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32 :日常に潜む闇 第9話 ◆4wrA6Z9mx6 :2011/01/03(月) 20:13:51 ID:wCUUJy1l ~~Side Hiroshi Yukishita~~  ふう。まさしくなんてこったって言いたくなる状況だ。  まさかあの冷静沈着、クールビューティの名をほしいままにする生徒会副会長、天城美佐枝が悪名高い一年生、久坂誠二と授業を放棄して掛け落ちした、なんてな。  色んな意味でこれは事態の収拾がつかなくなる。実に厄介だ。  とハードボイルド風に脳内でナレーションしていた雪下弘志だったが、自身のキャラを崩壊させかねいような真似をしでかすくらい混乱していた。  どうして天城美佐枝が誠二を連れ出したのか、不可解なのだ。  しかし事実としてそれがあるわけで、つまり二人はそういう仲だということを自然と連想させる。  周囲を見れば、授業そっちのけで誠二への批判、天城への不信または哀れみが沸き立っている。教師の制止を無視して、だ。  そんなこんなで授業は崩壊しつつも進み、こうして昼休みの時間に突入していた。 「誠二の奴、一体何があったんだろうな」 「さあな、俺に聞かれても困る」  級友の問いに、弘志は肩を竦めた。  誠二は間違いなくとんでもない奴として今度こそ全校生徒、いや下手をすれば学園中に噂が立つかもしれない。  さすがの弘志もここまで炎が拡大するとは思っていなかった。 もはや誠二を助ける手段はないのだろうと、半ば諦めかけていたその時だった。 『生徒会より呼び出しをする。雪下弘志、雪下弘志。ただちに生徒会執務室まで出頭するように。繰り返す。雪下弘志はただちに生徒会執務室へ出頭するように。なお、これはただの要請ではない。命令である。昼休み中に出頭しない場合、厳罰を以って処するものと覚悟せよ』  厳とした言葉に、弘志だけでなく全校生徒がどよめいていた。  そして何をしでかしたのかと弘志はクラスメイト達の視線に晒される。 「べ、別に俺は何もしてない……と思うんだが」  皆の注目を浴びることに辟易を感じつつ、弘志は生徒会室へ向かった。  執務室、とは生徒会長のためだけのオフィスのようなものだ。それ以外の執行部の面々は専用の部屋をあてがわれてはいないが、代わりに生徒会役員なら誰でも出入り可能な生徒会室というものがある。  この不思議なシステムは久遠坂学園が初等教育から高等教育までの全てを網羅していることに関係があるが、なによりも生徒、学生の自主性を重んじるという学園としての風潮、教育指針があるためだ。  そんなこんなで執務室の前まで来て、一度ノックしてから入ろうか、それとも何のアクションもなしにドアを開けようか判断に迷っていると、 「勝手に入りたまえ」  と中から生徒会長の声が聞こえて来た。  失礼します、と言って弘志は慎重に足を踏み入れる。  相手がただの生徒会長と侮ってはいけない。この男は間違いなく危険だと弘志の第六感が告げていたからだ。 33 :日常に潜む闇 第9話 ◆4wrA6Z9mx6 :2011/01/03(月) 20:14:21 ID:wCUUJy1l 「ふむ。慎重さは確かに重要だが、それが言動に現れるようではまだまだだな」  ビジネス向けの、肘掛が備え付けられている席。そこに生徒会長は座っていた。 「立ってないで座ったらどうだ? ああ、コーヒーが出ないのは我慢してくれ。なにしろ給仕役の副会長は今私用で留守にしているからな」  白々しい、と弘志は内心で毒づいた。  だがその感情までもが面に出てしまうほど彼も愚かではない。誠一の促しに応じるように席に着いた。ただのパイプ椅子や丸椅子ではなく、会長と同じタイプのものであったことから、見下していないことが分かる。  つまり、対等の立場で宣戦布告されたのだ。 「最近俺の周囲に、耳が敏感な犬がいるようでね、困っているんだ」 「そんなこと聞かれても、どんな突っ込みを返せばいいのか正直分かりませんね」  どうやら誠一の周辺を探っていたことは既にばれていたらしい。  弘志は肩を竦めてとぼける。 「電磁波か何かで撃退しようと思ったんだが、生憎手元に無くてな。