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サトリビト第十三話」(2010/06/15 (火) 19:30:42) の最新版変更点

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291 : ◆sGQmFtcYh2 :2010/06/14(月) 20:31:24 ID:egWacMad もうすぐ学際がやってくる11月。僕はただ無気力な日々を過ごしていた。 恭子ちゃんがいなくなってからというもの、毎日がこんな調子なのだ。 「ちょっと早川!もうちょっとシャキッとしなさいよ!」 (恭子ちゃんがいなくなってさみしいのは分かるけど、もうちょっと私のことも気にかけてよ!) 岡田は相変わらず元気だ。その元気を少し分けてもらいたい。 「そう言えば・・・最近陽菜ちゃんも元気ないのよね・・・」 言われて陽菜の方に目をやると、何やら鞄の中をごそごそとやっていた。 そう、僕だけでなく陽菜の様子もこのところ変なのだ。学校に来たら机の中をひたすら覗いたり、時折あちこちをきょろきょろと、まるで 誰かを探しているかのように目を配らせている。 でもその事について訊ねると、 「なんでもないよ~」 と言っていつもごまかされてしまうのだ。 ・・・きっと僕なんかに相談したところで何も解決しないと考えての言動だろう。 「はーい、席に着け。いまからHRを始めるぞ~」 その時先生がやってきたので、僕たちはしゃべるのをやめた。 「んじゃ今から学際の出しものと係をきめるぞ」 「はいは~い!たこ焼き屋がいい!」 「焼きそばの方がいいだろ!」 「い~や、やっぱり焼鳥屋だ!」 主に男性陣が我先にと意見を出し始めた。 基本的には食べ物を出した方が利益が出て、後の打ち上げが豪華になる。なので食べ物屋を開くことは暗黙の了解になっていた。 「焼きそばも焼鳥も他のクラスがやることになってたから、その二つは却下だな」 学際の出し物を決めるという大事なイベントを忘れていた先生のツケが回ってきた。 「は~!?他に何ができないんだよ!」 「ん~と・・・喫茶店、カレー屋、軽食店はあったような・・・あ、あとお好み焼きも!」 「「「たこ焼き屋しかできねーじゃねぇか!!」」」 クラスの大半がブチ切れた。ってかそのメンツでよくたこ焼き屋が残っていたな。 「それじゃあたこ焼き屋に決定っと・・・」 釈然としないままクラスの出し物が決まった。 「次は係りだな。まずはリーダーをやりたい人は?」 そんな投げ遣りな言い方に誰も反応を示すはずがない。 ましてや模擬店のリーダーなんて所詮は名ばかりだ。結局はみんなの嫌がることをやる羽目になるし、当日は店に引きこもりにならなけれ ばいけない。 だけど僕にとってはいいチャンスだった。 恭子ちゃんとの約束を守るために、もっと立派な人間にならなければいけない。そのためには、こうしてみんなの嫌がることを引きうける ことから始めないと。 「ハイ、私がやります」 だが僕より一瞬早く、クラスのある女子が立候補をした。 「おぉ~佐藤やってくれるか!それじゃあ決定―――」 「すいません!俺もやっていいですか!」 クラスが静まり返った。せっかく嫌な役を引き受けなくてすんだのに、なんであいつは?という声が聴こえてくる。 「ん?早川もやりたいのか?ならリーダーはこの二人ってことで。みんな拍手~」 約一名のクラスメイトを除いて全員が祝福してきた。 「ふ、ふ~ん・・・早川ってそういうのやりたかったんだ。い、意外だな~」 (ひどいよ慶太!彼女というものがありながら、他の女と一緒にリーダーをやりたいなんて!) ごめん岡田。やっぱりあの占い師の予言はハズレだよ。 僕がさっき手をあげたのには、立派な人間になるという以外にも理由があった。 