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174 : 天使のような悪魔たち 第10話 ◆ UDPETPayJA 2010/11/12(金) 22:27:20 ID:ts6FS2cAO
さて、ついに俺と結意ちゃんは伏魔殿---もとい、飛鳥ちゃんの自宅前までやって来た。
インターホンを鳴らしてみる。が、反応はない。試しにドアノブを静かに捻ってみたが、鍵もしっかりかけられている。
まあ当たり前だが。 どうやら飛鳥ちゃんはまだ帰ってきていない。
「うーん…どうすっかねぇ、結意ちゃん」と、さりげなく視線をちら、っ横にやった。
「その木刀で、ドア壊してみる?」
「だめ。ドアが頑丈すぎて、木刀が耐えられないよ。」
「じゃあ、ガラス割って忍び込んでみる?」
「…いいかもね。でも、あまり音は立てたくない。」
なんとまあ、俺の予想とは打って変わって、結意ちゃんはこの期に及んで冷静だった。
てっきり飛鳥ちゃんの事で熱がいっぱいだと思っていた俺は、少し感心してしまっていた。
「大丈夫。私に任せて。」
「ん? あ、ああ」
言うや結意ちゃんは制服のポケットから針金を三本ほど取り出した。それを鍵穴に差し込み、かちゃかちゃといじくりだした。
結意ちゃんはピッキングができるのか? と疑問を投げ掛けようとした瞬間、がちゃ、という音がした。
「開いたよ。」
随分と早いもんだ。結意ちゃんは針金を鍵穴から抜き、ポケットにしまうとドアノブに手をかけ、静かに扉を開いた。
侵入成功、か。ここから先は、俺は結意ちゃんの援護に徹するとしよう。
「…………待て!」
背後から、聞き慣れた男の声がした。その声の主は、俺の親友であり、結意ちゃんの想い人でもある。飛鳥ちゃんだ。
175 : 天使のような悪魔たち 第10話 ◆ UDPETPayJA 2010/11/12(金) 22:29:14 ID:2YOmX9T2O
* * * * *
間一髪、俺たち三人は隼と結意が家に上がり込む前に辿り着けた。
走りまくって息も絶え絶えだが、とりあえず「待て!」と隼たちを牽制した。
「よう、飛鳥ちゃん。白馬の王子様はどっちの姫君に手を差し延べるのかな?」
「その前に、その木刀で何をするのかを教えてはくれないかな、結意?」
「何って…飛鳥くんを苦しめる悪い虫を退治するためだよ。」
「お前………そんな訳わからない理由で明日香を?」
「斎木くんが教えてくれたの。私に冷たくするのは、妹ちゃんに脅されてるからだ、って。
もうすぐ、飛鳥くんを自由にしてあげるからね?」
なんだと…隼が?
そう言えば、何故今、隼は結意の傍にいる?
昼休みに結意の弁当箱を隼は持ってきた。よく考えれば、結意が弁当箱を自分から他人に預けるとは思えない。
そして、さっきの台詞だ。
『白馬の王子様はどっちの姫君に手を差し延べるのかな?』
「っ…隼、てめえが黒幕か!」
「黒幕、とは人聞きが悪いねぇ。どちらかと言えば、黒幕はお姉サマだぜ。」
「姉ちゃん? 姉ちゃんが何の関係があるってんだ!?」
「まだ全てを思い出すには早いよ、飛鳥ちゃん。飛鳥ちゃんには結意ちゃんと同等の痛みを味合わせて、それから思い出させてやるよ。
自分が今までどれだけ残酷な事をしてきたのかを、な。
さあ、行きなよ結意ちゃん。ここは俺に任せな。」
隼はいよいよ俺達を塞ぐように家の前に立ち、両腕を開いてみせた。
その隙に結意は、ついに家の中へと上がり込んだ。
「待て、結意! 隼てめぇ、そこを退けよ!」俺は道を塞ぐ隼に苛立ちを覚え、拳を握り打ち出した。
だが隼は俺の拳を受け流したかと思うと、そのまま腕を引き、足払いを決めてきた。
「ぐぁっ!」
「やめときなよ飛鳥ちゃん。喧嘩じゃ俺は負けないぜ? 俺は飛鳥ちゃんの何倍もの修羅場を潜り抜けてきてるんだからな。
安心しな、結意ちゃんが怒るからあまり痛くはしないさ。」
我ながら随分とあっさり倒されたもんだ。だが確かに隼は、追撃をして来なかった。
俺は咄嗟に跳ね起き、隼から距離を置いた。
---隙がない。一見飄々として見えるのはいつもの事だが、その実あらゆる攻撃にも対処できる。そんな構えだ。
「神坂。」佐橋が俺の耳元に顔を近づけ、喋りかけてきた。
「あいつは只者じゃない。よくわからんが危険だ。」
「なんでそう思う?」
「…未来が読めないからだ。あいつの近くに来てから、一切の未来が読めない。お前の死も、な。
それによく考えろ。俺がついさっき見た未来は、あの結意とかいう女の死だ。つまり、返り討ちに遭う可能性が高い。」
「結意ちゃんに限ってそれはないよ。」
隼は、佐橋の話を聞き逃さなかったようだ。
