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78 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第十九話 ◆AW8HpW0FVA :2011/01/05(水) 19:55:37 ID:VAiLZtsu 第十九話『予兆』 ワールシュタットにてアルダー率いる軍が大敗した頃、 シグナムとブリュンヒルドは船に乗り、大洋の上に浮かんでいた。 船に乗り込んでから、シグナムは気が抜けたのか、亡霊の様な表情で、ベッドに横になっていた。 虚空になにかを呟き、差し出される食事にも手を出さず、それはあたかも廃人の様だった。 三日間もその様な事が続いた。 「シグナム様、お願いですから一口だけでも食べてください。このままでは衰弱する一方です」 今までなにも言わなかったブリュンヒルドが、ついに口を出した。 その顔には憂色が浮かんでいた。 ブリュンヒルドを見たシグナムは目に見えて怯えた表情になった。両手を頭に置き、縮こまった。 「シグナム様、どうしたのですか!?」 慌ててブリュンヒルドが近寄った。 すると、それと連動するようにシグナムは遠ざかった。 悲鳴を上げ、ベッドから崩れる様に落ち、床を這い、力なく窓枠に凭れ掛かった。 「シグナム様、ここにはあなたの敵はいません。だから安心してください!」 ブリュンヒルドの声は、おのずと大きくなった。 「やだ……」 微かだが、シグナムがそう呟いた。 「やだ……やだやだやだやだやだやだ……いたいやだ、 どうして……どうしてどうしてどうして……」 「しっ……シグナム様……?」 「もうやめてよおねえちゃん、いたいのやだよ、こわいのやだよ、 いたいの……うぁああああああああああ!!!」 今まで見せた事もない様な、錯乱振りだった。 頭や身体を掻き毟り、泣き叫ぶ様は、まるで子供の様だった。 流石のブリュンヒルドも、手を拱いた。 泣く子と領主には勝てない、と言うが、今がまさにそれだった。 ブリュンヒルドが手を拱いている隙に、シグナムは窓の鍵を開けた。 開け放たれた窓から、潮風が流れ込んだ。 「シグナム様!」 ブリュンヒルドが駆け寄るよりも先に、シグナムは窓から飛び降りた。 間髪も入れず、ブリュンヒルドも窓から飛び降りた。 二つの大きな水音が、海の荒波に掻き消された。 79 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第十九話 ◆AW8HpW0FVA :2011/01/05(水) 19:56:16 ID:VAiLZtsu 「止めてよ、お姉ちゃん、痛いよ」 突如として聞こえてきた声の方向に顔を向けると、二つの人影が見えた。 金髪の少年と白髪の少女、以前見た夢の登場人物だった。 つまり、これも夢である。しかし、それはシグナムが実際に経験したものである。 今度は、二人は崖の上にいた。 金髪の少年シグナムは、崖から落ちそうになっており、必死にしがみ付いており、 白髪の少女ブリュンヒルドは、シグナムが岩にしがみ付いているのを、ただ見ているだけだった。 「止めてよ、……なにを言っているのですか、殿下?」 見下ろすブリュンヒルドの表情には、喜悦が浮かんでいた。 白い歯をむき出しにし、見開かれた目はギラギラと光っている。まるで猟犬の様だった。 「これは、……指の力を鍛えるための鍛錬です。 この程度で音を上げる様では、鍛錬になりませんよ」 そう言ってブリュンヒルドは、岩にしがみ付いているシグナムの指を、思いっ切りスタンプした。 「あぐっ!」 「ここの崖の高さは約九メートル。落ちたとしても全身骨折ぐらいで死にはしませんよ」 再びのスタンプ。シグナムの指の爪が割れ、岩から手が離れた。 「やっ……やめ……ひぐっ……て……よ……。 