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417 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/11/22(月) 19:23:23 ID:o6vSvWyT
「誰かが経由してる……?」
「そうだよ。そう考えれば全てつじつまが合うの」
潤は相変わらず冷たい笑みを浮かべていた。それは誰かさんへの死刑宣告にも見える。
「つじつまって…一体どういうことなんだよ」
「私の携帯にはピリオド一つで登録してある。多分他の人もそう。でも兄さんの携帯にはピリオド二つで入っている」
「だからそれが何なんだよ」
ついイライラしてしまう。ただムカつくからじゃない。
……怖いのだ。潤の言わんとしていることが、その意図が何となく分かってしまうから。
「兄さん、最近アドレス変えた?」
「……変えてない」
「だったら簡単だよ。誰かが兄さんの気が付かない内にアドレスを変えて、誰かさんは兄さんの元のアドレスに変える」
潤は淡々と話す。あまりの急展開に頭がついていかない。そんな俺を尻目に潤は説明を続ける。
「つまりね、誰かが兄さんのアドレスを奪って代わりに私たちとメールしてた、ってことなの」
呆然とする俺に「簡単でしょ」と付け加えて潤は説明を終えた。
つまりどういうことなんだ。俺のこのアドレスは勘違いとかじゃなくて、誰かの偽装工作の結果ってことなのか。
「……待てよ。今の話だと皆のメールはその"誰かさん"経由で来るんだよな」
「そうだよ」
「確かに俺のアドレスを使えばそれは可能かもしれない。でも逆はどうだ?」
「……逆?」
そう、まだ矛盾は残っている。受信に関してはアドレス一つで十分だが送信に関してはそうもいかないはずだ。
「例えばこれは潤のアドレスだよな」
「……確かにそれは私のアドレスだよ」
「でも俺がこの携帯でメールしたら、確かにお前に届くよな」
「ああ、そういうこと。送信も同じだよ。誰かが兄さんのメールを経由して私達に――」
「でも俺は潤のアドレスに送ったんだぞ?そっちは弄られてないんだろ」
そう、送信に関しては俺は相手のアドレスに送っている。この"罠"があるならピリオド二つのアドレスで潤に送られているはず――
「ふふっ、まだ気が付かないの、兄さん?」
「……気が付かない?」
「今の兄さんの携帯はね、恐らく何処に送っても一カ所に送られるように設定されてるの。そしてそれを"誰かさん"が経由して私達に送信する」
「この携帯が……」
そんなこと有り得るのだろうか。だってこれは確かに俺の携帯じゃないのかよ。
「その携帯は偽物だよ。だって――」
潤はそこで言うのを躊躇う。
実は要の携帯の電池パックの裏に潤が印を付けていて、それがその携帯にはない。だから兄が持っている携帯は偽物だ、とは言えない。
ただ潤は分かっている。こんな手の込んだ方法で兄と周りを隔離して兄を虜にしようとするのが、一体誰なのかを。
この情報操作能力と独りになったところを付け入ろうとする性質。間違いなくずっと共にいたあいつの仕業である、と。
418 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/11/22(月) 19:24:07 ID:o6vSvWyT
「兄さん、最近誰かに携帯を貸したり取られたりした?……一瞬でも、だよ」
「いや、そんなことねぇけど……」
「……そう、とにかく気をつけてね。特に受信メールは"誰かさん"に弄られている可能性が高いから」
「あ、ああ……」
そういうと潤は部屋を出て行った。途端に部屋が静まり返る。
ふと机を見ると開いたままの数学の参考書が目に留まった。そういえば俺、勉強していたんだっけ。それで遥のことを思い出して――
「……遥?」
さっき潤が言っていた。最近携帯を貸したり取られたりしていないか、と。
「……でもあれは一瞬だしな」
そうだ。確か英の屋敷に逃げ出したあの日、俺が床に投げつけた携帯を取ってくれたのは遥じゃなかったか。思い切り投げたのに意外と丈夫だったような――
『その携帯は偽物だよ』
「まさか……」
携帯を見つめる。当たり前だが何の変化もない。ただ今の俺にはこの携帯が妙に恐ろしく思えた。遥が……細工をした……?