「それじゃあ、よろしくな!陽菜」 岡田に僕の事をあきらめさせるという理由が。 292 : ◆sGQmFtcYh2 :2010/06/14(月) 20:31:54 ID:egWacMad 僕は最低な人間だ。それでも今まではなんとか事なきを得ていた。 だが恭子ちゃんの一件で気付かされた。 僕のことを好きになった人は不幸になる。 もう誰一人として傷ついてほしくない。だから岡田や姉ちゃんとは早めに距離をおかなければ。 「陽菜はこの後暇?もし暇なら、さっそく出し物について話し合わない?」 放課後になったので陽菜に声をかける。 陽菜をこの一件に巻き込むことに対して罪悪感が湧いてくるが、陽菜じゃないと意味がない。 「っ!・・・わ、私も暇だから残っていい?」 (絶対に二人っきりになんかさせない!慶太には悪いけど、12月が終わるまでは諦められない!) 岡田の気持ちは分かる。僕だって陽菜と他の男が二人っきりになるなんて考えたくもない。 でもこれが岡田のためになるんだ。 「・・・長くなるかもしれないし、そうなると岡田までは送っていけないから・・・また今度な」 「え・・・?」 僕の言葉に岡田の表情が固まった。 (私『までは』送っていけない?・・・じゃあこの子は送っていくってこと?・・・私は無理でも、この子とは一緒に帰れるってこと?) つくづく自分に嫌気がさす。僕はいつから女の子を悲しませるような男になったんだ? 「・・・結衣ちゃんも一緒にいてもいいでしょ~?絶対に3人いた方が楽しいよ!」 陽菜は僕の気も知らないで話を進める。 「いや、だから岡田を送っていけない―――」 「なら俺が送っていくよ」 突然大和が会話に参加してきた。 「それなら問題ないだろ?場所だって俺の家を提供するからさ」 (すまんな慶太、ちょっとお前に聞きたいことがあってな) 大和が心の声を使って僕に話しかけてきた。その声は決して明るいものではなく、どちらかというと深刻な感じがした。 「・・・あぁ・・・それなら・・・」 その声色に僕は岡田達の参加を認めてしまった。なぜか大和の話したい事というのが気になったからだ。 「二人もそれでいいかな?」 「いいよ!大田君の家初めてだな~!」 「うん・・・ありがと・・・」 「なら俺の後についてきてね」 大和を先頭に僕たちは教室を出た。 カラオケ以来の四人での帰宅だ。しかもあの時と同じで岡田は暗い表情をしている。 (どうしてだろう・・・急に慶太が冷たくなった気がする・・・私が何かしたのかな・・・?) 僕には岡田の声は聴こえない。そう思うんだ。 (・・・っ!ダメよ私!あきらめないって決めたんだから!絶対にあきらめちゃだめ!) 聴こえない。何も聴こえない。 (もっと積極的に行かないと!) 次の瞬間、右手の温度だけが急に温かくなった。 「岡田やめ―――」 「お願い!・・・一応彼女なんだから・・・手くらい・・・繋がせて・・・」 嫌だ、ダメだ、離れてくれ。否定の言葉はいくつも浮かんだのに、僕が使ったのはそれらとは大きく異なるものだった。 「・・・大和の家に行くまでだからな」 「うんっ!」 なぜ恭子ちゃんには言えたのに岡田には言えなかったのか。なぜ岡田と距離を置くと決心したのに手をつないだのか。 この時の僕には分からなかった。 293 : ◆sGQmFtcYh2 :2010/06/14(月) 20:33:19 ID:egWacMad 大和の部屋に着く。 「んじゃあ飲み物でも取ってくるから楽にしてて」 そう言って大和は僕に視線を向けてきた。 (慶太も来てくれ。あの話、今したいから) 成程、そう言う事か。 「あ、じゃあ俺も手伝うよ」 「サンキュ~」 そのまま僕たちは二人を置いて部屋を出た。 「それで・・・僕に聞きたいことがあるって何?」 部屋を出て早々、僕は大和に訊ねた。 多分・・・恭子ちゃんの事だろうけど。 