176 : 天使のような悪魔たち 第10話 ◆ UDPETPayJA 2010/11/12(金) 22:31:09 ID:CkzHf342O
「亜朱架さんは今、力を使えないはずだからね。」
「…姉ちゃん? 力って、何の話だ?」
「…仕方ないねぇ。綺麗さっぱり忘れてるんだから、これくらい教えてやるよ。」
隼は両腕をさらに大袈裟に開き、まるで演説をするかのように語り出した。
「亜朱架さんの持つ力、それは…"存在を無に還元する"力さ。
念じるだけで物質を消去することができ、記憶を消すこともできる。
思い出してみるといいさ、飛鳥ちゃん。記憶の中に、抜け落ちた部分があるはずだからな!」
「存在…記憶……?」
隼の言葉に促され、俺は一瞬、最近の記憶を振り返ってみた。
今日の事は全て覚えている。朝から結意に追い回され、図書室に逃げ込み、佐橋と出会った。
昨日…突然姉ちゃんが帰ってきて…その前に明日香が何故か結意の家にいて…ん?
一昨日…俺は学校が終わったあと………どこにいた?
三日前…この日も朝から結意に付きまとわれ、それから…何があった?
よく考えたら、思い出せないことだらけじゃないか。いくら人間が昨夜の晩飯の内容を忘れることがある生き物だからって、
こんなにも記憶に穴があるなんて、いくらなんでもおかしい。
隼の言っている事は本当なのか…?
「おい神坂! ぐだぐだ考えてる場合かよ!」突然、瀬野が大声で叫んだ。
「このままじゃ結意ちゃんが人殺しになっちまうだろ!
それに、よくわからんが佐橋の言う通りなら、結意ちゃんが…!
おい、シュンとか言ったな! テメェは結意ちゃんが人殺しになってもいいってのかよ!」
「…人殺し、ねぇ。大切な人の為なら、人殺しにだってなれる。それこそが人間ってもんだろう?」
「知るかよんな事!」
瀬野は木刀を振りかぶり、隼の元へと突進していった。
…だめだ。隼なら簡単にかわせる。
177 : 天使のような悪魔たち 第10話 ◆ UDPETPayJA 2010/11/12(金) 22:32:10 ID:CkzHf342O
「…神坂。」と佐橋が呼んだ。
「隙を作る。その間にお前だけでも行け。」
言い終わると佐橋も瀬野に続いて走り出した。
「うおぉぉぉぉぉ!」瀬野が木刀を横一閃に振り抜く。だが隼はそれを左手でいとも簡単に掴みやがった。
「遅いよ。」隼は木刀を逆に引っ張り、瀬野の体を引き寄せ、膝蹴りを腹に打ち込んだ。
「ぐ…はっ…」瀬野は嗚咽を漏らし、ふらついた。
瀬野がよろけたところに、今度は佐橋が握り拳を間髪入れずに打ち込んだ。
さすがに隼も二段構えの攻撃には驚いたようだ。だが隼は即座に片足を半歩引き、拳撃をやり過ごそうとした。
だが佐橋はパンチはしなかった。握り拳を下に振り下げたかと思うと右足で軽く跳ね、体を半回転させて左足で踵落としを仕掛けた。
半歩下がった程度ではかわしきれない。チャンスだ。
隼は両手を頭上でクロスして、踵落としを受け止めた。
「ちっ…あんたも、飛鳥ちゃん程度には強いみたいだねぇ」
「油断大敵って言葉、知ってるか?」
言うと佐橋は今度は残った右足を無理矢理跳ね上げ、空中でブロックされた左足で踏ん張り、蹴り上げに移行した。
…なんつー動きだ。
蹴り上げはようやく隼にダメージを与えるに至った。佐橋のつま先は、隼の顎をついに捉えたのだ。
「がっ…!」
隼は口元を押さえて顔をしかめた。その一瞬のうちに俺は全力ダッシュで隼の横をすり抜けた。
「あっ…待て、飛鳥ちゃん!」
慌てて隼は俺を追おうとするが、足は俺の方がわずかに速い。
「待っ…!? ぐあぁぁぁぁぁ!」
---突然、隼が大声で苦しそうに呻いた。
あまりに苦しそうな声に、俺は無意識に振り返ってしまった。
「…馬鹿な。俺の力で抑えられない…? ゆ、結意ちゃん…!」
言っている意味はさっぱり理解できん。だが、あれは間違いなく演技ではない。
「神坂! 早く行け! あとは任せろ!」瀬野が大声で俺を促す。
確かに瀬野の言う通りだ。隼のことは二人に任せよう。
俺は三人を尻目に、ようやく自宅へと入ることができた。
178 : 天使のような悪魔たち 第10話 ◆ UDPETPayJA 2010/11/12(金) 22:34:57 ID:LAKqI2RQO
* * * * *
「さて、詳しい事を説明してもらうぞ。」
外に残された三人。俺は神坂に代わり、隼という男にそう尋ねた。
だが、わざわざ聞かなくても想像はついた。
隼の話が真実ならば、神坂の姉は異能力者(それも、俺とはベクトルがまるで異なる)であり、
神坂はその姉によって都合のいいように記憶を消された?