代わりに良く使えるコマを投げ込んだ」 「へえ。それで?」 「見事に遊びに夢中になったさ。おかげで俺も楽しませてもらっているよ」 「それで、呼び出しの理由は何ですか? もしかして、これ以上の介入に対する口止めですか?」  弘志がそう言った直後、生徒会長・久坂誠一から含みのある笑みが消えた。 「この件に関われば君も不幸になる。これ以上の探りは、私にとっては何でもないことだが、君にとっては不都合を招くだろう」 「それは、今回の一件に会長が関わっていることを肯定してますね?」 「さてな。俺は自分が悦びを見いだせるのであれば何でも構わんさ」 「…………腐れ外道が」  思わず感情のままに暴言を小さく吐く弘志。  しかし誠一は眉一つ変えることはなかった。 「そうそう。君に一つ伝えておかないといけなかったな」 「また警告ですか?」 「いや? 久坂誠二は生徒会に入った」 「――は?」  警戒していた弘志にとって、それは聞き返してしまうほどにあっさりとしていた。  だが、そうだからこそ拍子抜けして理解できない時がある。 「久坂誠二は生徒会庶務になった、と言った。耳掻きをしたほうがいいんじゃないか? 雪下弘志君」 「これで、呼び出した理由は全てですか?」 「ああ、そうだ」 「昼飯がまだなのでこれで失礼します」  相手の返事も聞かずに弘志はさっさと執務室を出て行った。教室に戻るまでの間、弘志は思考に没頭する。  兄の誠一にコンプレックスを抱いている誠二がなぜ生徒会に?  天城美佐枝に誘われたとしても、嫌なものは嫌だと誠二は言うだろう。それだけあの二人、いや久坂誠一と久坂家との隔たりは大きい。  一体どういうことだろうか。  余談だが、弘志は昼食用に買っておいたサンドイッチとアンパンを友人にものの見事に食われていたという。 34 :日常に潜む闇 第9話 ◆4wrA6Z9mx6 :2011/01/03(月) 20:14:44 ID:wCUUJy1l ~~Side Seiji and Misae~~  天城美佐枝は悦びを隠すことを忘れていた。  忘れるくらいに悦んでいたと言ってもいいだろう。  なぜならば、彼女の傍には、彼女が愛してやまない久坂誠二がいるのだから。 「ふふふ。誠二、私は嬉しいぞ」 「……そう」 「どうした? 声に元気がないな?」 「いや、そんなことはないよ。ただ、ね……」  何を悲しげな、と天城美佐枝は内心で首をかしげる。 いや、どうして苦しげな表情をしているのか彼女は理解できなかった。 「どうした? 体調が悪いなら私自らが人肌で温めようか?」 「へ? い、いや、さすがにそれは……」 「ふふっ。今のところは冗談だ。今のところは、な」  一転して顔を赤らめる誠二を可愛いと思いつつ、美佐枝は妖艶な笑みを浮かべた。  そして二人は扉の前で立ち止まる。 「さあ、ここからは私たちの世界だ」  その言葉に、誠二は改めて複雑そうな表情を浮かべた。  しかし天城はそれに気づくことはなく、ガラリとドアを横に引く。それと同時に誠二のほうを振り向いて、まるで客人を我が家へ迎え入れるかのようにこう言った。 「ようこそ、生徒会執行部へ」 「…………はい?」  ぽかんと口を開けて呆けたような表情を浮かべる誠二。  天城はしてやったりと言わんばかりに悪戯っぽい笑みを浮かべている。 「私と誠二は一心同体。ならば行動は常にともにしなければならないだろう? だから誠二、お前は生徒会に入るんだ」  もちろん美佐枝は誠二が兄にコンプレックスを抱いており、そのために彼がトップを務める生徒会に辟易していることは知っている。 「いや、でも僕は……」 「私とお前は一心同体。そうではなかったのか? あの言葉は嘘だったのか?」  こうやって彼を心理的に煽る。  大胆かつ不敵に迫り、手中に収めるのだ。卑怯と言われようが、私は私の欲しいものは何が何でも自力で手に入れる。最も確実で、安全な方法で。 「……分かったよ。でも……」 「大丈夫だ。私が会長から誠二を守ってみせるよ。その分私を好きにしてくれればいい。なにしろ私たちは一心同体なのだからな」  そう言って私は彼の頭を胸元に寄せ、ぎゅっと抱きしめた。  このまま押し倒してもいいが、まだだ。