「・・・お前、最近誰かにサトリのこと話したか?」 だが大和の質問は僕の思っていた内容と大きくかけ離れていた。なぜ急にその話が? 「・・・どうなんだ?」 僕が自分から言うはずがない。そんなはずは・・・ある。最近、ある人にその事を告げたばっかりだ。 「・・・この前、恭子ちゃんのお父さんに言った・・・」 (っ!?・・・そっか・・・やっぱりな・・・) 「何がそっかなんだ?ハッキリ言ってくれよ」 「お前には隠しごとできないしな・・・実はさ・・・」 そうして大和は衝撃的なことを口にした。 「この前見知らぬおじさんに聞かれたんだ・・・あなたの周りに・・・人の感情に異様に敏感・・・もしくはその逆の人はいるかって」 「っ!」 「学校の帰りだった・・・多分、制服をみて声をかけてきたんだろう・・・」 制服を・・・見て・・・?もしかして僕の事がばれたのか・・・? 「そ・・・そんな・・・」 「それでいつ恭子ちゃんのお父さんにその事を話したんだ?」 「・・・3日前の夜だよ。恭子ちゃんが・・・いなくなった前日の・・・」 あの後すぐに誰かに話したんだろうか?いや・・・恭子ちゃんのお父さんに限って・・・ 「なら違うな。俺が聞かれたのは3日前の学校の帰りだ。それだと時間的に辻褄が合わない」 大和の言葉にホッとする。 だがそれと同時に別の疑問が沸いてきた。ならば誰が僕の事を? 「俺の事を知ってるのは大和を除いて母さんと大学の野村教授だけだ。でもこの二人が誰かに話すなんて考えられないし・・・」 「・・・もしかして」 大和はどこか確信めいた表情で告げた。 「狙いは慶太じゃなくて・・・もう一人サトリがいて、そっちが本命とか?」 「それはないよ。もしあの学校にもう一人サトリがいたら、心の声が聴こえる同士、お互いが気付くよ」 さすがに全校生徒の心の声を聴いたわけではないが、それでももし他にサトリがいたら気付くはずだ。 「それに野村教授曰く、サトリは数千万人に一人くらいの割合らしいから、そんな同じ学校に二人なんて確率的にあり得るはずないだろ」 「ならやっぱりどこかからお前の事がバレて疑われているのか・・・」 3人以外からの情報となると、僕が無意識に心の声に反応したのを誰かに見られた可能性が高い。 くそ!僕はなんて迂闊な行動を! 「ありがとな、大和。教えてくれて」 「・・・俺も困ったときは助けるから・・・気・・・つけろよ」 294 : ◆sGQmFtcYh2 :2010/06/14(月) 20:34:10 ID:egWacMad 「ごめんごめん。なんか茶菓子が見当たらなくてさ~」 いかにも今まで探していましたと言わんばかりに、僕たちは部屋に戻った。 そのあと4人で文化祭についての話をしていたが、やはり男女が2対2で集まると話の内容が恋愛の方へシフトしていった。 「そういえば大田君は彼女っているの?」 僕にとってこの方面の話は勘弁願いたかったが、陽菜はやめる気配がない。 「どうなの~?」 「彼女はいないけど・・・好きな人はいる」 「キャ~!」 「誰誰!?私達の知ってる人!?」 岡田まで食いついてきた。自分の番が回ってきたらどうすんだよ・・・ 「実は・・・秋祭りの時から祥子さんに一目ぼれしちゃって///」 「祥姉ぇ!?」 「早川のお姉さん!?なら早川に頼めば協力してくれるんじゃない!?」 僕だってできるなら大和の恋愛に協力したい。でもこればっかりはできない。 だって姉ちゃんの好きな人は・・・ 「お、俺の事はともかくそっちはどうなの―――!?」 言ってから大和はしまったという顔をした。この状況で岡田にそれは酷な質問だ。 だが岡田は笑って答えた。 「私も大田君と同じで、彼氏はいないけど好きな人はいるよ!」 その様子に僕は驚いた。どうして岡田はこんなに嬉しそうなんだ? 「結衣ちゃんの好きな人!?誰!?」 