「……何でそうなるんだよ。馬鹿馬鹿しい」
そう言いながらも震えている自分がいた。潤も俺も考えすぎているだけなんだ。そうに決まっている。
あんなに笑顔を見せてくれる遥が何で俺にそんなことする必要があるんだよ。
「……もう寝よう」
ベッドの中で何度も否定しようとしても結局疑惑は消えなかった。
潤は自室に戻ると携帯を開いた。そしてメールを送る。勿論相手は――
「次は遥の番、だからね」
自分が言っても効果は薄い。それに兄さんのことだ、絶対に信じないだろう。
大事なのは兄さん自身がこの策に気付いて、春日井遥の本性に絶望することだ。
「待っててね、兄さん。もう少しだから」
全て上手くいっている。予定通りだ。途中で"大和撫子"と"里奈"というイレギュラーも現れたが大した問題ではない。
「……里奈、か」
里奈のことを思うと少し胸が痛む。兄以外を信じて来なかった潤からしてみれば、これは驚くべきことであった。
「……でも進まないと」
けれども潤は決意する。なぜなら一番最初に彼女が好きになったのだから。
二人きりの時、兄だけが彼女の支えだった。潤の思考の中に彼女以外が要の隣に立っていることは有り得ないのだ。
「…………」
しばらく目を閉じた後、潤はゆっくりと送信ボタンを押した。
419 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/11/22(月) 19:26:34 ID:o6vSvWyT
「はぁはぁ……。何で冬になると体育はマラソンになるんだろうね」
「くそぉ……もっとこう、燃えるような何か激しいスポーツがしたいぜ!」
翌日。
俺達2年4組は体育の授業の為、校庭に来ていた。先程の英と亮介の会話からも分かるようにマラソンの最中である。
空は鉛色に染まり気温もとても低く長ジャージを着ていても肌寒い。
「亮介は無駄に暑苦しいけどな。つーか何で短パン何だよ、死にたい系男子か」
俺と英の少し前を走る亮介は何故か短パンだった。周りを見回しても皆、上下長ジャージで身を守っているというのに、だ。
「本当にもやし君だな要は!寒い時だからこそ短パンになって耐える、これが漢(オトコ)ってもんよ!」
「亮介は元気だよね。要も見習ったら?」
「無茶言うな!凍死する……あ」
少し遠くの方で準備運動をしている集団の中に潤と遥を見つける。どうやら冬は全学年マラソンのようだ。そういえば去年もそうだったしな。
「お、潤だね。おーい、潤!」
「遥も居やがる!遥ぁ!」
二人に大声で呼ばれた潤と遥は半分驚いたように、そして半分恥ずかしそうにこちらを振り返っていた。遥と目が合って手を振ってきたので俺も手を――
『その携帯は偽物だよ』
「っ!?」
どうしても思い出してしまう。結局そのせいで今日は一睡もしていなかった。やはり本人に聞くべきなのだろうか。
「……どうしたの要?遥の方じっと見て」
「い、いや……何でもねぇよ」
鉛色の空を見上げる。今にも雨が降ってきそうで、いっそ振ってきてこの悩みを洗い流して欲しかった。
昼休みも終わり一番睡魔が襲って来る4時間目に最も寝てはいけない黒川先生の科学が入っていた。
教室はまだ5分前だというのに殆どの生徒は席に着いている。そしてコーヒーを一気飲みしたり目薬を点したりして眠気対策をしていた。
「支配もここまで来れば立派な恐怖政治だな……」
しんと静まり返ったこの状態は今の俺にはむしろありがたい。周りとの疎外感を気にする必要がない。
「……はぁ」
しかしここまであからさまに避けられるのは何故なんだろう。ただ会長の影響力だけでここまで疎外されるのか。
いや、この一週間ほど感じていたのはむしろ俺個人への憎悪だった。
……じゃあ俺がクラスの皆に何かしたのか。
「よし、授業を始めるぞ!と、その前に一つ。入って来て良いぞ」
考え事をしていたらいつの間にか黒川先生が来ていたので気を引き締める。
なにやら先生が廊下にいる人物を手招きしている。こんな時期にまさかの転校生か、と教室の皆が少しそわそわし始めていた。