まだ、確実と言えるところまで策は達していない。  生殺しは私にも誠二にも辛いがこれも私たち二人の幸せのためだ。  もう少しだけ我慢してもらおう。  誠二を、彼が少し息苦しいと思う程度に天城が抱きしめている一方、誠二本人は実のところ複雑な心境だった。  できるだけ兄、誠一と接触したくない。が、生徒会に入ることを拒めば自分の居場所がなくなる。  ジレンマだ。  だが兄とはいつか落ち着くところに落ち着かなくてはならない。そして今は兄を疎んじる以上に重大な問題がある。  美佐枝の好意に打算的な思考をめぐらすのは良くないと思う誠二ではあったが、別に付き合っているわけでもないし、なによりも友人として天城美佐枝には助けてもらっているのだ。 しかし、どこか後ろめたい感情があるのも事実。  いや、目下最大の脅威である居場所の消失を防ぐ意味でも彼女の好意に甘えよう。  そして女の子特有の香りが鼻腔をくすぐっているわけだが、さすがにこの状況がこれ以上継続するのは好ましくない。 「美佐枝さん、そろそろ……」 「ん? ああ、すまないな。誠二の抱き心地が良すぎて我――いや、時間を忘れてしまうところだった」  そう言ってちょっと頬を朱に染める天城に、誠二もつられて顔を赤くする。 「とにかく生徒会室に入ろう。執行部への入部届けや新人への伝達事項があるからな」  その後、誠二は天城から執行部の仕事や今後誠二がやることになるであろう役職について懇切丁寧に教えられたのであった。 35 :日常に潜む闇 第9話 ◆4wrA6Z9mx6 :2011/01/03(月) 20:16:03 ID:wCUUJy1l  時刻はさらに経ち、放課後――。 「はあ……」  誠二は自分の机に突っ伏していた。  行方不明のまま一生見つからないかもしれないと思っていた自分の机と椅子が何故か戻されており、誠二は安堵すると共に今日一日の苦労をため息とともに吐き出した。 「お疲れ様」 「……紬原、さん…………」  顔を上げれば、目の前にいたのは紬原友里。  いつも通りの感情の起伏に乏しい無表情だが、どこか彼女が纏う空気は異質に感じられた。 「友里」 「え……?」 「あの人はどうして名前なの? 私も名前で呼んでよ」 「あ、いや……」 「ねえ、駄目なの? 嫌なの?」 「その……」 「答えてよ!」  苛立ちからか、友里がことさら大きく叫ぶ。  驚きのあまり、誠二はしばらくの間開いた口がふさがらなかった。  直後、友里は自分が酷いことを言ってしまったと気づいて謝る。 「ごめんなさい……! わたし……!」  その場から走り去ろうとする友里の手を、誠二は咄嗟に掴んだ。 「待ってくれ!」  最初こそは抵抗する友里だったが、すぐに大人しくなる。 「あまりにも唐突過ぎたから、その、どう返したらいいか分からなかったんだ」 「……………………」 「それと、もう紬原さんの耳にも入って来てると思うけど、僕と紬原さんの噂。あれでたぶん紬原さんにも迷惑かけてると思うんだ。それに、これ以上紬原さんの評判を悪くさせるわけにはいかない。だから名前で呼ぶのは不味いと思うんだ」 「……わたしは別に構わないのに」  顔を俯かせたまま、友里は呟くように答える。 「でも……」  躊躇する誠二。  友里は俯いたまま、静かに彼の胸に頭を押し付けた。 「だって、あんな話あるわけないじゃない。それに、他の人達なんてどうでもいいの。だから、名前で呼んで……」  それはとても弱々しく、今にも消え入りそうな声だった。 「…………」  一瞬、脳裏にかつての悪夢がよみがえる。  だからだろうか。本当なら拒否の姿勢を貫くべきだったのに、譲歩してしまったのは。 「学校以外の場でなら、いや、他の人に聞かれない場所だったら……いいよ」 「ほん、とう……?」  上目遣いに、こちらをじっと見つめる友里。  微妙に目が赤くなっているのは拒否されるのを怖がっていた、ということだろうか。 「うん。本当だよ、友里」 「うん……うん……!」  涙声で何度も頷く友里。  彼女は誠二を離すまい、と言わんばかりに抱きついていた。

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