「う~んと、名前は言えないけど、陽菜ちゃんも大田君も・・・早川も知ってる人だよ」 (慶太の場合知ってる人とは言えないかな?本人だし) なぜだ?なぜ岡田は笑っていられるんだ? 岡田の事ばかりに気を取られていた僕は陽菜の空気が変わった事に気付かなかった。 「・・・ふ~ん・・・あ!そう言えば慶太の好きな人って誰!?」 「えっ!?」 突然の振りについ慌ててしまった。 「え~っと誰だろう・・・っ!?そっかそっか~」 陽菜はニヤニヤしながらそっかそっかと一人納得している。 ま、まさか僕の気持ちがバレたのか!? 「そうだよね~、こんな可愛い彼女がいるんだもんね~」 その一言に僕の思考が止まった。多分岡田も同じだろう。 「ってことは・・・もしかして結衣ちゃんが言ってた好きな人っって慶太の事!?」 咄嗟に頭をフル回転させるが、良い切り返しが思いつかない。それほどに陽菜の言った言葉は衝撃を与えた。 「ア、アハハハハ・・・もう陽菜ちゃんたら!私と早川は仮に付き合ってるだけの関係だって!」 「でも結衣ちゃんには本当に好きな人がいるんでしょ?もしそれが慶太以外の人だったら、その人に彼氏役を頼んだんじゃないの?」 「・・・」 ついに岡田が沈黙した。 早く助け船を出さないと岡田の気持ちバレてしまう! だが思いついた言葉は岡田を助けるどころか、傷つけるものだった。 「・・・何言ってるんだよ、陽菜。岡田が俺みたいな男を好きになるわけないだろ?それに・・・俺の好きな人だって岡田じゃないしな」 ついさっきまで手を握り合っていたのは幻だったのか? そう思えるほど残酷な言葉が僕の声を使って、僕の口から出た。 295 : ◆sGQmFtcYh2 :2010/06/14(月) 20:34:45 ID:egWacMad 「っ!?」 (岡田じゃない・・・分けっているけど・・・そんなはっきり言わないでよ・・・) ごめん、岡田。僕の事一生嫌ってもいいよ。 「なぁ岡田・・・これを機に仮のカップルの関係・・・やめないか?」 「・・・え?」 「俺にも岡田にも別に好きな人がいる。ならやっぱりもうやめるべきだよ。それに岡田と太郎君の噂ももう聞かなくなったしね」 「で、でもまだ完全になくなったわけじゃ・・・」 (嫌だ!せっかくもうすぐ12月になるのに!せっかく慶太と本当のカップルになれるのに!仮の関係だとしても・・・絶対に嫌だ!) ここで優しい言葉をかけてはダメだ。例え岡田が泣いたとしても。例え僕がここにいる全員に嫌われようとも。 例え心の底では岡田の事を好きになりつつあったとしても・・・ 「分かんないかな?はっきり言って迷惑だって言ってるんだけど」 「!」 「け、慶太、お前っ!?」 「ゆ、結衣ちゃんになんてこと言うのよ、慶太!」 「だってそうだろ!?俺だってこのまま好きな人に誤解されるのは嫌だしな!岡田には悪いけど、もううんざりだったんだ!」 恭子ちゃんと違い岡田は大丈夫のはずだ。きっとまだ引き返せる位置にいるはずだ。 「め、迷惑・・・?うんざり・・・?」 (嘘・・・だよね?きっと何かの間違いだよね・・・?だって・・・12月になったら・・・) まだだ。これじゃあまだ岡田は僕の事をあきらめないだろう。 「もういいだろ?これでもまだ仮の関係を続けたいんなら・・・他を当たってくれ」 何て残酷な言葉だろう。岡田がどうして僕に彼氏役をお願いしたのか知っているくせに。 「・・・私、なにか気に障ることしたかな?」 (早川が突然こんなことを言い出すなんて・・・何がいけなかったんだろう?顔?性格?体型?) 「何も。ただもう限界が来ただけ。もう岡田との関係を終わらせたいんだ」 そのまま黙って俯く。 誰でもいい、こんな僕を殴ってくれ。 だが僕が感じたのは誰かに殴られる痛みではなく、岡田の悲痛な声だった。 (嫌われた・・・嫌われた・・嫌われた・嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌わレタ嫌ワレタキラワレタ・・・) 「お、岡田!?」 「結衣ちゃん!?」 三人の声に顔をあげると、そこには頬笑みながらも、大量と言う言葉では表現しきれないほどの涙を流している岡田の姿があった。 さすがに僕も焦った。 「お、おい―――」 「ごめんね・・早川・・・迷惑・・・かけちゃったみたいで・・・本当に・・・ごめんなさい・・・」 (嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた・・・) 「・・・アハ・・・ハハハハハハ・・・早川に・・・嫌われちゃったか・・・」 (嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた・・・) 岡田の顔はそれでも微笑んでいた。 僕は間違っていたのか? もしかして・・・岡田ももう引き返せないところまで来ていたのか? 296 : ◆sGQmFtcYh2 :2010/06/14(月) 20:35:22 ID:egWacMad その後は和やかに会話できるはずもなく、僕たちはそれぞれに帰路についた。 陽菜と二人っきりの帰り道。 いつもなら嬉しくて楽しいはずの時間も、この時ばかりはそうもいかなかった。 このまま無言で家に着きそうだったとき、陽菜が声をかけてきた。 「・・・ねぇ、ちょっと公園で話さない?」 横を見ると、秋祭りの時に姉ちゃんと二人で過ごした公園があった。 「あぁ、別にいいけど」 家に帰ると姉ちゃんにも岡田と同様の事を言わなければいけない。でも、臆病な僕は少しでも時間を稼ぎたかった。 二人で夜の公園に入る。とはいってもロマンチックな雰囲気は皆無だ。 「それで・・・どうして結衣ちゃんにあんなこと言ったの?」 単刀直入に陽菜が訊ねてきた。 「・・・」 「・・・結衣ちゃんの好きな人って絶対に慶太だよ。それなのに・・・あんなひどい事・・・」 「え!?な、なんで―――」 「あの時の態度を見たら誰だって気付くよ」 そう言えば陽菜は昔っから洞察力に優れていたよな。 「慶太だって気付いたでしょ?それなのに・・・」 岡田の気持ちを知ったなら説明は簡単だな。 僕は一呼吸置いた後、ゆっくりと語り始めた。 「・・・恭子ちゃんが突然転校したのって・・・俺のせいなんだ・・・」 「・・・」 陽菜は口を挟まないように気を使っている。本当に人の気持ちを理解してくれる人だ。 「俺の事が好きだって・・・それで・・・そのせいで・・・とても傷ついて・・・」 あの時の事は一生忘れないだろう。 「そんなことはもう嫌なんだ・・・俺なんかを好きになったら・・・岡田も不幸になるから・・・だから本気になる前にって・・・」 自意識過剰だ。それに自分勝手すぎる。これで完全に陽菜に嫌われたな。 僕の言葉を真摯に聞いていた陽菜は、しばらくして口を開いた。 「・・・結局のところ慶太の気持ちはどうなの?結衣ちゃんに対しての」 まさかの質問が返ってきた。僕の・・・気持ち・・・? 「結衣ちゃんの事が好きだから、逆に嫌われようとしたんだよね?自分と一緒にいたら不幸になるからって。それは友達として好きなの? それとも・・・一人の女の子として好きなの?」 今までに見たこともないくらい真剣な目を向けてくる。 少し前までなら友達として、と答えただろう。だが今は・・・ 「・・・分からない。多分、友達から一人の女の子として好きになりかけているって言うのが一番しっくりくるかな・・・」 「・・・そうなんだ・・・」 僕の答えを聞いた陽菜は遠い目を空に向けて、ポツリと呟いた。 「・・・いつのまにか・・・侵食されちゃったのか・・・」 「侵食?」 「ううん、なんでもない。ところで・・・」 そこで陽菜がもう一度真剣な目を向けてきた。 