そしてこの男は、不自然なくらいに詳しい。結意という女を、そんな能力を持った相手の元へ平気で向かわせるということは、
何らかの対策がある、という事になる。
異能力に対抗するには、異能力しかないだろう。つまり隼は…
「お前、神坂の姉の力を相殺できるんだろ?」
「…さすが、うちの高校で一番頭が良いだけはあるねぇ…くっ…」
「だが今のお前には負荷がかかっている。神坂の姉の力が強まってるのでは?」
「それは違うね…亜朱架さんは、ぁくっ…良くも悪くも、成長しない…たぶん…いもう、と、だ…」
「…なんだと!」
最悪だ。神坂の妹までもが同等の力を持っているとしたら、隼一人では力を相殺できないのでは!?
「おい瀬野!手伝え!」
「なんだ佐橋!」
「隼の肩を持て。…中に入る」
「いいのかよ!こいつは…」
「もう俺達の邪魔をする理由はこいつにはない!それより、こいつの力が必要なんだ!」
しかし、連れてったところでどうする?
止められないかもしれない。…だが、やらないよりはマシだろう。
「…佐橋歩、なんで君はそんなに必死なんだ? 君からしたら、他人事なのに。」この期に及んでまだ減らず口を叩く隼。
それに対し、俺はこう言ってやった。
「未来を…変えるためだ!」
179 : ◆ UDPETPayJA 2010/11/12(金) 22:36:51 ID:cg9MoF7+O
第10話はここまでです。
8レス規制がなければ、続けて投下させていただきます。
180 : 天使のような悪魔たち 第11話 ◆ UDPETPayJA 2010/11/12(金) 22:42:40 ID:H0fw2t4IO
結意は土足で上がり込んだようで、靴がない。まず一階からざっと目を通してみたが、姿はなかった。
すると二階か。だが、物音がまったくしない。結意が木刀を以て暴れれば、少しは物音がしてもおかしくはないのに。
…嫌な予感がする。俺は駆け足で階段を登り、二階の、明日香の部屋の扉をやや乱暴に開いた。
「なっ……結意!?」
結意はいた。ただし、木刀は手に持ってはおらず、気を失っているのか、目を見開いたまま床に倒れていた。
「おかえり、兄貴。」
「遅かったわね、飛鳥。」明日香と姉ちゃんも、部屋にいた。
「斎木くんが絡んできたせいで私の力は使えなくなっちゃったけど、
まさか明日香も力を使えるようになった、とは思ってなかったみたいね。」
「姉ちゃんまで訳わかんないことを……それより、"コレ"はどういう状況だ!?」
「ああ…心配しなくてもいいわよ。知覚神経が混乱して、意識を失っているだけだから。
まあ目が覚めても、何も聞こえず、何も見えないただのお人形さんになってるけどね。」
それはつまり、結意から光と音を奪ったのか。
そんな事が、本当に可能なのか?
