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260 :触雷! ◆0jC/tVr8LQ :2010/06/13(日) 21:32:15 ID:uxqRNGO8 学校から帰ると、家の前に人がうつぶせになって倒れていた。 「あっ……」 遠目にその人を見つけた僕は、すぐに走り寄った。鞄を投げ出し、肩を揺さぶってみる。 「もしもし。大丈夫ですか?」 「んっ……」 声が聞こえた。よかった。生きている。呼吸が止まったりもしていないようだ。抱き起して仰向けにする。 「…………」 その人(若い女性だった)はうっすらと目を開け、僕の顔を覗き込んだ。口が動き、言葉が発せられる。 「ああ。助けてください……」 「もちろん助けますよ。どうされたんですか?」 「お腹が……」 「痛むんですね?」 腹膜炎か。虫垂炎か。救急車を呼ぶべく、僕の手はポケットの携帯に伸びかけた。しかし女性は、弱々しく首を横に振る。 「空いてるんです。とても……」 「……え?」 どうやら、空腹のあまり行き倒れてしまったらしい。今時珍しいとは思うが、そんなことを言っても始まらない。僕は彼女を、目の前の自分の家に連れていくことにした。 「すぐそこが僕の家です。立てますか?」 「いいえ。ごめんなさい……」 愚問だった。立てないからここで倒れているのだ。僕は、「ちょっと待っててください」と言うと、自分の鞄を枕にして彼女を寝かせた。すぐに家のドアまで行って鍵を開け、大きく開け放つ。 「失礼します」 彼女の側に戻ると、いわゆるお姫様抱っこで抱え上げた。家の中に運んで行き、居間のソファーに寝かせる。家人がいたら一悶着あったかも知れないが、そこは幸い、家族は全員海外で暮らしている。今住んでいるのは僕一人だ。 ――さて、ここからどうするか。 電気釜にご飯はある。しかし、ひどい空腹の人に急に大量に食事を摂らせると、返ってよくないと聞いたことがあった。そこでまず砂糖水を作り、飲んでもらう。それからお粥を作り、若干塩を入れて食べてもらった。 261 :触雷! ◆0jC/tVr8LQ :2010/06/13(日) 21:33:08 ID:uxqRNGO8 「ありがとうございました。あなた様は命の恩人です」 食べ終わった女性は、反対側のソファーに座る僕を拝むようにした。床には、僕が道路から回収してきた鞄が2つ(僕のものの他に、後1つ、その女性のものと思しき鞄が落ちていた)、置かれている。 「いや、そんな。大したことじゃないですよ」 僕は首を振った。砂糖水とお粥程度で、そこまで感謝されるのも妙な話だ。 「いいえ。あのまま放っておかれたら、私は餓死するところでした。このご恩は、一生かかってもお返しします」 「そんな大袈裟な」 大仰な物言いに軽くビビりながら、僕は女性の外見を改めて見てみた。 歳は二十歳前後だろうか。かなりの長身で、180センチありそうだ。170をかなり切っている僕より、ずっと高い。 長い黒髪は、ポニーテールにしていた。そしてその服装は、黒いドレスに……白いエプロン。そしてカチューシャ。 そう、いわゆるメイドだった。 メイドさんを雇うほど金持ちではなく、メイド喫茶にも行かない僕にとっては、初めて見る生のメイドさんである。 ――そのメイドさんが、何であんなところで行き倒れになってたんだ? そんなことを思った僕だったが、彼女の声で現実に引き戻された。 「いいえ。全く大袈裟ではありません。これからは貴方様にお仕えし、あらゆる御奉仕をさせていただきます」 とんでもない方向に話が飛んで行く。これは常識のラインに戻さないといけない。僕はソファーから立ち上がり、両手で彼女を押し止めた。 「まあまあ。落ち着いてください。僕達まだ、お互いの名前も知らないじゃないですか。ここは一つ紅茶でも飲みながら、ゆるゆると自己紹介を……」 「お茶の用意なら、私がいたします」 「!!」 キッチンに向かおうとした僕は、不意に彼女に手首を掴まれた。物凄い力だ。とても先程まで、餓死しかけていたとは思えない。いや、それ以前に、女性の力とも思えなかった。 「…………」 強引にソファーに座らされた僕は、彼女がキッチンに入るのを、茫然として見送った。 262 :触雷! ◆0jC/tVr8LQ :2010/06/13(日) 21:36:01 ID:uxqRNGO8 数分後、僕は彼女の淹れた紅茶を飲んでいた。普段僕が使っているのと同じ葉っぱのはずだが、僕が淹れるより格段においしい。しかし何故か、用意されたのは僕の分だけで、しかも彼女は直立し、ソファーに座る僕を見下ろしている。 「申し遅れました。私、神添紅麗亜(かみぞい くれあ)と申します。以後、よろしくお願いいたします」 「神添さん、ですね。紬屋詩宝(つむぎや しほう)です。よろしく……」 「詩宝様ですね。私のことは紅麗亜と呼び捨てになさってください」 「いや、でも、あの、神添さん……」 「詩宝様」 「!」 驚いた。僕を見下ろす彼女の視線が、急に別人のように冷たいものになっていたから。僕の背中にどっと冷や汗が流れ出し、体は小刻みに震える。 これは……恐怖だ。僕は紛れもなく、会ったばかりのメイドさんに恐怖を感じていた。まさかこんな威圧感のある人だったとは。思わず彼女の言に従う。 「くれ……あ……」 「結構です。詩宝様。いいえ、ご主人様」 「…………」 もうご主人様で確定なのか。まだ震える手でティーカップを持った僕は、紅茶を一口飲み、自分の向かいのソファーに視線をやった。 