おっ……落ちちゃう……落ちちゃ……あうっ……うよ……。 落ちたら……死んじゃ……っつ……うよ……」 「この程度で泣かないでくださいよ、殿下。落ちても死なない、と言ったではないですか。 まぁ、打ち所が悪ければ死ぬでしょうが、……それはあなたの責任ですし……」 ブリュンヒルドの足が、シグナムのもう片方の手を踏み躙った。骨の軋む音が響いた。 「あなたの代わりなど、作ろうと思えば幾らでも作れるんですよ。 自分だけが特別などとは思わない事ですね。 ……落ちるんでしたら、さっさと落ちてくださいな。 その泣き顔を見ていると、なぜか胸がざわついて苛苛するんですよ」 残虐な笑みを浮かべたブリュンヒルドが、止めとばかりにシグナムの指を踏み潰した。 骨の砕ける乾いた音と共に、指が岩から離れた。 シグナムの叫び声が数秒、その後、叩き付けられる音が響いた。泣き声は消えた。 目が覚めたシグナムのいた場所は、流木流れ着く海岸だった。 なにやら暖かいと思ったのは、ブリュンヒルドに抱き締められていたからだった。 シグナムはすぐさまブリュンヒルドから離れた。入れ違いでブリュンヒルドが目を覚ました。 「シグナム様、ご無事でしたか……」 心底疲れたという体のブリュンヒルドだったが、シグナムの顔を見て安堵の表情を浮かべた。 「ブリュンヒルド、ここはどこだ!?私達は船に乗っていたのではないのか!?」 「……覚えて……いないのですか……?」 ブリュンヒルドは、なにか言うのを拒む様だった。 その含みのある言い方に、シグナムは多少の疑問を持ったが、聞かない事にした。 聞くだけ無駄な事である。聞いたら聞いたで大損しそうであった。 ここが東方大陸でもなければ、中央大陸でもない事も大体分かる。おそらくは無人島であろう。 だとしたら、なにをするのかは、おのずと決まってくる。 「ブリュンヒルド、お前はこの無人島を調べろ。私は食料や水を探してくる」 そう言って、シグナムはさっさと砂浜を歩いていってしまった。 80 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第十九話 ◆AW8HpW0FVA :2011/01/05(水) 19:57:20 ID:VAiLZtsu 無人島であるからといって、絶望するものでもない。 テンプレである半径十メートルの島に椰子の木一本だったら、希望もなにもありはしないが、 この島は半径十メートルを遥かに超える大きさで、多くの木が生い茂っている。 自生する果物や野菜も十分に期待できるし、木を切れば筏も作れる。 後は現在位置を把握できれば、ブリュンヒルドを置いて、この島から脱出する事が出来る。 行く道を阻害する蔦を右手で切り進んでいくと、水の音が聞こえてきた。 駆け寄ってみると、そこにあったのは予想通り川だった。 これで水源は確保できた、とふとシグナムが目を向けると、川の底になにかを見付けた。 よく見てみると、それは石畳だった。明らかな人工物に、シグナムは目を見張った。 つまりこの島は、以前は人が住んでいたという事である。 ならばさらに希望が見えてきた。この島のどこかに、必ず集落跡があるはずである。 そこに行けばなにか分かるかもしれない。水を一口含んだ後、シグナムは再び行動を開始した。 歩いていくと、開けた場所に出た。そこは墓地だった。 苔生した墓石が、等間隔で並べられ、屍が埋められていたであろう場所には、 墓荒らしにでもあったのか、悉く穴が開いていた。 刻まれた文字は、かなり昔のもので、なんて書いてあるのかも分からなかった。 「シグナム様、こんな所でどうしたんですか?」 背後からブリュンヒルドに声を掛けられた。両腕には多くの木の実が抱えられていた。 「これですか?島を調べている時に、食べられるものを見付けて、取っておいたんです。 シグナム様と一緒に……」 「そんな事をしている暇はない。