「ところで飛鳥…やたらその女の事を気にかけるわね。記憶は消したはずなのに…心は消せない、って事かしらね」
「…やっぱり、俺の記憶を…!?」
「大丈夫だよ兄貴。全部終わったら、きれいに忘れさせてあげる。だから、"少しじっとしてて"ね?」
…なんだ、一瞬視界が黒く歪んだ気がする。
そう思った時には俺の体に力が入らなくなり、床に崩れ落ちた。
立ち上がろうにも手足に力が入らない。それどころか、"手足がある"という感覚すら感じない。
「な、んだよこれ…俺に何をしたッ!!」
181 : 天使のような悪魔たち 第11話 ◆ UDPETPayJA 2010/11/12(金) 22:43:57 ID:zV03YPhMO
これが姉ちゃんの…いや、"明日香の"力なのか。
明日香はしかし俺の質問には答えなかった。
代わりにと言わんばかりに、どこからか刃物を取り出した。…始めから、手に持っていたのか?
「じゃあね。私のお兄ちゃんを汚した罪は、償ってもらうよ?」
明日香は動かない結意の体に跨がり、刃物を高く掲げ……
「やめろ!明日香ぁぁぁぁぁ!」
一気に…振り下ろした。
「っ…うあぁぁぁぁぁぁ!」
激痛に襲われた結意は目を醒ましたようだった。だが様子がおかしい。
虚空を見つめ、もがく手は必死に空を掻く。すぐ隣に俺がいるというのに。
「飛鳥くん!嫌ぁ!嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
結意の叫び声は耳を裂かんばかりだ。
「ふふっ…発狂したかな? 目が醒めると同時に、お兄ちゃんに拒絶された瞬間の記憶が蘇るようにしたからね。」
明日香はまるで楽しそうに、嬉々としてそう言った。
「大丈夫だよ。ちょっと狙い外れたけど…ゆっくり、苦しみながら死んでね?」
結意は虚ろな瞳から涙をこぼし、次第に呂律が回らなくなり、息苦しそうにしながらも、俺の名前を呼んでいる。
「あ…すか…くん…ぃゃ…ぃかなぃでぇ……」
体を刺された痛みよりも、俺に拒絶された痛みの方が大きいというのか。
「神坂ッ!」佐橋の声がした。俺は唯一動く顔だけで、振り向いた。
どうやら隼を連れて、二階まで上がってきたようだ。
「あら、随分と無様な姿ね、斎木くん?」
「…お蔭さまでね、お姉サマ。」
「滑稽ね。貴方は私の力を上手く抑えこんだと思ったみたいだけど、その逆。
私が貴方の力を抑えていたんだからね?
今だって過負荷で、他人の肩を借りなきゃろくに動けないんでしょう?」
「…今回ばかりは、否定できませんね。でも、妹ちゃんも、もう限界みたいですよ?」
182 : 天使のような悪魔たち 第11話 ◆ UDPETPayJA 2010/11/12(金) 22:45:44 ID:H0fw2t4IO
限界? 隼の放った一言に、俺は明日香をもう一度見やった。
…鼻血を流している。結意の返り血ではない。明日香自身の血液だと見てわかった。
それに、顔色がすこぶる悪い。
「あはははは!無様だねぇ!泥棒猫には相応しい姿よね!きゃはははは…ごほっ」
明日香は微かに咳込んだ。
その時、わずかに血液が吹きこぼれたのを、俺は見逃さなかった。
「………わかってるわ。だから今夜だけでも、明日香を幸せにしてあげたかった。
今の明日香が力を使う事は命取りになるとわかってても、私は…
あんたたちの邪魔さえなければ、明日香はもっと長く生きられたのに…!」
姉ちゃんの声は今までにないくらい重く、哀しそうだった。
「さあお兄ちゃん、泥棒猫に見せ付けてあげようね。私達が愛し合う姿を。」
明日香は結意の頭に手をかざすと、手の平から白い光を放った。
「私達が愛し合う姿を見て、絶望しながら死んでね。」
「あ…飛鳥、くん? ここに、いたんだぁ…」
結意の瞳に光が戻ったようだ。
それを狙ったかのように明日香は俺の顔をぐい、と自身の方へ正対させた。
「お兄ちゃん…大好きだよ。」
明日香は結意に見せ付けるように、血の味のする口づけを俺にした。
「あ………はは、あはははははは…あははははははは…あはははははははははは!がふっ…あはははは、あはははははは!」
結意は笑った。壊れたスピーカーのように、無機質な笑い声を上げ、黒く淀んだ瞳からは一層大粒の涙を流し、
口からは時折間欠泉のように血を吹き出しながら。
「ありがとう………飛鳥。」
突然、明日香の体がびくん、と跳ねたと思うと、どさり、と力無く俺の上に倒れ込んだ。
「あ…明日香?」名前を呼ぶが、返事はない。
それ以降はまるで動かない。呼吸音も聞こえない。まるで糸の切れた人形のように。
静かだった。その瞬間、結意以外の全員が言葉を失い、沈黙が訪れた。
183 : 天使のような悪魔たち 第11話 ◆ UDPETPayJA 2010/11/12(金) 22:48:03 ID:zV03YPhMO
「瀬野、救急車を呼べ。」
「あ、ああ!」
瀬野は佐橋に促され、携帯を取り出した。
佐橋は口元を押さえ、壁にもたれる。顔色がひどく悪いのが見てわかった。
「…まさか、こんな結末になるなんて、ね」
隼は既に佐橋の肩から降り、自分の足だけで立っていた。
「過負荷は妹ちゃんにもかかっていたんだよ。
もともと体の造りが脆弱なクローン体。寿命だって近づいていたのにこんなにも負荷がかかったら、
それこそ一日と保たないさ。」
隼は気障ったらしく両手を掲げ、何かを念じた。
瞬間、視界が白に染まる。俺の体に力が戻った感覚を覚えた。
同時に、記憶が洪水のように押し寄せる。
(まっててね飛鳥くん!今日は飛鳥くんの大好きな焼き魚にするから!)