「足元、気をつけてな」
「はい……」
しかし入って来たのは転校生ではなく右足を包帯で巻き松葉杖をついている怪我人だった。
そして最も特徴的なのがポニーテールにした藍色の――
「「「な、撫子っ!!?」」」
何人かの女子が授業中にも関わらず入口付近にいる大和撫子に近寄って行った。
420 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/11/22(月) 19:27:28 ID:o6vSvWyT
「大丈夫撫子!?」
「交通事故って聞いたけど!?」
「撫子会いたかったよ!」
女子の群れは段々と大きくなっていく。止めようとしていた黒川先生も諦めた様子で、黒板に「自習」とだけ書いて教室を出て行った。
「良かったね、要」
英が撫子の方を見ながら俺に話し掛けてくる。
「これで要はまた彼女持ちに戻っちまうわけだ」
亮介もすぐにこっちに来る。
「亮介、別に大和さんが入院してたって要の彼女であることに変わりはないんだよ?」
「いやぁ、でも実感ってやつが湧かなくてさ。な、要」
「あ、ああ……」
彼女じゃない、そう反論したかったが出来なかった。
撫子が入院してから何度かメールをしたが一通も帰って来なかったし、すっかり嫌われたのではないかとすら思っていた。
でも反論しようとした瞬間撫子と目が合った。いや、彼女がずっと俺を見ていたのかもしれない。
ただ彼女の目は何かを訴えかけるようで思わず黙ってしまった。
「……要、どうかしたの?顔色悪いよ」
「……いや、大丈夫だ」
結局4時間目は撫子と女子達の久々の再開を見ているだけで終わってしまい、俺が話し掛ける機会はなかった。
「大丈夫。トイレくらい一人で行けるから」
「本当に?無理しないでね」
「ありがとう、皆」
教室を出て女子トイレに入る。鏡には頭と右足に包帯を巻いたみすぼらしい自分が写っていた。
「……要君に、話し掛けられなかった」
お礼を言うことから始めればいい。あの時は助けてくれてありがとう、って。要君の背中、すごく落ち着けたって――
「……出来るわけないじゃん。こんな顔で……嫌われてるのに」
教室で目が合った時、彼は明らかに戸惑っていた。それもそうか。入院中メールを何通か送ったけど結局一通も返って来なかったんだし。
嫌われたに決まっている。あんな血だらけのみすぼらしい姿まで見せてしまったのだから。もう嫌われても――
「……泣いているんですか?」
「っ!?」
振り向くとそこには栗色の髪をした綺麗な女の子が立っていた。心配そうにこちらを見上げてくる。
「……別に。顔を洗っていただけだから」
「そうですか」
女の子は微笑んだままあたしに近付いてくる。何だろう、この寒気は。彼女の微笑みの裏には何かがありそうで怖い。
「じゃ、じゃああたし行くから」
「知りたくないんですか」
彼女のはっきりとした口調に思わず立ち止まる。
「な、何を……?」
「決まってるじゃないですか」
女の子はゆっくりとあたしの耳元で囁いた。
「貴女と白川先輩の仲を引き裂いた張本人が誰か、ですよ」
421 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/11/22(月) 19:28:14 ID:o6vSvWyT
放課後。
結局撫子とはその後も一言も話せず仕舞いだった。携帯を開くと遥からメールが届いており、体育倉庫前に来て欲しいという内容だった。
「一体何の用だ……?」
ふと昨日の潤の言葉が頭を過ぎる。
『……そう、とにかく気をつけてね。特に受信メールは"誰かさん"に弄られている可能性が高いから』
「……やっぱり聞くしかねぇ、か」
信じたくはない。遥がそんなことをしているなんて。それに遥がやっているという確かな証拠もない。だからきっと大丈夫。
どうせ遥のことだ、聞いたら一言「つまらない冗談」とか言って一蹴してくれる。だから大丈夫。
「……よし、行くか」
俺は鞄を持って教室を出た。