さっさと集落跡を見付けるぞ。その木の実は捨てて行け」 ブリュンヒルドの話を遮り、シグナムは歩き出した。 ブリュンヒルドに顔を見られないのをいい事に、 シグナムの表情は苦虫を噛み潰した様になっていた。 これで一人で脱出するという作戦はおじゃんになってしまったからである。 忌々しい忌々しい忌々しい、頭の中はその言葉でいっぱいになった。 程なくして、シグナム達は集落跡に着いた。 目に付く家々は、どれもこれも崩壊寸前であり、見る価値もなかったが、 奥へ奥へ進んでいったシグナム達の目の前に、大きな廃屋が見えた。 その大きさからして、この集落の村長のものであろうとシグナムは予想を付けた。 扉を開けて中に入ってみると、流石に黴臭かったが、 なかなかしっかりとした造りで崩れそうもなかった。 シグナムは二階、ブリュンヒルドは一階を探索する事に決め、二人は別れた。 二階は主に寝室で占められていた。錆びてノブの回らない扉を蹴破り、 中に入ると、黴臭さはエントランスで嗅いだのよりもさらに強くなった。 中は無数に蜘蛛の巣が張られ、破れた布団から羽毛が飛び出し、虫が湧いていた。 開きっぱなしの窓から吹き込んだ枯葉の山の中に、めぼしいものなど見当たらなかった。 その様な部屋をいくつか回り、最後の部屋となった。 今まで見た扉とは違い、かなり重厚な造りになっていた。 開けてみると、中も他の部屋とは違い、かなり多くの本が置かれていた。 どうやら、ここはこの家の主の書斎らしい。 試しに本棚にある本をとってみると、握った瞬間、崩れ去った。 本を諦め、机の方に目を向けると、壁に地図が掛かっていた。 「これで脱出できるぞ。それも一人で」 思わず近くで見ようと駆け出すと、直前で床の底が抜け、シグナムは穴に嵌った。 「ちょっ……、なんだよこれ!こんな古典的……って抜けない!!! ジャストフィットしてやがる!くぅ……のぉ……おぉ……」 腕の力で身体を持ち上げようとしたが、穴にきっちりは嵌ってしまっており、抜ける気配がない。 「シグナム様、どうしたんですか!」 下の方から、ブリュンヒルドの声が聞こえ、その次に走る音が聞こえた。 「なっ、しまった!早く脱出しなければ、ブリュンヒルドに地図を見られてしまう! ……うおおおおおおおお!!!」 腕にさらに力を込めると、床がメキメキと音を立て始め、ひびが大きくなった。 「シグナム様、どうした……」 「うおああああああああああぁぁぁ……」 ブリュンヒルドが来たと同時に、凄まじい音が響いた。 ブリュンヒルドが見たのは、書斎に開いた大きな穴だった。 81 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第十九話 ◆AW8HpW0FVA :2011/01/05(水) 19:58:04 ID:VAiLZtsu 「シグナム様、大丈夫ですか?」 「別に……」 酷い失態としか言い様がない。あの後、結局地図をブリュンヒルドに見られてしまい、 さらに最悪な事に、墜落時に右腕を強く打ち付けてしまい、ギミックが故障してしまった。 もしもここで戦闘が始まったら、聖剣がない今、シグナムは丸腰である。 ファーヴニル城近郊で、ひのきの棒でスライムと戦った時の事を思い出す。 シグナムはどちらかといえば、勇将の部類に入る。 武術の実力も、比べられる人物はそれほど多くはない。 そのシグナムでも、ひのきの棒でスライムには勝てなかった。 当然といえば当然である。相性が悪すぎのである。 ドラゴンに丸裸に棍棒持って立ち向かう様なものである。 しかし、ブリュンヒルドは違う。そのドラゴンを超える程の存在である。 人間ではない、化け物である。いや、化け物と言うのも生ぬるい。それを隔絶する存在である。 そんなのとは、正直戦いたくない。例え相手が隙を晒しても、手を出したくない。 