(だからぁ、飛鳥くん以外のとこにお嫁になんか行かないからね! )
(飛鳥くん………大好きだよ!)
それは、今まで失っていた記憶のかけら。俺は確かに、結意と愛し合っていたんだ。
「俺の持つ力…それは歪められた因果律を修正する能力さ。
亜朱架さんの力とは、まるで正反対のね。
ただし…失われた命までは元に戻せない。それをわかってて、何故妹ちゃんを?」
「…もう限界だったからよ。」
姉ちゃんは淡々と、語り出した。
「明日香の体は既にぼろぼろだった。まさか四年の間に劣化がこんなにも進んでいたなんて。
だから私は急いだ。明日香の願いを叶える為にね。
だけどこれ以上は苦しむだけしかなかった。だから、明日香が一番幸せを感じた瞬間に………
苦しまないように…脳を破壊したの…」
何だと。それじゃあ明日香は………
明日香は、死んだのか…?
「明日香、返事しろよ。」
俺は明日香の肩を掴み、前後に揺さぶる。だけど力なく体は弛緩していて、首ががくがくと動くだけだった。
…明日香は、本当に死んでしまったんだ。
俺は明日香の体を揺さぶるのをやめ、静かに寝かせた。
「ごめんな、明日香。本当に…ごめん」
それは、最期まで明日香の気持ちに応えられなかったからか。
明日香を、死なせてしまったからだろうか。
それとも、明日香が死んだ今も、結意を死なせたくない、と心の片隅で思っているからだろうか。
たぶん…全部だろう。
184 : 天使のような悪魔たち 第11話 ◆ UDPETPayJA 2010/11/12(金) 22:49:16 ID:H0fw2t4IO
「結意。」
俺はいよいよ衰弱してきて、声も出せなくなった結意の体を抱き起こした。
「今までごめん。俺、やっと思い出したよ。」
「…………………」
何かを言いたそうに結意は口を動かしたが、声は発せられてない。
だけど口の動きを見れば、なんとなく何を言ったのかわかった。
「ああ、俺もだよ。だから…」
だから、死ぬな。
185 : 天使のような悪魔たち 第11話 ◆ UDPETPayJA 2010/11/12(金) 22:50:12 ID:CkzHf342O
* * * * *
瀬野の通報により、救急車はわりとすぐやってきた。
だが、救急隊員が来た時点で結意は意識を失っていた。
顔色もどんどん青ざめ、一目見ただけで危険な状態だとわかる。
しかしそんな状態でも、結意は決して俺の手を掴んで離さなかった。
やむなく俺は、救急隊員と一緒に結意を救急車へと運び込み、そのまま最寄りの病院まで同行した。
付き添いとして、佐橋が同行してきた。多分、この未来の結末を見届けたいが為だろう。
まあ、佐橋がいてくれたお陰で、俺は無傷。結意もまだ、かろうじて命を繋いでいるのだから、知る権利はある。
…明日香だけは、救えなかったが。それは互いにあえて口には出さなかった。
残った三人はどうなったかというと…
姉ちゃんは、明日香の遺体を抱えて一足先にどこかへ去っていった。
「終わったら会いに来る」と言い残して。
恐らくは明日香を弔いに行ったのだろう。
姉ちゃんはさらにこう言い残した。
「最期の瞬間、確かに明日香は幸せだったわ。"私自身"の事は、私が一番わかる。
だから、どうか気に病まないで。」
隼の話によると、明日香は姉ちゃんに万一の事があった時の為に造られたクローンだったらしい。
だからこそ二人は6つも離れてるのにあんなにも似ていたのだろう。
当然、現代の技術では不完全で、細胞の劣化が引き起こされ…あと三か月保つかどうかだったと聞かされた。
その隼も、瀬野と一緒に後から病院に来るだろう。
