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210 名前: 天使のような悪魔たち 第14話 ◆ UDPETPayJA 2010/12/04(土) 01:13:03 ID:SKB/54JEO
冬が次第に近づき、寒さが厳しくなっていく。
就寝前に風呂に入って体を暖めてから、熱が冷めないうちに布団に潜るのが寒季の俺の日課だ。
もちろん、髪はドライヤーでしっかり乾かす。
でなければ翌朝寝癖で髪がえらい事になり、下手すれば風邪を引いてしまう。
目覚まし時計だけはしっかり三つセットする。三つも使うようになったのは、この家に俺一人だけになってからだ。
昔から俺は朝が弱い。特に冬は暖かい布団からなかなか出られずに二度寝を繰り返し、
時間ギリギリになって明日香に叩き起こされる、なんてのは日常茶飯事だった。
…迂闊。自分で言っておきながら、なんだか悲しくなってしまった。
明日香は気が狂うほどに実の兄である俺を愛し、幸せの絶頂で姉ちゃんの力で死んだ。
だけど俺はたまに思う。明日香は本当に幸せだったのか?と。
* * * * *
『………で、またここかよ。』
前回に引き続いて、真っ暗闇の空間。自分が立っているのか、はたまた浮いているのか、なんとも気持ち悪い。
だが前回の経験を生かし、俺は対策を練っていた。それは…
どうせ真っ暗なんだから、いっそ寝転んで目を閉じてしまおう!と考え、さっさと実行に移した。
…うん、立っている時よりははるかにマシだ。気を抜けば凄まじく気持ち悪くなりそうだが、
俺は必死に自分に「俺は寝てるんだ」と言い聞かせて、ごまかした。
211 名前: 天使のような悪魔たち 第14話 ◆ UDPETPayJA 2010/12/04(土) 01:13:52 ID:SKB/54JEO
『どうせいるんだろ?灰谷。さっさと来てくれよー。』
『僕ならもうそばにいるよ?』
『のわっ!?』
び、びっくりした…。いきなり耳元に話し掛けられたんだから。
脅かすなよバカ、と内心で悪態をつき、俺は目を開けた。
『三日ぶりだね、飛鳥。今日は君の疑問に答えにきたよ。ただし、僕の知ってる範囲でね。』
『! まじか。』
『うん。とは言っても、あまり時間はないけれど。』
言うと灰谷は自分の髪を手で掴み、即席ツインテールを作ってみせた。
『じゃあまず、前回の君の質問から答えようか。なぜ僕が亜朱架や明日香に似ているのか。
それはね…亜朱架は僕の子供だからだよ。』
『……は?』
本当に、言っている意味がわからなかった。だって俺の、俺たちの母親はこいつじゃない。
もう何年も会ってないが、その程度で母親の姿を忘れる、思い違うわけがない。
『ああ、彼女は…君が母親と思ってる人はね、代理母なんだよ。
亜朱架から聞いたと思うけど、亜朱架は普通の人間との間には子供を作れない。
それは染色体の数が異なるからなんだけど…僕も"そう"なんだ。
だから翔(かける)は、僕のコピーを二つこしらえ、片方には遺伝子操作を加えて、性別を改変した。
将来その二人がアダムとイヴになるために、ね。』
---衝撃だ。灰谷の語っている事は、あまりに次元が違いすぎる。
そして灰谷が語った中にあった人物、"翔"とは…恐らく神坂 翔。俺達の父親にして、遺伝子学のプロフェッショナルにちがいないだろう。
何より、俺がずっと母親だと信じてた女性が…代理母だったなんて。
『翔の唯一の誤算は、生まれた子供たち"も"特異な能力を宿していたこと。
その能力を研究するためだけに、明日香は作られた。
そして明日香は亜朱架の…つまり、コピーのコピー。故に脆弱な身体に生まれついた。
ではなぜ、実験動物として生を受けた明日香が、君と一緒に暮らしていたと思う?
