばかりだった。 なるほど、とシグナムは納得した。 どうやら、この町では山賊が自警団を作り、 町を守る代わりに、金や女などを要求しているらしい。 それも、戸籍帳簿を作って取り損ねがないよう徹底的に。 しかし、自警団といっても所詮は山賊。 普段はなにかをする訳でもなく、酒場や賭博場で時間を潰し、 その時の気分で人を殺すという無法振りを曝け出している。これでは魔物と変わらないだろう。 逃げ出す事は出来るのだろう。 だが、この町以外の町村も、きっと同じ様な状況なのだろうという事は、 子供でも分かる道理である。そうでもしないと生きていけないと理解しているため、 町民達は逆らわず、ただひたすら耐えて、精神を磨耗させているのである。 精神の磨耗が、批判を起こさせ、次第に沈黙へと変わっていったのだ。 山賊達は、その沈黙を自分達への服従と感じているのだろうが、 本当はそれは我慢であり、いずれ爆発するものである事を、彼等は理解していない。 そう思ったシグナムは、急速に知恵を巡らせ、一つの策を思い付いた。 「マスター、次の徴収はいつなんだ?」 急に聞かれたマスターは、訝しげな表情を浮かべ、 「あんた、この大陸の出身じゃないだろ。そんな事を知ってどうするつもりだ?」 と、冷えた声で言った。 そんな冷声を浴びたシグナムであったが、嫌な顔をする事なく、 残っていたカシスオレンジを一気に飲み干すと、 「この大陸を、救ってみようと思ってな」 と、大胆な事を言ってのけた。 193 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第十一話 ◆AW8HpW0FVA :2010/06/10(木) 23:45:32 ID:XyGZt+cK 次の徴収が来るのは明後日。 シグナムは、自分の娘を差し出すしかない、と嘆いていた男に近付いた。 「私がなんとかして差し上げましょうか?」 と、言ってみて、周りを見渡した。 男達は水を打ったように静まり返っている。 しばらくすると、急にその静まりを破る様に、どっと沸いた。 「はははっ、あんた、随分と面白い冗談を言うな!」 「生憎、私は冗談を言える性質ではなくてな、さっきのも本気なのだが」 男達の皮肉に、シグナムは淀みなく言い返した。男達の表情が、険しくなった。 「他国者の癖に、なにふざけた事を抜かしやがる!お前一人でいったいなにが出来るってんだ! くだらねぇ冗談を言ってる暇があったら、さっさとこの大陸から出て行け!」 今にも掴みかかりそうな勢いで、男の一人が言った。 シグナムは、男達に睨まれても、顔色一つ変えなかった。 「だから、冗談ではないと言っているでしょう。 ……それに……、ここで愚痴ばかりを言っている臆病なあなた達に比べれば、 私はよっぽど役に立つと思いますが……」 後半の部分の呟きは、敢えて男達に聞こえる様に言った。 案の定、男達はいきり立ち、その内の一人が、シグナムの襟に掴み掛かった。 「てめぇ……、もう一度言ってみろ!ただじゃおかねぇぞ!」 男が強く握り締めているためか、拳は血が止まったかの様に真っ白になっていた。 「あなた達は、私みたいな他国者にはこの様に強気に出る癖して、 山賊となると、まるで腫れ物にでも触れる様に恐れ憚っている。 それを臆病と言って、なにか問題でも?」 「黙れ!他国者のお前になにが分かるってんだ!」 「分かりますよ」 ぴしゃり、とシグナムは言った。表情には凛としたものがあった。 「魔物や山賊などから身を守るために、あなた達は山賊達に頭を下げ、金を払った。 それの答えが、些細な理由で殺されても文句は言えず、 大切な娘を陵辱されると分かっていても差し出さなければならない。 ……おかしいとは思いませんか? あなた達は魔物や山賊から身を守るために、苦肉の策として、山賊を雇った。 だというのに、あなた達は、むごたらしくその山賊達に辱殺されている。 本当に現状が理解出来ていないのは、あなた達ではないのですか!」 と、シグナムは掴み掛っている男や、周りの男達に聞こえる様に言った。 襟を掴んでいる男の手が緩んだ。 「あなた達のやった事は、虎を追い出すために他の虎を招き入れた様なものです。 