搬送されてすぐ行われた結意の手術は、二時間半にも及んだが、無事成功した。
ただ意識が戻るにはまだ半日以上かかるという。
俺は結意が目を覚ますのを、隣で待つことにした。
「飛鳥ちゃん…これ、食うだろ?」
隼は鞄から弁当箱を出してみせた。それは俺が拒否した、結意の作ったものだった。
「ああ、食うよ。…結意は料理が上手なんだぜ、隼。」
「へぇ…意外だね。」と言い残し、隼は病室を出ていった。
恐らくは気を遣ってくれたのだろう。
「さて、腹が減ったし…食うか。」
包みを解いて膝の上に弁当を置き、蓋を開けた。中身はアスパラベーコンに、綺麗に巻かれた卵焼き等、どれもうまそうな出来映えだ。
…米の上に海苔でハートマークが貼られているのは、もはや気にしない。
箸で一口、また一口と食べ進んでいった。
「うまいよ、結意。こんなことなら、もっと早く食っとけばよかったなぁ………」
全部食べ終わる頃には、視界は涙でぼやけていた。
隼のやつ…こうなる事をわかってたんだろうな。
「元気になったら………また作ってくれよな。
お前の料理だったら、朝飯とかぶっても大丈夫だから。」
俺は未だ眠り続ける結意に、そう言った。
174 : 天使のような悪魔たち 第10話 ◆ UDPETPayJA 2010/11/12(金) 22:27:20 ID:ts6FS2cAO
さて、ついに俺と結意ちゃんは伏魔殿---もとい、飛鳥ちゃんの自宅前までやって来た。
インターホンを鳴らしてみる。が、反応はない。試しにドアノブを静かに捻ってみたが、鍵もしっかりかけられている。
まあ当たり前だが。 どうやら飛鳥ちゃんはまだ帰ってきていない。
「うーん…どうすっかねぇ、結意ちゃん」と、さりげなく視線をちら、っ横にやった。
「その木刀で、ドア壊してみる?」
「だめ。ドアが頑丈すぎて、木刀が耐えられないよ。」
「じゃあ、ガラス割って忍び込んでみる?」
「…いいかもね。でも、あまり音は立てたくない。」
なんとまあ、俺の予想とは打って変わって、結意ちゃんはこの期に及んで冷静だった。
てっきり飛鳥ちゃんの事で熱がいっぱいだと思っていた俺は、少し感心してしまっていた。
「大丈夫。私に任せて。」
「ん? あ、ああ」
言うや結意ちゃんは制服のポケットから針金を三本ほど取り出した。それを鍵穴に差し込み、かちゃかちゃといじくりだした。
結意ちゃんはピッキングができるのか? と疑問を投げ掛けようとした瞬間、がちゃ、という音がした。
「開いたよ。」
随分と早いもんだ。結意ちゃんは針金を鍵穴から抜き、ポケットにしまうとドアノブに手をかけ、静かに扉を開いた。
侵入成功、か。ここから先は、俺は結意ちゃんの援護に徹するとしよう。
「…………待て!」
背後から、聞き慣れた男の声がした。その声の主は、俺の親友であり、結意ちゃんの想い人でもある。飛鳥ちゃんだ。
175 : 天使のような悪魔たち 第10話 ◆ UDPETPayJA 2010/11/12(金) 22:29:14 ID:2YOmX9T2O
* * * * *
間一髪、俺たち三人は隼と結意が家に上がり込む前に辿り着けた。
走りまくって息も絶え絶えだが、とりあえず「待て!」と隼たちを牽制した。
「よう、飛鳥ちゃん。白馬の王子様はどっちの姫君に手を差し延べるのかな?」
「その前に、その木刀で何をするのかを教えてはくれないかな、結意?」
「何って…飛鳥くんを苦しめる悪い虫を退治するためだよ。」
「お前………そんな訳わからない理由で明日香を?」
「斎木くんが教えてくれたの。私に冷たくするのは、妹ちゃんに脅されてるからだ、って。
もうすぐ、飛鳥くんを自由にしてあげるからね?」
なんだと…隼が?
