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218 :タイトル未定 [sage] :2010/08/08(日) 20:49:24 ID:iDCbf8BK 「もう終わりにしよう」 「……え?」 「もう一緒に勉強するのは終わりにしよう」 「……どうして……?」 「どうしてって、もう必要ないじゃない。半年前君は学年でも真ん中の順位だった。 それが今ではトップ10に入るようになった。もう十分でしょ」 「じゅ、十分なんかじゃないよ。だってまだ、夏野君より順位低いし、それに……」 「大丈夫だよ。もう僕が君に教えられることはないよ。僕がいなくても、君はもう一人で勉強できるよ」 「でもっ……その……」 「それじゃあ。僕はもう帰るよ。放課後にももう残らない。じゃあね」 「そんなっ」 「夏野君、ちょっといいかな。ここ、分からないところがあってさ」 「綾部さん。この前言ったよね。もう一緒に勉強するのは終わりだって」 「うん、でも本当にちょっとだけだからさ、ちょっとだけ、この部分のところだけだからさ」 「……こんなとこ、綾部さんなら自分で考えれば分かるよ。僕、この後用事があるんだ」 「あ……そうなんだ」 「うん。それじゃあね」 「夏野君。今日のテストの結果見た?」 「うん」 「私、順位凄く落ちちゃった。やっぱり夏野君に教えてもらってたから成績良かったんだよ。 やっぱり夏野君に教えてもらわないと私ダメだよ」 「綾部さん、今日の答案ある?」 「え……あるけど、どうして?」 「ちょっと見せて」 「ど、どうして?」 「見せられないの?」 「ううん。そうじゃない、そうじゃないけど」 「じゃあ見せてよ」 「これ、おかしいよね。この問題、ここが解けてるのに、同じ解法のここが解けないなんてことないよね。 それにこっちも。こっちなんて、ここの答え使わないと解けないのに、こっちだけ解けてるし」 「わざとでしょ」 「違うよ! 本当に分からなくて、その……」 「綾部さん。何でこんなことしてるのか分からないけど、凄い損してるよ。こんなことしたって何の意味もないし、 逆に評価が悪くなるだけだよ」 「評価なんて……」 「分からないな。まぁ僕には関係ないことだから」 219 :タイトル未定 [sage] :2010/08/08(日) 20:50:09 ID:iDCbf8BK 友達もいない。 話し相手もいない。 家にも誰もいない。 寂しくて寂しくて。 でもどうすればいいのか分からない。 何かに秀でているわけでもない。 面白い話ができるわけでもない。 ずっと一人だったから人との付き合い方も分からない。 学生の間はせめて勉強だけでもできればいいのに、それだってうまくいかない。 勉強はいつも放課後の図書室でしていた。 誰もいない家にいるよりは、少しでも人がいるかもしれない学校で勉強したかった。 実際には図書室はあまり利用されていないらしく、当番の図書委員がいるだけだった。 夏野孝。 彼はその図書委員の一人だった。 その名前は良く知っていた。 毎月張り出される校内テストの結果でいつも先頭に載っていた。 クラスも同じだった。 いつも誰かと一緒にいるわけではないけれど、誰とでも会話ができ、みんなからも一目置かれていた。 私も彼のように頭が良ければ、そう振る舞えたのかもしれない。 羨ましさと憧れ。 その時彼に抱いていた感情はそんなものだった。 「分からないとこあるの?」 最初に声を掛けてきたのは彼からだった。 まさか私が話し掛けられるとは思っていなかったため、すぐに言葉を返すことができなかった。 「いや、いつもここにいるし。でも全然ページ進んでないみたいだからさ」 ばつが悪そうに彼は続けた。 もしかしたら声を掛けたことに、後悔させてしまっているのかもしれない。 私は慌てて答えた。 「う、うん。そう。ちょっと、分からないところがあって……」 「どれ」 「……ここ」 彼は私の横に座ると、私が示した場所を覗き込んだ。 「ここのどこが分からないの」 「えっと……」 突然のできごとに緊張しながら説明した。 しどろもどろで、もしかしたら何を言っているのか分からなかったかもしれないが、それでも彼は耳を傾け、 私の質問に答えてくれた。 一つの質問が終わった後は、また別の質問に。 それを何度か繰り返していると、気付くと最終のチャイムが鳴っていた。 