その間、オリジナルの亜朱架は、何処で何をしていたと思うかい?』
『………まさか、そんなわけ』
ないよな、とは言えなかった。
そこまで言われてしまったら、答えは一つしか思い浮かばない。
『…姉ちゃんは、明日香の身代わりになってたんだな。』
213 名前: 天使のような悪魔たち 第14話 ◆ UDPETPayJA 2010/12/04(土) 01:14:51 ID:RU+w7x9wO
『そのとおり。幸い、亜朱架は僕と同じ要素を持っていたから、いくら実験されようと、"身体は"無事だった。
ときに飛鳥、君には僕は何歳に見えるかな?』
灰谷は左目でウインクをして、可愛い娘ぶってみせた。
『正直…大学生くらいの歳にしか見えん。』
チチは姉ちゃんとは比べものにならないくらいデカいが。
『ありがとう。亜朱架も、あと5年歳をとれれば僕くらいの大きさになったんだけどね。』
『…もしかして、俺の思考が読めるの?』
『今頃気づいたのかい?ホント、結意ちゃんといい、君はでかチチが好きだねぇ。』
…頼むから、"だっちゅーの"のポーズはやめてくれ。
『まあ冗談はさておき。明日香には、僕や子供たちに備わっている、"不死"の要素が引き継がれなかった。
だから明日香は、力の使いすぎで身体がズタスタになって…亜朱架に介錯されたんだ。』
『ま、まてよ!さっきから姉ちゃんや明日香の事ばっかだけど、俺は!?』
『…知りたいかい?』
灰谷はふっ、と冷ややかな笑みを浮かべた。
ぞくり、と背筋に悪寒が走る。まるで蛇に睨まれたかのように。
『率直に言おう。君は僕の子ではない。』
『…なん、だって。』
『つまり飛鳥、君は亜朱架や明日香とは、血が繋がっていない。染色体の数も、普通の人間と同じ46本だ。
本当の僕の息子は、亜朱架と同じく49本の染色体を持ち、亜朱架と対極の力を持っていて、
かつ、歳をとらない。…ここまで言えば、わかるかな?』
『---馬鹿な。それじゃああいつが!?』
心当たりは一人しかいない。中学時代に出会い、苦楽を共にし、つい先日対立こそしたが、
かけがえのない俺の親友………斎木 隼。
『隼が、姉ちゃんの弟なのか?』
『正解。』
『じゃあ俺はなんだ…俺はなんなんだよ!
なんで明日香は、兄貴を好きになった事を悩んで死んでいったんだ!
こんなの…ありかよ…!』
『…君は、隼の替え玉なんだよ。
亜朱架たちの代理母の名前は、斎木 静香。そして、君の実の母だ。
皮肉だろうね…つい今しがた、実の母親ではないんだ、とショックを受けたのに、実際は真逆。
君は亜朱架の弟ではなく、代理母の実の息子。…可哀相に。』
『---俺を哀れむなッ!』
悔しい?悲しい?そんな言葉では今の俺の感情は語り尽くせない。
強いて言えば、信じていたもの全てが虚だった。ただそれだけだ。
『まあ悲しいことばかりではないはずさ。君にはちゃんと、実の姉が存在する。
名前は斎木 優衣。優しい衣、と書いてユイと読む。
ただ、最後に会ったのは彼女が小学校に上がったときだったから、今はどうしているかは知らない。』
『…結意の事は知っているのに、か。』
『隼は僕とは波長が合わないんだよ。僕は基本的に、亜朱架の夢を介して外の様子を見ている。
僕は今、自分の意志では指一本動かせない状態だからね。
そして飛鳥、君は亜朱架と明日香の力を受けすぎた。そのせいで、僕と波長が合うようになったのさ。
ただそれはやはり、弱いつながりでしかない。あと数回、夢の中で会えばつながりも消えてしまうだろう。』
214 名前: 天使のような悪魔たち 第14話 ◆ UDPETPayJA 2010/12/04(土) 01:15:44 ID:6PxfUAJkO
実の姉が存在する、なんて、なんの慰めにもならない。
見たことも会ったこともない姉など、俺が姉弟(兄妹)だと信じてきた二人に比べれば、
俺にとってはなんの価値も見いだせない。
『………! そろそろタイムリミットだ。』
『…そう、か。』
『またね、飛鳥。どうかくじけずに、普通の人間としての生を全うしてくれ給え。
それは僕や子供たちが、どんなに願っても得られない生き方なのだから。
それと、最後にひとつ。僕は今年で36歳になるんだよ。…身体は歳をとらないんだけどね。』
その言葉を最後に、灰谷は暗闇の中に吸い込まれるように消えた。
瞬間に襲い掛かる、奈落に吸い込まれそうな感覚も、今の俺にはなんの脅威ですらない。
どうか早く目覚めてくれ。そしてどうか、全てジョークだと言ってくれ。
でなければ、あまりに寝覚めが悪すぎるだろう?