季節は冬真っ盛りということもあって体育倉庫前は落ち葉で一杯だった。至る用具に落ち葉がかかっている。
「うわ、このラインカー埋もれてるし」
空はほんの少し衝撃を与えただけで雨が降ってきそうだ。そういえば傘持って来るの忘れたな。俺が帰るまでもってくれよ。
「お待たせ、要」
「おう」
寒さからか頬っぺたが赤くなっている遥が俺に近付いて来た。遥は真っ赤なマフラーを巻いていて白髪と対照的でよく似合っている。
「ゴメンね、こんな所に呼び出したりして」
「いや、それは良いけど何か用事か」
遥は俺の目の前まで来ると深呼吸をする。何だか緊張しているようだった。そして遥は俺を見つめて言った。
「好きです。付き合って下さい」
「……えっと……それって……」
「見つけた」
告白なのか?と聞く前に誰かが口を挟んできた。そいつは瑠璃色のポニーテールを揺らしながらゆっくりと俺達に近付いて来る。
「……今、取り込み中なんだけど」
「くくっ、あははははは!!大丈夫、すぐに終わるからさぁ!」
そう言ってそいつ、撫子は遥に突進して行った。
422 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/11/22(月) 19:29:18 ID:o6vSvWyT
一瞬だった。撫子が遥に向かって飛び込む。右足を骨折しているらしく、走るといるよりは左足での跳躍といった感じだった。
とにかく次の瞬間には撫子もろとも遥は落ち葉が積もる地面へと崩れ落ちていた。
「お、おいっ!?遥っ!?」
吾に返って慌てて二人に近付く。撫子の右手には紅く濡れたナイフが――
「……嘘……だよな」
そして遥は仰向けに倒れていた。両手で腹部を押さえながら呻いている。両手からは真っ赤な液体が流れ出ていた。
「遥っ!?しっかりしろ!?遥っ!!」
必死に遥に近付いて抱き抱える。見た目通りとても軽かった。遥は苦しそうに息をしている。
「かな……め……」
「遥っ!?喋るな、今病院に――」
「逃がさない!そのハイエナだけは!」
「撫子っ!?」
撫子がまた突進してくる。何とかそれをかわすが足がもつれて遥を抱き抱えたまま倒れてしまった。
「くっ……」
「何で……何で庇うの?要君はあたしの味方なんでしょ」
撫子は虚ろな目をして俺達を見下ろしていた。右手には紅く光るナイフがしっかりと握られている。
「庇う……?意味分かんねぇよ!?遥がお前に何したっていうんだ!」
「したよ……。要君も本当は分かってるんじゃないの?」
「分かってるって……」
『その携帯は偽物だよ』
……まさか。いや、そんなの嘘に決まってる。
「聞いたよ?要君、クラスの皆から避けられてるんだよね。理由、知りたくない?」
「……うるさい」
「あたし、要君に沢山メール送ったんだ。でもきっと一通も届いてないんだよね」
「うるさい……」
「全部ね、全部一人の仕業なんだよ。そこにいる――」
「うるさいっ!!」
吐き気がする。まともに歩けない。早く遥を病院に連れていかないと……。
他のことは一切考えるな、何も考えちゃいけない。
「……かわいそうな要君。すっかり毒されちゃったみたいだね」
「……うるさいって言っただろ」
「そいつの鞄、調べてみたら?それではっきりするでしょ。きっと本物の要君の携帯、持ってるよ」
遥を見つめる。小刻みに震えて今にも死んでしまいそうだ。今すぐにでも病院へ連れて行くべきなのは分かっている。分かっているのだが……。
「……ゴメン、遥。すぐ終わるから」
遥を抱き抱えながら彼女の鞄を開ける。こうしなければ遥を信じられそうにない自分が恥ずかしい。でもこれで遥が無実だと分かれば良いわけだ。
「……あ」
鞄の中を探っていた左手が冷たい何かに触れる。恐る恐る引き上げて見ると、薄ピンクの遥の携帯が――
「……えっ?」
それだけではなかった。遥の携帯のストラップに絡まってもう一つ見覚えのある、いや見覚えどころか俺が普段使っている携帯が出て来た。
「……ふふっ」
「撫子……?」