そう言えば、何故今、隼は結意の傍にいる?
昼休みに結意の弁当箱を隼は持ってきた。よく考えれば、結意が弁当箱を自分から他人に預けるとは思えない。
そして、さっきの台詞だ。
『白馬の王子様はどっちの姫君に手を差し延べるのかな?』
「っ…隼、てめえが黒幕か!」
「黒幕、とは人聞きが悪いねぇ。どちらかと言えば、黒幕はお姉サマだぜ。」
「姉ちゃん? 姉ちゃんが何の関係があるってんだ!?」
「まだ全てを思い出すには早いよ、飛鳥ちゃん。飛鳥ちゃんには結意ちゃんと同等の痛みを味合わせて、それから思い出させてやるよ。
自分が今までどれだけ残酷な事をしてきたのかを、な。
さあ、行きなよ結意ちゃん。ここは俺に任せな。」
隼はいよいよ俺達を塞ぐように家の前に立ち、両腕を開いてみせた。
その隙に結意は、ついに家の中へと上がり込んだ。
「待て、結意! 隼てめぇ、そこを退けよ!」俺は道を塞ぐ隼に苛立ちを覚え、拳を握り打ち出した。
だが隼は俺の拳を受け流したかと思うと、そのまま腕を引き、足払いを決めてきた。
「ぐぁっ!」
「やめときなよ飛鳥ちゃん。喧嘩じゃ俺は負けないぜ? 俺は飛鳥ちゃんの何倍もの修羅場を潜り抜けてきてるんだからな。
安心しな、結意ちゃんが怒るからあまり痛くはしないさ。」
我ながら随分とあっさり倒されたもんだ。だが確かに隼は、追撃をして来なかった。
俺は咄嗟に跳ね起き、隼から距離を置いた。
---隙がない。一見飄々として見えるのはいつもの事だが、その実あらゆる攻撃にも対処できる。そんな構えだ。
「神坂。」佐橋が俺の耳元に顔を近づけ、喋りかけてきた。
「あいつは只者じゃない。よくわからんが危険だ。」
「なんでそう思う?」
「…未来が読めないからだ。あいつの近くに来てから、一切の未来が読めない。お前の死も、な。
それによく考えろ。俺がついさっき見た未来は、あの結意とかいう女の死だ。つまり、返り討ちに遭う可能性が高い。」
「結意ちゃんに限ってそれはないよ。」
隼は、佐橋の話を聞き逃さなかったようだ。
176 : 天使のような悪魔たち 第10話 ◆ UDPETPayJA 2010/11/12(金) 22:31:09 ID:CkzHf342O
「亜朱架さんは今、力を使えないはずだからね。」
「…姉ちゃん? 力って、何の話だ?」
「…仕方ないねぇ。綺麗さっぱり忘れてるんだから、これくらい教えてやるよ。」
隼は両腕をさらに大袈裟に開き、まるで演説をするかのように語り出した。
「亜朱架さんの持つ力、それは…"存在を無に還元する"力さ。
念じるだけで物質を消去することができ、記憶を消すこともできる。
思い出してみるといいさ、飛鳥ちゃん。記憶の中に、抜け落ちた部分があるはずだからな!」
「存在…記憶……?」
隼の言葉に促され、俺は一瞬、最近の記憶を振り返ってみた。
今日の事は全て覚えている。朝から結意に追い回され、図書室に逃げ込み、佐橋と出会った。
昨日…突然姉ちゃんが帰ってきて…その前に明日香が何故か結意の家にいて…ん?
一昨日…俺は学校が終わったあと………どこにいた?
三日前…この日も朝から結意に付きまとわれ、それから…何があった?
よく考えたら、思い出せないことだらけじゃないか。いくら人間が昨夜の晩飯の内容を忘れることがある生き物だからって、
こんなにも記憶に穴があるなんて、いくらなんでもおかしい。
隼の言っている事は本当なのか…?
「おい神坂! ぐだぐだ考えてる場合かよ!」突然、瀬野が大声で叫んだ。
「このままじゃ結意ちゃんが人殺しになっちまうだろ!
それに、よくわからんが佐橋の言う通りなら、結意ちゃんが…!