* * * * *
「…頭痛ぇ。」
215 名前: 天使のような悪魔たち 第14話 ◆ UDPETPayJA 2010/12/04(土) 01:17:09 ID:6PxfUAJkO
三つの目覚ましが鳴るよりもわずかに早く、俺は目を覚ました。
朝の日差し窓越しに浴び、ここが夢の世界ではないことを実感して、ひとまず安堵した。
独りになってから約十日経ち、朝の静寂さにも慣れた。
最初は漠然とテレビをつけ、空虚さをごまかしていたが、次第にそれすらしなくなった自分がいた。
誰もいない家に時間ぎりぎりまでいる必要性はない。
俺は台所に降り、トーストを仕込んで、その間にシンクで洗顔をすませた。
チン、とトーストが焼き上がった音がしたが俺はそれをスルーし、制服へと着替える事を優先した。
食事にありついたのは、7時半。トーストにマーガリンを塗っただけの、簡素を通り越して貧乏くさい食事だ。
口元のパン屑を払い、俺は玄関に向かう。手に持っているのは、筆箱しか入っていない、
およそ学生らしくない軽さの学生鞄だけ。
鍵を開けて外に出ると、家の前に誰かが立っていた。
いや、"誰か"と言っては随分なご挨拶だろう。家の前で待っていたのは、昨日退院したばかりの、結意だ。
「おはよ、飛鳥くん。」
「結意…」
「お弁当作ってきたよ。今日は飛鳥くんの大好きな---きゃっ!?」
俺は言葉を待たなかった。
結意の腕を掴み、強引に引き寄せ、力いっぱい抱きしめた。
「あ、飛鳥くん…どうしたの…?」
「…ごめん。しばらくこうさせてくれないか。」
「………何か、あったの?」
「…なんでもないよ。ただ---」
俺の信じていたものはすべて幻だった。そしてこの俺自身も。
俺は結意の胸元に顔をうずめ、さらに腕の力を込めた。
別にやましい気持ちからじゃない。…泣き顔を見られたくなかっただけだ。
それでも結意の体温は心地よくて、ずっとこうしていたい、と思ってしまう。
「独りが寂しくなっちまったんだ。父さんも母さんも、姉ちゃんも…明日香も、帰ってこない。
今、俺一人ぼっちなんだよ。」
「…私はずっと、飛鳥くんのそばにいるよ。」
結意は優しい手つきで、俺の頭を撫でてきた。
これじゃあ、こないだと丸っきり逆じゃないか。
216 名前: 天使のような悪魔たち 第14話 ◆ UDPETPayJA 2010/12/04(土) 01:18:34 ID:SKB/54JEO
* * * * *
俺こと佐橋歩は、チャイムぎりぎりに学校に着くのが当たり前の人間だ。
ろくに授業に出てないのだから遅刻してもいいんじゃないか?と思ったかもしれないが、甘い。
俺はこれでも、遅刻"は"してないんだ。
そんなわけで今日も、ぎりぎり間に合うくらいの時間に到着した。
「よう、佐橋歩!」
「---なぜ、あんたがいる。」
俺が"あんた"と呼んだのは、県内屈指のお騒がせ芸人、瀬野 遥だ。
瀬野の他に、瀬野と同じ制服を着た男が一人、見受けられる。
瀬野たちは、怪しげなキャリーバッグを四つ持っていた。
「誰が芸人だ!それより、手伝え!」
「何をだ。」
「こいつを運ぶのをだよ!さすがに20人分にもなると重くて仕方ねえ!」
「中身はなんだ。」
「メイド服だ。」
瀬野のその言葉を聞いて俺は、ひとつの決意をした。
---よし、通報しよう。
「もしもし110番…」
「だー待て待て!神坂だ!神坂に頼まれたんだよ!文化祭で使うから、って!」
「どちらにせよ俺には関係ないな。俺のクラスはメイド服など使わん。」
「いいから手伝ってくれよ!そしたら、いいモン拝めるぞ!?」
「なんだよ、変態。」
「それはな………結意ちゃんのメイド服姿だ。」
ああ、そういやこいつら、織原のファンクラブがどうとか言ってたな。
変態もここまでくると、畏敬の対象にすらなるぜ。
「よしわかった。手を打とう。」
「そうか、助かるぜ!」
「ただし………光の分ももらってくぞ。」
「て、てめぇ!」
当然だ。世の中ギブアンドテイクなんだ。
それに…自分の彼女ながら、僕っ娘メイドが見れるなんて、朝からツイてるじゃないか。
そうして、初めての遅刻と引き換えに、俺はメイド服を入手(半ば略奪)したのだった。