この町の寿命が延びる所か、縮める事をやっているという訳です。 今、あなた達に出来るのは、他人に任せるのではなく、自らの力でこの困難を打開する事です。 そのためなら、私は微力ながら力添えをするつもりです。 さぁ、選んでください。このまま滅びるか、再生に掛けるかを!」 男達を見据えるシグナムの目は、強い光に溢れていた。 それを見た男達は、怒りを萎ませ、力なく椅子に座った。 しばらく沈黙が続いた。シグナムはそれを見守っていた。 それから数分して、一人の男が顔を上げた。 「……分かった。あんたの話に、乗るよ」 その言葉に、反対する者は誰もいなかった。シグナムは男達の心を掴んだのである。 早速、シグナムは男達を集めて、胸中の策を語りだした。 この時点で、男達はシグナムと運命を共にする事となった。 194 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第十一話 ◆AW8HpW0FVA :2010/06/10(木) 23:46:22 ID:XyGZt+cK エトナの町は騒然となった。 山賊達が苛烈な徴収を行ない、女の泣き叫ぶ声が列を成したからである。 ドアが乱暴に開けられた。 「金の用意は出来ているんだろうな?」 入ってきて、開口一番に山賊のリーダーらしき一人がそう言った。 「いっ……いえ……、……でっ……ですが、次の徴収までには必ず集めます。だから娘は……」 「うるせぇ!!!」 鈍い音が響いた。殴られて蹲っている男の顔を、盗賊は足で踏み付けながら、 「てめぇの都合なんて聞いていねぇんだよ。金がねぇなら、女と金目の物を全部よこしな!」 と、言って、部下を強引に踏み込ませた。 「兄貴、女を見付けましたぜ。それも二人だ」 家の奥に最初に踏み込んだ山賊が、乱暴に二人を連れ出した。 一人の容姿は普通であったが、もう一人の容姿は尋常ではなかった。 腰まで届く長髪は薄い金色は、そよめく稲穂の様であり、 ぱっちりとした瞳は愁いの色で、ふっくらとした白い頬はほんのりと朱で染められている。 さらに金色の髪を強調するような青に白の線や点が刺繍されたワンピースを身に付けている。 ただ、ワンピースを押し上げる不自然に大きな胸と、目測で176cmの身長が、 奇妙な違和感を醸し出しているが、それを考慮しても、その女は絶世だった。 兄貴、と呼ばれた山賊は、一瞬その美女に目を奪われたが、すぐにある疑問を抱いた。 「うん、確かこの家はお前と、この女の二人暮らしのはずだ。もう一人は誰だ!」 帳簿を捲りながら、山賊はこの名所不明の女を睨み付けた。 「そっ……それは、私の姪です。妹の暮してる村が魔物に襲われて、ここに逃げてきたのです」 「ほう……、姪か……」 山賊が濁りきった目を、その女に近付けた。それはまるで、値踏みをする様な目付きであった。 山賊は濁った目を女に向け、 「お前が姪か従姉妹かは知らねぇが、運がなかったと思って諦めるんだな。 ……その胸の詰め物は気に食わねぇが、それを除いても、慰み物としては極上だ」 と、主に女の不自然に大きな胸を見つめながらそう言うと、 女二人を荒々しく連れ出し、他の徴収物と共に馬車の中に押し込まれた。 「逃げようなんて、馬鹿な事は考えるなよ」 山賊はそう脅すと、幌を閉じた。 馬車の中には、既に捕らえられた何人かの女がすすり泣いていた。 娘もそれに感化され、しゃくり声を上げ始めたが、 もう一人は、薄い金色の長髪を掻き上げて、泣く素振りも見せなかった。 馬車は、舗装されていない山道を進んでいた。 幌の隙間から見える光景は、山賊達がひたすら水を撒いているというものだった。 それは聖水であり、力の弱い魔物を近寄らせない代物である。 長髪の女は、それをじっと見つめていた。 やがて、馬車は岩盤を刳り貫いた様な洞窟に到着した。 馬車から降ろされた女達は、山賊達に連れられ、牢獄の様な所に入れられた。 「もうじき夜になる。フヒヒ……、今夜は楽しくなりそうだ……」 牢獄の鍵を閉めた山賊が、下品な笑声を上げながら、その場から去っていった。 