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462 :森山家の青少年 [sage] :2010/06/21(月) 01:15:48 ID:kWMaKB2J
第3話(少年編)
8月末・残暑がつらい昼前
「やぁ、ちょっと遅れたかな?」
適度にクーラーの効いた店内にボーイッシュ(過ぎる)美少女が入ってきた。
アースカラーで統一された目に優しい配色の店内は昼の時間帯から、結構混雑していた。
「平気平気。美鳥(みとり)より10分以上早く来たヤツは居ないから」
6人掛けのテーブルの向かいに座る少女・久堂 律花(くどう りつか)が軽く笑いながら言う。
言い回しをしているが、要は「皆来たばかりだよ」ということだ。
「や、裕介君より遅れてしまうとは。不覚」
「俺ってそんなに遅刻魔でしたっけ?」
「いつも見習うべき模範生だね。」
「言ってることが変ですよ?」
「あまり細かいとモテないよ?」
「・・別にモテなくてもいいですよ」
向かいに座る少女がニヤニヤと下世話な笑みを浮かべていた。
「美鳥と話してる裕介って、楽しそうな顔してるよね~」
「そんなことは無いですよ」
「嘘つけ~女殺しの微笑み浮かべちゃってさ」
「まぁ、私は楽しいけどね」
屋九嶋が笑いながら冗談とも本心ともつかないことを言う。
「・・・なぁ、そろそろ本題に入らないのか?」
隣のイスに座っていた長身の少年が会話に割り込んだ。
長身で細身な体格の少年・日向井 啓(ひむかい けい)は中学からの友人だ。
「ゴメンゴメン、女子にはこういう話題っていい娯楽だから」
「入り込めない世界を構築されたらこっちは聞き流すしか選択肢が無いんだ。こっちの事も考えてくれ」
「んー・・・善処するよ」
「それって遠まわしに無理と言っていないか?」
「うん」
「お前性格悪いな」
「前から知ってるでしょ?」
「・・・・・」沈黙の肯定。
「で、律花さん。今日俺らは何で呼び出されたんですか?」
今度は俺が割って入る。
「あ、そうだね・・ゴホン、本日諸君らに集まってもらったのは他でもない」
物々しい咳払いの後、久堂は両手を広げて尊大な態度で説明を始める。
その大仰な語りと仕草に久堂の軽快な声はミスマッチ甚だしい。
「本日商店街を中心に開催される夏祭りについてだ。・・この祭はこの街に限らず近隣市民にとっても夏の最期を飾る一大イベントとして
毎年約二千人近い祭客が来るとも統計で出ている。当然我々もこの街の住人として参加せねばならぬと思い、こうして皆を呼んだのだが・・・」
「普通に『一緒に祭に行こう』って言えばいいだろ」
啓の発言にクワッ!と目を見開く久堂。
「痴れ物がッ!黙っとれヒョロノッポ!」
古風なのか単にふざけてるのか判らない口調で叫びながら啓の脳天にチョップを繰り出す。
啓は振り下ろされた手刀を受け止め、そのまま捻る。
「誰がヒョロノッポだ、バカ!」
「イタタタタタタ!痛い!い、痛い!ギブギブギブッ!!」
「そのへんで止めてあげたらどうかな、啓君」
屋九嶋の仲裁が入ってやっと収まる。
夏休みでも変わらないいつも通りの風景に思わず苦笑した。
463 :森山家の青少年 [sage] :2010/06/21(月) 01:17:03 ID:kWMaKB2J
やや泣き目になっている久堂が啓に捻られた手首を摩りながらグッタリしている。
啓は不機嫌な様子で、屋九嶋は久堂を見ながら曖昧な笑みを浮かべていた。
「うぅ・・痛いよぉ・・・」
「黙れ。チョップしてきたお前が悪い」
「啓が酷いよ美鳥ぃ~」
「今回は先に手を出した律花が悪いね」
「うぅ・・・いいもん!裕介は私の味方だよね!」
俺に振られても困る。
「面倒ごとは嫌です」
「うわぁーーーーーんっ!」
テーブルに突っ伏して泣き真似をする久堂。
小柄な体型と童顔が相まって結構愛らしい姿なんだが今はそこはかとなく哀愁を漂わせている。
だんだんしゃくり上げる声が漏れて来る。
本当に泣いていた久堂を俺と屋九嶋で宥めること約十分。
この程度・・って言うのも酷だけどこれくらいで泣き出す久堂の外見どおり過ぎる子供っぽさには少し呆れた。
結局、祭は泣き止んだ久堂の主張で「今日の夜6時半に集合だからね!」と議決。
議決と同時に解散し、各々が家路に着く。
まだまだ活きのいい炎天下の中、自転車を使わなかった事を後悔した。
「自転車だったら風を切って気持ちよかっただろうにな・・」
頬を伝う汗が首筋に落ちる。
「?」
誰かに呼ばれたような気がした。・・暑さにやられて幻聴でも聞こえたか?
