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540 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/10/19(火) 20:16:44 ID:VKPE3Ad+ 修学旅行の翌日。 二年生は昨日まで修学旅行だったということで、今日は休校日になっていた。 「じゃあ行ってくるね、里奈、兄さん!」 「おう、いってらっしゃい」 「いってらっしゃい!」 学校へ行く潤を玄関で見送る。隣にいる里奈は元気良く手を振っていた。 「さ、もう一眠りするかな」 「じゃああたしもカナメと一緒に寝る!」 俺の左腕を掴む里奈。 どうやら修学旅行で俺が家にいなかった間、潤と里奈は仲良くなったようだ。 今も里奈が潤を見送りに来ていたし、今朝の朝飯を作っていた潤を自ら手伝っている里奈を見ると二人はまるで仲の良い姉妹のようだった。 「この家には慣れたか?」 「うん!カナメは好きだし、ジュンも最初は怖かったけど今は優しいもん!」 嬉しそうに言う里奈。確かに最初里奈を連れて来た時の潤の反応は異常だった。 しかし今はこうして里奈にも好かれている。きっと何かが潤に心境の変化をもたらしたのだろう。 もしかしたらあの雨の日、潤が倒れた日に何かがあったのかもしれない。 とにかく潤は変わろうとしている。それはとても喜ばしいことだった。 「カナメのベットに一番乗り!」 里奈は俺の部屋に入って一目散にベットに飛び込む。 「おいおい、俺のベットだろ」 苦笑しながらもこんな一日も悪くないな、と思う。今日は久しぶりにゆっくり出来そうだ。 ふと視界に点滅した光を放つ携帯が入る。 「メールか。一体誰だろう?」 「カナメ~、早く来てよ~」 「分かったからちょっと待っててくれ」 里奈に急かされながら携帯を開く。やはり受信メールが一件あった。差出人は―― 「…………っ!」 「カナメ?どうしたの?」 「…い、いや何でもない。さ、もう一眠りだ」 「……うん」 なるべく動揺を悟られないように携帯を閉じる。里奈を連れてそのままベットに潜り混んだ。 送信者:大和撫子 件名:無題 本文:今日の正午、桜ヶ崎駅東口で待ってます。    あたし達、恋人だもんね。来なかったら……分かるよね? 541 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/10/19(火) 20:17:47 ID:VKPE3Ad+ 桜ヶ崎駅東口。寝ている里奈を起こさないようにして家を出た。 「ここか……」 以前にも呼び出されてここに来た。前回は会長、そして今回は―― 「時間ピッタリだね。合格だよ、要君」 「……撫子」 "恋人"の大和撫子だ。彼女は瑠璃色のポニーテールを揺らして駅前の柱に寄り掛かっていた。 「本当は5分前行動がベストなんだけど……許してあげる」 俺の左腕を取り自分の腕に絡める。撫子からは仄かに甘い香りがした。 「お、おい」 「さあ行きましょ。今日は一杯歩くんだから。覚悟しておいてよね」 嬉しそうに腕を組む撫子を見ているとつい忘れそうになる。彼女がどれほど恐ろしい存在か、ということを。 「あ、ああ……」 でも忘れてはいけない。この"恋人"がいる限り、俺に安らぎは訪れないのだから。 海上娯楽施設"アクアマリン"。桜ヶ崎駅からモノレールで20分程の所にある、海を題材としている巨大テーマパークだ。 休日になると家族連れやカップルで賑わう、我が県のイチ押しといっても過言ではない場所である。 「うわぁ!綺麗……」 「……確かに」 海底をイメージしたエントランスは撫子の言う通りとても綺麗で幻想的だった。 色とりどりの貝殻が周囲を飾り、正面ゲートには本物のアクアマリンがこれでもかという程たっぷりと散りばめられている。 「これ、藤川君のお父さんが作ったんだよね……」 「まあ正確には会社が、だけどな」 このアクアマリンは英の父親である藤川栄作が経営する、藤川コーポレーションが建設したテーマパークだ。 