出した瞬間、死んだ魚の目で睨み付けられ、問答無用で首と胴がお別れしそうである。 「なにはともあれ、こんなにも早く脱出の目途が立つとは思いませんでしたね、シグナム様」 ブリュンヒルドが微笑み掛けてくる。出来るならば、その顔に唾を吐き付けてやりたい。 会話を嫌う様に、シグナムは歩を早めた。 いつもであれば、ブリュンヒルドはなにも言わずに付いてくるのだが、 今回はなぜか付いてこなかった。振り返ると、俯いて身体を震わせていた。 「なんで……、……どうしてですか……」 声が涙ぐんでいる、様に聞こえた。 「どうして……顔を見て……話してくれないん……ですか……? 私は……シグナム様と……仲良く……なりたい……だけなのに……」 顔が上げられた。その大きな目には涙を溜め、それは今にも零れ落ちそうである、様に見えた。 そのなにもかもが芝居じみていて、シグナムはたまらなく苛苛した。 さっさと筏を作ってこの島から脱出したいのに、 この様な下らない会話で時間を潰したくなかった。そんな事をしていると、 「……シグナム様は……、……私の事……嫌い……なのですか……?」 「あのなぁ……、……ブリュンヒルド、そんな事は後回しだ!」 ほらやっぱり、とシグナムは思った。この島に来てまだ一度も魔物に遭遇していない。 奇跡といえば奇跡だったが、そのしわ寄せが今頃になって来た、という所であろう。 呻き声と足音がじりじりと近付いてきていた。 ブリュンヒルドがシグナムを庇う様に一歩前に出た。 先ほどの泣き言を垂れた表情はそこにはなかった。 「シグナム様、ここは私に任せて、お逃げください」 言われるまでもない。シグナムはブリュンヒルドの声を最後まで聞く事もなく、 さっさと逃げ出した。 分かった、死ぬなよ、などとそんな優しい言葉を掛ける気など微塵も湧かなかった。 どうせなら、ここで死ね、と言ってやりたかったが、それは呑み込んだ。 魔物の気配のない廃屋の裏の道を、シグナムはひた走った。
78 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第十九話 ◆AW8HpW0FVA :2011/01/05(水) 19:55:37 ID:VAiLZtsu 第十九話『予兆』 ワールシュタットにてアルダー率いる軍が大敗した頃、 シグナムとブリュンヒルドは船に乗り、大洋の上に浮かんでいた。 船に乗り込んでから、シグナムは気が抜けたのか、亡霊の様な表情で、ベッドに横になっていた。 虚空になにかを呟き、差し出される食事にも手を出さず、それはあたかも廃人の様だった。 三日間もその様な事が続いた。 「シグナム様、お願いですから一口だけでも食べてください。このままでは衰弱する一方です」 今までなにも言わなかったブリュンヒルドが、ついに口を出した。 その顔には憂色が浮かんでいた。 ブリュンヒルドを見たシグナムは目に見えて怯えた表情になった。両手を頭に置き、縮こまった。 「シグナム様、どうしたのですか!?」 慌ててブリュンヒルドが近寄った。 すると、それと連動するようにシグナムは遠ざかった。 悲鳴を上げ、ベッドから崩れる様に落ち、床を這い、力なく窓枠に凭れ掛かった。 「シグナム様、ここにはあなたの敵はいません。だから安心してください!」 ブリュンヒルドの声は、おのずと大きくなった。 「やだ……」 微かだが、シグナムがそう呟いた。 「やだ……やだやだやだやだやだやだ……いたいやだ、 どうして……どうしてどうしてどうして……」 「しっ……シグナム様……?」 「もうやめてよおねえちゃん、いたいのやだよ、こわいのやだよ、 いたいの……うぁああああああああああ!!!」 今まで見せた事もない様な、錯乱振りだった。 頭や身体を掻き毟り、泣き叫ぶ様は、まるで子供の様だった。 流石のブリュンヒルドも、手を拱いた。 