「それじゃあお終いね」 「うん。ありがとう」 席を立とうとする彼に、私は咄嗟に言葉を続けた。 「あのっ……。また明日も教えてもらって、いい……かな?」 「……そうだね。うん。いいよ」 彼が頷いたのを見て、私は目の前が明るくなった気がした。 何だか、もしかしたら、これから先何かが良くなる方へ行くのではないかと、そんな漠然とした予感が起こった。 その日から私たちは放課後の図書室で一緒に勉強するようになった。 彼の教え方はうまく、私は自分ができるようになっていくのを実感していた。 それは客観的にも、校内テストの結果を見れば証明されていた。 最初の内は戸惑い、緊張しながら彼と会話していたが、それも段々とスムーズになっていった。 寂しくて、でも人と付き合えない私にとって、彼とのやり取りは私の楽しみになっていった。 たまに彼が放課後に残れないときは、以前にも増して寂しさと空しさを感じるようになった。 私の中で彼と、彼との時間は、日に日に大きな存在になっていった。 220 :タイトル未定 [sage] :2010/08/08(日) 20:50:41 ID:iDCbf8BK 最初は暇つぶしで声を掛けた。 放課後の図書室。 図書委員は交代で図書室の当番をしなければならない。 生徒による図書室の利用はほぼないというのに、終了時刻まで待機していないといけない。 初めの内は漫画や小説などを持ち込んだ。 また図書室内の本も漁った。 しかしそれらも飽きてきて、さてどうしようかと思っていた頃だった。 ある日から一人の女生徒が自習しに来るようになった。 綾部恵。 同じクラスの人間だった。 いつも一人で、他の女子と会話しているところは見たことが無かった。 接点がないので、それ以上の情報も感想も特に持っていなかった。 横を通りかかるときなど、何度か彼女が開いているページを見たことがあるが、いつも同じ単元で止まっていた。 遠目で見てもページが進んでいるようには見えなかった。 何処かで詰まっているのだろうか。 退屈さも手伝って僕は彼女に声を掛けることにした。 「分からないとこあるの?」 突然声を掛けたものだから、びっくりしたようだ。 ぎこちなく話す彼女に耳を傾け、僕は教えていった。 彼女の疑問に答える内に、何故彼女の勉強が先に進まないのか分かった気がした。 自分が最初に考えたものに捕らわれ過ぎているからではないか。 行き詰ってしまったときに、別の考え方を探さず、いつまでも最初の考え方で理解しようとしているからではないか。 そう思った。 実際僕が、別の人間が、違う視点を与えてやれば、以降はすらすらと理解を進められた。 気が付くと終了のチャイムが鳴っていた。 少々夢中になっていたようだ。 人にものを教えることに、少なからず楽しみがあったようだ。 席を立つときに声を掛けられた。 「あのっ……。また明日も教えてもらって、いい……かな?」 「……そうだね。うん。いいよ」 何もしないで待機しているよりはましだと思った。 その日から、僕たちは一緒に勉強するようになった。 毎月の校内テストの結果で、彼女の順位が上がると、僕も自分のことのように喜んだ。 自分の教え方は間違っていなかった。 そう実感できるからだろう。 放課後の勉強時間は、僕にとっても楽しいものになっていった。 教え始めてから数ヶ月までの間は。 221 :タイトル未定 [sage] :2010/08/08(日) 20:51:17 ID:iDCbf8BK 一緒に勉強を始めて半年が経とうとしていた。 その頃には彼女はほとんど僕の力を借りずに勉強を進められるようになっていた。 校内テストの順位もあと少しでトップ10に入るくらいの成績だった。 僕は、焦りのようなものを感じていた。 いくらなんでも成長が早過ぎるように思った。 時には僕が彼女の考え方に学ばされることもあった。 彼女は、本当は僕よりも頭が良いのではないか。 最近はそんなことも考えるようになった。 このまま順調に進んで行けば、次のテストではトップ10入りするだろう。 その次はトップ5、さらにその次は僕と同列か、もしかしたら僕を抜かしているかもしれなかった。 そんなに先の話ではなく、次のテストでもう並ぶ可能性だってあった。 僕だってプライドがある。 特に学業に関しては小、中、高と、常にトップを走ってきた。 