おい、シュンとか言ったな! テメェは結意ちゃんが人殺しになってもいいってのかよ!」
「…人殺し、ねぇ。大切な人の為なら、人殺しにだってなれる。それこそが人間ってもんだろう?」
「知るかよんな事!」
瀬野は木刀を振りかぶり、隼の元へと突進していった。
…だめだ。隼なら簡単にかわせる。
177 : 天使のような悪魔たち 第10話 ◆ UDPETPayJA 2010/11/12(金) 22:32:10 ID:CkzHf342O
「…神坂。」と佐橋が呼んだ。
「隙を作る。その間にお前だけでも行け。」
言い終わると佐橋も瀬野に続いて走り出した。
「うおぉぉぉぉぉ!」瀬野が木刀を横一閃に振り抜く。だが隼はそれを左手でいとも簡単に掴みやがった。
「遅いよ。」隼は木刀を逆に引っ張り、瀬野の体を引き寄せ、膝蹴りを腹に打ち込んだ。
「ぐ…はっ…」瀬野は嗚咽を漏らし、ふらついた。
瀬野がよろけたところに、今度は佐橋が握り拳を間髪入れずに打ち込んだ。
さすがに隼も二段構えの攻撃には驚いたようだ。だが隼は即座に片足を半歩引き、拳撃をやり過ごそうとした。
だが佐橋はパンチはしなかった。握り拳を下に振り下げたかと思うと右足で軽く跳ね、体を半回転させて左足で踵落としを仕掛けた。
半歩下がった程度ではかわしきれない。チャンスだ。
隼は両手を頭上でクロスして、踵落としを受け止めた。
「ちっ…あんたも、飛鳥ちゃん程度には強いみたいだねぇ」
「油断大敵って言葉、知ってるか?」
言うと佐橋は今度は残った右足を無理矢理跳ね上げ、空中でブロックされた左足で踏ん張り、蹴り上げに移行した。
…なんつー動きだ。
蹴り上げはようやく隼にダメージを与えるに至った。佐橋のつま先は、隼の顎をついに捉えたのだ。
「がっ…!」
隼は口元を押さえて顔をしかめた。その一瞬のうちに俺は全力ダッシュで隼の横をすり抜けた。
「あっ…待て、飛鳥ちゃん!」
慌てて隼は俺を追おうとするが、足は俺の方がわずかに速い。
「待っ…!? ぐあぁぁぁぁぁ!」
---突然、隼が大声で苦しそうに呻いた。
あまりに苦しそうな声に、俺は無意識に振り返ってしまった。
「…馬鹿な。俺の力で抑えられない…? ゆ、結意ちゃん…!」
言っている意味はさっぱり理解できん。だが、あれは間違いなく演技ではない。
「神坂! 早く行け! あとは任せろ!」瀬野が大声で俺を促す。
確かに瀬野の言う通りだ。隼のことは二人に任せよう。
俺は三人を尻目に、ようやく自宅へと入ることができた。
178 : 天使のような悪魔たち 第10話 ◆ UDPETPayJA 2010/11/12(金) 22:34:57 ID:LAKqI2RQO
* * * * *
「さて、詳しい事を説明してもらうぞ。」
外に残された三人。俺は神坂に代わり、隼という男にそう尋ねた。
だが、わざわざ聞かなくても想像はついた。
隼の話が真実ならば、神坂の姉は異能力者(それも、俺とはベクトルがまるで異なる)であり、
神坂はその姉によって都合のいいように記憶を消された?
そしてこの男は、不自然なくらいに詳しい。結意という女を、そんな能力を持った相手の元へ平気で向かわせるということは、
何らかの対策がある、という事になる。
異能力に対抗するには、異能力しかないだろう。つまり隼は…
「お前、神坂の姉の力を相殺できるんだろ?」
「…さすが、うちの高校で一番頭が良いだけはあるねぇ…くっ…」
「だが今のお前には負荷がかかっている。神坂の姉の力が強まってるのでは?」
「それは違うね…亜朱架さんは、ぁくっ…良くも悪くも、成長しない…たぶん…いもう、と、だ…」
「…なんだと!」
最悪だ。神坂の妹までもが同等の力を持っているとしたら、隼一人では力を相殺できないのでは!?
「おい瀬野!手伝え!」
「なんだ佐橋!」
「隼の肩を持て。…中に入る」
「いいのかよ!こいつは…」
「もう俺達の邪魔をする理由はこいつにはない!それより、こいつの力が必要なんだ!」
しかし、連れてったところでどうする?
止められないかもしれない。…だが、やらないよりはマシだろう。
「…佐橋歩、なんで君はそんなに必死なんだ? 君からしたら、他人事なのに。」この期に及んでまだ減らず口を叩く隼。
それに対し、俺はこう言ってやった。
「未来を…変えるためだ!」