泣く子と領主には勝てない、と言うが、今がまさにそれだった。 ブリュンヒルドが手を拱いている隙に、シグナムは窓の鍵を開けた。 開け放たれた窓から、潮風が流れ込んだ。 「シグナム様!」 ブリュンヒルドが駆け寄るよりも先に、シグナムは窓から飛び降りた。 間髪も入れず、ブリュンヒルドも窓から飛び降りた。 二つの大きな水音が、海の荒波に掻き消された。 79 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第十九話 ◆AW8HpW0FVA :2011/01/05(水) 19:56:16 ID:VAiLZtsu 「止めてよ、お姉ちゃん、痛いよ」 突如として聞こえてきた声の方向に顔を向けると、二つの人影が見えた。 金髪の少年と白髪の少女、以前見た夢の登場人物だった。 つまり、これも夢である。しかし、それはシグナムが実際に経験したものである。 今度は、二人は崖の上にいた。 金髪の少年シグナムは、崖から落ちそうになっており、必死にしがみ付いている。 白髪の少女ブリュンヒルドは、シグナムが岩にしがみ付いているのを、ただ見ているだけだった。 「止めてよ、……なにを言っているのですか、殿下?」 見下ろすブリュンヒルドの表情には、喜悦が浮かんでいた。 白い歯をむき出しにし、見開かれた目はギラギラと光っている。まるで猟犬の様だった。 「これは、……指の力を鍛えるための鍛錬です。 この程度で音を上げる様では、鍛錬になりませんよ」 そう言ってブリュンヒルドは、岩にしがみ付いているシグナムの指を、思いっ切りスタンプした。 「あぐっ!」 「ここの崖の高さは約九メートル。落ちたとしても全身骨折ぐらいで死にはしませんよ」 再びのスタンプ。シグナムの指の爪が割れ、岩から手が離れた。 「やっ……やめ……ひぐっ……て……よ……。 おっ……落ちちゃう……落ちちゃ……あうっ……うよ……。 落ちたら……死んじゃ……っつ……うよ……」 「この程度で泣かないでくださいよ、殿下。落ちても死なない、と言ったではないですか。 まぁ、打ち所が悪ければ死ぬでしょうが、……それはあなたの責任ですし……」 ブリュンヒルドの足が、シグナムのもう片方の手を踏み躙った。骨の軋む音が響いた。 「あなたの代わりなど、作ろうと思えば幾らでも作れるんですよ。 自分だけが特別などとは思わない事ですね。 ……落ちるんでしたら、さっさと落ちてくださいな。 その泣き顔を見ていると、なぜか胸がざわついて苛苛するんですよ」 残虐な笑みを浮かべたブリュンヒルドが、止めとばかりにシグナムの指を踏み潰した。 骨の砕ける乾いた音と共に、指が岩から離れた。 シグナムの叫び声が数秒、その後、叩き付けられる音が響いた。泣き声は消えた。 目が覚めたシグナムのいた場所は、流木流れ着く海岸だった。 なにやら暖かいと思ったのは、ブリュンヒルドに抱き締められていたからだった。 シグナムはすぐさまブリュンヒルドから離れた。入れ違いでブリュンヒルドが目を覚ました。 「シグナム様、ご無事でしたか……」 心底疲れたという体のブリュンヒルドだったが、シグナムの顔を見て安堵の表情を浮かべた。 「ブリュンヒルド、ここはどこだ!?私達は船に乗っていたのではないのか!?」 「……覚えて……いないのですか……?」 ブリュンヒルドは、なにか言うのを拒む様だった。 その含みのある言い方に、シグナムは多少の疑問を持ったが、聞かない事にした。 聞くだけ無駄な事である。聞いたら聞いたで大損しそうであった。 ここが東方大陸でもなければ、中央大陸でもない事も大体分かる。おそらくは無人島であろう。 だとしたら、なにをするのかは、おのずと決まってくる。 「ブリュンヒルド、お前はこの無人島を調べろ。私は食料や水を探してくる」 そう言って、シグナムはさっさと砂浜を歩いていってしまった。 