「・・・・~~~」
「??」
だんだんと音源が近づいてくるように感じた。
「・に・・~~~」
「に?」
ついでに金属が擦れるような聞き慣れているようで思い出せない音が付随する。
「なんだ?」
音は遂に背後から聞こえた。
464 :森山家の青少年 [sage] :2010/06/21(月) 01:17:37 ID:kWMaKB2J
「無視すんなバカ兄貴っ!」
背中に衝撃が奔り、前屈みに倒れそうになる。
バランスを整え、痛む背中を摩りながら振り返るとそこには見慣れた銀色の自転車と和沙がいた。
さっきの衝撃は和沙が停めた自転車を支えにとび蹴りをしたらしい。
和沙が詰め寄ってくる。ただ、怒りは感じるがあまり怖くない。
「こんな可愛らしい妹が呼んでいるのに無視するとはどういう了見だ!、いっぺん冥土の旅へいって来いやゴルァア!」
思わずため息が出る。幻聴じゃなくて良かった。
「可愛いと思ってるなら言葉遣いに気をつけろ。身内ひいき抜きにしてもお前は可愛いんだからさぁ・・」
「っ・・!ちょ・・兄貴・・何言って・・・・・・・・」
何か言いよどんだと思ったら途端に真っ赤になる和沙。いったいどうした、熱病か!?
まぁ、自分でも恥ずかしいことを言ったとは思ったが一応本心だ。
しかし俺は断じてシスコンではない。たとえ現実、それを誰も肯定してくれないとしても俺はシスコンではない。
ふと和沙の乗ってきた自転車を見る。
「和沙、何故俺の自転車がここにある?」
我に返ったように顔を上げる和沙。顔はまだ赤い。
「二人乗りしよ♪」
「・・・・・・・・・・・」
「なんでそこで黙るの!?」
体力的には問題無い。例え二人乗りする相手が啓だとしても・・なんか男同士で二人乗りって寂しいな・・苦も無くこぎ続けることができるだろう。
しかしそれなりに田舎要素の高いこの街で妹と二人乗りしようものなら夏休み中には完全に知れ渡り俺のシスコン疑惑を確固たるモノに変えるだろう。
否定ならいくらでもしてやる。・・だが俺と和沙以外の全校生徒相手ではあまりに多勢に無勢。
そんなワケで、
「嫌だ。」
「一言で済まされた!」
「嫌。」
「二文字になった!?」
「面倒臭い」
「それが本心か!見損なったぞ兄貴!シスコンの風上にも置けないヘタレ兄貴め!」
・・お前もか
某・超誇大妄想狂ではないが自分の認識と周囲の認識の合致によりひとつの現実が出来上がるとすれば、俺が否定し続ける限り俺自身はシスコンではない!和沙がブラコン気味なだけだ!
「じゃぁな」
もう帰りたい。頭から爪先まで直射日光で焼けそうに熱い
俺はまだ真っ白に燃え尽きたくはないんだよ。
「待ってよ兄貴!イヤだよ置いていかないでよ!」
「自転車あるだろ」
「兄貴と一緒に帰りたいんだよぅ・・・」
結局、二人乗りで帰ることになった。俺は相当な甘ちゃんだった。
幸い誰にも見られずに済んだが、もし見られたらどうしようかと気が気ではなかった。
465 :森山家の青少年 [sage] :2010/06/21(月) 01:18:24 ID:kWMaKB2J
間章
某日某所・昼前の住宅街
「賢一、ここは何処だ?」
凛とした声が俺に問う。
「親戚の家だよ」
目の前に建っている立派な一軒家。要家の表札。
生活感の感じられない、生活感の存在しない一軒家。
住人は既に居ない。何故か売られることもなく取り壊されることも無く、そこに在る。
躊躇いも無く玄関に入り、靴を脱ぐ。
埃の積もった廊下を歩き、様々な感情を込めてため息を吐く。
既に居ない、顔も覚えていない住人のことを思いながら部屋を見て回る。
自分の手を握る気の強い恋人を視界からはずし、思い馳せる。
466 :森山家の青少年 [sage] :2010/06/21(月) 01:19:26 ID:kWMaKB2J
森山大吾は大切なものを諦め、捨て、それでも、せめてもの幸せを守ろうとした。
始まりはとある秋の夜だった。
下腹部に妙な重量感を感じた大吾は目を覚ました。ぼんやりと目を開ける。