195 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第十一話 ◆AW8HpW0FVA :2010/06/10(木) 23:47:10 ID:XyGZt+cK 一人の山賊が、牢獄に近付いてきた。 「そこのパッド女、出ろ」 牢獄から出された女は、なにかを言う訳でもなく、黙々と後に付いていった。 山賊に連れられて着いた場所は、豪奢な装飾のなされた扉の前だった。 「ここは……?」 女が始めて口を開いた。その声は甲高く、強い意志が感じられる声音だった。 「頭の部屋だ。喜びな、今夜はお前が頭の相手をするのだ」 重苦しい音を立てて、扉が開かれた。 女の目に入ったのは、扉と同じく豪奢な装飾の椅子に座っていた髯もじゃ肥満体の男であった。 「お前は下がれ」 濁声で頭がそう言うと、山賊は頭を下げて部屋から出て行った。 「近こう寄れ」 耳障りな濁声で、頭は女を手招いた。 女は嫌がる素振りを見せず、ゆっくりと頭の近くに座った。 「名は?」 「……アイリス……」 「アイリス……、その胸の詰め物は気に食わないが、それを入れても十分楽しめそうな身体だな。 今宵は、俺の精をお前の中にたっぷりとぶちまけてやろう」 頭がそう言うと、乱暴にアイリスの服を剥がそうとした。 「待ってください!」 頭の手を、アイリスは左手で優しく押し止めた。 「する前に、どうしてもあなた様に渡したいものがあるのです」 アイリスはそう言うと、左手を頭の左肩に置いた。 「ほぅ……、なんなのだ、渡したいものとは?」 「それは……」 頭は下劣な笑みを浮かべていたが、アイリスも同様に笑っていた。声音も少し下がっていた。 頭がそれに気付いた時には、アイリスの右手が喉を貫いていた。 声を出す暇もなく、頭は口から血を吐き出し、前のめりに斃れた。 「これが賊の末路という奴か……。あっけないものだ……」 右手の血を拭いながら、斃れている巨体に目を向けたアイリスは、 自らの長髪に煩わしげに手を置き、まるで帽子の様に長髪を取り外した。 「やはり、鬘は蒸れるな」 そこにいたのは、青いワンピースを身に纏ったシグナムであった。 196 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第十一話 ◆AW8HpW0FVA :2010/06/10(木) 23:47:42 ID:XyGZt+cK シグナムの策とは、徴収物に紛れ込み、山賊の頭とアジトの両方を殲滅する、というものだった。 徴収の対象が金目の物と女だけの時点で、シグナムは自ら女装する事にしたのだが、 まさかここまで策がスムーズに進むとは、流石に想像出来なかったが、 今は驚いているよりも先に、前に進む事が重要である。 既に山賊の頭の暗殺に成功したシグナムの次にするべき事は、賊の殲滅と女達の救助である。 女達の救助については問題ないが、懸念すべきは賊の数だった。 その数五百。一人でまともに戦って勝てる様な数ではない。 そのための対策もしているのだが、失敗すれば自分も死んでしまうかもしれない。 「二つ一気にやらなければならないって所が、王族の辛い所だな……。 ……ふっ……、その様な覚悟、この大陸に入った時点で既に決めている」 そう言って、シグナムは胸に手を突っ込み、一つの玉を取り出した。 不自然に大きな胸の正体はこれだったのだ。 この玉の中には、油がたっぷり入っている。シグナムはそれを部屋や廊下にぶちまけた。 「さぁてと、火がアジト全体に燃え広がるまで、大体三十分って所か。 ……天よ、もし私がまだ生きていなければならないのならば、どうか私をお助けください」 シグナムは、火を部屋の中に投げ込んだ。一瞬の内に炎が立ち上った。 「火事だぁあああ!!!頭の部屋から火事だぁあああ!!!」 それと同時に、シグナムは腹の底から大声を出した。 その声を聞いた山賊達が、次々に部屋に集合してきた。 既に山賊の服に着替えていたシグナムは、やってきた山賊達に紛れ、宝物庫に向かった。 ここには徴収物として、シグナムの持っていた聖剣シグルドも入れられているのだ。 それを取り戻したシグナムは、再び頭の部屋に向かった。 頭の部屋では、山賊達が必死の消火作業をしている。 その群れの中に、シグナムは飛び込んだ。 凄まじい力戦となった。