これは東桜では殆どの生徒が知っていることだし、俺も英から直接教えてもらった。 「あたしアクアマリン来たことなかったんだ。よぉし、今日はとことん遊ぶぞぉ!」 「ちょ!?おい、引っ張るなって!」 腕を組みながら俺をぐいぐい引っ張ってゲートに行く撫子。今日は平日だから別に混んではいないし、そんなに焦る必要もないのだが。 それでも目を輝かせながらゲートを通る撫子を見ていると、何だかこっちまで楽しい気分になってくる。 「アクアマリンにようこそ!」 海をイメージした青色を基調とした制服を着るスタッフに出迎えられ、俺達はゲートを潜って行った。 542 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/10/19(火) 20:18:47 ID:VKPE3Ad+ 「ジェットコースターだって!あたしジェットコースター大好きなんだ!乗ろっ!」 中に入って早々走らされてジェットコースター乗り場へ。 別に平日の真昼間なんだから焦る必要なんてないと思うんだが、撫子が楽しそうなのでそれで良いかな。 「何々…"海へ突き出たレールがここでしか味わえない興奮を貴方に"…か」 入る時に貰ったパンフレットに書いてある説明を見る限り、かなり本格的なジェットコースターのようだった。撫子は隣でそわそわしている。 「海へ突き出す!?絶対楽しいに決まってるよ!」 「よくジェットコースターでそんなにテンション上げられるな……」 隣で無邪気にはしゃぐ撫子はまるで子供のようだ。どうやら余程ジェットコースターが好きらしい。 「よし、絶対にジェットコースター系は制覇するからね!」 「おいおい……」 乗り場へとスキップしながら登って行く撫子を見ていると、何だか俺までワクワクして来てしまった。恐るべしポニーテール。 「来るよ来るよ!」 「あ、ああ……」 日本の技術力は凄いと思う。 "海へ突き出たレールがここでしか味わえない興奮を貴方に" 確かにその通りだ。一体どうやって支えているのかは分からないが海面スレスレにレールがあり、まるで海へダイブするような感覚になる。 ただ一つ、"ここでしか味わえない興奮"が人によっては恐怖になる場合を除いてだが。 「さん、にぃ、いち……!」 「う、うわぁぁぁぁあ!?」 最初に一気に急降下して海面スレスレまで行った後は、激しいアップダウンを繰り返して一回転する。そしてカーブしながらまた海へ飛び出すのだ。 「さいっこぉぉぉお!」 「あぁぁぁぁあ……」 隣でテンションが最高潮まで上がっている撫子とは正反対な俺。しかしそれは当たり前のことなのだ。 いくらジェットコースターが好きだと言っても普通2、3回乗れば飽きるもしくは体力的に辛くなるものだ。 しかし隣にいる大和撫子という人間には限界がないらしい。 「きゃぁぁぁぁあ!!」 「…………」 既にこの本格的なジェットコースターに乗ること7回目。 さすがに係員にも顔を覚えられ始めた。後何回乗れば隣のスピード狂は満足するのだろうか。 543 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/10/19(火) 20:20:00 ID:VKPE3Ad+ 「いやぁ、楽しかったね!マリンコースターもアクアジェットも良かったけどやっぱり一番はジ・オーシャンだったよ!」 「……気持ち悪い」 結局"海へ突き出たレールがここでしか味わえない興奮を貴方に"が売りのジェットコースター、ジ・オーシャンには12回乗った。 その後も休憩を全く挟まずにアクアマリン内にある絶叫アトラクションを全て最低3回ずつ乗り回ったのだった。 「情けないなぁ。しっかりしてよ要君」 「いや、俺は頑張った方だと思うんですが……」 空には既に月が出ている。まさか一日中ジェットコースターに乗らされるとは思わなかった。 これが撫子の言う"デート"ならこれからはデートするのは考えた方が良さそうだ。 