重量感の正体は隣部屋で寝ているはずの妹だった。
何のつもりか知らないが、下腹部に跨る妹は目を覚ましたことに気付いていないようだ。
視線を下げ、絶句した。
結合部を晒す自分と妹の性器。
窓から入る外灯の明かりを返すドロリとした液体と一筋の赤。紅。朱。
悪夢だと思った。悪夢だと思いたかった。
体の奥底まで突き抜ける快感が希望的観測を完膚なきまでに否定した。
森山大吾は実の妹に犯された。
大吾は問い詰めた。怒りではなく、悲しみだった。
対して、妹の口から帰ってきたのは愛だった。
間違っている。異常だ。狂っている。
否定の意は決して届かなかった。
一人の学生でしかない大吾に逃れる術は無かった。
翌年、妹の妊娠が確定し
大吾は自分の未来を諦め、実の妹との婚姻に至る。
交際を続けていた恋人とも別れ、噂は尾鰭を付けながら回っていった。
そして枷が外れたように、大吾は狂った妹の要求に応え続けた。
両親は諦観の面持ちで、反対することはなかった。
自分の思い描いた未来は打ち壊された。だが子供には未来がある。
せめて真実を隠し続け、我が子には幸せに思える将来を掴んで欲しい。
可能性はできる限り回避策をとった。
通っていた高校を卒業し、進学とともに妹を連れて県外のマンションに引っ越す。
親族に反対する者は一人も居なかった。事情を知って、ただ諦観の念を露にする。
大学を卒業し、就職。
467 :森山家の青少年 [sage] :2010/06/21(月) 01:20:00 ID:kWMaKB2J
そして数年後。
安定し二人の息子をもち、軌道に乗った生活。
いまだに時折『要求』をする妻である妹は、再び妊娠した。
そんな折、悲劇の芽は芽吹いた。
一本の電話。
かつて恋仲だった女性。大吾が最初に失った将来。
要 美佐子(かなめ みさこ)だった。
久しぶりに会いたいという彼女の要望に応え、出向いたのが芽だった。
数年ぶりに会った美佐子は百人が百人、目に留めてしまうほどの美女になっていた。
視線が気になり肩身を狭くした大吾に対し、美佐子は堂々としていた。
人通りが無くなった夜の住宅街に辿り着く。
別れ、家路に着こうとした大吾の背後で、美佐子はまるで携帯電話を取り出すように、黒い金属を取り出した。
小さな電光。
背後を気にも留めなかった大吾は一撃で気を失った。
・・・・・・・
・・・・・
・・・
「おい、起きろ賢一!」
頭を叩かれる。
薄ぼんやりとした視界に白い、というより色素が抜け落ちたような長髪が映る。
「私と一緒に居て寝てしまうとは酷いヤツだお前は!」
「あぁ・・俺寝てたのか。ごめんな、葵。」
そういえばリビングのソファーに腰掛けたあたりから記憶が無い。
「もういい、帰るぞ」
「はいはい、わかりましたよ姫様」
「誰が姫様だバカ!」
また頭を叩かれる。赤くなった葵の微笑ましさになんとなく苦笑してしまう。
「な、何故笑う!?」
夏の夕日を背に浴びて
前を歩く白い髪を見送りながら森山賢一は家路に着いた。
468 :森山家の青少年 [sage] :2010/06/21(月) 01:20:36 ID:kWMaKB2J
夕暮れの商店街
祭りの会場である商店街には、既に人の海が出来上がっていた。
シャツの端を掴みながら後ろを歩く和沙。
度々衝突しながら睨み合い続ける啓と久堂。
その様子を見て何か含んだ微笑を見せる屋九嶋。
「・・・・何故付いて来た?」
「兄貴だけじゃ心配だから」
「俺はもう子供じゃないってのに・・そもそも俺の方が年上だろうが」
「まぁまぁ兄妹お二人さん、折角の祭を楽しんだらどうだい?」
いつもの調子で炭酸飲料を煽る屋九嶋。
なんか、こう、女らしさが薄すぎる気がした。
祭の夜は始まったばかりで、先生方や警察官の皆さんも今日ばかりは街に目を光らせている。
時間いっぱい楽しんでおこう。
夜の病院から喧騒を覗く長身と白い髪。
喧騒を離れ、怯えるように部屋に篭る少年。
喧騒など知らぬ顔で何かを画策する少女。
十人十色に夏の最期を飾っていった。