80 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第十九話 ◆AW8HpW0FVA :2011/01/05(水) 19:57:20 ID:VAiLZtsu 無人島であるからといって、絶望するものでもない。 テンプレである半径十メートルの島に椰子の木一本だったら、希望もなにもありはしないが、 この島は半径十メートルを遥かに超える大きさで、多くの木が生い茂っている。 自生する果物や野菜も十分に期待できるし、木を切れば筏も作れる。 後は現在位置を把握できれば、ブリュンヒルドを置いて、この島から脱出する事が出来る。 行く道を阻害する蔦を右手で切り進んでいくと、水の音が聞こえてきた。 駆け寄ってみると、そこにあったのは予想通り川だった。 これで水源は確保できた、とふとシグナムが目を向けると、川の底になにかを見付けた。 よく見てみると、それは石畳だった。明らかな人工物に、シグナムは目を見張った。 つまりこの島は、以前は人が住んでいたという事である。 ならばさらに希望が見えてきた。この島のどこかに、必ず集落跡があるはずである。 そこに行けばなにか分かるかもしれない。水を一口含んだ後、シグナムは再び行動を開始した。 歩いていくと、開けた場所に出た。そこは墓地だった。 苔生した墓石が、等間隔で並べられ、屍が埋められていたであろう場所には、 墓荒らしにでもあったのか、悉く穴が開いていた。 刻まれた文字は、かなり昔のもので、なんて書いてあるのかも分からなかった。 「シグナム様、こんな所でどうしたんですか?」 背後からブリュンヒルドに声を掛けられた。両腕には多くの木の実が抱えられていた。 「これですか?島を調べている時に、食べられるものを見付けて、取っておいたんです。 シグナム様と一緒に……」 「そんな事をしている暇はない。さっさと集落跡を見付けるぞ。その木の実は捨てて行け」 ブリュンヒルドの話を遮り、シグナムは歩き出した。 ブリュンヒルドに顔を見られないのをいい事に、 シグナムの表情は苦虫を噛み潰した様になっていた。 これで一人で脱出するという作戦はおじゃんになってしまったからである。 忌々しい忌々しい忌々しい、頭の中はその言葉でいっぱいになった。 程なくして、シグナム達は集落跡に着いた。 目に付く家々は、どれもこれも崩壊寸前であり、見る価値もなかったが、 奥へ奥へ進んでいったシグナム達の目の前に、大きな廃屋が見えた。 その大きさからして、この集落の村長のものであろうとシグナムは予想を付けた。 扉を開けて中に入ってみると、流石に黴臭かったが、 なかなかしっかりとした造りで崩れそうもなかった。 シグナムは二階、ブリュンヒルドは一階を探索する事に決め、二人は別れた。 二階は主に寝室で占められていた。錆びてノブの回らない扉を蹴破り、 中に入ると、黴臭さはエントランスで嗅いだのよりもさらに強くなった。 中は無数に蜘蛛の巣が張られ、破れた布団から羽毛が飛び出し、虫が湧いていた。 開きっぱなしの窓から吹き込んだ枯葉の山の中に、めぼしいものなど見当たらなかった。 その様な部屋をいくつか回り、最後の部屋となった。 今まで見た扉とは違い、かなり重厚な造りになっていた。 開けてみると、中も他の部屋とは違い、かなり多くの本が置かれていた。 どうやら、ここはこの家の主の書斎らしい。 試しに本棚にある本をとってみると、握った瞬間、崩れ去った。 本を諦め、机の方に目を向けると、壁に地図が掛かっていた。 「これで脱出できるぞ。それも一人で」 思わず近くで見ようと駆け出すと、直前で床の底が抜け、シグナムは穴に嵌った。 「ちょっ……、なんだよこれ!こんな古典的……って抜けない!!! ジャストフィットしてやがる!くぅ……のぉ……おぉ……」 腕の力で身体を持ち上げようとしたが、穴にきっちりは嵌ってしまっており、抜ける気配がない。 