通路が狭い事も、シグナムには幸いした。 圧倒的に兵力の上では有利にいるはずの山賊達は、 狭い通路のため、大きく展開し、シグナムを包囲する事が出来なかったのだ。 当たるを幸いに、シグナムは山賊達を斬り捨てて行った。 山賊達の中には、体勢を立て直して斬り架かってくる者達もいたが、 それすらも、シグナムは聖剣で以って撃殺した。火の勢いがさらに増した。 火は柱などに燃え移り、辺りは火の海になった。 火とシグナムの猛撃に恐れをなした山賊達は、奥へ奥へと退却していった。 山賊達が行き着いた先は、かなり広い物置だった。シグナムはそこに山賊を追い詰めた。 目測する所、追い詰めた山賊達は三百程度であり、 残りの二百は先ほどの戦闘で粗方討ち取っている。 シグナムは、もう一つの玉を取り出し、それを密集している山賊達の頭上高くに放り投げた。 玉が落下するなか、シグナムは右手の仕込み弓に矢を番え、放った。 火矢は玉に当たり、割れた玉から溢れ出た油に、火が引火した。 火の雨が山賊達に降り注ぎ、その場を一瞬の内に焦熱地獄に変えた。 唯一の出口から、山賊達は逃げようとしたが、それよりも早くシグナムは、 聖剣シグルドで天井を支えている柱を切り落とし、崩れ落ちた土砂で出口を封じてしまった。 土砂の壁を隔てて、山賊達の悲鳴が聞こえてきた。 やがてその声は、炎の燃え上がる音にかき消されてしまった。 197 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第十一話 ◆AW8HpW0FVA :2010/06/10(木) 23:48:28 ID:XyGZt+cK 一方その頃、ファーヴニルの城に到着していたブリュンヒルドは、 主だった閣僚達の前で、シグナムの言葉を述べていた。 「我がファーヴニル国は、他国の頂点に立つ盟主の国である。 だというのに、先代国王は魔王が復活したというのに率先して軍旅を催さず、 さらに、今上代王は魔王軍に攻められて壊滅した国を見ても見向きもしない。 これは盟主国としてあるまじき行為である。 大国とは小国を助けるもので、小国とは大国を敬うものである。 しかし、現状を見てみるに、ファーヴニル国は辺りの惨状を見ても知らぬ顔をし、 周りの国も、ファーヴニル国がなにもしないのを見て失望に染まっている。 これは亡国の兆しである。 今すぐにでも援助の手を差し伸べなければ、いずれ我が国が魔王軍に攻められて、 滅亡の危機に瀕したとしても、誰も救いの手を差し伸べてくれないであろう。 因果とは、必ず自らに返ってくるものなのである。 そうならないためにも、今は無秩序に苦しむ良民達を救う事が肝要なのである。 小利を惜しんで、大利を逃すのは最も恥ずべき愚行である。 どうかその事を、胸中に留め、早急に結論を出してもらいたい」 それがシグナムが考えた説得の内容だった。 これを聞いた閣僚達は、早速ブリュンヒルドに対して非難を投げ掛けた。 しかし、事前にシグナムと打ち合わせしていたブリュンヒルドは、 それ等の非難を悉く跳ね返し、閣僚達の非を上げ連ね、閉口させていった。 しばらく、その論争に耳を傾けていた摂政のガロンヌは、 右手で論争を制すと、代王に耳打ちをし、 代王はブリュンヒルドの言に理があると仰っている、と言い、 リヴェント大陸に援助物資を送る事が可決した。 退廷したブリュンヒルドに一人の男が近寄ってきた。 「任務の方はどうなった?」 「従者の一人は殺せましたが、王太子の方は隙がなく、なかなか実行に移せません」 「アーフリード家最強と言われる汝でも、無理なのか?」 「単純に殺すのならば簡単なのですが、 周りに不自然に思われない殺し方となると、迂闊には手が出せません。 まずは、王太子の信頼を得て、油断した所を突くつもりです」 「そうか、では引き続き太子に付いていてくれ。 今上の王が、磐石な政権を保てるかは、汝に掛かっているのだからな」 「……肝に銘じます……、と摂政閣下に伝えてください……」 早足で遠ざかるガロンヌの側近をブリュンヒルドは、無表情で見送った。

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