「す、座ったら……?」 「いいえ。ご主人様と同じ高さの座席に座るなど、メイドには許されません」 「そ、そう……」 にべもなく拒絶され、僕は口ごもった。話題を変えてみる。 「と、ところで……どうしてあそこで倒れていたの?」 「はい……それはでございますね」 紅麗亜は答え始めた。 「私は元々、ある大きな屋敷に勤めておりました。多くのメイドを束ねる、メイド長を仰せつかっていたのです」 「…………」 「ところが……折からの不況で、その男の会社は倒産。私財も全てなくなり、私共メイドはお払い箱となりました」 その男って、当時のご主人様のことだよね? そんな風に呼んでいいの? とはもちろん聞けなかった。 「そこで再就職先を探すべく、活動を行っていたのですが、途中で所持金を使い果たし……恥ずかしながらあのような状態になってしまいました。 しかし、おかげでご主人様と巡り合えたのですから、これは天の配剤と、感謝しております」 263 :触雷! ◆0jC/tVr8LQ :2010/06/13(日) 21:37:45 ID:uxqRNGO8 「そ、そうだったんだ……大変だったね」 僕は口ではそう言ったが、内心では納得していなかった。紅麗亜が就職に困るようには、あまり見えなかったからだ。 さっきの紅茶の淹れ方一つ見ても、家事能力は高そうだし、下世話な話、そんじょそこらじゃお目にかかれないような美人だから、それだけでも雇いたいという男は掃いて捨てるほどいるだろう。先程の威圧感を普段隠せるなら、という条件付きだが。 「何か仰りたいことでも?」 紅麗亜が声を低めて、顔を近づけて来た。僕の考えに気付いたらしい。何という勘の鋭さだろう。僕は戦慄しながら、 「いや、何も……」 と言った。 「では本日より、ここに寝泊まりし、ご主人様のお世話一切をさせていただきます。炊事、洗濯、掃除その他諸々、この紅麗亜にお任せください」 「あ、いや。ちょっと待って」 宣言する紅麗亜を、僕は再び押し止めた。もちろん、彼女のような美人にお世話してもらうのは悪い気はしない。しかし、身元もよく分からない人を家に住まわせるのは抵抗があったし、正直怖い。できるなら穏便にお引き取り願いたいと思った。 「ここで働いてもらうっていうのは、ちょっと……」 「何ですって? ご主人様は、私にここを出て、また行き倒れろと?」 「いや、そうじゃなくてさ。僕って見ての通りの一般高校生だから、メイドさんを雇うような余裕は……」 「お食事だけいただければ結構です。お給金など頂きません」 「そ、それに狭い家だから、寝るお部屋とかも……」 「ご主人様のベッドで寝かせていただきます。ご主人様と一緒に」 何かまた、凄いことを言いだした。 「で、でもやっぱり……もっとお金持ちの家の方がいいんじゃ……そうだ。うちの学校に、凄い大富豪のお嬢様がいるから、その人に紹介を……」 「ご主人様」 紅麗亜の声が、今までになく低くなった。襟首を掴まれ、無理やり立たされる。顔と顔が近づき、僕を見下ろすその瞳は、月並みな言い方だが絶対零度。生まれて初めて、恐怖で失禁しそうになった。 「……コレカラヨロシクオネガイシマス」 棒読み口調で言った僕の顔は、きっと血の気が引いていたことだろう。 264 :触雷! ◆0jC/tVr8LQ :2010/06/13(日) 21:38:33 ID:uxqRNGO8 「大変結構です。では、こちらの書類にサインを」 僕を解放した紅麗亜は、彼女の鞄から一通の書類を取り出した。一番上に「主従契約書」と書かれている。それをテーブルの上に置いた彼女は、万年筆を僕に差し出した。 「お使いください」 「はい……」 書類の文面を確認する余裕など、あるわけがなかった。言われるままに万年筆を受け取り、ソファーに座って書類にサインをする。 「……これでいいの?」 返答の代わりに、紅麗亜は書類を僕から取り上げた。3つに折って封筒に入れ、メイド服のポケットにしまい込む。 「そういうのって、普通、2通作って両方が保管するんじゃ……」 「必要ありません。私がお預かりします」 断言されると、もうどうしようもなかった。万年筆を紅麗亜に返し、乱れた呼吸を整える。 これから、どうなるんだろうか。 そう思ったとき、胸のポケットで振動が生じた。携帯電話の着信だ。 「あ……」 ポケットから携帯を出し、発信者を見る。発信者は“中一条”、高校の先輩だ。 「紬屋です……」 『あ、もしもし。詩宝さん』 柔らかい女性の声が聞こえる。中一条舞華(なかいちじょう まいか)先輩。高校でも1、2を争う美女で、家は大変な資産家だ。そう。先程紅麗亜に話した富豪のお嬢様その人である。 何故かよく僕に接触してくるのだが、住む世界が違うと感じているため、少しばかり苦手意識があった。 「何でしょうか……?」 『あの……もしよかったら、今日の夕食をご一緒しませんか? 今日は家族がみんな出かけているものですから、寂しくって……』 「あ、いや、それは……」 僕は口ごもった。お誘いは光栄だが、前述の理由で気後れする。増して今は紅麗亜のことがあった。できれば今日は家にいたい。 どうしたらいいだろうか。悩んでいると、急に携帯が手から消失した。いつの間にか紅麗亜が耳を寄せて会話を聞いており、僕から携帯をひったくったのだ。 「必要ありません」 携帯に向かって一言言うと、紅麗亜は無造作に通話を切った。

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