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506 名前:いつものげこうふうけい ◆RgBbrFMc2c [sage] 投稿日:2010/09/04(土) 17:35:14 ID:agmLRhD1 [4/8] 「藤崎さん、今帰り?」  日の沈んだ校内の下駄箱でぼんやりとしている彼女へそう話しかけると、彼女はこくりと頷いた。  今自分がどういう状況であるかをまったく気にしていないような、平然とした表情で私から顔をそむけ、  砂埃まみれのローファーを地面へと静かに置いてから靴を履き始めた。  今日で何回目だろう、こんなやりとりは。  何だか背筋がぞくぞくとして、今自分の浮かべている笑みとは全く違う種の笑い声をあげてしまいそうになった。  藤崎さんに頭のおかしな奴だとは思われたくないので実行に移したりはしなかったけれど。  私がそんなことを考えているうちに靴を履き終えたらしく、いつの間にか彼女はゆっくりと歩き出していた。  綺麗な黒髪を風になびかせて、静かに私の元から離れていく。  これは普段通りの光景、いつも通り別れ方、通常通りのやりとり。だから私は、いつものように悲しげな声を装って彼女に言った。 「力になれなくて、ごめんね……」 「別にいいよ」  振り返らずに澄んだ声色で返答する彼女はやはり昨日と同じだった。  すっかりボロボロになってしまった学生鞄を僅かに揺らせて、藤崎さんはあっという間に昇降口から出て行った。  その後ろ姿があまりにも小さくて、  今日も藤崎さんは可愛いなあ、いつまで我慢すればいいんだろうなあと呟きながら自分も靴を履くために下駄箱からローファーを取り出した。  その代わりに上靴をぽいと中に投げ込んで、靴に足を入れつま先を鳴らす。  さて私も行こうかな。そう伸びをした後、毎日の確認事項を点検するために藤崎さんの下駄箱の中を覗いてみた。  中は紙くずやカッターナイフの刃、虫の死骸に土泥砂。この間の雀の死骸程ではないけれど、とりあえず合格点。  ひとりで声を殺しながら笑い、彼女の下駄箱の前で声にはできない思いを告げた。 「    」  さあ、早く彼女の後を追わないと。 507 名前:いつものげこうふうけい ◆RgBbrFMc2c [sage] 投稿日:2010/09/04(土) 17:38:28 ID:agmLRhD1 [5/8]  私の大好きなもはや愛していると言っても過言ではない藤崎さんは酷いイジメに遭っている。  陰口物隠し些細な嫌がらせからクラス規模の大きな嫌がらせまで、一手に引きうけているなかなかの嫌われ者だ。  別に彼女の容姿が劣っているからだとか頭が悪いだとか、そんな理由からではない。  彼女は多少性格は変わっているものの、小柄でかわいらしい顔をしているし頭も良い、スポーツもできる。  数週間前までの彼女はクラスの中心人物ともいえた。  けれどほんの些細なことで今のような泥沼状態が始まったのだ。  ありがちな陰口から始まって、そこへ脚色を加えられていった結果、クラスからは彼女の味方が表面上どこからもいなくなった。  クラスの皆もストレス発散のはけ口ができたようで嬉しそうにしているけれど、まあそいつらはどうでもいい。  私はただ、いつになれば藤崎さんが自分に縋ってくるのかということだけを考えている。  ボロボロと涙を流しながら嗚咽をあげて、私の名を呼ぶことを想像するだけで頬が上気する。  しかし、何日たっても藤崎さんは泣かないどころか嫌な顔一つしないで学校へと登校していた。  悪口を言われても顔すら伏せない、下駄箱の惨状を見ても驚かない、友達だったクラスメイトに絶交を言い渡されても彼女は泣かなかった。  ただぼんやりと、何も気にしていないように無表情だった。  最初はいろいろな段階をすっ飛ばして壊れてしまったかと思い心配していたのだけれど、それはどうやら違うようで―――― 508 名前:いつものげこうふうけい ◆RgBbrFMc2c [sage] 投稿日:2010/09/04(土) 17:39:20 ID:agmLRhD1 [6/8] 「……何で、何でよ……私、何もしてないのに……」  彼女はちゃんと泣いていた。  普段の淡白な声からは想像もできない悲痛な感情で溢れた声を上げ、彼女は泣いていた。  下校途中、人通りの少ない小道で誰に訴えるわけでもなく、静かにポロポロと涙を流していた。  藤崎さんは無感情なわけでも気にしていないわけでも壊れたわけでもなく、ただ我慢していたのだ。  弱みを見せることを我慢して、誰かに頼ることを我慢してイジメが始まってからずっとずっと何カ月も。  それに気付いてからは、彼女の帰りを待ち伏せして後をつけながらそれを聞きつつ帰るというのが私の日課になっていた。  できることなら今すぐに抱きしめてあれやこれやとしてしまいたいのだけれど、それでは駄目だ。  彼女自身が縋ってくる姿を、私は見たい。  私だけに泣き縋る彼女が見たい。他の誰かには絶対に見せない表情で、もう私だけしか見えていない瞳の彼女が見たい。   「よくなんてない……力になってよ、お願いだから……」  傍にいてくれるだけでもいいから。  嗚咽交じりに呟くその言葉の対象が私なんだろうなあと思うと、自然に笑みがこぼれた。  それを私の目の前で早く言ってくれればいいのに。  そのためだけに毎日声をかけてるんだから、そのためだけにこんなこと始めたんだから、ねえ。 「愛してる」  今にも崩れてしまいそうな弱々しい背中にそう告げて、  私は今日も彼女を待っている。

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