「こんなのまだ序の口だよ?……あ」 「うん?」 急に立ち止まる撫子につられて立ち止まる。目の前には工事中のビルが立っていた。 「アクアポート、もうすぐ完成するんだ。半年前に駄目になったばっかりなのに」 「アクアポート?」 俺の質問に撫子は驚いたように目を見開く。 「要君、まさか知らないの!?」 「えっと……何が?」 撫子は信じられないといった様子だが俺にもよく分からない。 この工事中のアクアなんちゃらとかいうビルを知らないことが、そんなにも問題なのだろうか。 「はぁ……。ニュースくらいちゃんと……って要君、記憶喪失だったんだね」 「あ、ああ……」 「このビルはね、半年前、完成間近に事故で爆発しちゃったんだ。当時のニュースで大々的に扱ってたから知らない人はいないと思う」 「爆発……事故……」 何かが引っ掛かる。確かつい最近、そんな話をどこかで聞いたような気が―― 『……半年くらい前にビルの爆発事故で行方不明になってさ。そこに写っているメイドと一緒にね』 「っ!?」 急に頭痛がする。頭が割れそうだ。何かを、忘れてはいけない何かを忘れてしまった気がする。 「だから半年しか経ってないのにまた完成間近……要君!?」 「ぐっ!?」 何なんだ、この感じ。最近頻繁に起きる発作的な頭痛とこの感じ。忘れてはいけないことが思い出せそうで思い出せない。 「やはりここにいたか要」 「……えっ?」 聞き覚えのある声。顔を上げるとそこには会長が立っていた。 しかし何故だろう。いつもの要組の時の会長とは打って変わってその碧眼は冷たく撫子を射抜いている。 そして彼女の紅い髪も燃え盛る業火の如く揺らめいていた。 544 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/10/19(火) 20:21:19 ID:VKPE3Ad+ 「……生徒会長さんが何の用?」 「要、体調が悪そうだな。外に車を用意してある。家まで送って行こう」 撫子を完全に無視して会長がこちらへ近付いて来る。途端に理解する。彼女は怒っているのだ。それも尋常でない程に。 「ちょっと待って。要君はあたしの彼氏よ。勝手なことしないで」 近付く会長の目の前に立ちはだかる撫子の声は氷のように冷たかった。撫子もまた怒っているが会長とは正反対に静かな怒りだった。 「……君は一体誰だ?」 「あたしは大和撫子。後ろにいる白川要君の彼女よ。人に名前を聞く時はまず自分からじゃないの、会長さん?」 撫子の挑発とも取れる自己紹介に会長は眉をひそめる。しかし5秒程の沈黙の後、会長が話し始めた。 「私は美空優。そこにいる白川要の婚約者だ。要はもう私の両親への挨拶も済ませている。そうだろ、要?」 「馬鹿言わないで。要君はあたしと付き合ってるの。もう愛し合った仲なのよ。ね、要君?」 会長と撫子がこちらを睨んでくる。何なんだこの修羅場。撫子の言っていることに間違いはない。 でも会長の言っていることも"婚約者"以外は間違ってはいないのだ。 いや、それよりも問題なのは今までこの危うさに気が付けなかった俺自身なのだろうか。 「愛し合った?君は単なる要の性処理道具、つまりオナホだ。要が君なんかに欲情するわけないだろう」 「面白いこと言いますね。ただ乳がでかいだけの年増の何処に要君が欲情するんですか」 二人は睨み合い場の雰囲気が凍り付いているのが分かった。 少し前にも会長と潤の睨み合いがあったが、それとは比べものにならない程空気が張り詰めている。 「分からないのか、君は要には似合わない。どうせこの関係も君が押し付けたものだろうな」 まるで知っているかのように切り捨てる会長。 恐らくあてずっぽうだが、あながち間違ってはいない。撫子はゆっくり息を吐いてから反撃する。 「適当なこと言わないで貰えますか。貴女、偉そうで大嫌いです」 「奇遇だな。私も君が大嫌いだ」 ゆっくりと歩み寄る二人。お互いの射程距離を計っているようだ。緊張は極限まで膨らんでいた。後は何かきっかけがあれば―― 「優お嬢様。