撫子は虚ろな目でその携帯を見つめている。そして勝ち誇ったかのような笑みを浮かべた。
「やっぱりあった!これでそいつが犯人だって分かったでしょ!?」
携帯を開くと確かにそれは俺の物でアドレスを確認するとピリオドが一つだけだった。そう、これが俺の本物の携帯。
……遥が俺を陥れた張本人だということか。興奮している撫子とは対照的に段々と冷静になりつつある自分がいた。
423 :リバース ◆Uw02HM2doE :2010/11/22(月) 19:29:55 ID:o6vSvWyT
「……ゴメン、遥。待たせたな。今、病院連れて行くから」
遥をしっかりと抱き抱えて歩き出す。そんな俺の前に撫子が立ちはだかった。
「……撫子、通してくれ」
「か、要君……そいつは要君を陥れようとしたんだよ?」
「……そうだな」
確かに遥は潤や撫子が言っていたように俺の携帯を使って俺を陥れようとしたのかもしれない。
「だったら!」
「でも遥をこんなに追い込んじまったのは、俺の責任でもあるんだ」
「要君の……責任?」
撫子は俺の言葉に戸惑っていた。本当は全速力で横を走り抜ければ良いのかもしれない。でもちゃんと撫子にも伝えないといけないんだ。
「確かに遥のしたことは許されることじゃない。でも……それは俺が遥の気持ちに気が付けなかったからなんだ」
「…………」
「だから俺は遥の側に居てやりたい。……まだ遥の気持ちに返事、してないからさ」
「側に……居て……やりたい……」
撫子は呆然としていた。目は焦点が定まっておらず俺の言葉を反芻している。
「……じゃあ俺、行くよ」
このまま立ち止まっていても仕方ない。とにかく遥を病院に連れて行くことが先決だ。呆然と立ち尽くす撫子の横を通って正門へ向かって歩き出す。
「……どうしたら振り向いてくれるの」
そんな俺の背中に撫子は呟いていた。一瞬振り返りそうになるがそのまま歩き続ける。
「そう……だったら……」
「っ!?」
急に背中が熱くなる。そして叫びそうになる程の痛みが背中を走った。
「……だったら、もう良いや。要君を殺して……あたしも死ぬだけだよ」
「っ……!」
思わず倒れそうになるのを何とか堪える。俺の腕には遥がいるんだ。倒れるわけにはいかない。
「次は両想いだと良いな……」
撫子は俺の目の前に立ってナイフを構えると――
「くうっ……」
「……えっ?」
自分の腹部に向かって思い切り突き立てた。呆然とする俺の目の前で撫子は血を流しながら地面へと倒れる。彼女の血で落ち葉が紅く染まり始めていた。
「撫子っ!?……あ、あれ?」
力が抜けて地面に膝をついてしまった。遥を支えていた両腕も急に痺れてきた。後ろを振り返ると結構な量の血が垂れている。どうやら血を流しすぎたらしい。
「もう……誰も傷付けないって……そう決めたんだけどな……」
最後の力を振り絞って遥をそっと落ち葉の上に寝かせる。
「……畜生……」
もう優のような犠牲者を増やしたくない。そう自分の中で決めたはずだったのに、また繰り返してしまった。
必死に立ち上がろうとするが力が入らない上に意識が朦朧としてくる。そしてそのまま俺の意識は途切れた。
要が倒れてからすぐに潤が物陰から飛び出して兄の手当を始めた。
「……少し体温は低いみたいだけど大丈夫みたいだね」
兄は命に別状はないようだ。昨日の寝不足が祟ったのかもしれない。
とにかく救急車は既に呼んであるから大丈夫だ。潤は一安心した後、他の二人を一瞥した。
「……遥は……殺さない方が良いかな」
ここで死なれると兄の記憶に強く残る可能性が高い。むしろ生かさなければならないのだ。
「全く……けしかけたのは失敗だったかな」
潤は撫子を見ながら呟いた。まさかここまで暴挙に出るとは思わなかったのだ。潤が様子を見に来た時には既に遥が刺されており、動向を見守るしか術がなかった。
まあ彼女にとっては撫子は兄を諦め、遥の工作も兄さんの知るところとなったので結果オーライではある。
「とりあえず……ご苦労様」
サイレンの音が近付く中、遥はぽつりと倒れている撫子に向かって呟いた。