偏差値と頭の良し悪しは必ずしも比例しないことは分かっているが、 それでも僕は普通の人間よりは優れていると、そう自負して生きてきた。 それが、半年前までは可もなく不可もなくな生徒に、今や追いつかれようとしている。 本当はみんなそうなのではないか。 僕が今まで見下していた普通の人たちはみな、綾部恵のように、何かのきっかけさえあれば、 学校の成績など簡単に上げられるものなのではないか。 僕は単にそのきっかけが、たまたまなくても何とかなったのか、あるいは普通の人よりは早く、 そのきっかけをたまたま手に入れることができただけなのではないか。 だとしたら僕はとんだ裸の王様だ。 あるいは井の中の蛙か。 僕が今まで自負していたものは何だったのだろうか。 気が付くとそんなことを考えていた。 気を取り直して勉強に集中しようとした。 しかし今取り掛かっているところは何とも理解しづらい内容だった。 「詰まってるの?」 横から綾部さんが声を掛けてきた。 僕の動きが止まっているのを見てそう思ったのだろう。 詰まっているといえば詰まっている。 勉強以外の部分もあるが、単純に勉強そのものだって詰まっている。 「うん。ここなんだけど」 僕は彼女に説明することにした。 自分がどう考え、どう理解しようとしているか。 しかしそれでは書かれている内容と矛盾が発生してしまう。 だがそもそもこの書かれている内容自体、その前後で矛盾が発生しているのではないか。 他の参考書ではこのように書かれている以上、やはりこの参考書が間違っているのではないか。 その場合、ではこの解釈はどのようにしたらよいか。 そんな説明をしたと思う。 まともな答えなど期待していなかった。 自分の取り組んでいる内容がいかに難しいのか伝え、ほらあなたには分からないでしょ、 と言外に言いたかったのかもしれない。 綾部さんはしばらく考えたあと、「それはこういうことだと思う」と言って説明を始めた。 数ヶ月前はたどたどしかった話し方も、今や相手が理解できるように、分かりやすく丁寧な説明だった。 おかげで先ほど僕が指摘していた問題はすっかり片付いてしまった。 一瞬、頭が真っ白になった。 俄かに心臓が暴れ始めた。 ただ内面とは裏腹に、表面的にはお礼を言って、何事もないようにまた勉強を続ける風に装った。 彼女は、本当は僕よりも頭が良いのではないか。 その思いがパンクしそうなほど頭の中を占めていった。 その後どのようにして終了時刻まで過ごしたのか、どのようにして家に帰ったのか、覚えていなかった。 アイデンティティが崩壊する予感があった。 それを回避するためのアイデアが一つ浮かんだ。 明日、今月のテスト結果が張られる。 それを見て、そのアイデアを実行しようと思った。 222 :タイトル未定 [sage] :2010/08/08(日) 20:51:52 ID:iDCbf8BK 「夏野君。勉強教えて欲しいな」 「綾部さん。君はそんなに僕を見下したいんだね」 「え……?」 「勉強教えて欲しいなんて言って、自分でももう分かってるでしょ。 綾部さんと僕は、もう学力的にはほとんど同じだ。いや、もしかしたら君の方が僕より元々の 頭は良かったのかもしれない。そんな僕に教えて欲しいだなんて。本当は自分よりできない人間を横に置いて、 優越感に浸りたいんでしょ」 「そんなことっ――」 「いや、分かるよ。凄い分かるよ。だって僕は君に教えていたとき、そうだったから。 君の成績が上がると、僕も嬉しかったんだ。それは君の成績が上がったそのことではなく、 僕が、自分が有能だった証明になったからだ。滑稽だね。頭の良い君のことだ。 君もそのことには気付いていたんじゃないかな。その上で僕との関係を続けることで、 君は自分の優越感を満たしていたんだ。僕は君に教えていると、君より上の立場にいると、そう錯覚していたけど、 本当は君に踊らされていただけだった」 「違うよ!」 「まぁ聞きなよ。ところが僕もさすがにおかしいなと思い始めて、一緒に勉強するのを止めようと言って、 君は内心焦ったのかもしれない。そして前回のテストでわざと低い点数を取って、僕のご機嫌取りをしたんだ。 失敗だったね。いくらなんでもあんなのおかし過ぎるよ。まぁ僕もすぐにはその意図に気付けなかったけど、 もしかしてこいつには気付かれないだろうと、そう思ってたのかな」 「あれはそんなつもりじゃ――」 「そんなつもりって、じゃあやっぱりあれわざとやったんだ。