そろそろお時間です」 そんな時、会長の執事であろう初老の紳士がやって来た。 「……そうか。それでは今日は引き上げよう。君、夜道には気をつけた方が良い」 「……そちらこそ」 「要、また学校で会おう。修学旅行のお土産、期待してるからな」 「あ、はい……」 そのまま会長は紳士を連れて、去って行った。 545 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/10/19(火) 20:22:27 ID:VKPE3Ad+ 「今日、楽しかったな」 「うん……」 「えっと……撫子はジェットコースター乗りすぎなんだよ」 「そうだね……」 アクアマリンからの帰り道。会長と対峙してから撫子はずっと俯いて何かを呟いていた。 こうして帰り道を歩いていても生返事しかしない。やはり会長に言われたことが堪えているのだろうか。 「えっとさ……」 「……要君」 突然撫子が立ち止まり俺を見つめてくる。彼女の目は一切の光を写してはいなかった。生気のない、暗闇しか写さない目。 「要君は逃げないよね?裏切らないよね?側に……いてくれるよね?」 覗き込んでくる撫子。その目の暗闇に吸い込まれそうになる。 一切の光がない暗闇が目の前に広がっているようだった。無意識に後退りする自分がいた。 「俺……帰らないと……」 怖かった。とにかく怖かった。昼間一緒にいた彼女とはあまりにも違いすぎて。 一刻も早くこの場所から立ち去りたい。ただそれだけを考えてしまう。 「……そう。分かった」 「あ、撫子……」 声をかけるが撫子はそのまま背を向けて去って行った。 「……くそっ」 彼女は俺を脅していたんだ。それならばこれで良かったはずなのに、何だろうこの胸に広がる罪悪感は。 ただ一つ分かるのは俺がどうしようもなく情けないということだった。 「…………」 家に帰ると里奈に何処へ行っていたのかしつこく聞かれたが、謝ってごまかした。 潤も聞きたそうな様子だったが俺を気遣ってくれたのか、直接何も聞こうとはしなかった。 そんなこんなで気まずい夕飯を終えてベットに飛び込む。 「……会長……撫子……」 一体俺はどうするべきだったのだろうか。根拠はないが俺は何かをすべきだったのではないか。 少なくともあのまま撫子を帰してはいけなかったような気がしてならない。 「……わかんねぇ」 考えていても仕方ない。ふと時計を見ると午後10時ちょうどだった。何か面白い番組、やっていたかな―― 『少し時間をあげる。明後日の午前0時、要の家の近くにある公園で待ってる。その時に答えを聞かせて』 「っ!?」 急に蘇る記憶。いや、これは修学旅行の時の記憶だ。鮎樫らいむに言われた言葉を思い出す。 そう、確かに彼女は言った。明後日、つまり今日の午前0時に公園に来いと。そしてそこで答えを聞かせて欲しいと。 「……本当に意味わかんねぇ」 行って何になるというのだろうか。あいつは鮎樫らいむじゃない。 それは亙さんのおかげで分かった。だったらわざわざ会う必要はないのではないか。 「……馬鹿馬鹿しい」 俺は布団を被り直した。行ってたまるか。 ただでさえ混乱しているのに、自分から面倒を増やす必要はない。それでも彼女の言葉は耳から離れなかった。 546 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/10/19(火) 20:24:45 ID:VKPE3Ad+ 午前0時。俺は公園のベンチに向かっていた。 「……寒っ」 結局鮎樫らいむの言葉が忘れず、のこのこと近所の公園まで来てしまっていた。 自分でも馬鹿だとは思うが仕方ない。何故か彼女の言葉を無視出来なかったのだ。 「こんばんは」 「……こんばんは」 鮎樫らいむは前回と同じようにベンチに座っていた。相変わらず真っ赤なワンピース一枚でこの寒空の中、何ともない様子で座っている。 「やっはりワンピースか。……ほら」 そんな鮎樫らいむに自分が着ていたジャケットを手渡す。