「もし・・・もしだけど・・・私の身に何かがあって、悪い人たちに追われることがあったとしたら・・・その時慶太はどうする?」 いきなりなんだ?何かの例えなのか?今までの話と何か関係があるのか? 「どうするって・・・陽菜が困っているなら、俺に出来ることは何でもするよ」 「・・・その結果、他の人・・・たとえば結衣ちゃんや祥姉ぇと二度と会えない事になっても?それでも私を助けてくれるの?」 陽菜を失うか他の人たち全員を失うか・・・そんなの7年前から決まっている。 「それでも助けるよ。陽菜のためだったら・・・何でもする」 「・・・心配して損した~!その言葉、絶対に忘れないでね!」 297 : ◆sGQmFtcYh2 :2010/06/14(月) 20:36:07 ID:egWacMad 陽菜を家まで送ると、いよいよ覚悟を決める瞬間がやってきた。 電気のついている家には確実に姉ちゃんがいるだろう。 「ただいま・・・」 そう言えば母さんも父さんもいないんだっけ? そうするとご飯は自分で作るしかない。それか買弁か。 だが僕の考えは杞憂に終わった。 「・・・え?これは・・・」 「遅せーじゃねーか!今何時だと思ってんだ!」 まだ8時にもなっていない。小学生でもあるまいし、そんなに遅い時間じゃないだろ。それよりも・・・ 「どうしたの、これ?」 指さした方にあるのは大量のおにぎり。おにぎりだけ。 「母さんも父さんもいないから、たまにはウチが作ってやったんだ。感謝しろよ」 「・・・でもなんでおにぎりばっか?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・これしかお前に褒められたことねぇしな」 どうやら僕の事を思っておにぎりをこんなにも作ったらしい。 だけど・・・僕は素直に喜ぶ事が出来なかった。この時感じたのは感謝の気持ちよりも、こんなに僕の事を思ってくれている姉ちゃんを傷 つけることへの遣る瀬無い気持ちだった。 ごめん、姉ちゃん。こんな最低な弟になってしまって・・・本当にごめん。 「いらない」 「・・・へ?」 「今日はもう外で食べてきたし・・・大体、姉ちゃんの料理なんか食えるわけないだろ」 生まれて初めて、姉ちゃんに反抗した。 姉ちゃんは持っていたマグカップを落としたことにも気付かずに、ただ僕を見つめている。 「いっつもいっつもクソ不味い料理を作っては俺に食わせやがって、少しは俺の事も考えるよ!」 確かにお世辞にもおいしいとは言えない味だったけど、それでも一度も残したことはない。多分、このおにぎりもきっと・・・ 「な、なんだと!テメェもういっぺん言ってみろや!」 「何度でも言ってやるよ!こんなクソ不味いおにぎりなんて食えるかっ!!」 「っ!!」 バチーーーン!! 頬に強い衝撃と痛みが走る。 「・・・いっつもこれだもんな・・・最後にはいっつも暴力で解決しようとして・・・」 「お、お前が悪いからだろ!不味くても言い方ってもんがあんだろ!」 (あの時慶太がおいしいって言ってくれたから、せっかく作ったのに・・・!) そうだったな。姉ちゃんは世界で一番僕の事を考えてくれる人だったもんな。 そんな人を・・・やっぱりこれ以上不幸にはできないよな。 「・・・大嫌いだ・・・姉ちゃんなんて大っ嫌いだ!!もう顔も見たくない!!」 「き、嫌い・・・だって・・・?・・・ウチだって・・・お前の事なんか・・・大嫌い・・・だ・・・」 (慶太がウチのことを・・・そんな・・・) 「・・・こんな家・・・もう出て行ってやる!」 そのまま姉ちゃんを置き去りにしたまま家を飛び出る。 これで良かったんだ。きっと・・・これで・・・ 大好きな人を二人も傷つけたこの日、僕はあてもなく夜の町に消えていった。

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