「シグナム様、どうしたんですか!」 下の方から、ブリュンヒルドの声が聞こえ、その次に走る音が聞こえた。 「なっ、しまった!早く脱出しなければ、ブリュンヒルドに地図を見られてしまう! ……うおおおおおおおお!!!」 腕にさらに力を込めると、床がメキメキと音を立て始め、ひびが大きくなった。 「シグナム様、どうした……」 「うおああああああああああぁぁぁ……」 ブリュンヒルドが来たと同時に、凄まじい音が響いた。 ブリュンヒルドが見たのは、書斎に開いた大きな穴だった。 81 :ドラゴン・ファンタジーのなく頃に 第十九話 ◆AW8HpW0FVA :2011/01/05(水) 19:58:04 ID:VAiLZtsu 「シグナム様、大丈夫ですか?」 「別に……」 酷い失態としか言い様がない。あの後、結局地図をブリュンヒルドに見られてしまい、 さらに最悪な事に、墜落時に右腕を強く打ち付けてしまい、ギミックが故障してしまった。 もしもここで戦闘が始まったら、聖剣がない今、シグナムは丸腰である。 ファーヴニル城近郊で、ひのきの棒でスライムと戦った時の事を思い出す。 シグナムはどちらかといえば、勇将の部類に入る。 武術の実力も、比べられる人物はそれほど多くはない。 そのシグナムでも、ひのきの棒でスライムには勝てなかった。 当然といえば当然である。相性が悪すぎのである。 ドラゴンに丸裸に棍棒持って立ち向かう様なものである。 しかし、ブリュンヒルドは違う。そのドラゴンを超える程の存在である。 人間ではない、化け物である。いや、化け物と言うのも生ぬるい。それを隔絶する存在である。 そんなのとは、正直戦いたくない。例え相手が隙を晒しても、手を出したくない。 出した瞬間、死んだ魚の目で睨み付けられ、問答無用で首と胴がお別れしそうである。 「なにはともあれ、こんなにも早く脱出の目途が立つとは思いませんでしたね、シグナム様」 ブリュンヒルドが微笑み掛けてくる。出来るならば、その顔に唾を吐き付けてやりたい。 会話を嫌う様に、シグナムは歩を早めた。 いつもであれば、ブリュンヒルドはなにも言わずに付いてくるのだが、 今回はなぜか付いてこなかった。振り返ると、俯いて身体を震わせていた。 「なんで……、……どうしてですか……」 声が涙ぐんでいる、様に聞こえた。 「どうして……顔を見て……話してくれないん……ですか……? 私は……シグナム様と……仲良く……なりたい……だけなのに……」 顔が上げられた。その大きな目には涙を溜め、それは今にも零れ落ちそうである、様に見えた。 そのなにもかもが芝居じみていて、シグナムはたまらなく苛苛した。 さっさと筏を作ってこの島から脱出したいのに、 この様な下らない会話で時間を潰したくなかった。そんな事をしていると、 「……シグナム様は……、……私の事……嫌い……なのですか……?」 「あのなぁ……、……ブリュンヒルド、そんな事は後回しだ!」 ほらやっぱり、とシグナムは思った。この島に来てまだ一度も魔物に遭遇していない。 奇跡といえば奇跡だったが、そのしわ寄せが今頃になって来た、という所であろう。 呻き声と足音がじりじりと近付いてきていた。 ブリュンヒルドがシグナムを庇う様に一歩前に出た。 先ほどの泣き言を垂れた表情はそこにはなかった。 「シグナム様、ここは私に任せて、お逃げください」 言われるまでもない。シグナムはブリュンヒルドの声を最後まで聞く事もなく、 さっさと逃げ出した。 分かった、死ぬなよ、などとそんな優しい言葉を掛ける気など微塵も湧かなかった。 どうせなら、ここで死ね、と言ってやりたかったが、それは呑み込んだ。 魔物の気配のない廃屋の裏の道を、シグナムはひた走った。

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