ちょっと照れ臭いので目は合わせない。 「……ありがとう。座ったら?」 鮎樫は微笑みながらそれを受けとった。そして自分の隣を指差す。別に逆らう理由もないので彼女の隣に座った。 「綺麗な星空でしょ。確かあれは……オリオン座だっけ?」 「いや、あれはオリオン座じゃないだろ」 確かに見上げた空には星が輝いておりとても綺麗だった。 「あれ?二人でプラネタリウムに行った時に教えて貰ったんだけど……。じゃああれは北極星!?」 「……違うと思うぞ」 明らかに飛行機の赤く点滅ライトを北極星と言う鮎樫に思わずため息をつく。つーか俺達プラネタリウム行ったのかよ。 「うーん……。もう忘れちゃったな」 「まあ人間は忘れる生き物だからな。また思い出せば良いんじゃないか?」 俺の言葉に鮎樫は「そうだね」と呟いた。 深夜ということもあって辺りは静まり返り、このベンチだけが別世界へと切り離されたような感覚に陥る。 「……答え、聞かせて?」 「……ああ」 鮎樫が静寂を破った。 俺を真剣な眼差しで見つめる。俺は"答え"をゆっくりと口にする。 「……色々考えたけど、やっぱり知りたいんだ。一体俺が今まで何をしてきて、どんな奴だったのか」 「……うん」 俺も鮎樫の目を見つめて話をする。 「確かに思い出したくはないこともあるかもしれない。でも……それも全て含めて"俺"だから」 547 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/10/19(火) 20:25:50 ID:VKPE3Ad+ 鮎樫や潤、英や亮介、会長や遥、桃花や桜花や里奈、撫子、亙さんとライムさん。他にも色々な人達との出会いがあった。 そしてそれら全てが今の俺を形作っている。たった4ヶ月でこんなにも多くの人達との思い出がある。 だったら過去を忘れたままなんて出来ない。だってそれらも全て含めて俺、白川要という人間なのだから。 「…………そっか」 鮎樫はゆっくりと立ち上がり俺の目の前に来る。微笑む彼女は何処か寂しそうだった。 「分かった。要が決めたなら、それが一番だもんね。立って、要」 鮎樫に言われた通り立つ。すると彼女は俺の両手を握ってそのまま前に出した。まるで二人で円を作っているようだ。 「私の本当の名前を言って。それで貴方はきっと全てを思い出せる」 「……分かった」 何故名前を言えば記憶が蘇るのか。その理由は分からない。でも何となくそうなると思っている自分がいた。 結局俺は最初から彼女を、鮎樫らいむを信じたかっただけなのかもしれない。 「最後に一つだけ。……要、たとえ離れても私はずっと貴方を見ているからね」 「ああ……」 「……じゃあ……お願い」 鮎樫は目を閉じる。俺に全てを任せるようだ。ゆっくりと深呼吸をする。心臓が破裂するくらい鼓動しているのが分かる。覚悟を決めろ。 「お前の本当の名前は……」 「………」 「海有朔夜(ウミアリサクヤ)」 その瞬間、視界が歪んだ。今まで体験したことのない激しい頭痛が俺を襲う。 気が付けば手を離し地面に這いつくばっていた。耳鳴りがし、目が開けられなくなってきた。 「――――――――――!!」 あまりの痛みに叫ぶが何を言っているのか聞こえない。意識が朦朧としてくる。そんな中確かに俺は聞いた。鮎樫、いや海有朔夜の声を。 「さようなら、要」 「……んっ」 空には満天の星空が広がっていた。どうやら気絶していたらしい。 「…痛っ」 地面に倒れていたので起き上がる。頭の痛みはまだ引いていなかった。 「いねぇ……」 周囲を見回すが海有朔夜はおらず彼女に渡したジャケットがベンチに置いてあった。 「……とりあえず帰るか」 記憶が戻った実感もなければ昔のことを覚えているわけでもない。だからといっていつまでもここにいるわけにもいかないので家に帰ることにした。 これが平穏の終わり、そして惨劇の始まり。

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