確か最初は本当に分からなくて、 とか言ってた気がしたけど。ひどい人だね、君は。僕も人のことは言えないけどね。 もしかしてこれでおあいことか、そういうことなのかな。で、僕の食いつきが悪いものだから、 また教えて教えてってストレートに来たわけだ」 「全然違うよ! 夏野君全然誤解してるよ! 私はただ……」 「ねぇ。もう放っといてくれるかな。君の方が頭が良いのは分かったよ。僕が馬鹿だったんだよ。 認めるよ。だから、もう放っといてほしいんだ」 「違う……違うよ……全然違うよ……」 「じゃあね。丁度そろそろ夏休みだし。新学期からはもうお互いこのことは忘れよう。ね。お願いだよ。 それじゃあ」 「……違う……全然違う……」 「……私はただ、あなたと一緒にいたかっただけ……」 その日から、綾部恵は学校を休んだ。 223 :タイトル未定 [sage] :2010/08/08(日) 20:53:45 ID:iDCbf8BK 一学期最後の日。 特に何事もなく学校は終了した。 最寄のバス停から家に帰る途中だった。 閑静な住宅街。 麦わら帽子に、ワンピースを着た女の子が立っていた。 笑顔も相俟って、知らない人が見たら、年相応の愛らしい印象を持ったかもしれない。 「こんにちは」 僕にはその笑顔が不気味なものに見えた。 「……何の用?」 気圧されないように、わざと言葉に棘を含めた。 「夏野君に勉強を教えてもらいたくて」 ぬけぬけと言ってきた。 瞬時に体が熱くなった。 「だからもういい加減にっ――」 右手にナイフが握られていた。 果物包丁か。 釘付けになった。 途端に熱くなった体は冷えていった。 「勉強、教えてほしいな」 「な、何だよ。そんなもの出して。犯罪だぞ」 まともに彼女の顔も見れずに、何とか声を出した。 体は一歩引いて、いつでも逃げられる準備をした。 「犯罪?」 不思議そうな声が聞こえてきた。 「ああ。ごめんね。これはそういう意味じゃないから。私が夏野君のこと、傷付けるわけないよ」 改めて彼女の表情を窺った。 最初に見た笑顔と変わっていなかった。 「これはね、こういう風に使うの」 右手に持っていたナイフを、彼女は自分の左手首に近付けていった。 よく見ると、左手首には既に何本もの切り傷が付いていた。 そのいくつもの線の上に、彼女はナイフを滑らした。 赤い液体が、彼女の左手から滴った。 「え……はぁぁ……?」 咄嗟のことに僕は間の抜けた声を漏らした。 この女は、何をしている? 頭の中を空白が埋め尽くしていった。 224 :タイトル未定 [sage] :2010/08/08(日) 20:54:17 ID:iDCbf8BK 「ねぇ、夏野君。勉強、教えてほしいな」 流れ落ちる血のことなど意に介していないように、綾部さんは言った。 「べ、勉強って……君何言ってるの?」 そんなこと言ってる場合じゃないだろう。 その言葉は喉に引っかかってうまく出せなかった。 「教えてくれないの?」 残念そうな声と同時に、彼女はまた、左手首にナイフを近付けた。 ああそうか。 真っ白な頭の中で、何とか法則性に気付いた。 これは脅迫なのか。 勉強を教えてくれないなら自傷するという。 そんなことを考えている内に、彼女はもう一度ナイフを引こうとしていた。 僕は慌てて彼女の腕を掴んだ。 「夏野君。勉強教えてほしいな」 至近距離で、懇願するように言ってきた。 即答はできなかった。 しかし何とか言葉を詰まらせながら言った。 「分かった。分かったよ。勉強教えるよ。だからとりあえずこれ何とかしないと」 「本当?」 まだ血は流れ続けているというのに、彼女はぱっと顔を明るくさせた。 「本当に本当?」 「本当だよ。だから早くこれ何とかしないと」 「うん。そうだね。私の家、この近くなんだ」 一緒に来てくれる? 目で訴えてきた。 何故かすぐに頷くことはできなかった。 しかしこのまま往来にいるわけにもいかないし、僕の家で治療するわけにもいかない。 「……分かった」 掠れ気味の声が出た。 その返答を聞き、彼女はとても喜んだように見えた。 「ありがとう。こっち」 僕にもたれかかるようにして、歩を進めた。 突然の展開に、僕は流されるようにただ、彼女の歩みに続いた。 頭の中は依然として空白のままだった。

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